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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:樹都フォール脱出
27/107

第六月:樹都フォール脱出『外へ』




 語彙力を度外視し、一感に言と差せば、『たーおれーるぞぉーー』となるのが、俺の限界だな。



 でも言葉通り。

 硬そうな床を叩き割った目瞑り天使が、めり込ませた拳を引き抜く際にバランスを崩したのだ。


「ほらキキ、倒れる女を受け止めてやn」

「ごめ無理ッ」


 残念無念。丁度、巨体が倒れ来る位置に居ながら、迷いもせず逃げに徹するキキ。俺も「だよねー」と返すが──それは、盛大に上がった歯茎も震える衝突音によって掻き消されたッ。



 キキ曰く、正門施設。その中心。

 周囲を波打つ形は、客を目で楽しませる大手ショッピングモール……それか、大型豪華客船のエレベーターホールにも引けを取らない造形、装飾で溢れたこの場所で、畝る波と化した不釣り合いな騒音が立て続けに飛沫しぶかれる。



「──ゎ……ぁ、私、私は悪くないッ! まだ何も命令してないもんッ!」

 今倒れた巨大な天使の上から、悪魔みたいな格好のお姉さんが喚き、


「『してないもんッ』ではなく、早くその人形・・から降りなさい!」

 風紀委員みたいなスタイルのお兄さんが強く諭す。



 この建物の総景が圧巻に舌を巻かれるのなら、突如として彼らの目の前で『四度』も拳を振るった想定外・・・のお客様にも、舌は巻かれるものなのかと、俺は手前で広がる混乱の波を、まん丸お目々で眺めていた。


「──降り──お、ぉり……って、え? え、何? 砂漠さんたら、砂漠さんのくせに私を心配し」

「あ。もぅ、降りないなら覚悟しなさいね──はい皆、纏めて・・・拘束を」


 「待って降りるから待って!」と、冗談らしいモノを一蹴されたエフアイが慌てて天使の肩から降りた時だ。とても硬質な金属が裂かれていくような甲高い音が響き渡るや、それは反復し──一度にならず後から後からと折り重なり──短音が長音にと錯覚した瞬間、天使の顔は歪みに歪み始めた。


 間、目標を取り囲んでいた白いコートの集団にも、不協の色が立つ。


「──砂漠監察長、拘束ぅ……駄目っぽいっすね、開拓がキャンセルされますー」

「キャンセルされましたかっ。と、すると……アーツレイが此処で権限を振るいたい『用事』があると?」

「でしょねー。じゃ、ここはお上におまかせってコトでー?」


 組織めいていたものは、何故か見るも瓦解。

 銘々、お兄さんの退避の一声で開拓テーブルを滑らせていただけの行為を止め、次々と天使から距離を置いていく。


「獣衣装のキミ達も下がりなさい。……全く、アーツレイの誰が・・こんな事を──ッ」

 直後、五度目の剛拳が──まだ胴体が俯せにあるにも関わらず、豪快に床へ振り下ろされた。

 不気味に波打った外殻の歪みが激しく震え、全身を伝った衝撃により硬度の限界を超えたか、鈍く重い衝撃音を伴う亀裂を走らせた。


「なんなら砂漠さんも私と同じ位置に来ます? 傍若無人に権力をひけらかすとか『むな☆くそ』でしょ?」

「あらおやあらおやぁ。今の言葉、アーツレイへのクレームついでに報告しておきますかね」

「やーめって。任務が回って来なくなるからぁああ! ──あんた邪魔ッ!」


 砂漠に対し、拒絶の色を露骨に見せていたエフアイが彼と星を飛ばし合うような会話をしながら俺らを過ぎる際、「──フンヌッ!」とどさくさに紛れて俺らに肩をぶつけてきたのは、


「おいキキぃ、嫌われたな」

「さっきの受け止めるべきだったってか? んなものはバグ検証作業でもお断りだね」


 当人にさらっと流された。

 そんな掛け合いを他所に、神晒しな甲冑を模していた『開拓物』に、瞬くも遅いと稲妻状に亀裂が這い回る。続くは千切れ溶ける氷山のよう。──綺麗な女性の顔だったモノから剥離が始まると、遂には──決壊。

 この様は羽化なのか孵化なのか、はたまた脱皮とも言うべきか──。とにかく、天使を模した皮が崩れ落ちた次に現れたのは巨兵。勿論俺らを散々追い回していた、巨躯だ。


(えぇ……なんさ。まだやんの……?)


