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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:樹都フォール脱出
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第八月:とある武器庫の女子二人




 恐らく、キキ様とご友人が樹都を発ち、暫くした時刻。


 樹都フォール開拓演習場属木造倉庫。

 この最奥。とある事情により、壁の一部が崩壊した個室での事。


「──あぁ……れ?」

 『開拓』を用いた壁の修復作業をしていたわたしの耳に、散らかっていた武器類の整理をしていたファイユ様の声が届き、何と無しに振り返った。


「どうしました?」

「……やぁ……ちょっと、ねぇ……」


 武器類を納める粧台の修復、および作成はファイユ様が担当。


 こう言うのも失礼かもだけど、壊れていた物の数が数なだけに、もしかしたら途中で匙を投げるのではと、少し不安視していた。

 清掃から脱線して、おやつにしようとか何とか言って、此処を放ったらかしにしてしまわないか……と。


 しかしながら、此処がファイユ様の管轄だと言うことが、それは稀有だよと物語る。

 数百点に及ぶ木製の武器──『吸魂の一振り』全てが綺麗に整理整頓され、そのレイアウトっぷりはさながらお客様に観覧して頂ける博物館のよう。


 やる気があれば出来る子なんだなぁって、改めて感心した。

 そして残すは、ファイユ様が持つ数点の品を各々整納するだけ……と、いう所なのに、ふんわりサイドテールを揺らす彼女は、最初に掃除した床と粧台の隙間を覗き歩いていた。


「……あ。まだホコリがありましたか?」

「んーにゃ。そじゃなくてねん……」


 一端手を止めて、右往左往する姿に近付く。

 続けて「探し物ですか?」と聞こうとしたら、先にファイユ様がわたしの目の前に飛び込んで言った。


「クク、『珠』見なかった? 木のボールなやつなんだけど」

「『たま』……ですか……?」


 わたしが首を傾げると、「ここに置きたいのが無いんだよ」って、武器を安置する粧台のひとつを指された。

 その台の上には震動を吸収するクッションシートが張り付けられており、武器を置く窪みが均等な間隔で備わっているのだが……。


 見れば確かに、空いている窪みは真ん中の一つだけ。

 ファイユ様が『たま』と言うように、そこに置けそうなのは、丁度片手で包めるくらいの球体状の物だと、わたしも理解した。


「掃除する前に、ちゃんと全部あるか確認はしましたか?」

「ングぅっ!? ……そゆのはホラ、まず全部あると仮定してから始めるものじゃない……っスか?」

「してないんじゃないですか」


 この人は、こう言うずぼら・・・な所がある。──いえ。ずぼらと表現するより、『省略したがり』か。

 他には、めんどくさがり屋とも言えるけれど、こう言うと本人がむくれるので、敢えて知的っぽく前者の言い表し方を、わたしはしている。あくまで、『わたしは』、だ。


 兎に角、いつものように省略したがりな面を発動させていたファイユ様の、探し物のお手伝いをしなくては。

 

「……もう。では、さっさと探しましょうか……」

「おお、いいっスね♪ 話が早い人大好きッ」


 叱られないで済んだと調子づくファイユ様を一瞥。……した後に、低速ビンタをぬるんと頬に喰らわせるのも忘れない。


────

──


「……何処にも無いですね。食べました?」

「あんなの消化出来ないし?! ……んん、外にまで吹き飛んじゃったパターンかなぁ……」


 部屋のみならず、掃除を行う前に一度全部の武器を置いていた外の通路も見渡したが、やはり無い。

 開拓演習場に出る扉など、外部へ繋がる場所は予め閉めきっており、誰も入れないようにしているので、……これはもう、『たま』とやらの行方は絞られたかなと。


「あの衝突ですからね。有り得ます」


 わたしもその予想に一票を入れた。

 アーツレイ家の兄──トグマ様と妹──ファイユ様による喧嘩の結末は、妹君が此処に突き落とされるという惨劇だった。

 木の壁は無惨にも破壊され、部屋の中がしっちゃかめっちゃかになったのだ。その時に、安置してあった物が外に吹き飛んでいてもおかしくないし。


「探しに行きますか? 多分、此処から飛んでいったのなら、下にある樹都の森に落ちてる可能性が高いですものね」

「ぐぅ……ぇええぇ……」


 潰されていくアヒルみたいな声が返ってきた。

 そんな変な声を発した彼女を見れば、「めんどい。メンドクサイ。そんな話になるなら私は諦める」とでも言いたげな顔をしているのだから、これはもう完全にめんどくさがり屋である。

