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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第八幕目:黒い顔の変態紳士




「邪魔してた人達は、もう邪魔してこないの?」


 振り返ってみれば、キサクラの言う通りだった。

 確かに、誰も追ってこない。

 あれだけ威勢良ったのに……どうして。


「報酬が割に合わなくなったから、僕らを追うのを辞めた……とか?」

「鉄のインゴット五個で、わたしなんかの相手ですからね。あり得るかと」


 しかし、そうは推察しつつも、ククさんは訝しげな面持ちで周囲を見渡す。

 つられて僕も同じように見るが……特段、思えるモノなど何も……。いや、強いて言えば──。


「──キサクラ。三番円路で待機して」

「ん? はぁい」


 何かを勘繰ったのだろう。

 ククさんがそう指示した後、キサクラはトンと足を鳴らす。直後、彼女は遠く離れた三番目の年輪円路と大橋の接続部で、此方に向かって手を振っていた。


「……ククさん。何か思い当たったんですか?」

「んと。そうですね。……ちょっと、人が居なさ過ぎると思いまして」


 ククさんの表情は、ここに来て一層固くなっていた。


「……?」

 人が居ないと、どうなると。

 言われてみれば、周りの建物から僕達を眺めている野次馬なんかは何処まで行ってもいるけれど……襲いかかって来られる場面は、ピタリと止んでいた。


「どうしたんだろ」

 こんなのまるで、ゲームや映画なんかでよくある静寂からの脅かしパターンだ。


「……何を、する気?」

 流石に僕は異様な雰囲気にいたたまれず、もう一つ問いかけようとした時──!



《 ────────────── 》



 突然、橋の下から壁が出現した!

