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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
32/107

第十一月:『最奥の聖堂』




【『鉄鉱石』の残数が更新されました】



 二等辺三角形──もとい、あまねくもののオペレーションだろうか。


「ハウ、今の聴こえた?」

「……は? ぉぃ、何だよ……オバケか? やめとけよ?」


 飛び降りて分かった事は、もうひとつある。

 やはりキサクラの言う通り、此処は鉄鉱石が採れる採取ポイントで間違いないみたいだ。

 それを確せる証拠に、床に伏した際、さっきの石工材の表示みたく、僕の手の甲の虚空に【鉄鉱石】との文字がポンポンと、『吹き出し』付きで飛び出た事が挙げられる。


 あまねくものの声は、ハウの耳に届けられなかったのを鑑みるに、今のは僕に適用されたアイテム入手のお知らせだったと考えられた。

 つまり、現在の僕の資材項目にあるであろう『鉄鉱石』の所持個数はゼロではなく──。



「──って、なあコラ。人が考え事をしてる時に、首をグリグリ動かさないで頂けるか?」

「おまえが変なコト言うからじゃんっ。つか、水浴び! 水の音の方が重要だろっ」



 我が友人はこの通り。

 僕としては、優先事情が更新されれば、逐一考慮に努めたいのだけど。


(仕方無いなぁ……)

 一度は分かったと言ってしまった手前だ。これ以上ハウにイタズラ……を、するのは止めておこう。


 僕は全ての思考を放棄しましたよと主張するように脱力して見せると、よっこらせと立ち上がろうとした。



 ──その瞬間、突如として暗闇に、轟音が響き渡る!



「──っ!? なん?!」

 錆びた金属板を力ずくで擦るような軋む音が、眼下──ホールの地面から一度。更に続けて二、三──四度の『叩き付ける爆発音』がホールを震動させる。


「いッ?! うっるさッ!」

「~~~~っ。ハウ、一回ここから出よ……ぅ?」


 あまりの轟音に耳を押さえるだけでは足らず、僕はホールから離れる事を提案した。



 この時。『音』の連鎖は終わったわけではないと知る。



 喋ろうとした僕らの周囲から、また声を遮るが如く同時連続と重い塊が倒れる音が立て続けに挙がったのだ。

 次いで、扇がれたような風が四方から舞い上がる。


 明らかに不穏で、不気味な雰囲気。

 でもこれが、僕のゲーム脳が、これらの音からとある『状況』を想起していた。


(……これ系の音って……)


 それは、ゾンビに冒された世界を闊歩するゲームにあった状況。……そうだ。フィールドの特定位置に着くと始まるイベントの合図。

 立ち並ぶロッカーがプレイヤーを煽るように、一斉に開放する恐怖演出。更に踏み込めば、『安置されていた幾数の棺が解き放たれ、中の者が出てくる』状況の音だと、閃く。


 だとしたら、連続した『物』が倒れる音も、さっき乗っていた石工材とやらの『台』も……『棺』である可能性が……。



 これはヤバイと考え直そうとしても、残念だ。この予感はすぐに正解だと示される。


 けたたましい騒音が止み、唸り声……怨み声が色を増す現状が始まった。

 ヒタヒタと歩を進ます足音が溢れる暗闇。

 辛うじて仄かに明るい床に、ひとつ……またひとつと明かりを吸う細くて汚い脚の群れが……。

 何のフラグを以て動き出したのかは知らないが、今このホールは、無数の『ネクロ』で占められた状景にあると、僕は解していた。



「……。……っ」

 動けない。



「…………」

 ハウも周囲で起こっている『怨』の波に飲まれ押し黙る。



 ゾンビ系ならば、生者を襲い、食らい付くのが相場だが……。奴らは僕らに気付いていないのか、それともあえてスルーしているのか、皆一様に水の音がする通路へと歩く。

 襲ってこない……とも断言出来ないし、僕も黙ったまま、動かずに息を殺していた。



 ──これを、多分五分。

 最後のネクロの脚が去り行く様を見届け、僕らは揃って止まり掛けていた息を戻す。


「何事だよ……」

「多分、やり過ごせるタイプのバトルイベントじゃないかな。……けど」


 固まりつつあった体を漸く立たせ、僕は奴らが去った奥を見据えて言う。


「ここでのイベントが開始された。とも思える」

「へぇ……?」


 やり過ごせるタイプ且つ、あのネクロ達の一体的な行動は、別の所で行われるイベントへプレイヤーを誘導させるなどの、製作サイドの意図が垣間見えるとか言ったら、メタいのだろうな。


