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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
本編第一部:樹都フォール脱出
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第五月:樹都フォール脱出『内から』




 ──ステルスチートが使えるなら、これぼど心強いものはない。と、僕は短く溜息をつく。



 自分の行動を他者に感知させない空気の力。


 自分の存在を他者に認識させない至極の力。


 自分の思惑を他者に察知させない孤高の力。



 唯一となる弱点は、既に此方を捕捉している者には、力が掛かりにくい所。──僕は、明確に・・・、侮蔑に満ちた眼を細めて見下ろす緋色の女性『F.I.』を仰ぎ、目が合わさる事で、件の力の弱点が突かれている事を確とした。


 相対す場所はフォール正門の関所のような、フォール外壁に設けられた施設のやや中央。

 今さっきまで突然の粗暴な乱入者によって生まれた人々の混乱は、既に外壁の内と外に挟まれた天井の高い通路の奥へと流れており、フォールスタッフ──と言うべきか、とにかく一律して背中に一本樹の刺繍が施された白いコートを羽織った彼らの手際の良さが際立つ。


 各言う彼らは、次の行動──突然の粗暴な乱入者の動きを望める位置に総勢数十人で陣取り、各々胸前に開拓テーブルを開いていた。


 それを知ってか知らずか、鼠を袋小路に追い詰めたと言わんばかりにドヤ顔を決めたF.I.が、巨兵の肩の上で脚を組み、従順たる巨体に施設の格子門を潜らせる。

 ──元はゴーレムと呼称出来ていた無機質なあの図体も、今や振るうのは拳ではなく槍。甲冑を纏う大きな背に一対の翼を携えた姿は宛ら『戦天使ヴァルキリー』と改称するに遜色ない風貌であるが、相も変わらず僕らを討とうとする魔法樹の魂塊なのは変わらない。

 彼女にとっては、僕らはにっくき権力者の犬。新しいペットとして飼い慣らされている途中のわんこ。だからこそ今の内に潰してしまおう的なヒステリックを起こされたわけで……。


 全くもって、ややこしいストーカーに狙われたものであるな。



「──キキ、これ逃げられっかな」

「さあ? それは神のお味噌汁ですかな」


 樹都フォールの出口となる正門は、今居る施設の後方……舞い上げられた土埃で輪郭が霞んでいるものの、外の光を招く解放状態にあるのが分かる。


 ……けれど、問題は其処まで無事に辿り着けるかどうか……。

 ステルスチートが通用すれば、ここまで面倒な展開にはならずに、アハハうふふなノリでスキップしながら正門を潜っていたのだろうが、嘆くのは後でたっぷりしておこう。



「──ほらほらぁああ、ッどうしたの! もっと逃げ回っていてもいいんじゃない!?」


 高い所から見下ろすF.I.が眼を剥いてがなる。刺々しい花を咲かせるように力み開く手に、彼女の理性の欠落具合が垣間見えた。

 闇落ち──狂乱──盲目も相俟って、厨二病気味に雄叫ぶ権力アンチを前に、僕はもう一度溜息を吐いた。勿論、その意味合いは先程のモノとは全く以て別物である。


「……ぁあ、そっか! 逃げるのは辞めて、男の子らしく立ち向かおうって気になったんだ?! ──なら受け入れて上げるッ。思う存分戦って、アーツレイなんかよりも『私』の方が『有能』だって気付ける未来を与えてあげるわ!!」