 ぶっちゃけ何度も何度も何度も何度もの『やり直し』で見飽きている、あの顔の無い顔。

 このしつこさが『ゲーム』の仕様で、お約束とされるテンプレート展開だと、キキとかがすんなり受け入れようとも、そちら側の都合に慣れていない俺としては、「しつけぇな」と犬歯を剥くのも仕方無い話だろうって。


「どするよキキ。……いい加減ヤるか? ヤる場面って事にしていいか?」

「は・ハ・歯。なんだ、血でも騒いだか猛獣殿。──そぅだなぁ」


 キキも冗談らしい下手くそなナニかを唄いつつ、足で地面を掴む。逃げの姿勢でなく、『迎え撃ったらぁ』とする勇ましい前かがみ──であろう体勢だ。

 『誰かさん』に、闘うな逃げろと念を押されたが、当のゲーム展開慣れした奴が選択した方向は、逃げんのは此処で終わりとする──『闘う』だった。


「あれあれ? いんか? 女子との約束破っちゃって」

「逃げるつもりだったけど、お前がその気になったんならいいよ別に。……それにさ、追い詰められてドキドキハラハラさせられるムービーが終われば、強制バトルイベントに突入するのが常だからね。胸熱だろ?」


 お前の言う『女子』とか知るか──などと、威勢を良くしているキキに俺は乾杯。

 てっきり、正門を出るまで逃げ尽くすのかと思っていたから、このオリャオリャな選択は俺にとって、苛立ちを晴らせるかもしれない──血の騒ぐ決定案だと思っていた。だから、


「いいねぇ。追い詰められてドンパチってか。ま、悪く無いんじゃね?」

「せやろがぁ」


 とかなんとか。キキの威勢に嬉しくなったんだろう俺も、調子に乗ってイケイケゴーゴーになっていたの……だが。







 ──気づけばこうして、俺は暗闇の中。

 目の前に浮かんだ、三つの六角形の内のひとつに映るその時の映像を、ボーッと観ているのを考えると、キキの選択は間違っていたんだなぁと、思うわけでさ。



「……女子との約束を破っちゃ、駄目みてぇだぞー。築ぃ」



 丁度、巨兵に挑もうとする俺らを回収しようとした、一人の係員みたいな人の手を振り払ったキキの様子を見ながら、まるでテレビに向かって独り言をぼやく親父にでもなったかのように呟く。

 なら、いっその事。


「あいつの、『女子の助言よりゲーム的常識を優先させる頭』ってのも、考えもんだやなあ……」


 なんて、そんな俺もシゴト脳だわと、苦笑するのであった。

 ──と。


【ハウ様。やり直される場面は、お決まりですか?】


 三つの六角形を頭上に浮かばせた二等辺三角形──あまねくものが、これから戻る時間の選択を促す。

 出来れば、キキが闘いに意気込んでから起こる、巨兵の惨事をもう一回見直しておきたかったのだけど……多分、きっと、俺がやる事はひとつ。



 『キキに、女子ファイユとの約束を守らせる』に尽きる。



「──じゃ、真ん中の場面にすーっ」


 だから、どうせどれを選んでも一緒だと嘲笑うように、笑みを溢した口調で応答して見せた。

 ──適当? ──投げやり? ──それとも、結果を他人任せにするつもりかと、飽いたみたいに見られるかもしれない。


 勿論の事、飽きは来てる。

 巨兵がしつこく俺らを追いかけ回す様を眺めるのは飽きたし。

 キキの頭にただ齧りついているのも飽きたし。

 逃げるのも飽きた・・・・・・・・



【ハウ様の簡択の証人は『あまねくもの』です。それでは、サラセニア時刻を、巻き戻します──】


 だったら、このやり直しですることは、俺のしたいことであり、俺がしようと決めたことをしよう。


 謂わば、俺の『シゴト』の一環を、あのメチャクチャな展開の中で行えるかもしれないのだから。──なんつって。







 課せられた改像時間は、およそ四分。


 全ての図形と黒と白が捻れ、視界が景色を取り戻す。──因みに、やり直しが始まる時の、景色がグルンと回って色が戻る演出も見飽きた……と言うより、『見慣れた』って言った方がしっくりくる。

