第四月:『零回目のステルス・タイム』
◆
通話に指した相手は未だ応答が無い。
まさか万が一にでも、嫌がらせに近い気持ちで設定した、気の抜ける変なコール音を気に入ってしまっていたのなら……と、狐のサクラは横一線に走る電撃で、シリアスに影を落とす。
(思いもよらない大誤算。あんな変な音、すぐに切ってしまいたくなるよねぇって考えたのに……)
キキも悟る潤滑な洞察の基、繰り返されるコール音に落ち着きを取り戻していたキサクラは、一度通話を切り……眼下を満たす魔法樹の森を眼で薙いだ。
平穏に反する異音。静穏に対する異常を彼女は探す。
だがそもそも此処樹都フォールは、開拓学徒生の実習や湧き続ける多々の任務により、騒音が絶えない。例えひとつ騒音が増えたとて、直ぐ様あってないような──果ては幻聴だとも片付けられてしまうくらい、静穏が異常なのだ。
現に、キサクラが目撃した異音の基を気に掛けていた者が、どれだけいようか。放たれた凶器が獲物を捕らえただろうあの場所に、見知った顔があるのだぞと戦々恐々に狼狽えた者がどれだけ居たのだろうか。
仮として謂おう。
仮として彼処に居る者に、すぐ連絡をとったのがキサクラだけで、『連絡』ではなく、其処へ赴こうと脚を動かした者が居たとするとこの場合、パジャマ姿の彼女が本来向かうべきである古魂の郭に背を向け、反対にある森に第一歩を踏み出そうとした判断は、多分に出遅れたと言えよう。
何故なら、この『出遅れた』事は、彼女自身にもタイミングのズレを体現させる事となったのだから。
「──狐。取り込み中か?」
「ッ……ッッ──!?!?!」
キサクラの第一歩が地を踏む寸での時刻。陽光も昼下がりに成ろうと傾き始めた時、黒檀糸の強化スーツを纏った眼帯の男が、銀色の髪をサラりと流し、相対して低い背丈のキサクラの肩を掴んだのだ。
本当に突然の出現。とは言え、妹ティルカの隣に湧いた時とは違い、今回は純粋なアプローチ。縮地、忍び足。何処かの誰かさん風の単語にすると、ステルスチートのような接触の仕方であった。
一時は本能から震え、瞬刻の落ち着きを挟んで慟哭に撃たれれば、失禁しなかっただけ上出来であるが、キサクラも、
「ト……ッ」
まるで悪い事をした子供のようにビクビクと構えながら声の主を確認する。
「……とぐま」
恐る恐るではあるが、見慣れた顔を視るなり、にへぇ……と笑う狐の少女に、トグマはひとつだけの藍色の瞳を伏せて、「何処かの女とは正反対だな」なる独り言を溢した。
では、心情の駆け引きはトグマのターンから始めよう──となるかと思いきや、キサクラはこんな事態も想定済みだと言わんばかりに、唐突に彼の懐へと飛び込んだ。
「とぐまぁ! 聞いてホラ、このケープ! ファユ姉ってば、物持ち悪いにも程が無くない!? こんなに破れてるんだよ!??」
「あぁ? これは酷いな」
「でしょッ? 樹都の森も散々荒らしまくってるし、主としての自覚が無いよね!!」
「……由々しき話と案ずる」
「とぐま、今ファユ姉は開拓演習場の倉庫に行ってるから、物申すなら急がないと! 次は何をしでかしちゃうか分から──」
「その前に、お前に訊きたい事があると言ったら……」
「『YA・DA!!!』」
第一次反抗期のような拒絶の喚きに、遠くの道行く人も思わず振り向く。振り向いた先には、樹都フォールの領主たる青年と狐の風貌に酷似したパジャマ姿の少女が親子めいた様相でいるのだから、思わずついでに二度見する者も少なくないようだ。
しかし、当人達にとってはそんな奇異な目線も他人の恥とするのか、
「サクラは忙しいの! これから遠出しなきゃならないから! 夕御飯いらないからッ!」