 まるでラスボスにでもなったかのようなF.I.の挙動に呼応したか、戦天使が携えた大槍の刃先を僕らに向ける。

 逃走先で始まる強制バトルイベント──。

 僕にとってはよく見る展開ではあるが、頭に噛り付いている友人にとってはどうだろう。

 あの挑発に乗るかどうかが見物だ──が、ここでだ。



 僕らの間へと、一人のフォールスタッフが歩を進めて声を上げた。



「──えふあい……いや、Friday to IN──でしたか? 貴女はここで何をハシャイでいるのです?」


「──ゎ! ……ぅへぇ……嫌なのがいた……」


 その人が羽織る白いコートが揺らめくのを視認しただけで、F.I.の顔が嫌悪にひしゃげ、声が潰れていく。


 周囲のフォールスタッフ達の警戒度に反し、極めて冷静に──水が鳴るように──冷たく声を響かせ、悠然と現れたのは、一枚のカードをネックストラップに繋げた男性──。


「……ぇえ……と、──ンフ♪ 『砂漠さん』はお勤め中ですかねー?」


 さばく──。

 F.I.は、今見られているものは何の変哲のない何処にでもある景色の一部ですよ……的な雰囲気を醸しながら、彼の名前を口打った。


「お勤め……と言うのであれば、それは貴女も同じ筈ですが?」


 この時間なら、貴女は初級開拓学徒生──リリ組に樹都の森での開拓基準の講義を行っている予定でしたよね──と、砂漠なる男性が彼女の真を射抜く。

 これに対し、アンチ面に凝り固まっていたF.I.の表情が崩壊し、みるみる畏怖を湿らせ、


「……ぁ、え? あ、あれーれー?? そのハズなんだけど、……んー? 皆どこに行っちゃったのかなー? 不思議ーだぁねーー……」


 そんな顔を見せないようになのか、態とらしく大きく首を振り、周りに視線を投げる彼女だが、……その際に『周囲の状況』に気付いたのだろう。小さく、強張った唇が「ヤバッ」と動いたのが見えた。


「……まさか、とは思いますが……まぁそうですね。貴女も『雇い講師』ではありますが、仮は仮でも講師は講師。貴女の気質から推察するに──。大方、出来の悪い学徒生に熱を入れ過ぎた……とも考えられなくも無いですが……。どうなんですか?」


 態とらしいとすれば此方もか。

 砂漠さんはコートの背に刺繍された大樹(ククさんやファイユさんが着ていた制服にもあった、古魂と見られる模様)を抱くように両手を腰にて組むと、警戒心を解かした声を弾ませた。

 ──そう、それこそ、


「あ、ぁああ! そうかもしんない! そーッ、多分それ! 流石砂漠さん、分かっちゃうー?」


 警戒し始めた獲物に、敵ではないよと示す、『罠』を張る捕食者のようだった。


「では教職業務に戻りなさい。──貴女は今、『仕事中』なのです。……『お給料が惜しくないのですか?』」

「ほふっ……ぐぅうあぁああぁぁ……ッッ!!?」


 罠に掛かった獲物の心臓を一突きとは……。

 けれど、やる事はエグくても、あくまでも平和的──且つ効率的な収め方なよう。獲物を仕留め終えた捕食者は、相手がもう逃げられないと見るや、今度は声のトーンを和らげて、軽く両手を広げ、


「さぁさ、目を覚ましたのでしたら、もうそんな物騒な下僕は解放して、いい加減降りてきてください」

「……ぅっ、くぅぅうう~~!」

 

 捕食者と思われた者は、更なる捕食者により喰われました、と……そんな感じ。

 自分を取り囲む者達に逆らう等の気は起こせなかったのか、徐霊でもされたかのように萎れていくF.I.を眺めながら、どうやら危機は去ったと、ようやく僕は「……っはふ」と肩の力を抜く事が出来た。