 武器庫の修復資材を集めに森へ降りたときは、正反対だったのに……。ケモノ的な萌え不足かな。


 なにはともあれ事が事だ。自身の管理下にある品の問題だから、なんやかんやと嫌がりつつも、ファイユ様はわたしと武器庫を跡にし、樹都の森へと赴く。……と思ったのに。この人は突然粧台に肘を付き、どういう訳か二日酔いを厨二病表現させたような、わざとらしいアンニュイ感を漂わせた。


「……しょうがないな……。この手だけは使いたくはなかったのだが」

「……?」


 一体全体なんのキャラが憑依したのかは知らないが、彼女は呆気に取られたわたしを放ったらかしにして、人差し指で空中に三角形を描く。

 見慣れた動作で目の前にメニューパネル──六つの六角形パネルが輪を成して並ぶ立体映像──を表示させると、その指は輪の中心にある七つ目の六角形──白色の選択枠の一角に触れた。

 ……通話?


「念のために、前科持ちの子達にも確認しておかなくちゃいけないでしょ?」

「前科持ちの子達……? ……って」

「キキさんとハウ君に訊いてみるの。『吸魂の一振り』を、もうひとつ持ち出して無いかどうか」

「はぁ。…………はあッ?」


 今、わたしの嬢仕としての顔は壊れたと思う。


(彼らに訊く? なにで? 通話で? え、通話で??)


 単的な疑問が錯綜した。

 通話ってことは、つまり通話枠を共有したってコトであり、それはつまり何時でもお話出来てしまえる関係に繋がりかねない状態であり、これすなわち『キープ』!

 早まった彼女が通話回線を彼方に繋げるよりも早く、わたしの両手がその手を鷲掴んで止める!


「ファイユ様ッ! それは一体、どういった風の吹き回しですか!? わたしや、トグマ様とティルカ様以外の個人と通話枠を共有するなんて……ッ! 何か企んでいるのなら、即座に意図を明らかにして下さい!」

「え、やだな。企みとか無いよ。クク、落ち着こうぜ☆」

「まさか……ッ、姻移ですか!? それとも重婚……? と言うか、ファイユ様は両と」

「落ち着けってのっ」


 煩わしい。そう言わんばかりに、ファイユ様は腰に吊るしてあった木の棒の先端をわたしの顎に押し付けた。

 この棒はファイユ様が携帯する防の武器──吸魂の双棒。

 相手の動きや意思を完全に静止させられる呪具である為、言葉を思うままに吐き出そうとしていたわたしは己の意に反し、たちまち身を凍らせるように黙ってしまった。

 そして、静かになった所で、ファイユ様が溜め息混じりに述べていく。


「私があのゲスト君と通話枠を共有したのは『好意』じゃないから。ククがキキさんにプレゼントしちゃった小刀『笹流し』が、危ない状況に陥りそうになった時に、私が力添えをしてあげようと考えたからだよ。渋々、泣く泣くって経緯だぜ?」

「……あ……わたしの」

「大丈夫だクク。誰も悪くないよ。ある意味必然の流れに沿った形だから、私が不本意と思っていても、こうなるのは避けられなかったんだ」


 結果はどうあれ『こう』。

 『こう』なったのであれば、出すべき言葉はひとつ。


 『全ては、主様のシナリオ通りに進んだだけ』


 この言葉は、とある人物の口癖である。

 あまりに理不尽な出来事が起こった時や、結果を受け入れられずに、不毛なたられば話を展開してしまった時に、ファイユ様はいつもその方の口癖を芯に刺し、振り返るのを辞め、「さあ、次へ!」と前を向いてきた。