 片方だけではなく、左右同時に競り上がる壁は次に、橋を包み込むようにして合わさった。

 そうして瞬く間に構築されたのはトンネルだ。これにより、僕らが見ていたフォールの景色は

遮断され……暗く殺風景なものとなる。


「んな……なんだよコレ」


 とは言え、突如として現れたトンネルは遠くに出口を残しており、そこから外の光が注ぎ込まれていた。驚きはしたが、閉じ込められた訳ではないようだ。

 しかしながら、この事態にククさんが光を睨みつけ、苛立ちを露にした。


「──あぁ、もう……!」


 それはそうだ。これが何を意味してるかなんて僕にだって分かる。

 逃げ道を一ヶ所に絞り、獲物を仕留め易くするような構造など見るからにワ……。



《 『罠』だなんて……思わないで欲しい、な 》



 急に知らない男の声が、背後から響き渡った。

 背を這い上がるような気持ち悪さに駆られ、咄嗟に振り返るが、その先にあるのは出口のないトンネルの行き止まりだ。──しかし、


「やっぱり。『シュギ』ッ……!」


 ククさんが、歯を食い縛って唸り出す。


《 ナナツキ嬢仕……。キミは、たしか。徐々に現れる絶景より、唐突に出現する……絶景……を、好んでいたね……。フフッ 》


 男の声は弱々しい。だが、捕らえた獲物を前に下卑た笑い顔を浮かべるストーカーみたいな喋り方をする。クソ気持ち悪い系男子のそれか。


《 さあ。……おいでよ。素晴らしいぃ、『絶景』を、見せてぁげよう……ッ! 》


 案の定、罠だ。


「ククさん……」

「走り抜けるしかないです……! その後で、あの変態を殴ります!」


 変態って……。

 ククさんが、嫌悪の顔って、こう描くんだよ☆ っていう、お手本のような顔をしている。

 単なる感情の露呈か。または、案内役としての意識に勝る程の恨みでも抱いているのか。

 どうあれ『シュギ』とやらは、相当に他人を苛立たせるのが得意な人物のようだ。そんな自分を、そうだと自覚している者は策士に向くと聞いた事があるが……果たして……。


 それはそうと、虫唾を噛み締めたククさんが走る速度を格段に上げた。

 罠だと分かっていても、トンネルを出なければ何も仕掛けられない。それ故、ククさんは攻撃姿勢をとったのだろう。


 ……しかし。

 道を開こうとする彼女の判断に間違いは無い。無いが、さっきまで大きく手を振っていたキサクラの『今の様子』で、僕の中に沸き立つ危機感が、よりハッキリとなる。


 中途半端に挙げられた腕が止まり……跳ねもせず、ただ現れた何かを……じっと見ているのだ。

 そう。それを言葉にするならば、こう言うに尽きる。



 『あ、これアカンやつや……』と。



 僕とククさんがトンネルから飛び抜けるや、同時にキサクラが眺めていたモノを捉えた。

 それは視界の左上、左下、右下、右上に浮かぶ、正体不明の正八面体。

 巨大樹が聳える絶景に、さっきまでは無かった物体だった。


「──なんだアレ」


 言うも遅く、人よりもずっと大きいそれらは、互いを繋ぐ光線を伸ばし合い、一瞬にして正四角形を現した。

 思うや、更に光線は足される。

 四つの正八面体は、僕らの後ろにも光線を伸ばした。

 それを目が追った先──そこにも、同じく四つの正八面体が正四角形の光線を作り、鏡面を成すように浮いていた。


 トンネルから出て、僅かに二歩。

 予定通りと言ってしまえば恥も無いか。僕とククさんは罠と思わしき正方形の中に捕らわれて見せた。



《 いらっしゃい……。まずは……紅茶でも啜るかぃ? 》



 前方右上の正八面体からの声だ。

 そこから這い出た姿が、これまたなんともはや。


 全身がドス黒く、枯木のように細く、顔を持たない。

 一応は人の五体を形取っているが、その胸元で永遠と花開くように変化し続ける紫紺の不気味な光が、まるで人である事を喀痰する様に窺い知れる。

 もう何度でも言おう。気持ち悪いと。



「シュギ!!」



 ソレを認めるやいなや、ククさんが刀剣を薙ごうとした。

 だが、先手を取っていたのはソレだ。


 挨拶をするように挙げられた指の長い手に呼応したか。正方形の各面に、突如としてパズルみたいな木片が無数に出現し、瞬く間に壁面を生み出していく。

 木の軋みぶつかる騒音が止むも間髪入れず、今度は金属音。次にレンガが積み上げられる音が連続し、再び木や布等の喧騒が思考を奪う。


 逃げる隙もあったものじゃない。

 日の光は即座に遮断され、遂に僕らの視界からフォールの姿が消えた。


 やがて、≪パンッ≫と電気がつけられたような弾けた音を合図に、明かりが灯された。



「……はぇ?」

「……はぁ」



 僕は混乱し、ククさんが悪息を吐く。



「……洋館? ……いや、コレって……」


 少し切れかかった息を整えつつ、自分が置かれた状況を、ゆっくりと確認していく。


 僕らがいたのは、洋館と中庭とを仕切る外廊下のような場所。

 廊下に立つ柱の向こうに或るのは草花。水を噴き上げたままの噴水。見つめ合う鳥達。駆け出そうとする白いドレスの女性。


 ……これらは全て、とある日常の一瞬を切り取った『絵』だ。

 四方の壁全てに、そんな絵が描かれた密室に……僕らは立っていた。


 そして、この部屋の中心には、洋風で小振りな白いテーブルと、質素な彩飾が施された黒い木の椅子が三つ。


 その奥側の椅子に、白いタキシードを纏った黒い者が、優雅にティーカップとソーサーを手に持ち、紅茶を嗜んでいた。


 まさか、これ全てが開拓によって作成された催しか。

 仄かに据えた油の臭いを漂わす壁一面の絵画も、天井に吊るされた三等室レベルの質素なシャンデリアも、床で幾何学模様を現して並ぶ白亜のレンガも、古めいた僅かな家具も、その服も。

 この雰囲気への拘りを想像から具現化してしまう開拓技術は、例え氷山の一角に過ぎない『遊び心』だとしても、道中見てきた開拓初心者や初級学徒の『石の遊び』とは、雲泥の差がある。

 言わば、ガチ勢とイベントは一回プレイしたらいいや勢の違いだ。


 僕がこの部屋の雰囲気に口を開けていると、横にいたククさんが、床に敷き詰められた白亜のレンガをコツコツと踏み締めながら黒い者に近付く。

 