と、これはフォールの日常なのだとでも示せん勢いで、背の小さい方が一方的に領主をフり、古魂の郭の中へ逃げ……駆けて行ってしまう。
トグマには隠していたが、去り行く少女の顔は赤く汗を浮かばせ、強張る口は「はわわ」と訴え、閉じられない状態にあった。
「……どいつもコイツも……」
そんな小さな背中を眺めながら、彼は意味深く短い不満を溢れさせた。でも、白けに緩む表情に噴くものは無く、至って涼しげな余裕を語る。
まだ動く段階ではない故に腰を重くしているのか、若しくはこの表情も『純粋』に湧いて出たものなのかを測るには、些か話の足りない事案である。
態々言葉を交わしに訪れたと言うに、訊こうとした事一つ溢せずに風に吹かれるだけとは、……これもまた、狐の少女が織り成したタイミングのズレと言えようか。
「──フン……」
男は独り、気直しに息を噴く。
ともあれ、慌ただしくもフラれた樹都フォールの領主は、見送りに飽いた眼を森へ移す。今日は雷光走る妙な森だ。
起こる事は不可思議で後ろ髪を引かれようとも、この森で起こる事全ては『主』の知る所。森を含む樹都の領主だとしても、正式な森の『主』ではないトグマでは土俵が違う。責務を主張するはお門違い。
よって、彼は一度瞼を伏せ……己の向かう場所──森へは続かない道へと向き直るのだった。
そして、改像時間一分の残刻は、『起』『承』を終えて『転』『結』を迎えるのみとなる。
◆
視覚的に、聴覚的に森の一帯を蹂躙した稲妻は木漏れ日を焼き、草花を焼き、僕達の身体を焼いて役目を終えた──筈だった。
「────え?」
静かになったのは耳が壊れたからだと思っていたが、ハウの声が此れを否定。──何が起こったのかと、瞳孔さえ喰われかねないと必死で瞑った瞼を、ゆっくり開いていく……。
「────え?」
一呼吸遅れて、僕も同じ鳴音を呟いていた。
「バグ……? いや、これは……」
紡ぐ言葉が纏まらないまま、僕は突如として枯れた森を見渡す。
枯れていたのは正面の木々だけじゃなく、四方八方全てに渡っていた。綿毛を焼いた雷撃の付加効力──だとしても、景色は変わりすぎていた。
緑一様だった空気は茶褐色に染まり、しなやかさを失った木の葉が音も無く降る。
晴れやかだった空には、毛細血管と想に重なる枯木の枝々が走る。薄暗さは黄金の陽光に差され、鬱々としていた樹都の森は僕らの第一印象を衰退させる。
(違う。あの雷撃による効果だと考えるにはどうも……)
「──なん……さね?」
来るべきゲームオーバーが訪れず、代わりにこんなテクスチャバグみたいな事が起これば、例えハウでも戸惑うようだ。
勝手知ったる冒険者の如き先脚を止めるには、充分すぎる現象と事象を目の当たりにしたのだから、その空振り加減──流石の僕も心に痛み入る。
事態の不可思議さは、見れば見るほど積まれていく。
離れた先で響いていた川水の音も消え、剥き出しになった岩々が渇き、やや遠くからでも分かるくらいに時の経過を感じさせる。『水が消えた』よりも『水を失った』と表現する方が合うかもしれない。
そして、なによりも。
「あの二人は……?」
此処に在るのは僕とハウだけだ。
僕らを『アーツレイのペット』だとして追い立てようとした、エフアイと田々なる人物は何処へ消えたのかと……思った矢先。
《 ──田々! 逃がすなって命令したのに、何で逃げられてるのオ! さっさと捜しなさい!》
《 オメェが、『でんでん』とぁ呼ばねぇから↑ ヤル気なんつぁ、地の底よぉおお↓→↑! 》
こちらも『消えた』とするのは些か早計な分だった。