 それこそ、登校時に築の自転車のケツに跨がり、必死でペダルを踏み込む築の後頭部目掛けて馬鹿な話を打っ放す気楽さで、見流してしまおうとしたくらいに。

 ──その結果がこれだ。



「──あの女、無茶苦茶するなッ、……ハウ! 大丈──ぇ、おい?!」


「……ぁあぁあ?」


 兎にも角にも、俺は、今までのやり直しの中で、今回のやり直しだけが、妙に長く景色が暴れるのに、はてなまぁくを浮かばせてしまっていて、


「お前っ、獣衣装が──!」


 ぐるぐるぐるぐると、いつまでも回り続ける視界に、四つん這いで追いかけて来るキキがいた。


 それも、体から綿毛がホロホロと抜け落としながら。

 抜け落ちて、単なる眼鏡野郎になっていて……。



「……あ──っち」

 ──ここで悟りっち。



 自分のした選択が、どの場面から始まるのかを、ちゃんと理解していなかった。見慣れた仕様に、完全に油断した。自分のしたい事だけしか考えてなかったんだ。



「……あっは。余裕ぶっこいてたら、外れたわん・・・・・

「『あっは』じゃないし、可愛くねーです」


 ……キキが満面の表情で『あの状況で余裕こくとか、マジ意味わかんねぇ』と訴えながら、俺の愛嬌をマジレスのフルスイングで打ち返すのも当然さね。


 やり直しが始まったのは、あろうことか天使による一槌が成された瞬間。

 つまり、正門が設けられた建物に、猛烈な爆風が吹き荒れ、俺達が吹き飛ばされた場面だった。その結果が何て事。キキを獣衣装から解いてしまうなんて展開を作ってしまった。


 いくら俺でも、この状況での四分間もの改像時間は不味いと察せられるぞ。そうわかっているからこその、この震え声である。


「もっかい獣衣装ヤっとくか……?」

「ウェイト八秒だぞ? 今は……無理だろ……」


 御意。

 俺の視界が、漸く落ち着きを取り戻したとなるや、前回の通り、広い正門施設の中に充満した土埃を更に吹き荒らし、デカイ天使とエフアイがご登場──続け様に息を飛ばす。


「あはッ! 馬ァっ鹿じゃない!? 折角、魔法樹があんたを匿ってくれてたのに、自分から出てきちゃうなぁん……て……。あ、ヤバ」


 ……ところが、吹き荒れた土埃が緞帳を上げられる様に似た浮き上がりをした直後、あのお姉さんは即座に気付いた様子。

 室内に入れば、沢山の白いコートの大人達がスタンバっていた事。中でも、自分を見据えて立つ『嫌だとする人がいる』現実に。



「……ぅあぁあ……砂漠さんだぁ」

(……ありゃ?)



 はて。ちょいと違和感。

 さっき、あのお姉さんは、そんなに早く周りの様子に気付いていただろうか。もう少し俺らを煽った台詞を連ねていなかっただろうか?

 それにだ。


「……えふあい。いいえ、Friday to INでしか。貴女、こんな場所まで、何をしに来たのですか?」


 続いたのは砂漠の困惑顔。

 「今は、講義中のはずでしょう?」と言葉を投げていくこの様子も微妙に違うし、なにより……明らかに前回と順番……と言うか、タイミングが異なる。


「──ンフ♪ 砂漠さぁん、お仕事頑張ってますかぁ?」

「私が暇を持て余してると心外な事を思って、手間を重ねにお越しになられた訳ですか。おっきな人形ですことー」


 早口な人。風紀委員的なお兄さんが苛立ちを舌で叩き連ねると、即席の愛嬌を言葉だけで破壊されたエフアイの顔から、更に血の気が引いたのが見えた。


「ちょっ、違っうの! これは、そぇ、っと、けものがね?! ──ぁ、あれ? けものが、ね? け、アレ!?」


「下手な弁明も舌打つに足りませんか。……貴女らしくない」


 次々と飛び交う会話が、どんどん聞いた覚えのない内容になっていく。財布でも無くしたかのように慌てふためく彼女とは反対に、隣の席での騒動など我関せずと言った感じで料理をつつくオジサン風な砂漠。


