表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
19/103

第十三幕目:『獣衣装』




 ────…………は?


 突然、意図せず視界が空を向いた。


 胸には、変な圧力が痛みを伴って広がっていく。


 身体の重さが浮くように消えたと思ったら、唐突に背中が草地へと叩き付けられた。


「かふァハっ!? はぅ──ぐゥ……!」

 何が起きた何をされた──?

 雌雄決着を受諾すると答えた直後に『衝突』に襲われた。気付けば胸骨が軋み、ただでさえ緊張で細まっていた息が強制的に圧吐させられた。


「ぅ……コふッ」

 焦点が上手く定まらない。けど前を見ると、身を捻ったファイユさんが今さっきまで僕が立っていた場所に向かって、片脚を真っ直ぐに伸ばしていた。


 それで理解した──僕は、蹴り飛ばされたのだ!

 だがそうは分かるも、圧された胸に激痛が走り、仰向けになった僕を起こさせてくれない。


 ただの一撃のせいで、だ?

 女の子の、ただの一撃のせいでだなんて、なんの冗談か──!


「……はい、じゃあ……。ククの・・・『笹流し』は返してもらうね」


 その程度で天を仰いだ少年など、お話にならない。そう嘲笑うように、彼女は是見よがし屈んで見せた。そこには、しっかりと握っていた筈の小刀『笹流し』が落ちている。


 彼女はさも落とした消しゴムを拾うように、それが私物であると言うが如く掴み取ろうとしていた。


「──ッかフ……ッ、…………ぁ、待っ……!」


「……」


 こんな状況になっても、まだやって来ない僕を眇み見る。

 しかし、流石に見限ったか。彼女の視線は無情にも逸らされて…………。



 ──本当に、秒で雌雄が決着する。



 ──突発的な衝動で沸き立ったやる気がメッキ同然に剥がれる。




 ──何を一人前みたく熱くなっているんだと、急速に頭が冷めていく。




 当然……か。

 言うなれば、僕は初見エンジョイ勢。ファイユさんは重課金勢にみたいなもの。それが如実に表れる火力の違いで、このザマ。


 どんなに想いがあろうとも、得ただけの武器が強かろうとも、チートツールも無しに始めた僕に出来る範囲など、所詮ここまで。


 これこそ当然の結果。



(──クソが……)



 次第に、姉に習った紳士的振舞いも剥がれていって……。



(なんだよコレ……)



 朝に受けた屈辱と、



 今受けた恥辱と、



 考察の余地を残し過ぎるククさんのシナリオや、



 愛しき我が姉の『キズキ』へ期待するエールがごちゃ混ぜになって、




 ────『爆発して』────。




 体を動かす系のゲームはしない主義である筈の僕は、紳士的など糞喰らえだと思った瞬間、痛みが吹っ飛んだ。



「──ぁ あああぁ──ぁああああッ!!」



 柄にも無く吐いた雄たけびを上げた。

 地面を殴り付け、上体を跳ね挙げた。

 その鈍音にファイユさんも気付く。

 向けられた彼女の眼は、嘲る嫌いも尊ぶ謂れも無く、単に『音がしたから反応しただけ』だと言う様に、迫り来る僕を見上げていた。


「──おぉ?」


 『足蹴にされたお返しに襲う』だなんてとか、今は考えられない。



 僕は──僕の為したかった事はッ──手から離してしまった小刀に、彼女を近付けさせない!



 その一心!!



 勢い任せの僕の身体が、物を拾い上げようと屈んでいた少女と衝突し、僕らは不様に飛んだ──!



「わッ!?」

「ぃがぁ!!」



 僕はファイユさんに覆い被さる形で倒れ込む。

 どんな形であれ、彼女を小刀から引き離せた。

 衝動的な理想は叶った。しかし……。


「……ぁ」

 僕はここで勢いを失ってしまう。


 武器のひとつでも構えていれば、流れに従うだけで眼下の少女を制する事も出来ただろう──が、生憎無手じゃねぇかと。


 結果、ファイユさんを己の身を以て押し倒しただけ。

 ケダモノさながらだ。


 そして思う事は一つ。『この柔らかい感触は何』!