《 ようこそ我が部屋、へ。……さ、椅子にって……かぷぁ!? 》


 そんでもって、なんの躊躇いも無しに黒い者を殴った。


 黒い者が殴り倒された拍子に、テーブルがひっくり返り、置かれていたカップやお湯入りのポットがレンガの上に落ち、ガシャンガシャン割れていく。

 なんて悲しい出来事か。


「え、ちょっと……。ククさん」

「良いんです。わたし、この亜種とは趣味が合わないので」


 突然の……と言うか、宣告通りの暴挙であるな。

 怒り浸透なククさんにゴミのように見下され、黒い者が顔と思わしき、殴られた個所を押さえて抗議の声を上げた。


《 キミ、は……顔を合わせると、ぃつもこうだ、ね。慎む姿勢を、知らないのかぃ? 》

「五月蝿い。『浮遊結晶』の味を知りやがった奴が、わたしの視界に入ってくるのが悪い」


 冷たい。

 瞳が蒼く光ってそうなくらい冷たい。

 初対面の時に僕を警戒していた時よりも、何倍も冷たい声色をククさんは放つ。

 逆に、此方が縮こまるのですが。


《 新資材は、第一発見者と同種族が、大半を所有、で、きる、決まりだろぅ? いぃ加減、妬むの、は……やめて頂きたぃな 》

「そんなのファイユ様に言ってよ。わたしの拳には、あの方の意思籠ってるから」


 『顔を合わせれば私怨を叩き込む』のは義務であるらしい。

 彼が得た結果。彼女らが得られなかった結果の上に咲いた花は、毒の塗られた造花だと言う事を、態々お茶会に添える魅せ花にとどめず直接拳で表すあたり、とうに我慢の限界は越えていると。

 一歩違えば敵対しかねない関係であるとする程に、双方の溝は深く、冷えきっているのだと感じた。


 「それで何か用なの?」と、ククさんは、テーブルと椅子を直す黒い者に訊く。

 手伝わず。

 仁王立ちで。

 ……急かしながら。


《 や、れやれ……。我が興味、は。そちらの、『吸魂の一振り』、だょッふぉあ!? 》


 黒い者が『吸魂の一振り』と言った瞬間、ククさんに顔を蹴られてた。顔を合わせた時の『挨拶』は、とっくに終わらせている為、今のは彼女自身の苛立ちか。


 恐らく、直前に自分の口で『ファイユ様』と発音した拍子に、一刻も早くあの人の傍に駆け付けなければという焦りが再燃し、私情を逆撫でた紳士に当たったのかもしれない。

 ……いやでも、だからって顔を蹴らなくても、ねえ?



「あんたもか。話にならない……。あ、キキ様。此方は亜種の『ストイック・シュギ』さん。変態紳士です」


 ククさんは、指を差そうとしているのかしていないのか、よく判断出来ない伏せた手を、無惨に倒された紳士に向けて紹介してくれた。

 哀れな姿を促されても、こっちも掛ける言葉が見付からない。

 ……あ、どうも。くらいが無難か。



《 全く……。キミは、さっき発令さ、れた……任務の詳細を……最後まで、読んで、ぃないのかな? 》


 黒い者改めシュギさんが、テーブルを直しながらぼやく。

 その口振りは、ククさんが就いている立場。及び、アーツレイ家に関する任務の発令に対し、彼女がどういった判断をしたかを、既に考慮した上での指摘なようだ。

 で、蓋を開けてみたら案の定とそれ以上の返しが来たのだから、ぼやきたくなるのも分かるかな。


「……最後まで?」


 そう言えば、あの時、僕が途中で話し掛けて、ククさんは読むのを中断していたような……。


 指摘を受け、眉を僅かに顰めたククさんの反応を見て、シュギさんが椅子に腰を下ろしてからゆっくりと、彼女に芽生えた困惑を解かせようと説明する。


《 ぁの任務は、一見、盗賊の、捕獲と『吸魂の一振り』の、奪還だ。……しかしなが、ら、詳細の最後の項目に、……こう、記されてぃる 》


 シュギさんが任務パネルを開き、表示された緊急任務の詳細をスクロールする。そして最後の項目を、細くて長い黒い指でなぞりながら、その内容を確認させた。



 任務の失敗は、『吸魂の一振り』を

 奪取した者を取り逃がす事である。


 この場合、アーツレイ家は

 これの所有権を、放棄する。



「……うん。……ん……うんッ!?」


 文面から何かに気づいたのか。

 ククさんは自らも任務パネルを開き、屈んで見さされていた状態から脱して、再度確認する。

 