 これらを交互に見ながら、俺は別件で青褪めていた。



「……キキ、コレさ……逃げれっかな?」

「さあ? 神のみぞ知る……かな」


 キキの軽口すら無くなった。さっきはお味噌汁がどうのとか言っていたのに……。


 もう、確認は無駄だと悟った。

 間違いであってくれとさえ想い至らない。

 であるならば、見たまま真っ直ぐに受け入れよう。


 『やり直し早々、物語を変化させてしまった俺の失態を』。



 キキに片手で掬い上げられる中、この後起きるかもしれない騒動を思い浮かべ、俺は青黒い背景に幾本の縦線が入るような、どんよりとした気持ちで溜め息をつく。


(四分か……。長いな。こりゃ、ホントに死亡処理ってのを覚悟しにゃならねんかなぁ……。スマホも見付けられてねぇのにさ)


 思い起こせば、前に築とやった『死にゲー』でも、俺の慢心から孔明の罠と呼ばれる死にポイントに引っ掛かりまくり、こいつに「学☆習☆能☆力」とか言われて呆れられていた。

 今回も、俺がそんときと同じような『やり直し』から、凡ミスをやらかしたと知ったら、築は何と言うのか。


 そう思うと狂気は続く。

 これは俺の性格がアレなのかどうかは分からないが、是非ともリアクションを示した『キキ』を、指を指しながら笑ってみたい。

 頑なに、ごめんちゃいとか言わされるのを拒否し続けたい。

 こんな空気属性に愛された姉さんと同じく、憤るこいつの頭をワシワシと撫でてみたい。



「…………なんだ、その目は」

「おおっとぉ、失礼」


 失態の後悔を吹き飛ばして溢れ出た別の狂気を覗かれてしまった。「我が姉みたいな目をしやがって。この信者め」などと、キキは嫉妬でもしたか、俺の綿毛のボディをポンポンと軽く撥ね飛ばし、さながら紙風船の用量で弄ばれる。吐くぞソレ。


 って、こんな事をしている場合ではないのだ。

 俺は改めて背を正し、コホンとついてマジな面持ちをキキに向けた。


「キキ、こうなったんは仕方ないにしてもさ、女子とのやk──」

「ちょっと、先に外行ってろ、ハウ」


 ──u束を守ればリア充の道が開けるぞとの言葉が、空気中に散らばっていく。

 キリリと勇ました俺の顔が、速度を上げて弧を描くキキの手の中でぐぃいいと引き攣って、上も下も分からなくなった刹那──俺の小さな体が、宙を飛んだ。



「チョ、おまああぁぁッ??!」


「……許せ。僕は大丈夫だ──色々と」



 意味不明に格好つけたステルス野郎が一気に遠ざかる。

 ぶわと吹く風に体毛がペタンとなりながら、門へと流れる視界で、白いコートの一団の頭が過ぎ去った。


 けれども、流石は『築』の腕力か。半球のバブル状に構成された門には全然届かずに、ボールにされた俺の可愛らしいボディは硬い床に墜ちたのだった。


「──ぃって、クソ。……キキ!」


 人が密集する一帯。多々ある股下の先にいるキキに、速攻で文句を投げる。姉さんの信者でも大切に扱うに損は無いぞと。

 プンスカと目を吊り上げる俺に、キキは人差し指を自分の口に当て、クールに『シー』なんてモーションを晒していた。


 その顔と来たら、弟に悪戯を仕掛けようとする姉さんにソックリで……。

 俺はつい、条件反射的に、「──むぅ」と、唸り黙ってしまった。


(なにするつもりなんさ……あいつ)


