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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
33/107

第十二月:『戦闘BGM再生ポイントです』




 実の所、友井春シュンはキレやすい。


 これは僕らが中学生だった頃の話だ。

 当時はまだ、家でネットゲームというスタンスではなく、街のゲームセンターに通うのが日課だった。


 シュンのリア充っぷりはあの日も変わらず、彼は同じ学校の女子──シュンの親衛隊だとする一団の四、五人を率いて僕の日課にお邪魔していた。(シュンは毛という毛が白いので、女子からは『アルビノ種だから体が弱い(イケメン)』と思われていて、常日頃から彼を守ろうとする彼女達を、僕は親衛隊と揶揄している)


 シュン自身はほぼほぼゲームはせず、主に僕や女子達のプレイを観戦しては楽しそうに笑っていたのだが……数人の不良グループが無作法に絡んできたのが『きっかけ』となる。


「オ前、一人で・・・沢山女の子連れて楽しそうジャン?」


 妬みと小器の声は、通常ならシュンには届かない。

 しかし、その一人の不良は、声を出すと同時に親衛隊の一人を乱雑に引き寄せていた。──こっちによこせと。──オ前に拒否権はねぇぞと、言うように。


 この一人の不良にシュンは言った。


「君さ、さっきトイレした後、手を洗ってなかった人だよね?」


 身に覚えのない指摘に、不良の人は「は? 意味わかんねぇ、なにこいつ」の返し文句でもつけたかったのだろうが、シュンの一言に反応したのは女子達である。


「──え、ヤバ。汚……」

「こっち来んなよッ」

「その手離せって! 制服が汚れるからさ!」


 親衛隊の威嚇は、シュンに嘲笑を返そうとした不良をたじろかせた。捕まえていた女子からは足を思いきり踏まれて悶絶。逃れた子も罵詈雑言の輪に加わり、語彙力の乏しそうな不良にとって、その場は明らかに劣勢だった。

 故に、カッコつけを蹴られた形の不良が、さっさと離れて行ったのは賢明だと思う。

 傍から見てても、あれは……地獄だなって確信していたから。


 そして『本番』は、やはりゲームセンターを出た時。

 女子達にボロクソに貶され退散して行った彼は、グループの兄貴的な層を背面の虎として、再度絡んできた。

 それも何の悪知恵か、シュンがやったような難癖・・を虎共に聞かせ、動いてもらうように。


 ……泣きついたとも言えるな。


 これだけならまだシュンも往なす手はあったらしい。けど、虎が吐いた唾が女子のスカートを汚した事が、見過ごす事の出来ない『引き金』になった。


 怒ったシュンは、即座に刀を振り下ろしたような蹴撃を以て虎を叩き潰し、オリャオリャと向かい来る不良グループと壮絶な喧嘩を始めてしまったのだ。



 友井春はキレやすい。喧嘩慣れもしてる。

 だけど、自分や僕が貶された位の事案では一切合切怒らず、『引き金』となる瞬間は、決まって女の子に危害が加えられた時。そうでないとキレない奴である。


 多分だけど、それは僕の姉が、何かを吹き込んでいたからなのかもしれない。シュンは彼女の信者だから……。『女の子』に関したノウハウにあった事を実行しただけ。──若しくは、教えに反する他者の行動が許せないだけだとも思う。


 正に従順。

 正に単純。

 正に頑固者。


 それが、いつも僕の近くで、女子をはべらかせているリア充様。『友井春』なのだと解していた。


 けど。


 親衛隊の一人が彼と一緒になって不良グループと闘い、次々と虎を打ち倒し、外野から女子達がヤジを飛ばす。

 そんな光景を後ろから静観していた僕には、今も変わらず思う事がある。



 それは僕も、何かしなくて良いのかな。というもの。



 別に喧嘩がしたいという訳ではないが。……彼がキレて突っ走って行かれる姿を見る度、空気に溶け込むだけでなく、共に闘うあの親衛隊の女子のような立ち場へ駆け出さなくて良いのかとの、罪悪感みたいな何かを、ずっと腹に溜め、時には溢れもした。