 彼女の腕や胸、腹や脚に触れてしまった事で、一度は剥がれかけたお粗末な紳士的理性が戻って来た。そうなってしまえば、勢いなどなし崩しに消え失せましてね!


「──あっ、す」


 その結果の果て、僕は咄嗟に身を起こしてしまうって言う。

 さあ、ご覧あれ。これが『愚』である。


 何故なら、身を離され自由となったファイユさんの両手が、空かさず僕目掛けて虚空を走ったのだから──!



「──ッコ゜!?????」



 彼女が持つ二本の木の棒が、女体に跨がるケダモノの腹を抉った。衝撃が背中を突き抜ける。単なる少女の突きとは思えない剛勇な発撃。吐気も通り越して意識がネジを溢す。意思に反し、グリュンと瞠目過剰になる眼球が、身に起こった危険度数と……無慈悲さを……露骨に……表してい……た。



 ────



 塔の倒壊のように地に沈んだ僕を弾き、ファイユさんがめんどくさそうに立ち上がる。


「……はい。キミは、今ので二回死んだ。……そんな人に、ククの笹流しは渡せない」


 吐き捨てるではない。

 それは、明確に悟らせる言葉に聞こえた。


 声無く地に伏せた少年に掛ける戯れ言は憐れみだ。

 何を口にしようと、もう自分が放つ台詞は同じ意味しか打たないからと、ファイユさんは余計な口は省き、二歩分先に転がったままの小刀を拾い上げた。



 これで、雌雄が決着した。


 ……のだと、思ったのだけれども。



「──キキ! がんばえー!」


 決して幼児のものとは思えない、粗末に幼児化された野郎の声援が届いた。まだ続けろと言うのかキミは。


「キキぃー。ふぁいとふぁいとー! ってことで、ファユ姉、ちょっといい?」


 今度はちゃんとした幼女の声だが、あからさまに別の事を優先させているついでに声を投げたじゃんそれ。


「なーに?」


 近寄ってきたキサクラに、ファイユさんが涼しい顔で振り向く。

 それはもう、決するべき話は終わった……むしろ、何事も起きていなかったとでも言わんばかりの余裕染みたお顔である。


 その緩ませた頬に向かって、キサクラがビシィッと指を差した。



「ファユ姉は大事なコトを見落としている!」


「…………ん?」



 その様は名探偵宛らか。彼女の発言に、みっともなく涎を垂れ流していた僕の気も引かれていた。


「……私、何か見落としてた?」


「あのね、キキを潰しただけじゃ意味ないの。言ってたじゃん。『ハウも付き合うさ』って」


 お椀にしたままの両手にハウを乗せ、キサクラがファイユさんに突き出した。ハウも何故かその気らしく、そのクリっとした目で戸惑う彼女を見上げている。


「……本気で? ハウ君、闘えるの?」

「あーー……。この子がさ、いけるいけるって言うから、なら、いけんのかなぁ? みたいな」


 ハウの容姿を見るに、これが戦闘タイプだとは想像しにくいのですが……。いやでも、キャラクター作成の時、適当に設定したとか言っていたから、本人の気付かない内にあらぬチートを付与してしまっていた可能性も無きにしもあらず……?


「……てい」

「ぉふッ」

「あ」


 キサクラの手に収まった状態のハウに、ファイユさんの木の棒がワイパーみたく倒された。哀れなり、ハウは為す術無く、その小さな脳天にコスッと貰ってしまっていた。


「ファユ姉違う! そうじゃないから!」

「んんん??」


 ファイユさんに対し、一時は怯えていたキサクラもこればかりはご立腹なご様子。そうなってしまう程、ハウが戦力になる事に確たる自信を持っているのか……。


 戸惑いも通り越して苦笑いを浮かべてしまっている目上の少女を一喝し、キサクラが「キキ立てる? とゆか立とう!」と、僕の所へハウを連れて駆けてきた。


「立てるけど……ぃってえ……」


 なんとか痛む体を起こし、僕は横でしゃがみ込んだキサクラを向く。とは言え脚がガクついて上手く立てない為、仕方無く胡座をかいた体勢ではあるけど。


「……で、キサクラは、なにやってんの?」


 僕が痛む腹を擦っていると、この娘は僕の頭の上に綿毛の獣を、まるで鏡餅に乗せる橙みたくポンと置き出したものだから、こちらもしっかりとジト目をくれてやる。


「……そいじゃ、ハウ。後はキキを飲み込むだ・・・・・・・・・

「オケ」

「は? え? なんだ、今の穏やかじゃないやり取りは」


 とまあ聞いてはみたものの、キサクラは置くものを置いたら、僕の質問には一言も答えずにそそくさと離れていく。その際、すれ違うファイユさんに「ここからが本番ね!」と声をかけていたが、『本番』って、何が始まるんですかね……?