 背後にアンチ。行く先にアンチの天敵(?)。

 完全に囲まれた状態の眼鏡君が棒立ちになって、一体何を始める気か。


 まさかまさか、獣衣装も手放した素柄の身で、さっきと同じ『闘う』決断をしたのではないだろうか。

(──あいつのゲーム脳ならあり得らぁな)

 現実での喧嘩でなら遠巻きに観てるだけの築だが、こと画面の中で起こる花咲きは積極的に摘みに行くヤツだ。


 所詮、この世はゲーム。

 逃げるつもりだと最初から決めていても、それを引っくり返すファクターがあれば、例え築でも、俺のような血を滾らせる一面を覗かせるッ。



「──きず……!」



 だけどその決断は、今やられると俺のシゴトにマイナス効果を来たす。──あぁ、本当ならキキに女子との接点を大切にさせる事で、女子に対する鎖帷子みたいな鎧を脱がせるきっかけを作れたかもしれないのに。


「……?」


 築に放った声は、当人ではなく、手前にいた白いコートを着た一団の一人を振り向かせた。


「きみ、カゥバンの子? 無許可で入ったら人に狩られるわ」

「え、なん」


 その人は「小長、獣の子を外へ出してきます」と他の一人に断りを入れるや、すぐさま俺を掴み上げて門へと走る。


「わっ、女の子さん、ちょっと……!」

「砂漠ちゃんがお相手だから、そんな大事にはならないと思うけど、念のため。ね?」


 女の子さんは幾つもの三角で紡がれた輪のアクセサリーを頭に揺らめかせ、ニッコリと微笑む。──しかしだ。突如として背後から轟いた擲音で、その顔は凍り付いた。



「──Friday to IN! 此方の指示に従わないなら、一秒毎に十ポイントずつ減点しますからねっ?」

「やだ待って、なんの減点それ?! 今の私じゃないから! コレが勝手に動いて──!」


 施設中に響いた振動。パラパラと塵が落ち、人々の注目の先で、再び激震が波状した。


 さっきと同じだ。硬い石床が連続される拳打によって砕かれ、巨大な天使の体が崩れる。

 ともなれば──



「──砂漠監察長、拘束ぅ……駄目っぽいっすね、ここ開拓がキャンセルされますー」

「キャンセルっ。と、すると……アーツレイが此処で権限を振るいたい『用事』がある訳ですか?」

「でしょねー。じゃ、処分はお上におまかせってコトでー?」



 展開が、あの騒動へ移っていく。

 ボロボロと外殻を剥がし、天使の中から出てきた巨兵。

 群がっていた白いコートの一団が、轟音の発生源から大きく遠退き始め、エフアイは「も、もう私、関係ないから! 全部アーツレイの権力馬鹿の責任だからー!」と、森に逃げ込んだ。


 状況的に唯一違うのは、巨兵の側に残ったのは、キキだけという点。獣衣装もない、あるのは小刀一本。でも、本人はその得物を腰に納めたまま、触れる素振りすらしない。


 ただただ、俺のいる方──門に腹を向けて、突っ立っていた。



(──ってゆか、なんで、誰もアイツに気ぃ掛けねんだよッ)


 こんな小さな俺でさえ、当たり前のように見ず知らずの女の子さんが拾い上げてきたのに、まるで、最初から、彼処には誰も居ないかのような──。


「おむさん、砂漠から閉門の指示が出たよ。あの吸魂を外に出しちゃ駄目だからだってさ。急いで」

「っ! はい!」


 見た目小学生くらいのジト目の少年が近付き、俺を持つ彼女を急かした。キキの腕力だけでは届かなかった門の敷居は半円で、彫刻が施された柱が等間隔で並ぶ。その合間に、おむさんとする女の子さんが屈み込むのと合わせて一言、「じゃあねっ」なんて添えて、そっと綿毛の獣をフォールの敷地外に置くと、踵を返した。