 ──それでもシュンは、



『キズキが強いんはゲームじゃん。無理すんな☆』



 ……と、喧嘩の後でも変わらない傷の無い綺麗な顔で、ニカッと笑って言う。

 僕がこう思っても、誰に咎められたワケじゃないだろ? と、白い針鼠みたいなコイツは笑い飛ばした。


 キズキまで喧嘩に入ってくる必要があるか? ……って。


 ──それでも、愛しき姉の教えに従う彼の行動になら、触発されても良いのではないかと思うのだが。……駄目だろうか。


 だって、絶対と言える彼女の指標だし。


 僕が、この選択をしても、きっと、間違いでは無いと。


 あの人は言うと思うぞ? ──シュン。



────────



「……ハウ。僕の左手を使わせろ」

「んあ?! ちょい待てッ」


 静から動。

 一瞬で間を詰めた『暗いモノ』が牙を剥く。

 僕がこの身を操っていたなら、洞穴の入口で起きた捕食が再現されただろう。しかし今回は違う。獣衣装を纏う僕の体は、完全にハウの統制下だ。


 無数の骨塊で抱きつくような攻撃を抜い、翻りて躱すなど彼には容易い話。敵の背中を踏み台に、祭壇の最上段まで跳んだ後、ハウは眉から伸びる一対の触角を器用に操って、それぞれ建築物の槍みたいな突起に絡めて体勢を固定。