姿は無くとも声はする。見えなくなる前と同じ位置からする彼らの言い争う声に、『此方も彼方が見えていないし、彼方も此方が見えていない』なんて、意味不明な事態が起こっていると察せられた。……だが同時に、醸し出される『仕様感』にも思慮が波立つ。
(何かしらのフラグが回収されたか、別イベントが介入した……とか、それとも……)
迅速な情報分析を。窮地から脱却するには、一秒でも早い状況への理解と行動──策を練り出さねばならない。そんな時に、ハウが僕の顔を操りて上げ──
「なぁ……キキ、あれ……」
「アレ……?」
視線を空に差した。
綿菓子みたいで、分厚い黄ばんだ雲が広がる空。樹都の街が或る筈なのに、それすらも失っていた空。
「……アレって」
音無く浮かぶ雲を抉る黒い影が、『十字のようなもの』を刻んでいた。
「──影?」
普段の生活には無い特異なシルエットに、僕は既視感を覚えた。漣式に『アレ』を特定させる言葉が喉を駆け登るのが分かる。
──けれど、
〈〈 こっち! 〉〉
『嗚呼、お約束がキタと察せよう言ひとつ』
「ハウ、こっちだと。行こう」
僕は待ってましたと言わんばかりに駆け登っていた言葉を放り出し、無の空間で鳴ったような男女どちら付かずな謎の声に喰らいつく。それはもう、餌付けされる養殖魚ばりに。
「お……。信用していいヤツなんな?」
元より『こっち』とされた方向は僕らが目指す正門の風道だ。向かうに変わり無い話なのだから、レッツゴーあるのみ。
それは違う、罠でござるよとか言われても知りませんわ。
「『窮地に差し伸べられる救いの一手と言うお約束』なら、『設けられた仕様』に疑念を持つなんて馬鹿らしいってコトだよ」
こう言う時のテンプレ展開なお約束は捨て置けないのだ。
「なんじゃそら」と、さっきの前進に逡巡する友人に代わり、『僕が』軽やかな蹴地の短音を『タンッ』と響かせた──時。
《 ッ! そう……そういう事。アーツレイの森に匿われていたか! 》
……思慮の漣は『仕様』により荒れ始めるようだ。
不規則に撒かれていたエフアイの声が大きくなり、明確に僕らのいる方向に向けられたのが分かった。
(ぇえ…………)
此方が彼方を知覚出来るのなら、彼方だって同じ。もし、姿は見えずとも互いに或る事を知れる状況なのだとしたらどうだ。
ともしたら、一瞬、アーツレイ憎しの感昂は、こうも勘を鋭角に突出させるものなのかねと呆れを超えて脱帽しかけたが……これは僕が犯した『愚』によるものではないのかもしれない。
そう言う『仕様』であるのなら──地草を踏み鳴らす足音を聴かれた──と。果ては話し声から、彼女は僕らの位置に目星を付けたと推察するに至れるじゃないかッ。
《 何処に隠されようが、私の『槍の城』は誰一人逃さないってねッ! 》
「──ヤバ……っ!」
相対す双方が狩猟関に戻った今、エフアイが言霊を森に聴かせた直後──!
「──っはッ……ぁ?」
彼女が何をしたのかは知らない。けど、明らかな『攻撃』が……『僕らを捉えた筈の攻撃』を想起させられる速度を持った現象が、眼前で展開された。
一言で表せば、それは『密林』。彼女の声に呼応し、枯れ果てた樹々が空中から生え、草ひとつ無い砂地に突き刺さる。それぞれが同様に『タコの脚を模したような』根を剥き出して立ち、まるで『樹の形をしたUFOが一斉に着陸した』みたいな光景……。
(これが、『やりのしろ』?)
と言っても、やはりこの光景はエフアイにとって不本意の結果だったらしく──
《 私の槍の城が樹に……っ?! 》
愕然。
悄然に息を引きながらも、彼女の声は次第に怒りを打ち始めて、
《 こッ……のォ、古魂のシュジュまで持って……! 尚更許せないッ! 》
(──? 古魂の……?)