 ──多分、此処に居れば、あの鎌の持ち主・・・・・・・の激槌を喰らわずに済むだろうが……。


 アイツは、


「キキは──っ」


 まだ彼処に居るのかと、視界を塞いでいた女の子が退いた先を見た俺は──何故か、寒気を覚えた。



「……キキ?」



 完全に姿を現した巨兵。──の、眼下に当たる場所。

 其処で、キキは漸く、歩をこちらに向けて進めていた──の、だが。



「──は? なん、さ。アレ……?」



 巨兵はいままで、森の主に刃を突き立てた俺らを追い回し、幾度となく拳撃を繰り出してきた。ヤツの目的が、そんな不届きものの排除だとするならば、丁度、殴れば当たる場所に在る標的を狩るチャンスじゃないか。



 それなのに、拳ではなく、倒れまいと床に平手を付いた巨兵は、尚もキキを捕らえなかった。



 そのまま、両者は誰に止められる事もなく、正門施設の中腹を越え、門に連なる建造物の境目に達する。



 更に気付けば、周りに右往左往する白い連中も、まだ誰もキキを気にかけない。まるで、今アイツを気にかけているのは、俺だけのような状況だと思えてしまう。



「……築……。お前……それって」



 いつだったか、俺ら行きつけのファーストフード店で駄弁ってた話を思い出した。

 築が陶酔しながら、理想郷を築くに於ける『御自慢の才能』とやらを語っていた。──ステルスチート。誰にも自分の所業を認知させない隠密の才だと。

 俺は「単に空気属性を厨二病っぽく言い換えただけだろ」と笑ってあしらったが……。



「こうも、露骨に見せ付けられるとなぁ……」



 築がいつも一人でいるのは、アイツ自身が他人を拒絶し、関わろうとしないからだと思っていたけど、これが真実だと言うなら。


 俺でも、築の空気属性なる『ステルスチート』が、確かに或るのだと、認めてみたくなるではないか……ッ。



「……ぁ──」

 ──なんて、不可思議な現象に見とれている場合でもない。

 アホみたいに呆けてる内に、喧騒を正す動きは着実に進行していた。



 巨兵の衝打ではない別の重音が鳴り、これに引き摺られるが如く始まった滑生かっしょう。鼓膜に粘りつく無機質な調子を聞くのは、二度目となる。つまりは──



(門扉が、閉じられるッ)



 半円状に弧を描いてた吹き抜けの出口が、両端から競り出した仕掛け扉によって狭められ始めた。

 立ち並ぶ柱で四角く切り取られていた外の光が、二つ──四つ──六つと遮断されるが、進路は此方向きであるものの、キキはその事に気付いているのかいないのか、歩くペースを一切変えない。

 正門が閉じられるのに、絶対間に合わない歩調を続けていた。



「ッ! キキ! 少しは急げって……!」


 流石に見かねた。

 空気になっているのだろうキキに駆け寄ると、ブーツの紐に噛み付く。そしてほどけないように思いきり引っ張った。

 しかしながら拳大の獣である俺の体では、こんなひょろい奴ひとり満足に動かす事も出来ず……。


「だ」


 逆に、振られた脚から落とされた。



「……あ。そだ」


 更にふたつの出口が閉まる扉に断たれ、外の光を溢す箇所は最奥の五つだけ。キキの事は放っておき、扉がスライドしている正門の溝にまで駆けると、俺は二等辺三角形を描く。


 メニューパネルだ。

 出て来た六つの六角形のパネル。『資材』『開拓』『踏地』『身分証明』『任務』『お茶』の中から、『開拓』を選んで開拓テーブルを開いた。

 使用する資材は、木材。

 開拓物限界を表す四角い枠線を溝に合わして距離を決める。

 準備完了。早速短い獣の手をテーブルに滑らし、キサクラって狐の子に教えてもらった様に『開拓』を行った。


 すると、『木材0001』分を消費して、扉が進み来る溝に一枚の板が出現。


「──おっしゃ!」


 つっかえがあれば、少しは時間も稼げ──と思い至った時、『本丸』の事を忘れかけていた。



 獣な鼻がひくつき、俺は施設の中空部の局所を見上げた。


 あそこから香るのは、俺達が、死亡する原因となる匂い。



(ヤッベ──時間か!)



