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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:ネクロの洞穴
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第十月:『愚≠アホ』



 ハウ曰く。

 それは四肢が短く、毛のない胴は長い。

 頭は槌を成すが如く大きく、一見すると、カバの風貌にも似ている──が、硬質そうな鱗に全身を覆われ、さながら甲冑に包まれる戦馬のよう。


 そんなエネミーと戦うにしても、獣衣装で備わった獣の曲爪は、果たしてあの鎧の下へ届くだろうか。はたまた小刀『笹流し』の刃で貫けるだろうか。

 一度、腰にベルトで巻き付けて固定させている小刀『笹流し』を意識する。……が、正直な所、獣衣装で獣の形に肥大した人の手では、笹流しの細い柄を確り握れるか不安が湧く。


 故に場は膠着する。


 ひとつしかない『巣』の出入り口から現れた三、四メートル程の獣と会目してから、僕もハウもソイツも、攻めに入る素振りすらしない。いや、出来ないと言えるこの数秒間は、まるで琥珀で閉ざされたように、現状は微動だにしなかった。


 そんな中で、先にアクションを見せたのは、甲冑の獣だ。



【────ッ!!】



 長い胴体を跳ね、後ろ足二足で立ち上がったのだろう奴が、豪快に身を振り降ろすッ。成り行きを顔で追う僕らの眼前で齎した衝撃は『大槌』の如しだ──ッ。


「……ィッ?!」


 生じた轟音は重くて鈍く。洞内の隅々まで拡がらん勢いの波動が、この狭いであろう場所で圧縮し、僕らをレスポンスごと潰さんとする。

 地面の鉱物に打たれた硬物のその力任せたるや、今の一槌で戦闘意欲が白旗を上げたくらいだ。


 怯えちゃった小さな獣もどきに対し、大きな獣が自慢気に鼻息を吹かすと、辺りに骨粉が舞う。


 ……恐らくここはヤツの巣。

 僕らが『威嚇』をされたのは当たり前の事。

 家主が空巣と鉢合わせしたようなものだ。

 そら、勝手に入ってたら怒るわなと……不可抗力だとも訴えられない状況に、僕の頬はギギギと引き攣っていた。


「……戦わん?」

「敵対値が低いとか……。ま、あっちにその意思が無い時は、そのお心に甘えとけば良いと思うヨ」


 ハウとのひそひそ話。

 興奮を抑えているのか……瞠目のままに睨む相手は『襲う』などの選択をせず、威嚇を披露した後は転がる骨を踏み砕き、進む。

 そうしてゆっくり背後の骨の山へ歩む相手に合わせ、此方もズリズリと壁に寄り伝っては、距離を保つ。


 ──やがて互いの位置は逆転。

 甲冑を纏う身を骨の山に沈めた獣は、通路に続く出入り口に着いた僕らに「もう興味無い。出てけ」と示すように目線を外した。

 次いで、ゴリゴリッと骨を咀嚼し出す。

 不気味で悍ましい噛み砕かれる音だ。

 その様子は、食べているモノが違うだけで、大地に生える草を貪る草食動物の姿と重なった。


(……まさかの、骨は食料説とか……?)


 何にせよ僕らに興味が無いのなら、早々に退室しよう。……そう思って、骨を頬張る獣を背にし、忍び歩く脚を速めて通路へ跳んだ──。



 そんなこんなで、何事も無く『巣』と思われる場所を抜け出せたのは幸運か。


 とにかく、あの獣が『肉食系』ではなく、『骨食系』であった可能性に救われた。と、考えていいかもしれない。

 通路の曲がり角──もう巣からは見えないであろう地点まで来ると、僕らは詰まっていた息を盛大に吐き下した。



「……ぁぁああ。……無双とか、夢だろ」

「ははっ。緊張感すげえわ!」


 とは言いつつも。

 キサクラの言う通り、獣衣装を纏った状態なら、人でいる時の凡人能力では切り開けない事も、何とかなるっぽい。


「ハウ。獣衣装の判断はナイスだったよ。人のままだったらガチでヤバかったから」

 

 きっと、彼女の助言を重んじていたと思う友人の行動は、キサクラに向けられないのが惜しいくらい称賛ものだった。

 ……とか、考えていたんだが……。


「あー……。ま、サクラに開拓を教えてもらってた時にさ、『キキってアホいから、何か無くても問答無用で飲んじゃった方がいいよ』って、言われてたんさね。あの子賢いのな!」

