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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第九幕目:『ゲスト』の閃き




 樹都フォールは魔法樹の群生域全てを囲む。



 層雲を被るトネリコ種最大の魔法樹は、第一発見者たる開拓者『アーツレイ』により、『古魂ココン』と定名された。


 【新資材は、第一発見者が開拓した地域に存在していた場合、その殆どの所有を許される。】との、開拓者が『開拓者』である為の契りに則り、ココンを始めとする周辺一帯の魔法樹に準ずる樹木群『吸魂キュウコンの森』をも手中に収めたアーツレイは、同胞と共に此処に宮地を築く。


 魔法樹は常軌を越した特性上、人の手での栽培は不可能とされている反面、加工は児童の工作サンプルに使える程容易であるが故に、これを懸念したアーツレイは『奪う者』なる下賎に触れられぬよう最端の小さな魔法樹までをも大きく囲む、全高八十メートルの外壁をココンを中心に敷く。


 しかし、『奪う者』を弾く強固な壁すら、独力ですり抜ける猛者も存在するのも又、事実である。


 この日、アーツレイの縄張りを犯した者の目的が、『魔法樹』ではなく、『挨拶』であった事は、果たして幸いと流される事案だろうか。


 もし彼が居たのならば、土足で上がり込んだこの者を、自由にさせていたのだろうか……。



 何を謂おうが全ては、たらればに過ぎない。


 事実は事実。

 その者が、壁を二度乗り越えた事実は変えられないのも又、事実だ。



(……ん? バレた……?)


 フォールの壁の外世界に広がる大自然。

 ほぼジャングルと呼んで差し支えない地帯の一画。

 開拓者の往来に活気づく石畳の街道より、深緑に身を隠せる遠方の森丘。


 外地が薄汚れた白のローブを纏った人物が、屈ませていた百六十センチメートル足らずの身長を立て、背にして去ろうとしていた樹都を振り返った。

 大きなフードの影に隠された顔に、若干の焦燥が波立つ。



(……いや、違う。……訓練……仲間割れ……?)


 フォールの風に乗って届く騒音。怒号と歓声。

 蟻よりも小さい、ドットのような人影が数千。樹都の表面で、何かに吸い寄せられて動く様子が確認出来る。

 更には、人影達の中心で爆音。

 歓声に混ざる悲鳴に、これをやや眼下に眺めたローブの人物は、自分に向・・・・けられた敵意・・・・・・ではないと察して肩の緊張を落とすと、彼の様子を『下らない映画は酷評するが正義だ』と嘲るように破顔一笑する。


(何の紛争かは知らないけどさ。……いいね。もっとヤっちゃえ)


 突然始まった演舞を眺む姿は、宛ら会場外の高台で無銭観覧するスラムの子供。

 然し、そんな無垢な子供らでは、到底思い馳ぬだろう思考も、この人物は脳内に走らせていた。


(『穴』を晒せ! 手間が省けて助かるんだよ!)


 目を剥き、猛る人影達の動きに、法則性の欠如を見抜こうとする。これには不意の突風でフードが拐われようとも、関係無い。

 こんな誰もいない丘の森で、侮蔑と嘲笑に歪む未成熟な少女の素顔が在るなど、誰が知り得よう。誰が捕らえよう。


 風にローブが捲られ、ベルトに吊るされた半月型の片手斧が木漏れ日を反射しようとも、少女は構いなしに遠くの娯楽を見下す。



 その姿は正に、これから狩る獲物が疲弊していくのを影に潜みながら涎を垂らして待つ、『猛獣』の様相であった。







 密室の壁一面に描かれていたモノ。

 写実寄りな絵画を見上げると、なんだか、絵が動き出すのではないかと思ってしまう。


 草花は風に揺れ、小鳥が囀り、噴水では延々と水が跳ねる。

 そして、白いドレスの女性が向かおうとしている先にいる人影も。


 この不思議な絵に心ごと吸い込まれそうな錯覚に襲われた時、僕は彼女の声に引き戻された。



「……キキ様、やはり通話は叶いません。多分、部屋全体が、金属に覆われているからかと…………キキ様?」

「あ、うん。この壁の絵も、ヒントっぽいのは無いね」


 通話を諦め、メニューパネルを閉じたククさんに、僕も思考錯誤の成果を告げてみた。

 なら、この密室……変態紳士シュギの自室を出るには、本当に『吸魂の一振り』を鍵穴とされる緑色の光球に差し入れるしか無いらしい。


 ……けど。


「ククさんは、この吸魂の一振りを、『部屋の鍵』として使った方が良いと思いますか?」


 僕は服の背に締まっていた木の短剣を取り出す。

 全てはこの短剣で回る。

 この短剣を手離せば、僕らは出口の無い密室から解放される。

 少なくとも、シュギさんのこの条件は嘘ではないだろう。


 獲ろうと思えば、彼なら罠に掛かった僕らから、いつでも木の短剣を取り上げる事が可能。にも関わらず、こうして、持ち主自身からの放棄を促すのは、絶対なる勝利の確信の表れだとすれば……。