 ファイユさんも、これから何が起こるのか予測出来ていないらしく、怪訝そうな表情を浮かべている。それでも、左手に持つ小刀を腰辺りで隠し、右手に持つ二本の木の棒を構えては、あからさまに防御と思われる体勢を作っていた。


 ……相当警戒しているのが分かるが、事の発端となるのであろうハウを頭に乗せてては、防御も儘ならない僕は一体どうしたら良いのだろうか?


「──おし。なんかよくわからねんだけど、飲んだら良いって言われたから、その通りにするぞ」

「なん……お好きにどうぞ」


 握り拳大の獣に、身長百六十七センチメートルの少年が飲まれるとか、どういう物理現象……? と、思った時、


「……は?」


 僕の頭上にあった光の渦が何か・・に遮断され、人ひとりを覆う程の影を落とした。


 さて、街を歩いていて、急に辺りを暗くする大きな影が現れれば、何気無しに空を見上げるだろう。


 その先にあるのは飛行船が超低空飛行している姿?

 それとも手抜き工事によって柱を崩壊させて倒れようとしてくるビル?


 前者なら「おお、ちけぇ」とか言いながら目が釘付けとなって感嘆に息を漏らすし、後者ならば脱兎の如く逃げ出すか、脚を竦ませてしまい絶体絶命に陥るかの岐路に立つものでしょう。


 では、なんだろうと上を向いた僕は、この……どこに備わってあったのかも分からない大きな口をかっぴらいて、一切合切原形を留めていない『ナン』みたいな綿毛の獣を背にした僕は、「お前の口、どうなってんの?」って台詞を投げる事以外に何が出来たであろうか。



「いや待て待てあぁぁああッ??!」



 僕に覆い被さってきた綿毛の獣ことハウにより、視界が暗転。続いて頭と背中を中心に柔らかい毛皮が浸透していく感触に吐気を催した。


 纏めていた髪がざわつき、眉辺りが熱くなる。


 更に違和感が腕にも伝った。肩、二の腕を呑み込んだ毛の塊と肥大化する手までの間に鬣を走らせ、上半身の殆どが綿毛のゾワゾワとした感触で満たされる。


「ン、ン、ン、ンン!!」


 最後に腰の両サイドに獣の大きな肉球を押し付けられた。いや、ガッチリと掴まれた感覚だこれ。



 ──して……それらが上半身を這ったのは八秒程度だろうか。

 この嫌な変動が治まると、吐気が引いてくれた。いやむしろ、打って変わって気持ちが軽いような。


 まだ熱を帯びた眼を開き……僕は、自身の身体を見下ろす……。



「……おいおい……えぇ……?」



 まず言うと……この、人の手と獣の足が融合したような、二回りくらいデカくなった我が手腕はなんだ?


 毛むくじゃらの指先から生える鋭利に屈曲した爪はなんだ?


 腕や肩、背中全体を覆うボリューミーな綿毛はなんだ?


 腰にデバイスのように固定された獣の足は誰のだ?


 そしてハウの綿毛のような変化を遂げた髪は?


 何故に眉毛は、ハウの触角みたく背後まで伸びる程無駄に長く、毛先にいくにつれてシダ植物の如く渦を巻いている?


 ファサっと目にかかる白い前髪を、なんとなしに掻き上げてみた。それこそ、いつもの気合い入れに髪型をセットする最初のプロセスを踏むように。


 その時、指に何か当たった。


「うおぅ!? キキ、それは危ない! それ以上は目に当たるから」

「あ、ごめん。…………はあ?」


 後頭部からハウの声がした。まるで、齧り付きながら喋っているのかと思うくらい近い所からだ。


 反射的に振り返るが、見えるのは背中を覆ってそうなヴェールみたいに長い白髪。そして、ハウの触角に似た一対の渦を形作るクソ長い眉毛。


 はて? 肝心のハウは何処に?

