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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第十幕目:密室で独りにして




「……トレードを? ……キキ様の眼鏡、と?」


 そっちかぁ。


「でなくて。この『吸魂の一振り』と、です」


 握りしめた木の短剣へと、ククさんの意識を促す。

 するとククさんは、「吸魂の一振りを、わたしとトレード……?」そう呟くや、突然魂が跳ねたかのように顔を上げた。


「それ、って……。ぁあ……! そうかもしれませんね……ッ」


 目を丸くし、僕を見返す彼女が更に述べ連ねる。


「あの変態紳士も言ってました! 『この任務は一見、盗賊の捕獲と吸魂の一振りの奪還だ』って。でも、実際の任務主文には、『奪還』しか促していない」

「そうです、そうです!」


 流石はククさん。開拓の上級者と言うだけあって着目点を捉えるのが早い。

 最早逡巡は皆無。スイッチが入った思考は順を追うようにパズルのピースを次々と当て嵌めていく。

 バラバラになっていた光景がみるみると『絵』に変わり、頭の中に拡がった『絶景』を言葉で、正確に、詳細に、感動を含めて熱弁していく彼女の独壇場を、僕は目の当たりにした。


「何時から勘違いをしていたんでしょう……! そうですよ。追われていたのはキキ様ではなく、吸魂の一振り。……ならば、その【 TARGET 】表示は、キキ様に当てられたものではなく、『吸魂の一振りに当てられた表示』であって、『わたしとトレードする事で、キキ様から離れる』!」


 恐らくはそう。でも、そうあってほしいと願いながら、僕もククさんの言葉に沿う。


「そこでだよ。ククさんは僕を『ゲスト』だと。『お客様』だと言って優遇してくれたよね? じゃあ、シュギさんは? 自らを『紳士』だと振る舞っていたあの人は、僕を『ゲスト』として扱ってくれるかな?」


「…………──あ……っ!」

 これは、彼女の『確信』へと続く道標にも印されていたのだろう。ククさんは全身に力を込め、震えながら屈むと、爆発したように目を輝かせて顔を上げた。


「シュギはあれでも紳士です!! 絶対に、吸魂の一振りを持っていない『ゲスト』であるキキ様を、こんな密室に閉じ込めていたりはしないです!」


 良かった。それを聞いて安心した。

 僕は、今生の別れだと言うように、今手に持つ木の短剣を見下ろす。

 これをククさんに渡せば、僕は外に出られ、密室に閉じ込められたままになるだろうククさんを、外にいる誰かに助けてあげて貰えるよう動ければ……良いのだが。


 まだ気がかりな事がある。それは──、


「……それでさ、あの……シュギさんが絶対に言うことを聞く人って、僕なんかが言って、動いてくれるのかなって……」


 残念ながら僕のシナリオは、ここから先が白紙だった。




 けど、シナリオはまだ終わっていない。




「……キキ様でも会える方……。それならやはり、ハウ様と一緒に居られるファイユ様なら……確実に……!」


 ククさんがまた、正解のパズルピースを嵌めた。

 これで更に拡がった絵から、彼女は一気に全体図を思い描いてくれた。

 今の自分達が、吸魂の一振りを手離す事なく、再びフォールの情景に戻れる姿を!


「キキ様! トレードしましょう!」


 ガタンッと、ククさんが腰を下ろしていた黒い椅子を退けて立ち上がる。

 嬉々として目を輝かせ、消沈していた心を再燃させる様子は、まるで、脱出ゲームの攻略を導き出せた『誰かさん』みたいだ。


「そうですねっ。まずは、この【 TARGET 】が移動してくれるのを願って……」


 僕の頭上に表示し続けている文字を仰ぐ。

 そして、ククさんがメニューパネルを開いた。


「キキ様。『身分証明パネル』を開示してください」

「あ、トレードって、そこから出来るんだね」


 そう言えば、トレード制度があるのは聞いていたけど、やり方はまだ教わっていなかった。

 この分だと、他にも未確認の仕様がありそうだと思いやられるのに、細かい所は『いざ実戦で』なんて事になりそうであるな。


 ……というフラグ建築はさておき。

 ククさんに習い、空に二等辺三角形を描き、それぞれの正面にメニューパネルが円状に現れる。


 そして、『身分証明』と刻まれた六角形のパネルを同じく、中心で六角形を成す選択枠にドラッグ。


 四角形に変形したパネルには、左半分に今の自分の姿を3Dで映したプレビューが表示され、右側半分上に現在の身分、状態、身体情報等が箇条書きされたウインドウがあり、その下左に装備パネル。