 匂いの基で、音もなく、巨兵の頭上で曇を成したドス黒い煙が出現する。噴煙の広がりに似た現象は、内から紫色の光に貫かれると、次いで形を成して重さを示す。


 人の背丈よりも大きな歪曲は、シンメトリーとなるや床に激突。

 ──煙が剥げて魅せたは二つの大きな鎌だ。まるで逆向きの割れたハート。三日月状の曲線から直線へ変わり、鏡面されたように双方から交わろうとする尖端で、最後の霧が四散すると、それらを手に下し持つ黒と銀の女が──姿を現した。



 確か──『ティルカ・アーツレイ』──。



 前回、彼女を目撃した誰かが驚き、名らしい言を放っていた。

 そのティルカなる人物は、脚の代わりとして地に着けた大鎌をそのままに身を空でぶら下げ、巨兵と目線を同じくして見据え、そして──。



「死しても尚、死を食い足りんか。ハッ、強欲な森の民だな」



 彼女が鼻で嗤うと、突然──巨兵の図体が、胴を境に、真っ二つに割れた・・・・・・・・


 この光景を見るのは二度目だが、やはりどうなった結果にそうなったのか、全く解らない。


 巨兵の下半身は後方へ傾き、支えを奪われた上半身は顔から石面に激突──!

 つるはしのような顔は砕け、無数の鋭利な破片が四散。──それらは、丁度真下にいたキキにも降り注ぎ、あいつの手や服を傷付け、後ろ髪を纏めていた髪留めすらも弾き飛ばしていた。



「……さっきはアレ躱せたけど、今度は一瞬でボロボロじゃねえかキキッ──!」



 衝撃や強風で髪がボサボサになったキキは、それでも空気に洒落込んでいるのか、ボーッとしたまま歩き続けていた。


 叫ぶか。

 キキに叫ぶか。

 ティルカ・アーツレイに叫ぶか。

 それとも正門を閉じようとしている此処の人達に叫ぶか。


 改像時間はまだ二分強は残っている筈。


 獣衣装不可──死亡案件の登場──閉じられていく正門──。



 考慮すべき事が重なり過ぎて、叫ぼうにも声が詰まる。



 「は? 何コレ。俺、ただ見てるしかねぇの?」と顔に書いて、苦笑いするしかなかった。



「──っとッ! お!?」

 乗っかってた木の板が盛り上がった。見れば、扉が板に触れ、両側からバキバキメキャリと潰し始めていた。


 思いの外、扉の閉まる速度が落ちていない。

 つっかえが役に立ってくれない。


 選択を間違えた。

 もっと他に出来ることがあったのかもしれないが、最早今更だ。



「──あぁあ゙クソッ!」

 この明らかに詰む状況で、どのみち死亡──ゲームオーバーを免れないのならと、破壊されていく木の板を諦め、キキへと跳んだ。


 あいつは、絶賛空気属性発動中で誰もアイツに気づいちゃいない。それなら、こんな小さななりでも気付かれる俺が側に寄れば、ティルカ・アーツレイは『最後の攻撃』を躊躇ってくれるかもしれないと思ったから。


 ダメ元ではあるが、俺がやらかしたせいで築を激おこプンプン丸にするのは、後々バツが悪いってものなのだ。



 ──しかし。しかしながらしかししかし。



 物語を変化させてしまったからには、俺の思惑通りに動くわけもない話で。



「──ほぅ。まだ、動くのか」



 ティルカ・アーツレイが、顔を失っても尚腕を伸ばす巨兵を見下して呟く。

 伸ばされた太い腕は、前へ進む為か──それとも命乞いをする為か。黒と銀の人影に向かう大きな手の平は、やがて力無く振り下ろされた。



「……まぁ、本来は馬鹿娘の役目であるからな。私では些か厳しかったか。だがな──」


 あの女の人は、俺に気付くよりも、まずはと周囲遠方で事の成り行きを見守る白いコートの面々を見回し、



「皆、ウチの者が迷惑をかけた! クレームは午後四時五十九分までなら受け付けているから、存分にあの馬鹿娘にも文句を届けてほしい!」


 大きく息を撒いた。そして、最後に巨兵を眇み──、



「逝き狩りのお姉ちゃんは、『尻拭い』が苦手であるぞ──っと♪」


 一変、声色をおどけた可愛らしいトーンにして開拓テーブルを開き、素早く十字を描いた。

 


「──来た、十字架!」


 現れたのは紫色の──異様な雰囲気を醸した巨大な十字架。森の外から唐突に飛んできた巨大な鎌と同じ、死を匂わした様相。

 そして、その餌食は巨兵──魔法樹の魂塊だ!



