藍色が差す
◇
「運営ブチ切れ事件の記事見たか?」
「あー。サラセニアってゲームの事だっけ? 晒しサイトに上がってたよ」
僕達が通う高校の敷地内にある駐輪場。自転車を止め、カギを掛けつつシュンに応える。
「悪質なプレイヤー達にバランスを破壊されたって書いてた。騒動を起こしたのは一部のユーザーらしいけど、一つの世界が無法地帯にまでなるとか凄い発展物語だよな」
それがどうした? リュックを背負い直して振り向くと、シュンは僕にスマホの画面を見せていた。
表示されているのは……『招待コード』と『SARRACENIA』の文字。
「……え。ちょっと待って。サラセニアへの招待コード? いつの?」
「いつのかは知らね。昨日さ、クラスの女子に貰ったんよ」
溜息が出る。そんなものを僕に見せてきたってことは、
「つまり、運営が終わらせた世界に潜ってみないかってお誘いですかな? イヤだよ、興味ない」
こっちは必死になって作っている世界があるんだと断るが、友人は引き下がりそうにないようだ。
「ゲームの世界に行けたとしても? モニター越しじゃなく、ガチの意味で」
「それは夢を見せようとし過ぎ。隔たりは神様の背中ぞ? 無くしちゃ痛い目に会うって」
これでもまだごねてくるなら、シュンの事はここに置いて教室に行こうか……そう思って校内に入ろうとした時。
「──ねえ」
シュンとは違う声。
恐らく聞き覚えのない声に引かれ、思わず足を止めた。
「……ねえ、返事は?」
後ろにいる友人に、ではない。僕に投げられていた言葉と知り振り返る。
声の主は、シュンの隣にいた。
飾り付けや色を染めるのは正義に反するとでも言いたそうな長い黒髪。軽く横に流した前髪から覗く瞳は藍色で、見返す者を冷徹に……されど公平に裁かんと主張するかのよう。
それに、胸に抱えた『生徒集会企画書』なる書類の束がある事で、彼女が醸し出す知的さが一層引き立てられていた。
「──あ、僕?」
「そう。キミ」
シュンも彼女に目を向けている。
おかしいな。この友人は女子を見れば、おチャラく絡む陽キャ様なのに。
ずいぶんと大人しいことだ。ずっとソレを貫けください。
「今日の生徒集会は、全員の出欠が確認されないと始まらないの。だから、向かう場所は体育館でよろしく」
「……有り難う、そうでしたか。ならば、全生徒への謝意を改めて綴る事をこの場で約束し、早急に会場入りを果たしましょう」
お嬢様、わたくしめと一曲踊りませんか的なイケメン執事をイメージして頂けると余計な説明が省けて助かる。
──が、そんな思惑など手前にいる男子と女子に伝心する訳もなく。
「キふッ…!」
シュンは弾けそうになった笑い声に乗せて何を口走ろうとしたのか。女子生徒に至っては無言と直立姿勢で固まったみたい。
おかしいな。愛しき姉よ。僕は、何か間違えたのだろうか。
脚を揃えて右手は胸に。左手は腰に回し、傾き四十五度の一礼は紳士貴族を装える。初対面の女性を相手にする時は、そうした礼儀を忘れずにと言ったのは貴女だが? ん??
「ほら行くぞ。俺の顔が赤くなるわ」
「え? あ、うん……?」
シュンが教室方面に寄っていた僕を掴むと、反対の体育館方面に駆け出した。
彼女に一つ問いたい事があったのだが、もう遅いか。
この人もシュンと同じで、僕に気付ける数少ない人間だったのかを確認するのは、また次の機会があればその時に……。
そう考えて、僕は過ぎる彼女の顔を記憶しておこうと、去り際に短く一声を掛けようした。ところが、
(──あれ……?)
何故か、時が止まったような変な錯覚がした。
聞こえていた街の音も静かになり……。
彼女の声だけが届く。
その言葉は──、
「……やっと、見つけた」
彼女の瞳は、しっかりと僕を映す。
僕だけを標的と定めて追う視線。こちらから声をかける機会さえ奪うような雰囲気。
「キズキ!」
「……あ、おう。行くよ」
シュンの声を合図に、周りの音が戻ってくる。
そして、焼き付けるような彼女の視線から逃れるように、僕は走る速度を上げた。
◇