 そして、右に目当てのトレードパネルがあった。


 二人がほぼ同時に目的のパネルに触れる。

 途端、パネル全体が本の一ページを捲るエフェクトを見せ、表示画面が左右に分かれるウインドウのみになる。


「右の枠が自分が提示する品で、左が相手が提示する品です。キキ様、吸魂の一振りを右の枠に入れてみてください」


「直接入れるんだね」


 言われるまま、僕が吸魂の一振りを指し示された枠に投函っぽく挿入していく。すると短剣が、パネルに触れた箇所から奥行きを無くし、枠内で平面的な3Dプレビュー表示となって僕の手から離れた。

 見れば、この表示はククさんのパネルの左枠にも同様に映されている。


「はい、来ました。では、わたしのは…………えと……」

「……ククさん?」


 ククさんは会計する時に財布が無いのに気付く二秒前みたいに、己の服の収納部をまさぐる。

 トレードするとは決めたけれど、『吸魂の一振り()トレードする』としか頭に無かったのだろう。だんだんと焦り始めるククさんの目は、白目に太い黒縁の丸というコミカルフェイスにも例えられた。


「……ちょっと、待ってくださいね。対等品を考えます!」


 女の子らしい小さな手で、宣誓のポーズをされた。

 そんなのされたら、こちらも苦笑です。


 しかし……僕がここから出れたとしても、問題はそれから会うであろうファイユさんにククさんの状態を『僕が伝えて』信じてくれるかである。


 ククさんも今、この事で悩んでいるのだろう。

 ククさんが危険な目に遭っているとするのならば、彼女の武器『古魂の刀剣』を見せれば一発でファイユさんは戦慄するだろう。が、そもそもアーツレイに仕えてもいない僕が特別であるはずの品を手にしていたら、此方の身が危ないのでは? 殺されない??


 同様に、ククさんの左薬指で煌めく『ファイユとの結婚指輪』も、信じさせる効力は強いとは思うが、それを手にした僕を見られたら、この身はお屋敷の絨毯になりますな。


 では、手記か?

 それなら、多少は安全かもしれないが……。信頼を得られるかどうかはククさんの文体に懸かってくる。しかも、渡すにしても、見ず知らずの男から差し出されるのだ。

 受け取って貰えない可能性も、十分にある。


 僕も何をファイユに提示出来れば事が転がるかに思考を巡らせていると、ククさんが何かを思い付いたのか、それとも何かを決心したのか、グッと歯を食い縛った。


「……コレにします」

「……? ……んん!?」


 ククさんが突然、スカートの右の裾を腰までたくし上げた。

 武器庫で木の瓦礫からちょっと見えた程度だったスカートの裏地と白いレースが、ハッキリクッキリと天井から吊られた安っぽいシャンデリアの明かりに照らされ、僕の視界で片翼を広げる。

 更に、彼女自身の健康的で少し逞しくも瑞瑞しくなだらかな流曲線を成す太腿から腰にかけるラインまでもが、まるで深夜の森を探索中に不意に現れた回復の泉のように後光を背負いてそんなに神妙な雰囲気ならそら動物達も骨を休めに集まってきますよ的な有り難くも畏れ多い運命の出会いにも似た


「……この小刀『笹流し』。古魂の刀剣を授かる前まで、私とファイユ様をお守りしたこの小刀なら、ファイユ様も信じて下さるでしょう。……キキ様」


「あっ、はい」


 ククさんは右太腿に忍ばせていた小刀を、脚に巻き付けていたベルトごと外すと、僕を見据えた。


「この小刀は、これからキキ様をお守りする物として、お傍に置かせて下さい。そして、ファイユ様には『これをククさんから授かった』と、お申し付け下さい」


 そうすれば、文字を起こすよりも、言葉を連ねるよりも確実にファイユさんに伝わると、ククさんは小刀の柄と鞘を握り締めた。

 きっと、その小刀は相当に想いが詰まった大切な物なんだろう。彼女は、僕が強く頷く様子に少しだけ目元を緩める。そして、木製の鞘に納められた三十センチメートル程の小刀を胸に押し当てる。


 想いを託すように。

 想いを繋げるように。

 想いが伝わるようにと。


 僅かな沈黙を以て、ククさんは小刀『笹流し』をトレードパネルに挿入した。


 それに合わせ、僕のパネルの左枠にも小刀が表示された。

 両方の枠が埋まると、続いて中心に別の六角形の枠が現れ、『トレードを確定しますか?』との表記が浮かぶ。


「では、今出た枠に手の平を押し付けましょう」


 ククさんの導きのままに。

 僕が右手を六角枠に接触させた。

 同じく、ククさんも六角枠に右手を置くと、六角枠がくるんと回転した。これに引かれるように、左右に表示されていた『吸魂の一振り』と『笹流し』の位置が入れ換わった。


 これでトレードが完了したらしく、手を離したパネル中央に『正常なトレードが確認されました』との文字が浮かんだ。


「……はい。後は、普通に取り上げます。こんな風に」


 言うとククさんは自身のパネルに手を突っ込み、タンスの中の服を引っ張るようにズボッと『吸魂の一振り』を取り出す。


 その時、僕の頭上に絶えず浮かんでいた【 TARGET 】なる文字が、ククさんの頭上へと移動したではないか!