(真実を明かそうとも、支障は無いってコトね)


 その上で、ククさんは『変態紳士とまで罵った彼に、貴女は屈する事は出来るのか』と同う。



「…………わたしは……」


 彼女が、僕から目を逸らす。


「……わたしは、キキ様の為ならば『鍵』を使った方が最善だと思います……。でも……。でも、キキ様。わたしは、間違った決断をしていたのでしょうか……?」

「……? 間違った決断?」


 力の無い足取りで、ククさんは黒く華奢な椅子に身を委ね、想いを連ねる。


「吸魂の一振りはアーツレイ家の所有物。だから、フォールの上層部はこれの奪還を決め、その任務を発令しました。……ですからわたしもアーツレイ家に仕える身として、吸魂の一振りに触れる者を無闇に増やさないよう努めました」

「うん。あの学徒にも言ってましたね」


 僕も倒れていた椅子を起こし、それに腰を下ろす。


「……ですが、あの任務の詳細から読み取るに、上が出した決断は、わたしが否とした事とは逆で、『アーツレイ家の所有物である吸魂を、他者に触れさせても良い』としています……! これは、一体何なのかッ? 何を考えているのか……!」


 こう言った話は、水面下で何かが動いている展開が王道だが。例え水面下でも、それが悪の組織ならいざ知らず、ククさんにとって非常に近い部分からの異様ときたもんだ。


 でも、この任務とやらは、吸魂の一振りの奪還を目的としているはず。


 吸魂の一振りがアーツレイ家以外の手に渡った。だから盗難事案に認定され、上は即時奪還を決定した。なら、ククさんは、ククさんの立場から、アーツレイ家の所有物を守る決断をしたのだから、『上の意向に沿っている』と言えるのでは?


 だったら、ククさんは間違っていない。

 ……表面だけで捉えるのなら……だけども。


 ククさんだって、僕なんかに何を訴えようが、気の利いた言葉も何も言えないのは分かっているのだろう。

 分かっているからこそ、彼女の表情は晴れない。


「……ごめんなさい、キキ様……。わたしは、わたしの為すべき事をしていただけ……。でも、気付かなくても良かったのかもしれない話を知ってしまった以上、わたしは今一度判断を改める必要があります。……これは、間違って無い……ですよね?」


 強張った顔を、極力解して、僕が抱えているであろう不安を、少しでも軽くしようと努めているのか。

 ククさんの上目遣いに、僕は「大丈夫」と言うように返す。


「当然の決断かと思いますよ! ……あ、ですが、そうすると、選択肢に入れますか? 手離す事も……?」

「……そこですよね……。仮に手離したとして、その吸魂の一振りを手に入れた変態紳士が、何を行おうとしているのか……。これを想定しておかなければなりませんし」

「ですねぇ……」


 ハッキリと言って、そこは分からない。

 彼に挨拶代りに殴れるククさんですら、想像の範囲を越えるかもしれないのに、僕なんかが一体何を想像出来ようか。

 でも、『殴った』とするなら、例えばこれか。


「シュギさんって、やられたらやり返すタチの方ですか?」

「え……? ……えと、あまりそう言った話は聞いたことが無いかと……。前に、一緒に紅茶を嗜みながら絵画を楽しむ事でチャラにする、なんてされましたね。嫌でしたけど」


 紳士ですもんね。変態らしいが。


 とすると、『アーツレイ家への報復』って線は消えるんじゃないか。

 下手をしたら、詳細の解釈の件をククさんに教えて匿い、本人は外で問題解決に動いているとも考えてしまえるのだが……。


(それはそれで、流石に早計か)


 一応、僕にも彼の言動から波状した疑問がある。


 確かシュギさんは、こう言った。

 【『吸魂』の元は『魔法樹』。資材として使えば『古魂』には及ばなぃだろうが。……さて、何を造り出そうと考える者が奪うかな?】



 この、『奪う』。



 ククさんの話だと、『奪う』には、『雌雄決着』と言われる相互的ルールに則った手順を課せられる。


 一、『奪う側、コラプスによる宣告』。

 二、『宣告された側、ディフェンスの承諾』。

 三、『決められた日時にて決着をつける』。

 これが確かに浸透しているルールだと言うのであれば、このプロセスを踏まなかったシュギさんの監禁手段、そして、石人形で穏和な解決を提案したがっていた学徒生は何なのか。