「見るべき的な?」

「見て損はないよ的なものかも」


 こんな場合、大概はダンジョン攻略に紐付けされているイベントがあるものだ。マップ移動後にムービーが流れたりな。

 ……別にネクロの洞穴を攻略しに来たわけじゃないが。


「なら、見に行くか爺や。水場もありそうだし」

「……行水しながらの観覧とは、お行儀がなっておりませんぞ若旦那様」


 とかなんとか言い出し合いながら、ハウは僕の超軋む腕と脚を弾かせ、早速ネクロ達の後を追った。



────



 水の音が響く通路の先はホールよりも遥かに広く、規模はドーム球場並み。

 何かしらの宗教的な雰囲気を醸した、『岩窟の聖堂』とでも呼べそうな場所だった。


 とても高い天井は碗状に掘られ、斜げたその一画には外光を漏らす十字の裂け目がある。

 この裂け目から地面にまで降りる光は筋を成し、扇状に並べられた幾多の腐木の長椅子と、裂け目の真下で『祭壇』と誇る建造物を煌めかせ、在るもの全てを闇より現していた。


 そして、これら全てを囲うは滝。


 壁に沿って石工材であろう石細工で作られた溝道──『流水道』に落ちる水は河のものだろうか。周壁の四、五メートルはある高さに切り込まれている横一線の隙間から、絶え間無く綺麗な水が流れ、聖堂の中は常に、全方位で打たれる滝の水音で満ちているようだった。


 先に着いていたネクロ達は、長椅子に座る事なく一同揃って祭壇を向き、フラフラと立ち尽くしていた。


 服の元の色など分かり得ない朽ちた布を纏う彼ら。

 例え表すなら、『グール』か『ミイラ』。

 僅かに判別出来た装束のデザインから悟るに、きっと本当は『聖職者』と例えるべきだろう。──けど、僕の目には、彼らに『聖心』が残っているとは映らないから、あえてそう呼ぼう。


 聖堂の入口付近から様子を窺い、グールにそれ以上の動きが見られないのを確認。

 作法は忘却に沈めたが、この場で何が行われるのかを記憶に止め、『始まり』を待つその様子は正に。


(『滝の中のミサ』って感じだな)

「……キキ、キキッ。水!」


 ハウが手近の流水道を指した。

 僕らがいる聖堂の入口の隣を始めとし、円型の壁に沿って続いた後で入口の反対側で終わりとしている溝の幅は、プールのワンレーンくらいの均一的な広さに設計され、水位も中々に深そう。

 水風呂としても使えそうだ。


「……はいはい。汚人を清めてから参加也ってな」

 ハウを身に付けたままステルスチートを使ったとて、大して効果は無さそうだが……。彼らとはかなり距離があるから平気か。

 念のためではあるが、急かされついでに極力隠密に努め、グール達の背後を盗むと滝下の流水道へ。

 待ちに待った着衣入水と洒落込んだ。


「──ゴボッフゥ!?」


 と言っても、水に潜ってすぐに水底に沈んでいた骸共を見て空気を吐いた訳なんだが。ここの水は流水だから汚水問題は大丈夫だよねの精神で耐えた。耐え抜いた。我が愛しの姉よ、僕は耐え抜いたぞ。


 ……とりあえず嫌な臭いは薄れ、そっと水面から顔を出した時。ミサになにやら進行があった。



 ……どうやら始まったようだ。



 グール共の注視点。

 汚い台座をCの字で囲む祭壇の中段。水が蓄えられているらしい段々の部分から、『棒のような物』が迫り上がる。

 そう見えて間も無く、魚の尾ビレが水飛沫を上げて棒と共に現れ、次に紛うことのない明らかな女性の上半身が……、魚の下半身を持った女性が逆さまになって引き上げられた。


「……人魚……?」


 棒に一纏めに縛り付けられているようで、白い肩から人の腕の代わりに伸びた長い腕ヒレ(?)がボロボロで痛々しい。

 いや、そもそも生きてもいないのかも。

 絶命した時のように重力に引かれて開いた口や、全身の骨が皮をうねらせているくらい痩せ細った状態とかで、……正直、僕にはあの人魚は崇拝物の類ではなく、捕らえられた『餌』に見えて仕方なかった。