「──ッ!」


 声にも、音にもならない──『耳障りな音を聴いている感覚』が全身を這う。これを視覚的に確認出来るとすれば、十字架が出現したと同時に蒸発していく、巨兵の躯体だけ。

 そしてそれは、荒れ狂ったモノを鎮静化し、徐々に蒼い光の珠へと戻していく様子でもあった。



「──キキッ、そこにいると──!」



 先と同じ。キキを引っ張り出そうとしに走る俺がいるなど関係無く、十字架は唐突に落下。

 ゆっくりと表面を剥がされていた巨体の背を突き破り、先端部が胸部を砕き床に衝突ッ。 同時に正門施設全体に振動が拡がり、蒸発は爆発に変化した! 途端、この場にいる全ての者を押し倒す程の突風が吹き荒れ、一瞬で粉々にされたヤツの破片が吹雪のように爆散する!


「──おッ?! わっ!」


 これには流石にキキも我に還ったか、突然の風に声を漏らす。


 あっという間に正門近くにまで飛ばされてきたコイツに駆け寄ると、時間が無いからと爪で引っ掻いた。


「キキ立て! 門閉まるって! マジ詰むぞ? そしたらマジ死ぬぞ?!」


「……は? ──ぉお??」


 倒され床に転がったキキも、事の大事さを知った。

 俺が作った木の板は、すでに弾き飛ばされた。

 迫る扉の口は最後の四角い光景をひとつだけにして、外の光がみるみる狭めていく。


「なんてこったぃ──ッ」


 キキが力強く上体を起こし、俺を掴むと、もう、人ひとり通れるか否かの隙間へ跳んだ──!



 距離的に、間に合わない。


 扉が閉まる。



 ──しかし、突然、キキの体が加速。

 こいつ自身がやったのではない。何かに押されたような、不自然な加速だった──。






「────だっしゃ‼」


 キキが床に倒れ込んだ時、俺達の後ろで、重々しい閉扉の音が響いた。



 見ると、門は閉まり、騒々しかった声は止み、施設の中はもう、覗けない状態にあった。


「……間に合った……?」


 前を向けば街道らしき通りに続く一本橋。

 轟音が届いて飛び立つ鳥達と、遠くで緩やかな風に靡かれる林。


 架かる街もない、開放的な空。そして遥か彼方まで広がる山脈を始めとする大自然。



 ……ああ、そうだ。

 俺達は、外に出られたんだ……。



「キキ! 俺ら、逃げ切れたって事だよなッ?!」


「……かもな。ミッションであったら、クリア報酬が欲しい所だよ……」


 なにより、キツい『やり直し』が一段落ついてくれて、俺は素直に安堵した。

 これで外に出られなかったら、逃げ場もなく、またあの十字架の光にドロドロに溶かされていたと思うだけで、寒気がするが。



 改像時間は、多分、一分程度は残っている。

 けど、クリアしたなら、それもどうでもいい。



 俺はゆっくりと立ち上がるキキの肩へと駆け登り、これからどうするかを聞こうとした。……と、その前に、ちょっと……。



「あれ? キキ……髪留め……」

「……え? あぁ。……あ?」


 キキの髪留めは、さっき確かに吹き飛んでいた。だから、今、コイツの後ろ髪は下ろされている筈なんだが……?


「んん?? あれ、コレ?」


 自分の後頭部を触ったキキは、確りと纏め上げられていた髪と、その髪を咥えるようにきちんと留めていた蒼色の髪留めに、一抹の違和感を感じたようだった。





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