 空気のみを喰らってもらった敵の図体を見下ろせるポジションに着いた。


「で、左手? 何する気なんさ」

「喧嘩はハウに任せるよ。僕がするのは、『開拓』だ」


 水浴びタイムは終わったんだ。

 では、次に優先される目的は『開拓』である。元よりそのつもりで来たのだから、文句は無い筈だ。


「……ハッ」


 少しの間を置いて、ハウは息を打つ。

 僕の心情を知っている友人は、『嗤う』ではなくて、『笑う』感情を含ませて返答を続けた。


「いいね。チーター・キキのお手並みを拝見すっかな」


 いつものように、ニカッと笑った時の声の弾ませ方をして、左肩を右の拳でポンポンと叩く。

 チーターゆうなし。



 さあ、指針は立った。

 僕達が改めて睨むのは暗いモノだ。

 全身は暗く、光を反射しない蛇状の巨躯。

 三両編成の電車すら丸飲みにしそうな規格外の大きさ。

 こんなモノを前にしては、先の『大蛇』との一言だけで言い表すのは、とてもじゃないが言足りなさを感じた。


 奴は群がろうとするグール共を暗い尾で薙ぎ払い、顔となる先端に白かばせた女の形相に怨火を灯し、頭上の祭壇上部に陣取る僕らを向く。

 一度は喰らえど、消化するには至らなかった獣を再び喰らわんと、幾本も並ぶ牙を露出させた大口を疼かしていた。


 ハッキリ言って……気持ちが悪い。


 ハウが喧嘩を吹っ掛けなければ、絶対に相手にしなかったクリーチャーだが、バトルイベントが始まってしまった以上は、最低限のクリアを目指そう。


 それに、『開拓の対戦仕様の実験』をする上では、的の大きさから言って申し分無い対象物だとも思えたのだ。

 『彼女の協力』は、今後の為になるだろう。

 そう考えれば、自然と嫌気も消えた。



 ──戦闘開始のBGMはここから望もう。



 暗いモノの次撃は牙ではなく尾。

 張り付く獣に狙いを定めた尾は、鞭の如く撓り、瞬く間に祭壇建造体の上部に激突。壁に止まったハエを、過剰なまでに払い落さんとするように抉り、破壊するッ。


「おっほっ、危危あぶあぶってね──!」


 忽ち反応したハウは、触角を絡めていた槍状の突起を折ると、祭壇下部へ駆け降りた。

 瓦礫の雨が降り注ぐが、両者は怯まない。



 更なる次撃は一交だった。



 地に降りた獣を喰らおうと、牙を剥いた暗いもの。

 そしてこれを予想していたハウの翻り。

 触角で地面を叩いた反動で、爆発的に速度を上げた獣は、大口をわざとらしく掠ると、この両者の身が擦れる瞬間に、触角の先に巻き付けていた突起物を目敏く喰らわせた。


「──チッ」


 しかし、これらは効果が薄いか、滑る暗い肉との摩擦で一本が弾かれ、もう一本は壊れてしまった。


 一瞬の攻防後、ハウは飛び込んだ先で突っ立っていたグールを蹴り倒し、強く踏み締めた後に敵を眇む。

 ……その敵は、ズズズと顔のある半身を持ち上げ、僕らを見下ろしていた。



「……うん。全身に返し・・みたいな鱗があったな。下手に引っ掻いたら、爪が持ってかれるかも……」

「……ぅゎ」


 ハウの呟きに、指先の痛みを錯覚した。それは由々しき事だ。


「また粘膜を削る?」

「もう臭いのは勘弁さね」

「でしょうね」


 ──地面が震え出した。

 暗いモノがドリルを模して、全身を回転させたのだ。

 暗い肉に触れていた鉱石の床が罅割れ、捲れて無数の破片が四方八方に飛び散る。だがコレで終わりではない。


 奴は僕らを標的にすると、地中すら削る勢いの回転を以て突進。近くにいたグールも長椅子も巻き込んで、行く先に在る全てを砕くド派手な攻撃に出た!


「──ぁんだよ、ソレッ!」


 街の不良などでは絶対にしない攻法に、流石のハウも舌打ち、出来る限りの俊足で躱そうと横へ飛ぶ。けれど、やはり弾き飛ばされる鉱石の欠片までは回避出来ず──


「痛っ!」


 鋭利な飛翔物は服を裂き、背中を腕を頬を熱くする。

 それでも奴は止まらない。突撃した先の滝も岩壁も抉り壊し、折り返しては再度僕らを砕こうと特攻してきたッ。



(──こんなモノを相手に無双? 誉め千切るぞキサクラ)



 ハウから左手を任された僕は、どこぞの狐娘に憤慨しつつ中指を手の平にダブルタッチ。ショートカット設定にしていた『開拓テーブル』を開く。


「避けんぞキキ!」

 開拓を始めようとする左手に断りが入ると同時に、支配者に従う体は大きくジャンプし、磔にされた人魚のいる祭壇の中段に乗った。


 これから秒と経たずに、石とグールの破片を撒き散らす破砕物・・・が、破壊の限りを尽くして過ぎていく。──やがて化け物は、祭壇から随分離れた場所で回転を静め、その巨体をコブラのように立たせると、仕留め損ねた獲物に向け、



《 ッぃイあアァぁあ゙あ゙あ゙あ゙アァ!!!! 》



 ビリビリと傷口を抓り上げん剛圧な咆哮を轟かせた。


 こんな非現実的な状況からも分かる通り、これはゲームだ。

 一応、アバター目線で戦う形式のゲームには慣れてはいるので、あんな暴走列車まがいのクリーチャーを前にしても、さあどうやって攻略するかと考えて、区別を再認識するものなのだが……。


 けど、そうだと認識していても、この破かれた服や滴る血……それにハッキリとした痛みが、リアルで起こる事象となんら変わらなくて、『区別による一線』の位置付けが少し曖昧になってしまう瞬間があった。

 勿論、フォールに居た時もそれはあって……。



 僕でさえもこうなのだ。では、この様なゲームをプレイして来なかったハウ……シュンはどうだろうか。


 リアルで喧嘩を仕掛けて行くシュンの姿を傍観していた身としては、人間では絶対にしないであろう攻撃を受けた彼の動き方は、なんだか戸惑っているような、攻めあぐねているような……シュンらしくないネガティブな心境にあるなと感じてしまった。


 だから聞いてみた。

 区別などせず、『キレて突っ走る』という事を、この世界でも行って、「後悔していないか?」と。


「…………なにがさ」

「人間じゃないモノに喧嘩吹っ掛けたコトに、だよ」


 なんなら、ネクロの洞穴に向かう辺りまで『やり直し』をして、こんな『双方の区別をつけ損ない、混同した行い』の延長にある面倒な展開を回避してきてもいいんだぞと。僕は開拓テーブルに指を滑らせながら言う。