《 さて……。ナナツキ嬢仕。……キミは、こ、れを、どう解釈する? 》


 奪われ去られたのならば、深追いはしない。だが、奪われた物で不祥事が起きれば、アーツレイ家が責任を持って対処する。


 どうなっても責任は負わないとは、記されていないので、僕には、そう見えるが……。


 ククさんは……。


 項目から目を外し、シュギさんを向く。



「……まさかとは思うけど、この『奪取した者』って…………誰でもいいの・・・・・・? そう解釈した人がいるの?」


《 あぁ、ご名察……。我も、そ……の、一人だ 》


 でも、奪った『吸魂の一振り』で悪事を働けば、アーツレイ家を敵に回しかねないが。とも、シュギさんは、付け加える。



《 だから、ね。これは、全ての・・・ターゲット・・・・・君の、任務クエストでも、ぁるん、だよ。……ソレを持って、フォール、を、脱出するって、いうね 》


 そうすれば、『吸魂の一振り』の所有権を得られる、と。


《 『吸魂』の、元は『魔法樹』。資材と、して……使えば、『古魂』には、及ばなぃだろうが……さて、何を、造り出そぅと、考える者が、奪うかな? 》



 声からして、シュギさんは笑ったようだ。

 それは……どういう意味の、ニュアンスだ?


 その時、ククさんが僕とシュギさんの間に分け入り、二人を強引に押し離した。


「ククさん?」

「キキ様ッ! この男は危険です! 殴るんじゃなく斬って擦り潰すべきでした!」


 それから、さっきの石人形でがなった学徒も。

 それに追随した者らも。


 ククさんが古魂の刀剣をシュギさんに向けるが、もう彼自身も易々とは張り倒されてはくれないだろう。

 なにせ、彼の開拓は階級こそ定かではないが、少なくとも上級者である筈のククさんをいとも簡単に、自室に閉じ込めてしまえる人物だ。

 手の内も弱点も、趣味の裏を突いて嘲笑する事さえ容易だろう。


 僕らは既にまな板に寝かされた生魚だと知る。包丁を握った調理師の腕前など、図りようがない。どう捌かれようが、ただ、されるがままだ。


 そう思うと、さっきの彼女の挨拶は、正式な『挨拶』として受け入れていたのだろうか。暴れるのも承知の上で、防ぐ事もせず、予測出来たであろう暴行を赦していたと。


(……なるほど。変態か)


 警戒心を跳ね上げるククさんに押され、変態紳士を僕から遠ざけられていく。


 だが、下がると言っても、後ろの壁は近い。

 彼から見れば、無駄な足掻きに見えて当然。

 シュギさんは立ちもせず、もうひとつ教える。


《 逃げたぃか。……然しね、鍵を使わねば、こ、こからは、出られない 》


 そう言って、徐に、プレゼントを渡すかのような形にした両手を、僕らに差し出す。


 僕らが疑心に見張る中、彼の手の上に、緑色に光る球体が生成された。


 新たな光の色の出現に、部屋中が緑に染まる。



《 これ、が、『鍵穴』だ。……そして、鍵は……後ろのキミが持つ、『吸魂の一振り』。ここを、出るに、は、その鍵を、ここに、差し入れるしか、なぃ 》


 ククさんが即座に「嘘ね……」と、呟く。

 当然ながら、この狭い部屋では、彼女の声は、彼にも届く。


《 はは。そう思って、くれてぇも、構わない、さ。ならば、じっくりと、この部屋の絶景・・、の絵を見なが、ら、最良を考えるといぃ。鍵穴は、置いてぉくよ 》

「──ッ! 待て! シュギ!!」


 シュギさんの体が床のレンガに飲まれていく。

 ククさんが慌てて駆け寄るが、彼を止めようとする手は寸前で空を切った。


「……クッ……~~~ッアア ア!!」


 完全にやられた。

 いつもの彼の素行と変態さに油断したと、ククさんは彼が消えた場所のレンガに、殺し損ねた叫び声と共に、刀剣の刃を叩き付けた。

 平面に飾られた芸術的絶景派とは真逆である、解放的絶景派であるが故に、趣味の合わない変態紳士の手に落ちた事への悔念と羞恥を吐き出すような一撃であった。


 その衝撃で部屋全体が地震のように揺れるが、部屋はおろか、衝突地点のレンガすら壊れない。



 この、窓もない頑丈な部屋に、僕とククさんは閉じ込められた。

 ただ、『吸魂の一振り』を、手離せば出られるという、条件を残されて。




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