……初耳の単語はなんであれ、此方からでは全く以て意味不明な動機でヒステリックを起こされては、女性恐怖症待った無しなんで。
それよりも、聞き慣れない言が多い中、『それでも僕らの道は開かれたままである』との事象事実から、再びこの選択肢に意を灯す。
専門用語なんて解りませんし、なによりもこの謎の『ステルス・タイム』を活用しないなんて、それこそ愚の骨張だと思わんかね。
「今 の う ち」
「お う さ」
善きも悪しも企めば小声になる我らなのさってコトで──二人の意図は重なり、装身一体となった僕らは改めて大きく大地を蹴る!
《 ──足音が遠退く……! 追いなさい田々! 今度こそ仕留めてッ! 》
《 そりゃあオメェ……こう見えなんりゃ、土台無理ってェ話でさぁな── 》
タコの脚みたいな樹の根を掻い潜りながら、小さくなっていく二人の掛け合いを耳から弾く。
追手の知覚感度はダークサイドのブーストでヒートアップ状態らしいので、茂みを鳴らそうがもう関係ない。むしろ聞いちゃっての精神。
見付かっているけど見付かっていないとする変な状況への不安要素を頭でまぜまぜしながら、僕らは変な樹のオブジェが群立した一帯を一気に抜け出した。
ついでに雑木林に敷かれていた石畳の道を滑っては盛大に砂埃を巻き上げて、さあ眼前。人工的な道の先に見えた『壁の施設』を眼で捉う!
「──ッ! 正門……!?」
無造作に聳え立つ魔法樹の一帯に『深い奥』が無くなっていた。──『広場』。シュークリームの断面みたいな形で拓かれた人工的な広場は、森との境に檻のようなゴシック建造物のアーチ柱と、外壁に半分めり込むように築かれているマカロン型の施設が設けられているだけ。
──あからさまな大きな観音扉が『ででんっ』とあるわけではないが、きっと、あれがファイユさんが言っていた正門に間違いないかも。
見た感じ、外と中を隔てる壁等は無く、施設の形に沿って並び立つアーチ型の柱々だけで、柱間はトラック二台が並べられそうな程に広い。ならば、このまま走り抜けられそう──と、見定めた時。
〈〈 ──急いで……見つかってしまう──! 〉〉
再びお約束の声が……。しかも、獣衣装を纏った状態で駆けても、謎の声はそれでもまだ速さが足りないと言うのか。
……などと、僕が愚痴を吐こうとしては飲み込み、逡巡でまごついていると──更に言が続いて──
〈〈 待ってッ。樹都を出るなら──最後に──! 〉〉
「──クク、さん?」
声優に向いているとは言えずとも、一般人の中では頭ひとつ抜く凛々しさと純心な感情で弾ませた抑揚は、印象にまごうことなき彼女の声。
凄く聞き覚えのある声色に、思わず声の元を求めて正門を捉えていた目線を空に跳ねてしまった。
───何故、フォールの街にいる筈のククさんの声が、ここで響くのか──と。……でも、そう疑問に思った挙動を見せた僕の方が、頭に噛り付いている友人には疑する対象だったのだろう。
「どした、キキ?」
「……あ、いや何でもない。ごめん、考えるの止める」
ついつい出てしまう熟考癖に、危うく駆ける脚を止めてしまいそうになっていた……。──気を取り直し、ハウの意思と同調し、目を正門へ脚を前に飛ばし、ククさんの声が響いたと言う『仕様感』に、また思考の水溜まりに飛び込もうとした石を咄嗟に掴み取った。
『今』は逃れる事が先決──。
この場面での勝利条件を敢えて言うならば、『見え始めた外壁に設けられているであろう正門を潜る事』。
そうして彼女らから逃げ切る事が出来れば、晴れて「樹都フォールとはおさらば。御免被る!」……としたいが……。
(それは追跡者も承知と考えて宜しいのかな? ……期待薄だけどさ)
せめて、僕のステルスチートがその効果を魅せてくれれば、どういう状況になっても逃げ切れるかもしれない。
