第十三月:『悪の組織にいた少女』
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〔〔 You win!! 〕〕
「はい、三連勝! ──私、やりました♪ ククはらしくないね? 腕、落ちました?」
「あの、だから柊乃さん……。わたし、もうククじゃないって何度も」
時刻は、お菓子時をとうに過ぎた頃。
放課後に当たるこの時間、わたし──奈波葉月と(淑女たる生徒会長モードの)柊乃玲奈先輩は、学校の中庭で最近流行りのソーシャルゲーム『憧れの異世界はチェスで出来ていました』に興じている。
幼木の香りを背にして、ベンチに並び座るわたし達。
校舎から漏れる生徒達の音色はどれも、来る学園祭に向けた準備で忙しなくて、サボタージュを決め込んだ愚か者の耳を痛くした。
そのお陰で、現在の戦績は三戦三敗。
チェスの駒になったキャラクターの必殺スキルが、容赦なくわたしの盤面を食い荒らす始末。
柊乃さんも柊乃さんで、わたしに勢いが無いと見るや、課金パワー全開の布陣で畳みかけてくるものだから、そりゃ無(理のない)課金の此方は手も足も出ませんて。
「もう一戦やりましょうか! ボコり足りない☆」
場所が場所だけに、生徒のみならず教諭や大人のお客様なんかが不意にわたし達を捉えても怪訝に見られないよう、柊乃さんは見た目だけ上品に、さらっと毒を吐く。
「えぇぇ。柊乃さん、万象転生スキルばっかりしてくるから、勝てるわけないじゃないですか……。ポーンがクイーンになって復活とか、チートですよこれ」
「まあ人聞きの悪い。このスキルは、ちゃんとしたオフィシャル。ゲーム内設定は、惜しみ無く使うが正義なのよ?」
なんてコトを仰っておりまして。
きっと、こんな会話も聴こえない所から見たわたし達は、奥方貴族のお茶会おほほうふふな雰囲気なのでしょうね。反吐ですけど。
「──はぁ……」
わたしはスマートフォンに表示された『リベンジ』の文字をタップせず、なんとなしに空を仰いだ。
「……陽が暮れそう」
今朝の出来事は言うに近く──想うに遠く。
経過した時間はたった数時間の筈なのに、こんなにも永くて、払い落とすのが難しいものであると、心も焦げてしまう。
──後は彼次第。野となれ山となれ。
そうは決め込んでいても、わたしの思考は枷付かれたように重かった。
こんな気持ちなど露知らず、この生徒会長はワクワクとお子様のように、
「──? クク、指が動いてませんよ? よーんせーんめっ」
「……生徒会の会議にいかなくていいんですか?」
「時間ギリに登場するのが救世主っぽくて格好いいじゃない? だから、ほら! はーやーくっ」
「……分かりましたよサンドバッグになりますよ、とぉりゃ──」
煽られるがまま、わたしはヤケクソ気味にリベンジの文字に親指を押し付けた。
そんなこんなで、またまた始まるわたしを負かすチェスゲーム。
勿論、気の入っていないわたしは、この四戦目も大した面白味も無く惨敗。〔You lose〕の表示がタイトル画面のようだと、おちょけるテンションにもなれない程。
かくいう柊乃さんは、快勝したくせに「もうちょっと焦らしてから、ドパーンなスキルを発動した方が格好良かったかな」と、一人で反省会をしていた。
……戦闘狂の考える格好いいとやらは理解出来ませんね。
陽はさっきよりも少し傾き、雲の端を照らす様子は、まるで空に白波を立たせているみたい。
──この夏が始まる季節の変わり目。
柊乃さんにかつての名前、『クク』と呼ばれる度、スマホのなかの勝負も上の空に、心は否が応にも思い出す。
ローブ姿の女の子の手を取り、枯木の森を走ったあの日。
全ての目を盗み、罪悪感に駆られたあの日。
一緒に行こうと、約束したあの日。
わたしは──。
あの日、主である少女を裏切った。
力を奪わせたあの日、数万人を敵に回した。
初めて主以外の人を撫でたあの日、世界が終わると聴いた。
結果的に、悪の組織のみならず、あの女の子もわたしも、全てが消えて無くなったのだけれども……。柊乃さんは、そんな終わった世界でのわたしの名前を、いつまで言い続けるつもりだろう。
自分は、『ノノギ』と呼ばれるのを嫌うクセに。
「──? どうかしました?」
「いえ、ちょっと柊乃さんの細胞分裂の活発度を肉眼で計測していただけです」
「ち、超人類のスキル……ですと?」
いつもなら、この柊乃さんともゲームを楽しめる気分になれるのだけど、今日はやっぱり駄目だ。
良いことだったと銘打つ嫌な事が、頭を離れない。
だからわたしは、スマホの電源をオフにして、徐に立ち上がった。
「先輩。わたし、ちょっと卯片築君の様子を見てきます」
「……え?」
彼女の指が、スマホの上で止まった。
構わず言葉を足す。
「どうしても気になるので。……や、勿論あれだけ晒されてもなお、懲りずに同じ事をやっていないかーっていう、確認ですけどね」
「……そう。そうですか」
わかった。と、柊乃さんも立ち上がった。
「愛ですねぇ。女々でククらしい一面が見れて、私は安心しましたよ」
ククは確かにここにいる、と。
柊乃さんは卑しく微笑ましたお顔を近付けては、細い指先でわたしの鼻先を捏ね回した。
「生徒会長っ。おいたが過ぎますよ」
鼻先には誰もおりませんわと、ニヤニヤ笑う柊乃さんの手を払い除けたわたしは、さっきまで腰かけていたベンチに置いてある自分のスクールバッグを肩に掛ける。
善は急げ。そんな速さで。
けれど、颯爽と立ち去ろうとしたわたしの腕を、「ちょっとお待ちを」の一言と共に、掴まれた。
「……まだ何か?」
彼女を振り向いたわたしの顔は、さぞかし怪訝な表情だったに違いない。生徒会長さんはそんなわたしを前に一瞬身構えた。それでも、
「覚えてますよねっ。明日は私の──!」
伝えたい事。知っていてほしい事。
それはどんな対応をされても譲れないと、追い縋るような目をした彼女に、わたしは。
「遅刻厳禁ですよね。分かってます」
なるべく上品に、微笑んでおきました。
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