 まるで、眼に残る憧れた姿を真似るように。

 背を正して見据える先に、憧れた姿を映すように。

 その双腕で抱えた大きな権力を、憧れた姿に誇れるように。


 ……ただファイユ様の場合は、その言葉を使う時は『めんどくさいから考えたくない』に尽きるのだけど。──それでも、あの言葉は彼女にとって、面倒事を気持ち良く流してしまえるものになっていると思う。

 だって、そうして次へと進むそのお姿はいつも勇ましく、わたしも安心感すら覚えたのだから。


 それは今も同じかな。

 限定した人物としか繋がろうとしないファイユ様に、それ以外の人物と繋げさせてしまったのが、わたしの責任であろうとも……この方は、さして気に止めていない様子だった。


 ホっと……ひとつ息を漏らす。


 わたしはそんな彼女を前に、ほんの少しだけ、胸の中に『もっと安心したい心』を芽吹かせていた。


「……では、ファイユ様は、その、キキ様との通話枠を……ずっと持っている予定は無い……のですね?」

「うんッ?」


 わたしの質問に、何故か一オクターブ高い『鳴き』が返ってきた。



 ……なにその反応……?



「……まぁ、笹流しは、いつか雌雄決着で奪い返す事に決めたし。その時になったら、キキさんとの通話共有は切るかと……」


 若干ゆっくりと、わたしの目を、ジッ……と伺いながら答えたファイユ様。……何を考えているんだろう。


「本当に?」


「……『好意』は無いからね」


 自分はシナリオに沿っただけだと。

 わたしが仕えている女の子が、陶器にでもなったかのような、見事な無表情で投げられる言葉を捌く。

 そうか。本当に、それだけの事なんだと思わせてくれているようだった。


 そんな彼女の振る舞いに、不思議と、わたしの肩のりきみが抜けていった──その時である。


「はい! 今の顔、なぁに?」

「ムゥう!??」


 無表情から一転。満面のしたり顔をしたファイユ様が、羽根を休める野鳥を狩ろうかという勢いで、わたしの顔を両手で捕らえてきた。


「っ? にゃにを??」

 突然の戯れから離れようとするも、わたしの顔を掴んだ細い指はあろうことか爪を立たせ、獲物が逃れるのを許さない。


「やっぱり、唾をつけられてたのかなぁ。おのれ男子ぃー」

 悔やんでるのか楽しんでるのか。他人の頬を抓るわ揉みしだくわ、こちらが痛いと訴えても止めようとしない。


(どういうコト? 『今のカオ』?)