「ッ。なぁ、上」

「うえ?」


 ハウが促した方向。

 天井を仰いだ僕の視界に、見覚えのある『暗いモノ』が、──落下していた。祭壇の直上。ヒルが獲物を見付けて飛び掛かったみたいな光景。


「ぅゎ」

 祭壇が巨大な図体のヒルに押し潰され、崩壊する映像と衝撃を覚悟した。──しかし、『暗いモノ』の姿は祭壇に到達するまでの間に、その容貌を豹変。

 暗い体が霧と散り、中から果肉を剥かれた種のように人間の女性の姿が外光に照らされた。


 勿論、身の軽そうなその躯体は祭壇を壊す程の衝撃は起こさず、至って軽やかに。枯葉が道に落ちた時と同比の小さな音を鳴らし、人魚を磔にした中段に着地した。

 ……その後に立した姿勢が漂わす空気は、こう言ってはなんだが……。


「……キキ……、美少女の出現か?」

「び……、お前よくそんな事」


 ……言いかけたが、飲み込んだ。

 暗いモノから出てきた女性は、美少女という枠組ではないと思う。むしろ妖艶。怪怪と直感する。

 漆黒の髪はサラサラとは無縁な印象。恐ろしく長くて、蛇と錯覚してしまう……。大きな布を巻いただけの体は痩せ細り、生気の無い人魚に負けず劣らずの皮と骨の生き物で……拒食症レベルの『ヤバさ』が見てとれた。


 ……そう、僕らが眺めていたら、……あの暗い髪の女は、逆さまに磔にされた人魚の下半身に噛み付いた。肉は引かれる首に伸ばされ、ブチブチと鱗を弾き、容易く千切れる。頬張われた人魚の一片は噛まれず、咽に通されていく……。


 人魚の方も骨を露にされても微動だにしないから、やはり死体か。餌ってのも、間違いじゃないようで。

「──?」



《……ァ、ァァア……アァアアッ……ァアアアァア!!》



 唸り出しました。

 暗い髪の女が、一度だけ人魚の肉を食らい、十字の来光の仰ぎ、咆哮に唸り声を乗せています。

 ログアウトのタイミングは今ですかね。ログアウトボタンは何処でしょう?


 なんて、僕が静かにドン引きしていると、女の体から蒸気が噴出。それが心地良いのか知らないが、幸悦そうな表情に打って変わると彼女の躯体が『色味』を付けていく。

 廃れた女体の骨張っていた箇所に、若々しい肉と張りが生まれ、温かな生き血が通う生者の皮膚を取り戻したのか、遠目からでもキメ細かさと瑞々しさが『艶』なる女体を映やしているのが分かる。


 あれは至福か。

 女は死に体の人魚を抱く。

 感激と感謝を全身で擦り付けるように与える。

 一時のハグを終えると、人魚を擦る女の手が唐突にその赤白い肉を毟り、グール共に放り投げた。


 施し……? おこぼれ……?

 彼らは、これを待っていたのかな。


 一掴みの肉片が一人のグールの足下に落ちると、肉を与えられたその者は、元聖職者であろう衣服の見窄らしさに似合う、卑しくて汚い貪りを行う。


 そんな光景を眺めていて、ふと思った事が口を出た。


「……なんだろ。このバッドエンドに直結するイベントムービーを観ている感じ」

「それって、ヤバい系な感じなん?」

「ん……。逃走イベントなら、まだ楽だとは思うんだけど……」


 念のためだが、一応ハウに何時でも流水道から飛び出せるよう身構えておけと伝えておく。


 聖堂で起こる事全てに警戒しつつ溝のふちに寄る。

 出入口までは走れば二歩の距離。

 大丈夫。有事でも余裕で逃げられる。


 ついでに通路の口に扉、シャッターが備え付けられていない事も確認していると──


「ッ?!」


 グール共が『誰かが上げた悲鳴』を皮切りに騒ぎ出した。

 自分にも肉をくれ的な騒ぎかと思ったが、この予想は微妙に違う。


 彼らに向くと、そこには、さっきまで居なかった筈の、ボロボロの衣服を纏っ・・・・・・・・・・た女の子が・・・・・欲を爆すグールに群らがられていて……。

 汚い歯を体に食い込まされ、尖った骨が剥き出された指という指に引き裂かれ、赤く塗られゆく者共に四肢を捥がれ、ブチ撒かれた腑物を踏み潰された挙げ句、空洞となった腹に突っ込んでいたグールの頭が、背骨に齧り付きながら出てきた。