「……やっぱり」

「やっぱりでしたね。……さ、キキ様も」


 促され、僕もククさんの仕方を真似て、思い切ってズボッと『笹流し』が表示された枠に手を差し入れ、手に触れた感触の物体を明確に掴み取り、引き出す。


 ククさんが見守る中、僕が目を見張る中、さっきまでククさんの脚に隠れていた小刀『笹流し』が、僕の手に握られ、奥行きを復活させた。

 ……結構軽い。攻撃回数プラス2とかのボーナス要素付いてそう。



 メニューパネルを消し、吸魂の一振りを胸に抱いたククさんが、真剣な顔つきで言葉を打つ。


「森への案内は、キサクラにお任せ下さい。……あの子、まだお座りしてればいいんですけど……」

「まだ桃を貰ってないから、きっと居るんじゃないですか?」


 僕が少し笑いながら、あの狐娘のはしゃぐ姿を思い出させると、ククさんも微かに顔を綻ばせてくれた。



「……さて、では次ですね。……ッ」


 息を吸い込んだククさんが叫ぶ。



「ストイック・シュギ! この方は『ゲスト』だ! 望みの物を持たない『ゲスト』様を、何時まで閉じ込めておくつもりだ!!」



 ビリビリと部屋全体に雄々しい威圧が木霊する。


 ……TARGETは僕ではなく、吸魂の一振り。このひとつめの予想は的中した。

 さあ、それを踏まえて変態と化した紳士、あるいは紳士として振る舞う変態。またの名をシュギさんは、どんな答えを出すか……。



 暫しの静穏。

 その後に。



《……やれやれ……。彼が、『ゲス、ト』だと、キミがぃうなら、……そぅなのだろう、ね……》


 部屋を這回る声が、あろうことか壁に描かれた絵の女性部分から聞こえてきた。

 女性画に男の声を混ぜるとは、斜め上の変態さだな。


《……ただの彼を、閉じ込め、る……趣味など、我の葉も苦る、話だ。……良いだろぅ。彼を、外へ案内しよ、う》



 シュギさんの呆れ顔に失笑を含ませたような声に、僕とククさんはその言語の意味だけを捉え、互いに顔を見合わせた。

 けど、直後にククさんの表情に暗雲にも似た陰りが滲む。


「……ククさん?」


 問いかけようとして、何となく察してしまった。

 そうだ。

 僕がこの部屋を出たら、ククさんは密室で独りになる。

 それが例え、ファイユさんが助けに来ると確定していようとも、苦痛である事には変わらない。


 それでもククさんは僕から一歩、二歩と退き、言う。



「『吸魂の一振り』は、ちゃんと元の場所に戻しておきます。ご安心をッ。……それより、最後までご案内出来ず……ごめんなさい……」

「……え。──あ、それもあったね。いや、大丈夫。……ククさん、教えるの上手でしたよ?」


 ありがとう。

 そう言うと、ククさんは「雑でしたがぁ~」と悔やんでいるのか嬉しがっているのか、いまいち判断しかねるリアクションを見せた。


「それでキキ様は、ハウ様と合流されたら、どうされますか?」


 変な顔は見せられないとしたか。

 取り繕ったククさんの質問だ。


「そうですね……この後は……」


 僕が考えながら答えようとしていると、そんな雰囲気は関係無いと言わんばかりに、足が床のレンガに沈み始める。

 レンガの硬質が水並みに軟化したのか、ブーツ、膝、腰と飲み込まれ、ククさんを見上げる形になる。


 せめて、最後まで答えさせろよと変態紳士に言いかけるが、そんな時間も無さそうだ。

 だから、僕は、思わず脚を一歩前に出したククさんに簡潔に伝えた。



「他の宮地を見てくるょ……!」



 一応、質問には答えられた。

 僕の視界は、迫り上がるレンガの床に閉ざされ、真っ暗になる。


 恐らく、今のククさんの顔で、暫くは彼女とはお別れとなるかもしれない。


 床に手を付きかけた彼女は、あの彼女の目の感情は、明らかに『良いなぁ、ズルい!』と語っていた。





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