──ステルスチートを発動させられる状況にさえなってくれたら……。
《 逃げ切った暁の褒美は── 》
「──ッ」
来た。ゾワリと増す気配は後ろから。
SNSで表せば、怒りスタンプ前のドラムロールに当たる怒声が、黄土色の世界を震わし始め、
《 逃げ切った暁の褒美は──さっ……ぞ、かぁッし! 綺羅びやかなんでしょうねッ!! 》
僕らが人工的な道に飛び出したのと、さして間を置かずに、ゾクリと刺す声が虚空の枯れ葉の遥か向こうから轟いた。
……嫉妬、僻み、自尊窮命の悲鳴を聴くに察し余るが、『今』から逃れるなんて、許してはくれないのだろうな。
権力者様は少しでいいので敗者を弔ってくださいませってね。
「──はぁッ。もういい。褒美とか知らないし。……ハウ、全力で正門を突破する事だけに専念しようか」
「あっはっはー(棒)、キキぃ……世の女、全部が全部あんなんじゃないってのだけは……あ、──じゃ、避けんぞ?」
僕がもういいと意識から外していた後方の変化にいち早く気付いたのは、やはり流石はハウ──友井春……とでも言えばいいのか。しかしながら、この『タイミングを合わせたような回避行動』に関しては、考えるのを止めると言いつつ、やはり流動的に考察垂れてしまっていた僕の思考を覚まさせた。
「────ぇえ、えッ」
急激に天地が入れ替わる景色──。口から漏れていた声が涎を伴い散布する。
『枯れた魔法樹』『錆色の街外壁』『枯れ葉積もる草地』『十字の影を落とされた黄土色の雲』が次々と入れ替わり、更に僕の眉部分から伸びる一対の獣い触角が鞭の如く撓っては、全ての光景で暴れ回る。
──理解不能の映像。
だが分かるのは唯一、森の中からミサイルみたいな速度で突してきた幾本もの樹の幹が、僕らの身体を掠め、行き着いた草地を穿っていた事。
つまり、『この友人は気付かなければ確実に喰らっていたであろう攻撃と思わしき現象を、僕では思いもつかなかった『触覚を使った立体運動』で回避した』……と。
爆した動きを止める樹々の最後の一本を背面飛びからのベリーロールで飛び越えると、ハウの意思により、僕の足は再び正門への道を走り出していた。
「──……なに今の?」
……そんなの、なんだコレはと思うのが自然じゃないか。
「……なにって、こん長いやつ使えたら躱せそうだなーって」
「──はん?」
僕の知る『友井春』なる人物は、ある方面から言って身のこなしの卓抜さが売りではないかと考える。何気に応用も効くので、これも天性の才によるものなのかもしれない。──けれど、眉から生えた触角なんて非現実な要素を用いて動き回るなんて、思い付くものか?
あんな玄人ヨロシクな程、初見でひらりハラリと──。
「お前、何か……」
妖精さんの助言的な加護でも受けているのか?
そう訊こうとした時だ。
僕らが起こす疾走の風が過ぎ去るアーチ型の柱に当たって唸った瞬間──。
「──お、戻ったな」
「いや、話を逸ら」
森を拓いた広場に進入したと同時に、僕らの視界から黄土色の世界が消え、元の緑の光景が現れた。
寂れた様子の無くなった建造物や、脆く砕ける枯れ葉で覆い尽くされていた芝。数十メートルものフォールの外壁の影に包まれ、外壁施設から漏れる人々の賑わう声が届く。
壁の施設は解放状態。
故に外からでも内部の様子が見てとれ、逆に、内から外の出来事も筒抜けとなるのも『必然』である。
「──あッははははハハ ハ ハッ! 見ぃいつけぇぇええ──たっ!!」
状況は皆様ご覧あれ状態。
僕とハウが、扉の無い外壁施設の中へ入ろうとしたのと同刻。遥か頭上より、ハウ曰く『あんなん』なる人物が飛来──。それに追従するはやはり、翼を羽撃かせながら神格雅な大槍を得した女兵──ヴァルキリーとも言えよう魔法樹の魂塊!