 両者に共通するのは、『吸魂の一振りを無条件で渡せ』だ。


 これは、明らかに『雌雄決着』には則っていない。

 言うなれば、ただの『奪う者』である。


 しかし、あの任務の詳細の一文、【任務の失敗は、『吸魂の一振り』を奪取した者を取り逃がす事である。】から合法的な解釈をした・・・・・・・・・のだから、ある意味、正しかったとは言える。


 なら何故、彼らは『奪う者』に徹していたのだろう。

 多分、この疑問が晴れれば、この不気味な案件の正体が芋づる式に解き明かされていくと思われる。


 だがまあ、こう考えてしまうと、僕は踏み込んではならない他所の揉め事に脚を踏み入れてしまいそうで怖いが。

 これを念頭に入れた時、吸魂の一振りを手離すか否かの議題で、ククさんはこう言った。


「……吸魂の一振りが、キキ様の手元にあるのが不安になります」


 得体の知れない何かが動いている。

 それは、フォールに現れてから小一時間の僕では荷が重すぎる案件だと悟ったのだろう。かと言って、ククさんでさえもこの案件を抱えるには、情報網の欠如が目立つ。立場に託つけて古魂の刀剣を振るおうとも、踏み締めた大地そのものに足を掬われかねない。

 僕を見返す勇ましかった眼差しには、多勢の初級学徒達を蹴散らしていた時のような余裕綽々なんて文字は、すでに欠片も無かったから……彼女もそれを承知しているのが分かる。


「じゃあ、……シュギさんに託してみますか?」

「嫌です」


 頑なな意識に惚れ惚れである。

 敬う所か妬む程の発見をした彼の罪は、そんなに重いのか?

 思わず笑いそうになった。そして、だったら彼女が託されたらどんな反応を見せるかなと、僕が冗談半分にこの吸魂の一振りを渡そうとした。


「なら、ククさんが持ってますか? 僕では荷が重……」


 ふとした声だった。

 自分の、ふとした声に、ゾワリと鳥肌が総毛立つ。


(…………あ)


 灯台もと暗し……だ。

 波風ひとつ立たなかった水面に、石の塊が墜ちるイメージが脳裏を過った。

 トプン……と円状に拡がる波が、平坦を保っていた無意識の認識を、刺激的に撫でてゆく。それは愛しき姉の教授にも似た、視界内であるべき注意点の指摘。道端の草花。朝の小鳥の囀り。本当は傍に寄り添っていた大切な人。

 どんなに望もうとも変わらないと思い込んでいた日常は、ある日訪れた者の一言で瓦解する。

 盲目な眼に、真実を垣間見せる。


 その瞬間、波紋の中心となる水面が、トドメだと言うように盛大で、けたたましく、怒髪な水柱を立たせた。

 その水柱から、墜ちた石の塊が、一筋の光となって空へと駆け昇る。


 この、身を遡った寒気に見た夢の刹那を単純に言おう。



 ────『閃いた』のだ。



「……? キキ様……?」


 言いかけて、そのまま固まってしまっていた僕に、疑心と不安が混ざるククさんの微かな声色が掛かる。

 ……けど、まだそれに応えられない。


 急加速していく思考が、とある可能性と言う扉を、抉じ開けようとする。応えるのはその後でいいからと、僕の頭の中を走る光が尾を引いて、硬く閉ざされている筈の扉へと、あの時の、振り抜かれた石の塊の如く突撃した!



 僕の視界には、今、僕の手に握られた木の短剣がある。


 今は、ククさんの手ではなく。


 僕の手に・・・・握られていたんだ・・・・・・・・



 この光景が、開扉に轟く響音であった。



 光は、既に開かれた扉の向こう。

 嬉々として、図書館を模した部屋の奥に置かれていた、多種様々な冒険活劇のシナリオ本を読み漁っていた。


 その姿に追従するように、僕は気付いてしまったかもしれない。

 とある可能性と、とある『思い込み』に。



 それを確信するように、シナリオ本に記された一文を、僕は光と共に読み上げた。



「『もし、シュギさん本人が本当に自分を紳士だと豪語するのであれば、僕は、部屋を出られる可能性が高い』」



 不意に、勢いよく言葉を発した僕を前に、ククさんが椅子の背凭れに背中を押し付けた。


「え……? それは……」


 どういう意味ですか? そんなククさんの問いかけに、僕の力強く発された言葉が重なる。



「ククさん。『トレード』しましょう!」




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