『最強少女』のログ
景色が剥がされていく。
キャンバスに描かれた絵を破くように。
もしくは肉塊に噛み付き引き千切るように、かつては絶景と謳われた光景が剥がされていく。
少女は茫然と、そんな画面の中の『景色』を眺めていた。
お世辞にも女の子らしい部屋とは言えない……殺風景な場所。暗くて、辺りを照らすのはパソコンのモニターの光のみの部屋。
身に纏った学校の制服は脱ぎかけのまま。床に捨て置いた学園鞄も気にも止めない。
少女は茫然と、画面に映る『女の子』の後ろ姿を眺めていた。
小さな手に握られた朽ちた刀剣。
そして、女の子の足元に転がる岩塊のような竜。
「……たおせた」
言吹いたのは『たおせた』時より、大分後。
「……たおせた、のに……さ」
ぽつりポツリと、唇から吹く言葉が増す。
「……たおせたんだよ……ッ。だから、もうさ!」
ポタリと溢れた涙に喰らいつくように、少女は叫んだ。
『もう、壊さないでよ』、と。
画面の中を飛び交う無数の同種の竜に叫んだんだ。
竜達は景色に噛りつき、引き千切っては黒く変える。
それは、草原に飛来しては植物を食い荒らし、荒野に変える虫の群れの如く無慈悲で機械的。
それは、誰が何をしようが、何を言おうが止まらない、最大権力のプログラムによる破壊。
それは、その世界に住まう者達の行動、秩序の崩壊がもたらした最終決定。
『天罰』と銘打った、作られた世界の終焉。
この世界は今日で終わる。
終わって良いと判断された世界だから。
既に終わっていた世界を終わらせる話になっただけ。
それでも。
そうだとしても。
そんな事はお構い無しに、少女は抵抗した。
世界を終わらせる竜のひとつを倒した。けど、世界は終わる。倒されなかった竜達が終わらせる。無情にも、少女の努力に『無意味』の烙印を押し付けるかのように、景色は剥がれていった。
「──止められない仕様なんだとしても」
刃を失った刀剣は、より強く握り締められた。柄が砕けようとも少女は構わず、その手を振り翳す。
「最後のイベントなんだとしても──ワタシは楽しむから! 絶対にクリアしてみせるから!」
静寂など存在していないこの世界に、少女は雄々しく昂ぶりがなる。その言葉が──その言葉さえもが奴等の咆哮に喰われようとも関係無いと。言う事にこそ意味があるのだと、少女は更に叫ぶ。
──だから見ていて……クク……アイリ──!
「────……?」
その時、少女の目に二つの影が映る。
竜ではない。一つは全身にたなびく体毛らしきモノで獣と見える。そしてもう一つは……。
有り得ない姿。有り得ない光景。有り得ない関係性。
それらは空を駆ける術も持たず、真っ直ぐに少女に向かい落ちてくる。瞬く間に双方の距離は縮まり、少女は有り得ないと……見たことすら無い二つの影の正体を知り、目を剥いた。
接触は刹那。ソレと目を合わせた瞬間──画面は完全に黒くなった。
女の子も、落ちてきたモノも全て消えて、一層暗くなった部屋。
何も吐けなくなった少女の目に、画面に浮かび上がった一文が映る。
それは、世界が終了した事を明記した文の冒頭。
少女にとって、見たくなかった現実回帰の文面だった。
「……なんでだよ」
問うても答える者はいない。──いや、問われて答えれる自分ならいる……と、少女は歯を食い縛る。
こうまでされるとは思っていなかったと、答えに付け加える自分がいたから……。あえて己の問いに答えず、代わりにモニターの主電源を殴るような強さで叩き落とした。
そして、本当に真っ暗になった部屋の中で、キーボードに置いていた両手をダランと下げる。
もう気力が失せたと、言わんばかりに……。
この日の出来事は、単にオンラインゲームのサービス終了に伴った、『世界崩壊イベント』と言うよりは、『運営によるプレイヤー狩り』との見方が強く、俗に『運営ブチ切れ事件』などと呼ばれていく。
しかし、事の発端は少女も認知する所。
何も、運営が健全だった世界を無闇やたらに終わらせた訳ではない。
嗚呼。そうだ。
せめて、健全だった世界であったのなら、こんな日を迎える事は無かっただろう。
「……っ……!」
少女の頬に、幾筋の涙が伝っていた。
それは己が行った外道への後悔か。それとも、理不尽に抗えなかった己の無力さへの憤怒か。
はたまた、終わってしまった世界への未練だろうか。
何れにせよ、少女は現実に回帰した。
ゲームの世界で行っていた事が出来ない、現実の世界に。
ただ、あの世界に戻りたいと思う事だけは許される、現実の世界に。