「話を逸らさせんなよッ!」
鋭利な槍先を下底とした彼女らに、僕が出来る事などそんな罵声ひとつであった。
──『触』『刳』『爆』。切り開かれた広場は何事も拒絶しない──。
綺麗に整われた芝と外壁施設に続く石畳は、脆くも爆散した。威力は先の比ではなく、超重量を以て行われた大槍での『地穿ち』は正しく隕石。
槍刃が地に与えたきっかけは怒涛で、土と砂を裂しに裂し、周囲の魔法樹の枝葉を一斉に掻き上げる衝撃波を生み出した。
「──ぁああぁああ゙あ゙──あぁアアアァアアッ?!!」
そんなものに抗える訳もなく、半獣化した僕の身体が五転六転と圧し飛ばされ、硬い床で跳ねる毬と成る。
土埃は森に被るだけでなく、無論施設の内部へも侵入。唐突に押し寄せた出来事に、反響する爆音の中で百の悲鳴が上がった。
「────ぃッ、……だぁ」
漸く身体が爆風から解放され、俯せのまま床をカリカリと掻く。いくら獣衣装を纏ったこの綿毛モッフモフボディでも、痛いものは痛い。今の一撃で、体力が一気に赤ゲージにまで削られた感覚。
「……ハウ、平気か……?」
立て続けに巻き起こる喧騒に、警備員だと思われるフォールの人々の怒号や避難誘導が行われ、外壁施設内は瞬く間に警戒シフトへ──。
「まだ大丈夫さ。まだな」
周りの人の波は左右二手に割れていく。──その先は内と外の壁にサンドされた縦長の空間に、幾重にも築かれた回遊通路があるようで、この外壁自体がひとつの巨大施設なのだと思わせている。
一方の、謎の大爆発を受けての警戒の動きは迅速。
僕らが互いの無事を確認し、ヨタヨタと立ち上がる頃には既に、森の広場と直結する出入口を始め──展望位置──遠方──正面に分隊となる人員がブロック体勢を組んでいた。
「──正門は──?」
この施設はとても広いのだろう。充満する土埃が、内装はおろか遠い場所の構造さえ遮ってしまい、自分が何処の位置に居るのか分かりにくい。
──と。
「あはッ! 馬ァっ鹿じゃない!? 折角、魔法樹があんたを匿ってくれてたのに、自分から出てきちゃうなぁんてさっ!」
施設内に、イってしまわれたエフアイの猛りが木霊す。
(匿っ……どうだかね)
あれだけ拳を振るわれていたのに、『森に匿われていた』なんて手の平返しにも程がある話なんかあるものか。
僕が思うに、さっきの現象は別の場所でのイベントが介入した、ただの混濁だろう。
ああ言った、スクリプトを乱す等の度を越えたチートアイテムが、あの男の電撃武器だったとすれば、不測の事態を発生させるきっかけとなったのも頷ける。
別のゲームで使われたのを見たことがあるから、きっとその類い。
故に匿われたなんてのはノーカン。誰も意図しない『零回目のステルス・タイム』だったのだと、僕は結論付ける。
そして今、運営からの不具合のお知らせも届いていない今現在。僕とハウは、森側の出入口──施設の外枠曲状に沿って聳え立つ長方形の柱々の合間から、ノソリと顔を覗かせた悪態の主達と相対す。
この光景は、ゲームでよくある『諦めの悪い魔王に追われるシーン』を彷彿とさせるな──などと思いながら、僕はこれから始まるであろう戦闘を、如何に回避するかだけを考えていた。
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