「人間相手だったら、こんな早々に血塗れになるなんて、シュンならありえないし。……正直、蛇に睨まれたカエル状態になってるだろ?」

「……な、おまえ……」


「シュン。これは喧嘩ってより、『攻略』って考えた方が良いよ。攻略には事前準備が結果を左右するから、キレましたっつって無闇に突っ込まれたんじゃ、後手に回されてヒィヒィ言うだけだって」


 あの化け物は僕らを睨んだ状態から動かない。もしかしたら、僕らのすぐ隣に人魚の死体があるから、下手に手出し出来ないのかもしれない。


 それならそれで好都合。

 この空いた間で、開拓テーブルに引いた線は始点と終点が繋り、僕の思い描いた形が完成する。続け、平面に描かれた開拓物が奥行きを付けてテーブルから盛り上がり、ポンッとのSE音を鳴らして飛び出した。


「……なので、『これ』を使え」

「ナニコレ。グローブ?」


 開拓テーブルから具現化され、眼前に浮いた黒光りした物体を見て友人はそう言った。あながち間違いではないが……少し違う。

 手に嵌めて対象に攻撃するのは一緒だけど、これには先端部分に拷問木馬のような鋭角な突起があるのだ。


「キサクラの鉤爪とは雲泥の差があるクオリティーだけど、鉤爪は鉤爪だ。──いやむしろ、『蠍の尾針』と例えた方が見た目的にしっくりくるだろ!」


「……お。確かに。蠍のアレに似てるわ」


 蠍の尾針の深い窪みに僕の右手が入り、中の取手を握る。

 ──と、彼に操られた右腕がガクンと下がった。


「ッ?! ちょ、重ッ! めっさ重いぞコレ!?」

「さっき採取してた鉄鉱石で作ったからな。十キロ以上あるんじゃない?」


 なにせ、獣衣装で肥大した手をスッポリ覆ってしまう大きさだ。そんな鉄の塊を僕の細腕で持つのだから、ハウは大変だなぁなんて他人行儀に言ってみた。


「コレなら攻撃も通ると思うぞ。『斬系』に強い敵には『打系』で攻めろってのはお約束だよ。……最悪魔法だけど、そんなの無いし」

「……へぇ……ぇえ」


 ハウは『蠍の尾針』を持ち上げてはマジマジと見つめ……。

 そして、感嘆を吐露した。


「さっすが。俺、キキも開拓使ってなんか攻撃とかすんのかなって思ってたんけどさ。……こう来たか」

「喧嘩は任せるって言ったろ。でも、あくまでコレは攻略だ。出来れば、倒す方じゃなく、逃走目的の攻略にして頂きたいのだけれど……?」


 強敵を相手に討伐など割に合わない。

 こんな時は、隙を作って戦線から離脱。もしくは粘って粘って撃退するのが好法。


 しかし、こんな事を計算しても無駄なんだろうか。

 この友人は人の話を聞かずに何を思ったか、突然祭壇から飛び降りると、蠍の尾針を振りかぶり、下にいたグールに叩き落とした。


 突起付きの重しはグールの華奢な体など軽く潰し、干からびた肉や朽ちかけた骨を粉砕させても尚威力は衰えず、勢いをそのままに石の地面をも割ってしまう程。


「……おお……!」

 爽快な破壊の音を聞き、ハウもご満悦なようで何よりですよ。


「おしッ! いける! キキの力も加わったし、今度こそいっちょブッ倒してやっか!」

「デスヨネ」


 冷静な状況判断を見せていたから、もうキレた流れによる突進はしないだろうと思っていた僕は愚かだった。

 武器を手にしたハウは、一度決めたらやり通さんと言わんばかりに活気を溢れ出す始末だ。


 ならもう、好きに突っ込めと。

 好きに暴れちゃいなと。

 ……僕からは素直に溜め息が出た。



(……あれ? そう言えば……)

 ハウに武器。ときて、ふと思い出した。

 フォールの武器庫での事。

 初期武器を選ぼうって話になって、確か……。



(ハウ……。あの時、何か持ってってなかったっけ……?)



 丸い木製の物を咥えて、僕に見せてきたような。

 そんな記憶が、駆け出したハウとは裏腹に思考に浸る僕の脳裏を──それと『ハウ』っていう一人称はどうしたんだよ? ってツッコミと共に過っていた。





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