 女の子の顔などとっくに喰われて崩壊していた為、アノ赤い塊は少女のグール体ではなく、『生きた少女』だったのだと認識するのに少し時間がかかった。


 このグール共の捕食を眼下に、祭壇に立つ女は、ショーを楽しむように笑っていた。



「……どういうコトですか」


 目を外していたから、ちょっと理解が及ばない……ってコトにしたかったが、見えた事が増える度に『答え』に導かせる思考が憎いと思った。


 ──嗚呼。そういう事だ。


 あの女のように、人魚の肉を食ったグールの一人が、何の原理か知らないが生者に戻り、周りのグールに襲われたのだ。

 そして、その展開を作ったのが、人魚の肉を放って、笑ってるあの女だ。



「悪趣味だなぁ」


 ハウが一蹴した。同感です。もっと罵っていいよ?



 ……で、あるからして。ここのイベントは相当にマズイ。巻き込まれない内に外へ……と、思って……僕は出口に向かったつもりだった。

 ところが、獣衣装を纏うこの体は僕の意に反して流水道から出、ダバダバと水を落としながら、グール共の方へと歩み出す。


「ちょ……ハウさん?」

「……マジで悪趣味だな。アイツさ……ッ」


 体の操舵が利かない。完全にハウが制御している。


「待て待てッ。出口はそっちじゃないぞ?!」


 腰にすがり付いて止めようとする僕を引き摺るイメージで、彼はずんずん進む。

 全然止まってくれない。


「オマエ、なに? え? キレてんの??」

「キキ悪い。俺、ちょっとアイツ、ボコるわ」

「はッ────?!」


 友人に冷水をかける暇すら無いって言うか、既にびしょ塗れだけど。ハウは僕でも中々拝めない『憤怒』の感情を滾らせていた。

 ボコるは決め事。

 衝動的感情の暴走ではない。


 謂わば『リア充の報復』。

 女の子の惨たらしい死に様を娯に楽す『悪趣味』の否定。

 ハウとしてではなく、友井春としての怒りをぶつけるらしい。


 ──そう。

 僕の心を乗せたままの、このアバターで──。



 グール共を眼下に置いた視界は一瞬で流れ、僕が走った時よりも断然速く、あっという間に女を目の前としたハウは、刀で叩き斬る勢いの蹴りを放つ。──だが。


《ん……。ほぉう、先の餌か》


 ハウが振り下ろした僕の右脚を難なく片手で受け止めた女が、顔色ひとつ変えずに見下す。

 これにハウも、今の蹴りが感情的な攻撃ではないと示す。

 脚の代わりとした腕で身を跳ね、掴まれた足首をワニのデスロールを倍速したような全身の回転で払うと、祭壇への着地と同時に突進。──蹴りは挨拶。──これが本当の『攻撃』。

 至近距離から閃かれた五本の曲爪が、女の知覚を超え、脇腹を裂き、纏う布切れごと生きた肉を抉り抜いた。


《ッ! ハッぁふ?!》


 女の息など浴びたくもないとでも言うか。即座にハウは女から身を離し、手に付いた血を振り棄てる。


《……っ……獣風情が……! 大人しく消化されていれば良い、だけのッ、餌がッ、知など晒すなああアァアアッ‼》


 がなる女は、暗い髪から溢れ出した黒い霧に、瞬くよりも素早く包まれ、再度あの巨大で暗い図体となる。


 洞穴の入口でニタァと笑い、僕らを喰った暗いモノ。


 二つの光る点と、無数に携えた鋭利な牙に目を向かす暗いモノだ。


 でも今度はそれだけではなく。

 『怨』を燃やさん程の形相で、醜く歪む女の顔を形取った『暗い怨の塊』の姿を露としていた。





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