 とか惚けつつ、僕の頭に帽子を模して被さっているハウの鼻っ面を手の平で、ベシンと叩いた。


「とッ!? キキおまっ! 躱せないんだぞ?!」

「……ああ……だろうねぇ」


 これは、もう、そうだな。

 簡単に想像すると、僕とハウが融合した……若しくは、ハウが僕に寄生したと考えて良いのかな。


 冷静と言うか、自分で出した答えにドン引きしている僕とは裏腹に、なんか凄くはしゃいでいる娘に、答え合わせを頼むと訴えると、


「キキ、ハウ! それは『獣衣装じゅういそう』! 人間が獣を装備したって考えて!」


「……『獣衣装』……ですか」


 それはまた……お強そうなお名前で。


「それなら、ファユ姉にも劣らないよー! 勝てる勝てる!」

「……マジで……?」


 自分が今、どんな様相をしているのか理解しかねるが、「勝てる」と言われ、ググッと首を回してファイユさんを見てみる。

 この『獣衣装』なるものは、彼女にとって予想外だったのか、二歩三歩と後退り、胸に抱えた木の棒を強く握り締めていた。


「キキ。やってみるか?」

「……これで小刀を取り戻せるんなら……やるだろ」


 やる気が再び滾る。

 ハウの「リア充の匂いがするぞ? 何があったん?」なる戯れ言を無視し、獣衣装を纏った僕はファイユさんと向き合い一歩を踏み出す。



 脚はさほど獣々していない元のままだが、軽さが違う。

 例えば──。



 キサクラの瞬間移動とまでは行かなくとも、ファイユさんが僕らがいた場所・・・・・・・を睨んでいる後ろ姿を、大きく回り込んで少し離れた所から眺められるくらいは、速く移動出来た。


「あ?!」


 対象を見失い、周囲を見渡す彼女を見ているとなんか思い出す。

 これは、ステルスチートでプレイヤーキルをしていた時に酷似した光景だ。

 だから、僕は敢えて、その通りに動いてみる。



 ──歩む方向は、彼女との直線から外れた森の奥。


 仮想化した視界に一本の細い縦線を引き、僕の意識をこの線の中だけに注ぎ、元の視界から対象者を消す。


 飽くまで意識的に無意識に。


 僕は、其処のモノには気付かず歩む。


 静か過ぎず、元から或る物として、空気のように。


 彼女が吸い込む、空気に溶けて──。



 だが、やはりこの姿は存在感が強いようで、対象者が去ろうとする足音の元を認めたのをきっかけに、双方が互いに気付いてしまう。

 けど、僕はファイユさんが持つ小刀を握れたので、いつものようにステルスチートを剥ぎ、動画に収める感覚でプレイヤーキルへと移る。



「なッん──? いつの……」


 ファイユさんが急に背後から現れた僕らに驚き、退きながら声を発している。けれど、その動きは此方にとっては好都合で、小刀の鞘を持ってってくれた事で刃が閃き、僕は獣衣装の恩恵を以て、素早く彼女を正面から拘束してみた。


「間……に…………?」


 今度は無手ではないので、ちゃんと小刀『笹流し』の刃を彼女の首に当てては密着した体と背に回した片手で両腕の自由を奪う。それによって脚を絡めて重心を限定させ、直立不動の体勢に固めてみせた。


「──で、えっと……」

 そんな訳で、僕は、互いに息のかかる距離まで近付いていたファイユさんに、素朴に質問を投げ掛ける。


「『笹流し』は、取り返しましたけど、雌雄決着これってまだ続けるんですか?」


「……ッ! ………ん……。……もぅ、いいよ。取り返されたんならッ」


 ファイユさんが戦意を喪失させた瞬間、僕達の動向を頭上から見守っていた二つの二等辺三角形が、雌雄決着の終了を告げた。

 そして、小刀『笹流し』の所有者を僕、キキに定めるとした一文が図形内に表示される。



「……はぁ、良かった……」



 どうやらキサクラの言う通り、僕は……。と言うか、僕達は、ファイユさんに勝てた? ……ようだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