「逃走イベントは、これで終わりっぽいぞ? 良かったな」


 僕としては、ハウが女に煽られて憤慨する様子なんてのも見たかったが……我が姉の教えを真に受けているコイツがそんな行動を選択するなんて、流石に無いか。

 なんにせよ、心外極まり無い選択肢を前にする事は無くなったのだ。僕は互いの緊張を解すように、頭にいる友人の獣い体をワシワシと撫でた。


「──や。で、なくてな?」

「ん?」


 思わぬ所の綿毛の獣の否定に手が止まる。


「俺が逃げられるんかなー? って思ってんわ、ここじゃなくてさ、この後の事っつか・・・・・・・・……」


「この、……後? ……あ、そう言えばさっき、お前なんか──」

「──さて、次はキミですが……」


 変な事を言っていたな。そう投げ掛けようとした僕の声が、新たに発せられた目の前の男性の声に遮断された。

 眼前を仰げば、今さっきまで背を向けていた砂漠なる人が、今度は数十人のフォールスタッフに取り囲まれていくF.I.を後景にし、僕らを見下ろしていた。


「……獣族……ではない──あ、獣衣装ですか。……成る程。──キミ達は、ここフォールへは初めて訪れた方ですか?」


 ミディアムにカットされた黒髪は乱雑にセットされ、一見気だるそうな印象を持たれるものの、やや目に掛かった髪の奥から覗く赤い瞳が反逆的な威勢を放つ。

 学祭と言えど真面目にやらねぇ奴は、即刻叩き斬る──みたいな。


「そう……ですね。今日、初めて来ました」


 ……正直な話、ただ物事に真面目な姿勢で取り組む人を警戒するなんてのは柄じゃない。けど、こう言う……なんて言うか、砂漠と言う人物を前にするのは少し、緊張感が生まれてしまう。

 別に、自分がもっとはっちゃけようぜ寄りの人間だからとかでは無いのにも関わらずだ……。


「現在所属している宮地を伺っても?」

「……はい。まだ、何処にも……」

「貢献先もまだ……と言う状態で?」

「こ? ……そ、うですね……?」


 砂漠さんはあくまでも口元に笑みを浮かべながら一問一問投げ続ける。完全に迷子を相手にする社会人の構図であるが、この妙にほんわかしつつある状況は「正門関間書はお持ちで?」「いや、持っては……」のやり取りを最後に、緩んでいた糸が鞭の如く音を立てて張り詰められる。



「──では、野良の奪う者と見ておくのが妥当ですかね。──正門を閉めよう。逃げ足特化は厄介でしょうし」


「──え。ちょ」



 急に僕らから視線を外した砂漠さんの一令を受け、数名のフォールスタッフが動く。言葉通りの意味を汲むに、これから正門が閉じられるらしい。

 ──僕らが通ろうとしていた、正門が──。


「僕ら、外へ──」

「もしかすると、あの盗っ人集団の運び屋……。彼らがこの逸材を見逃す訳もない、か」


 此方を蔑む彼の目は赤黒く、細めた眼が捉えるのは、滞りなく進められていく施設閉鎖の動きへ移される。

 解答欄は埋め尽くされた。採点結果は──零点だ、と、もう問う事は無いと諭すかのような彼の振る舞いに、僕らは諦めを促されていた。


 そして、砂漠さんは、捕らえた二つ目の獲物に──トドメを刺す──。



「──何であれ君たちには、この・・混乱を助長した容疑者として『拘束』させて頂きます。良いですね?」



 疑わしきをおいそれと外へ出す、行かせる訳にはいかない。

 『良いですね?』などと任意を唄うも、拒否を許さぬ威圧的な口調に、融通の効かない大人の悪い面を見た気がした。


 彼の声に呼応するかのように、遥か後方で重い扉が稼働する轟音が響く。


「──あ」


 それは、僕らの返答は一文字分でさえ放たれる事を許されないとでも言うような、『詰み』と諭らせられる大きな音だった──。




 ──ところがどっこい。

 樹都フォール脱出の自発的イベントは此処で潰えず、『更なる大きな音』により、継続を見せる。



 それは突如──。


 突如として、女型の戦天使が──拳を振るったのだッ・・・・・・・・・



「Friday to IN! 抵抗すると職歴審査に響くぞ!」

 彼女を取り囲んでいたフォールスタッフが怒鳴り、


「待ってッ、私じゃなくて、この子が勝手に──!?」

 負けじとF.I.が釈明する。


 そんな声も、二度──三度と放たれる剛拳による石床の破壊音に掻き消され、この施設内に、再び混乱の慟哭が渦を成す。



(──? ハウが言ってたのって……コレか? この事態か?!)



 綺麗に加工されていたのであろう幾何学的模様が施された石床が、四度目の猛威を受け、遂に崩壊──穿たれ、無数の細かな破片が撒き散らされる。

 なんと言うか、親の顔より見た光景に加え、右往左往てんやわんやに惑うフォールスタッフ達の怒号、悲鳴が織り混ざり、最早収拾もつかない展開は大きく唸り──




「──って、……ぉぃぉぃ。もうやめろョ。こっち来んなって──!!」




 ストーカーとの追い駆けっこは、この樹都フォールの終着地点たる正門施設──袋小路にて、クライマックスを迎える!





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