「今度は戸惑ってる目だね。もしかして、自覚してない段階? へぇーほぉーふぅーん」


 戸惑うもなにも、いきなりこんな事をされたら誰だって戸惑うじゃないですか。


「ぅあぃうひゃわッ! いいかぇへんぃ……ッ?」

 ファイユ様、いい加減にしてください──と、言い終えようとした矢先に、その手は唐突に離れた。


「どうせククの事だから、大好きな絶景の話で盛り上がって、好感持っちゃったってぇ、オチでしょ?」

「? ……あの……」


 訳が分からない。

 伸ばされ、痛みと火照りでジンジンと痺れる頬を押さえると、流石のわたしも涙を溢れさせてしまっていたのに気付いた。

 単に、顔を手加減無しに揉みくちゃにされたからか。

 それとも、嬉々とした口調とは裏腹に、冗談で済まそうとする雰囲気すら感じなかった故の怖さか。


 わたしは、ファイユ様を見る。

 『笑み』だけを消した、その顔を。

 この奇行の理由を知りたい。その一心で。


 だけど。


「そうゆーシナリオだったんなら、それでいい。そう言うシナリオだったのなら……」

「…………?」


 なんだか……奇行の理由も、その言葉の意味も、訊いてはいけないような……。わたしから目線を外したファイユ様は、……なんだろう。

 計算問題の式を教えたはいいけど、それは間違いだと気付いてしまいました的な……。

 一世一代のお洒落を決め込んできた女の子に、それ似合ってないよと言うに言えなくなってる男の人みたいな……。

 一言で表すと、『申し訳なさそうな、弱々しい表情』を浮かべていた。


 そんな顔をされたら、居たたまれなくなるのは此方である。


「……ファィ」

「それでククさんッ! どうするの!? どうしよっか!?」


 と思ったら、爆発的なテンションが帰ってきた。

 普段は樹都フォールの開拓民家アーツレイのご息女として、気丈且つ冷徹な眼差しを維持している彼女が、子供が新しい玩具を見付けたみたいに跳び跳ねて、キラキラと眩しい瞳をわたしに向けるのだから……。


 もう、この方が感情のままに楽しんでいるのなら、この訳が分からない状態が続くのもいいか。──なんて思ってます。


「ぇえと。何がですか……」

「『何が』とキタ! じゃあ、何が良いかなあ。……手始めに、その髪のアップを辞めれる権利を与えよう。好きなヘアスタイルで、好きなときに、好きなように人前を歩きなさい」

「……ぁ、はあ……?」


 ファイユ様が、わたしの頭の両サイドで垂れる髪様を指差して言う。

 コレは他人がわたしを怖がらないようにと、彼女が強制した、曰く『可愛さ☆マジック』なるものなのに……。飽きた……とか?


「それで良いのでしたら、善処……します」

「はい。それでねぇ、さっきも言ったけど、私はキキさんの通話枠には、笹流し以上の執着は無いわけね? なので、今回みたいに、それ以外の件で私から連絡をいれる時があったりすると、とても気が滅入るの」

「……それは、ちょっとキキ様方に失礼では……」

「そう『失礼』。で・す・の・で、そのような機会がある時は、私から奪うつもりで・・・・・・会話の主導権を取る事を許します」


 思うままに口を挟みなさい。と……ファイユ様は、遊んでいた玩具の面白さにどんどん嵌まっていくような、とても楽しそうに声を弾ませていた。

 ……言ってる事は、彼女らしい責任放棄や面倒事の丸投げの事前告知ですが。


「質問は無い? 無いね? じゃ、この話は終わりなんで、……お待ちかねの『超めんどくさい通話』へと移ろう……か……」

 

 途端のやる気ゼロ。

 深夜の森に湧く亡者にも仲間意識を持たれそうな程に、鬱々とした空気を醸し、力無くメニューパネルに指を伸ばされる。

 思わずわたしが「うわ」と言ってしまう雰囲気です。

 彼女の全身から、『めんどくさい』『辞めたい』『なんで私がやらなきゃいけないの』『誰か代わってよ』などの文字が霊魂の如く出てそう。


「……あの、ファイユ様……。早速で何ですが……。わたしが代行しま」

「やってくれるのッ!? ありがとうクク!!」

「…………しぅ……」


 日常です。

 彼女が嫌がる話を、全てわたしが代行するのは日常。

 『省略したがり』なこの方を思えばこそ苦では無いのだけれど……。今回はちょっと回りくどかったかなと思う。


(結局、こうしたかったんなら、普通に言えば良いのに……)


 真に迫る鬱の演技を晴らしたファイユ様が、ウキウキとしながら選択枠の一角に指を掛け、時計回りにぐるんと回した。


「はいクク。お願い♪」

「……ハァ」


 笑顔で通話を託され、わたしもメニューパネルの前──ファイユ様の隣に着く。

 通話が開かれた選択枠には『ゲスト君』と文字が浮かび、呼び出しのコールが《ピピピ》と鳴っていた。


 ──そして、《パツッ》とコールが切れ、通話先のキキ様と繋がった。



「あ、キキ様? わたし、ククです──」




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