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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第六幕目:彼女は悪鬼羅刹の如く




「ククさんッ、向かう所は決まってますか!?」


 服に引っ掛かりそうになる数々の手を辛うじて躱し、僕は前を走る彼女に声を掛けた。


「ファイユ様は、武器庫の修復資材を集める為に『樹都の森』へ降りられました! ならば、ここから森までの最短ルートを駆け抜けます!」


 早口で言い終えたククさんが、タンッと飛ぶ。更に身を翻し、邪魔者達を刀剣で薙ぎ払った。


 ──と言っても、あくまで威嚇。

 制服をお行儀良く着こなした学徒生らは、切っ先が掠めるだけで戦意を削がれているようだった。

 それでも怯まず前に出た者は、痛そうな結果になっていたが……。


(最短ルート……ね)


 樹都の森が目的地だと言うのなら、展望庭園(ここ)からでも降りれないものなのか。

 それこそ、さっきのスロープを使ってだ。

 これについて訊くと、ククさんは。


「ここからだと高過ぎます。スロープを造るにしても、『テーブル限界』の範囲に地面が入っていなければ象りが間に合わず、わたし達はそのまま落ちて──クシャッですね!」

「えぇ……。テーブル限界……作るにも制限があるんだ」


 言うて、テーブルが何かは知らないけれど。

 それを見越した上で、森に安全に飛び降りる為のククさんの作戦がこうだ。


 樹都フォールは巨大樹を中心に、段を成した十三重の道がある。

 『十三年輪円路』なるそれら全てを繋ぐ『フォール大橋』を駆け、森との高低差を縮めていく。

 そして、安全に降りれる地点から森に入る──と。


 勿論、緊急任務の参加者を捌きながらである。

 なんという脳筋作戦。僕じゃなきゃ惚れてしまうね。


 それに、橋の手前に来るまででも、百人以上は押し寄せて来た。

 では、その橋に出たらどうなる。隠れる場所などない。絶好の的だ。

 ククさんは、悪鬼羅刹にでも化けるつもりなのか?


「最初から発見されてますし。いっその事、七万羽のヒヨコから逃げてると思って逃げ切りましょう!」

「七マ……──ッうわ⁈」」


 その拍子に、学徒生にブーツを掴まれそうになった。が、弱々しい手はあっさりと振り解けてくれた。

 今の人もククさんに打ち倒された一人。同じように、僕らの後ろには文字通り捻じ伏せられた人達で溢れ返っているのだろう。

 振り向いて確認するのも恐ろしいが、彼女はそれほど本気だという事だ。


 そう察し、思わずゾッとする。

 ククさんはもう、身内だろうが容赦する気なんて無いらしい。

 

────


 ──で、案の定だ。

 フォール大橋上でも、ククさんによる掃討の腕が光る。


 これから通過する年輪円路にも、既に此方を伺う参加者達の姿が見えた。

 それと同時に、彼ら彼女らの喧嘩囂躁に混じって、「ナナツキ先輩が、なんで!?」だの、「作戦変更だ! 前に出るな!」だの、「イービルアイは反則だわ」だの……。

 なにやら、ククさんの評判が見えて来そうな発言も届いた。

 無論、それらの声は本人にも届いていたわけで。


「誰が……イービルアイだ……ッ」

「ククさん?」


 野次は聞き逃されなかった。

 ククさんが、刀剣の柄を両手でより強く握り締めたと見えるや、突然──!



「 誰がいつ、そう呼んで欲しいなんて言った!!! 」



 獅子の怒声の如く、盛大に叫んだ彼女は、刀身を力任せに大橋に叩き付けた!