「……ぅ。……そ、だな。何せ『開拓上級組』に入れるのを自慢するくらいだから、……頭良いんだと思う。よ」


 『アホい』基準で決められていた話に、少々傷付いた僕が此処にいるのですがそれは。



────────

────

──



 さて、気を取り直そう。

 此処、ネクロの洞穴に訪れたのは『死んでみる為』……ではなく。『開拓』と『採掘(採取)』の実践を行う為。……ではあるがその前に。


「水浴び! 最優先で!」


 と、ハウが言うので、僕は洞穴内に反響している水の音に誘われてみた。

 明かりは最初からずっと皆無。一応、僕よりは視覚が良いらしいハウに、体の操舵、足運びなんかを任せているが……。


「長いな。修学旅行で行った鍾乳洞より長くね?」

「そんな悪夢は忘れましたな」


 歩けど歩けど変わらない暗闇に包まれた通路を、壁伝いに進み、まるで蟻の巣でも探索しているみたいに思えた。


「……ん……? 音が……」


 水の音が、段々大きく聴こえるようになった頃、その水の音とは別に、自分の足音の反響が変化した事に気付いた。



「キキ、広い所に出たぞ……採掘現場?」



 彼によると、広さは体育館くらいで、四方の土石の壁には木材で作られた足場などの設備が張り巡らされているという。

 思い起こせば、キサクラが『鉄鉱石』が採れると言っていたし、鉄鉱石を商業資材として採掘していた企業でもあったのかもしれない。

 先程の獣の『巣』から大分離れ、僕らが行き着いたのは、そんなホールの外周階……多分、遊回廊として使われていた道のひとつのようだ。


「採掘現場ってコトは……。なんなら僕らも『採掘』、やってく?」

「……いぃや。それよか、早くこの臭いを取らせろ……。つれぇ」


 こんなの僕のように最初から諦めて、仙人みたいに穏やかな境地に心を沈めていれば良い話だが、確かに一理ある。

 濡れていた服は徐々に乾き始め、反吐臭さが本領を発揮していた。普段は女子受けの良い香水のかほりを漂わせるリア充様の彼には、流石にバッドスメルのよう。

 そう思うと何故か、ちょっと立ち止まっていたくなる不思議な気持ちが溢れるでやんす。


 ……とまあ、それよりも、水の音は僕らが居る場所よりも下……ホールの最下層にあるのだろう。その奥へと繋がる通路から聞こえていた。

 

 遊回廊の内側には石の台のようなものが幾つか置いてあるだけで、壁や柵などは無い様子……。ならばと、僕は思い切って台に乗り、ホール下を覗き込んでみた。

 すると見えたのは、少しだけ明るい岩床。

 高さは、三階に相当するか。これくらいなら、獣衣装による身の軽さを利用すれば、ショートカット気味に降りられそうだが。



 ──と、その時、「……ん。なん?」との呟きが聞こえたと思ったら、唐突に僕の首が強制的にグイッと回された。


「……何ですか。ハウさん……」

「あぁぁ。なんでもないわ。ただの文字だ」

「はぁ、文字ですか。……え。文字? 何処に?」


 僕が付け焼き刃の獣の感覚に劣等性を嘆くと、彼は「ほら。これ」なんて言いながら、片脚を掛けていたに手を置いた。

 するとどうだ。

 人がひとり入れそうな台が光のエフェクトを見せ、置いた手の上に【石工材】との白い文字が──視覚の優劣なんて関係無いよとでも言いたげに、メニューパネルに表示される文字の如く、ハッキリと現れた。


「石工材って、……せっこうざい? いしくざい?」

 一先ず僕にも見える仕様で安心した。

 これが、『採取・採掘』に於ける基本的なユーザインターフェースなのかと、興味津々で顔を近付けていたり、石工材とは如何なる物かとメニューパネルを開こうとしていると、


「キキさぁ、そんなんよりも……ッ」


 鼻がもう限界なんだとハウが急かしおる。

 名残惜しいが、仕方無い。なので、お望み通りにしよう。


「分かったよ、採取は後回しな。じゃ、飛び降りる」

「飛び降りちゃ駄目だろ。えっ、ぁ、ぅおーーまぁーーえぇええぇえッ!?」


 問答無用だった。ハウが『一歩』踏み出した僕の体を引こうとした時には既に二人の身体は宙を浮き、明るみある床へ急降下していた。


 念のため述べておくと、僕はなにもちっこい友人に急かされて、この『愚』を行ったのではない。飽くまで実験だ。

 体の軽さが特異な獣衣装であるなら、衝撃に対するダメージは、どのくらいのレベルまで緩和出来るのか。


 若しくは、獣衣装時の体の支配権。

 今までは状況に流されたままに、各々が考える優先事情を鑑みて体の操舵を譲り合っていた。では、強制する点に於いてはどうだろう。

 一方が強く舵を握っている時に、もう片方は否と拒絶し、強制的に支配し直せるのか。


 後者はついでと言えばついでだが、フォール前の橋でのお茶目事からして、『僕が飛び降りようとすればハウが止める』のは、今回も同様だったと言えよう。

 飛び降りる際、僅かながらに感じた身を引かれた感覚。これが、ハウによる強制があったと実証してくれたのだから、実験は成功だ。


 ──し・か・し、なのですが、これについては副作用もあり、彼が僕の体を引いた事により、落ちる体勢を崩してしまうなんて『愚』に繋げてしまう結果となったのは、誠に遺憾で御座いますな。



「──ッでぇっへッ!?」



 暗闇の中に木霊した肉音の不様たるや。

 特段、受け身を取るわけでもなく。長い二本の触角を用いた身のこなしを披露するでもなく。単に落ちただけの物となった僕らが、当たり前の痛みを背中に受けた瞬間、何とも綺麗に賢明愚昧が完成した。(自讚)


「~~散々ヤメロっつったのに、こんアホがッ」

「しょおとかっとは、できたろ。よろこべよぉおお」

 


 いくら上半身が綿毛に覆われているとしても、ダメージレスに期待は持てないらしい。ファイユさんの蹴りに比べれば、こんな高所からのノンマットダイブによる痛みなどどうってことないが……。


「──いや、誰がアホじゃい」

「おっせえよ」


 キサクラが拡げた『愚』の先入観は、精神にくるものがあるので、そこだけは強く抗議したいものでありました。




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