 それは少女が腹いせに『物に当たっただけ』だと映ったのだが、侮ってはいけない。いかんせん探索レベル276のクク・ナナツキさんだ。

 その瞬間、彼女を中心に極大魔法並みの衝撃波が橋全体を飲み込み、周囲の騒音が一転。

 滾らせていたであろう戦意は削がされ、恐怖の到来に悲鳴が上がる。


「ちょっと──待ってっ! 強すぎる、から!」

 大きく縦に揺れた橋に足を捕られ、危うくバランスを崩して倒れそうになる。ガチで平衡感覚も危うくなったが、すぐさま走り出したククさんになんとか付いて行く。


 途中、ククさんが走る先に居合わせた何人かが、慌てふためき道を開けていたのだが……僕は、うら若い学徒生達に恐怖が植え付けられた瞬間を目撃してしまったのかも。

 その子たちの泣き顔は、暫く頭から離れなさそうだ。


────


 しかししかしもまたしかし。

 すんなりと十一番目の年輪円路を越えられたのは、その盛大な威圧のお陰だろうか。


 本気を出した鬼を前にして二の足を踏んでしまう程度の学徒生に、颯爽と走り抜ける僕らを阻める勇気ある者は、もういないようであった。

 と、ククさんが走る位置を僕の右隣にまで移してきた。


「キキ様、フォールの学徒生達は愚者程も落ちぶれてはいません。そろそろ、本気で捕獲しに来ます」


 彼女は次の年輪円路に陣形を作っていた学徒生達を、刀剣で指す。

 確かに。あの学徒生達は、一切逃げる素振りを感じさせない。

 そこで──と、手を差し出された。


「ちょっとだけ、『開拓』のお勉強をしていきましょう!」

「『開拓』の勉強?!」


 「さあ、手を取って」と促すククさんだが、この状況でなにを行えるのかと。

 ……けれども、他の矜持も濁らせぬ自信と言うやつに圧されるか。

 おずおずと……その女の子らしい小さな左手に右手を重ねる。


 すると、僕とククさんの手とに二等辺三角形が出現。

 それらは次に、二人の手もろとも貫いた一筋の光と一緒に消え去った。


「今のは?」

「わたしからのプレゼントです。きっと、キキ様の所有資材に『石材』がひとつ増えたはずですよ」


 石材が……。

 ククさんとそんなやり取りをしていると、待ち構えていた学徒生達の号令が響き渡る。


「第一班『根を張れ』!」

「第二班『根を──!』」

「第三班……!」


 彼らは五人組の班を作り、左右に二班ずつ別れていた。

 それぞれの班長と思わしき学徒生が、順等に班員達に指示を出すと、


「──地面が……!」

「『石の根』ですね。キキ様ジャンプ!」


 これも『開拓』なのか。平坦だった地面が、縦横無尽に張り巡らされた木の根のように、凹凸を成して盛り上がってくる。

 ククさんは冷静に、凸した部分にだけを足場にして楽々飛び越えていく。

 ならばと僕も彼女に習い、それらを飛び越えようと乗り出した。


 しかし、そう簡単に越えれるほど甘くはなくて。

 『石の根』とやらは、高さを急に変化させてきた。

 途端、走る速度を乱され、振り回された挙句──


「だぁッ!?」

「キキ様!」


 遂に僕の足が根の高低差に対応しきれず、盛大に転んだ。この憐れな僕に気を気遣ったか、ククさんも足を止めてしまう。そして。


「第四班『閉じろ』!」


 ククさんが僕の腕を引こうと手を伸ばすと、すかさず残っていた班が動いた。

 直後、石の根は鈍い音を掻き鳴らし、僕らを包囲する壁となって迫り上がっていく。それが僕らの手の届かない高さになるのはあっという間だった。


「……ごめん。体を動かす系のゲームはやらない主義で」

「あ、いえ。逆に丁度良かったかもです」


 僕の手を引き、ククさんは「お勉強を始めましょう」と続ける。


「わたしはさきほど、キキ様へ『石』をお渡ししましたね。その『石』で、『塊』を造ってみましょうか」


 確かに資材の『石』の項目が、『0001』の表示に変わっていた。


「造るって……『開拓』ですよね」

 資材パネルを閉じ、メニューパネルから『開拓』のパネルを開く。そうしている間に、僕らを壁越しに包囲する怒号は大きくなり、ククさんが「はやくはやく」と急かす。


 ああもう、ここからはゲーム経験から来る『勘』である。


 目の前にあった『開拓』パネルが、ちょうど視界に収まる程の、四角いテーブル状となって固定された。


 これがククさんが言っていたテーブルなるものなんだろうが、今はどうでもいい。僕は乱雑にその枠の中に指を突っ込んで『円』を描く。

 すると、描かれた円は、ククさんとの間に『石の塊』となって、≪ ポンッ ≫と出現した。

 初の生成だ。僕が「おお……!」と、感嘆の吐息で感動を表そうとした瞬間──この雰囲気はぶち壊される。



「はいオッケーですキキさ・まッ!!」



 刀剣をバットのようにして構えていたククさんが、思いきりの良いフルスイングで、石の塊をかっ飛ばす暴挙に出たのだ。


 刀剣の衝突でベクトルを得た石の塊は、目にも止まらぬ速さで正面の壁に激突。砲撃のような爆発音を轟かせ、石の壁は映画さながらの崩壊劇を起こす。


「さあ、道は開かれました! 急ぎましょう!」

「……ぇ……ぁれ……?」


 同時に瓦礫の雨が降り注ぎ、またもや周囲から悲鳴が上がっているが、もうこの人の耳には、そんなもの入らないんだろうなと。

 壁の外側で、次の捕獲作業に移っていた学徒生達が喚き散らされた光景を背に、ククさんが清々しいまでの勇ましさを見せてくれた。


「……そうですネ。……急ぎましょうか」


 なんだか、上級者のご乱心みたいな振る舞いに蹴散らされる下級学徒生達を見ていると、此方が悪役みたいな、妙な錯覚に陥ってしまう。

 となれば、僕は拐われている途中の姫君だろうか?

 ……許されるなら、僕も一緒に悲鳴をあげたいものだよ。


 なんて事は、当然ながら冗談でも口には出せず終い。

 僕はククさんの勇敢な手を取り、石の壁跡を踏み越えて再び彼女と走り出すのであった。




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