第六十九月:秘都の勇者と野良魔王⑤
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ふりだしに戻されるとは、格好がつかないものだ。
「なにがウサミミ大蛇だ。所詮は魔獣の寄せ集めだろうが!」
叫ばざるを得ん。
本来なら暗黒晶を突つくべくかけた僕様の橋を、ザドらに逆走させているのだ。
誰かに言われんでも分かっている。全ては調子に乗った己の愚行。魔獣クヴァリエルの妖精さんを起こす、きっかけを作ってしまった僕様のせいだ。
だからこそ、
「そんな図体で、強くなったつもりかぁ!!」
叫び、飛翔し、このウサミミ大蛇の注意を引く。
必要ならば、秘都の勇者としての剛腕を振るおう。
空を駆ける我が武器『筆ノ亜』のペン先が、蛇の背を捕らえては切り裂いていく。
途端、のたうち回る図体は橋を揺らし、直下の水面が激しく波立つ。
そんな中を──。
「……っ!」
ザドらは問題なく橋を駆け抜ける。
ふりだし地点に着くのも、あと数秒か。
「……っ、よし」
ならば、この大蛇に奮起されても面倒だ。
ここで一つ、渾身の一撃を与えてやろう。
筆ノ亜のブースターを勢いよく噴かせ、これに乗る僕様を空高く舞い上がらせる。
──大蛇の遥か頭上。僕様の殺気に気付いたか、奴もこちらを見上げた。
と、視界の端で浮くものが……。
「おっと」
大切な四つのサイコロが、僕様の顔の横で回っている。まるで、自分を使えとでも言うように煌めいていらっしゃるが──。
「お前が出る幕でもないよ」
僕様はサイコロを取りこぼさぬよう、力強く握り取る。そして、ウサミミを揺らした大蛇を改めて見下ろした。
流石に奴も黙ってやられるつもりはないか。
大蛇を形作る無数の魔獣が、次々と妖精さんを立ち上がらせる。
背骨が隆起していくような、良からぬ気配だ。
だが、何をしようとも僕様の一撃は受けてもらう。
そうさ。
──そうでないと。
「 僕様の恥を、払拭できないだろうが!! 」
瞬間、筆ノ亜が火を噴き、空に大輪の花を咲かせ──僕様は突撃する。
大蛇の背を目掛け、稲妻のような炎痕を残し──恥の払拭……いや、
破壊を成し遂げてやった……!
───
「……ふぅ」
流石は僕様と言ったところ。
橋の上に降り立ち、真っ二つになった大蛇を一瞥する。
「残念、倒してはいないか」
群れを両断したようなものだ。表面にいた魔獣を三、四体粉砕したが、あの様子だとすぐに復活されるだろう。
まあ、その時はその時だ。迎え撃つだけよ。
そんなことより、僕様は軽い足取りで少し先にいたザドへと向かう。
僕様が橋を象った位置……。
ザドらは、ちゃんとそこで待っていた。
「……」
言いたいこと?
言い訳?
ザドと交わしておきたい戯言のようなものはわんさかあるが、女々しいのは柄じゃないか。
──。
ザドに近づくと、そのままぶつかるように僕様は肩を当てた。
相変わらずデカい体よ。側から見れば、秘都クレイトの統主たる僕様が、ザドの配下みたいだろう。
「──フン」
数秒、ザドはもたれかかる僕様を見下ろしていたが、もういいと言うように押し返した。
その際に、互いに拳をぶつけ合い、僕様はザドと鼻で笑った。
「……で? シバコイヌだっけ?」
見た目、毎日フラフラしてそうな、なんとも印象に薄い奴。
だが、こちらが憶えている範疇のコイツの言動は……そんな見た目とは大違いだ。
「前にお前がよこした、あの瞬間移動アイテム……『歯輪』だったか。遠慮なく使わせてもらったぞ」
歯輪の形をなぞるように、僕様が人差し指をくるくると回して言うと、シバコイヌは「それは良かった」などと声を明るくした。
「若、それはいいとしてよ」
ところが、それをザドは遮る。
「タイミングよく現れたのはありがたかったが……どうしてここに来おった、シバコイヌ?」
疑問は尤もだ。
秘都の対処チームは帰したが、一応この水没した街は関係者以外立ち入り禁止にしてある。
そこを突破したと言うなら、味方と見るには少し早い。
「あ、そういやさっき、ザドに報告があるとか言ってなかったか?」
ザドの逞しい脚をノックしながら聞くと、シバコイヌは「そうでした」と、一つ咳払いをした。
「はい、転生者狩りで不正を働いた一部の狩人達を制圧したと、運営陣が発表しました。それと──」
「……それと?」
「えー……。転生者狩りで捕らえようとしていた、秘宝『笹舟』を持つ転生者に、秘都外へ逃亡されたと……」
それを聞き、僕様はザドと顔を見合わせる。
そして、……そうなったかと僕様だけが笑む。
「別に構わないさ。欲しがってる奴だけが追えばいい」
転生狩りは、みんな楽しんでくれてたんだろ? と、ザドに窺う。すると、ザドは素っ気なく肯定してみせた。
「なら、ゲームイベントにした甲斐があったさ。……体よく追い出す口実にもなる」
サラセニアの秘宝を欲しがる物好き共を、そう打算的にあしらう僕様を前にしたシバコイヌは、拍子抜けでもしたか、「そうです……か」と溢した。
となれば、イベントの広報として走り回ってくれていたシバコイヌの仕事も終わりでいい。歯輪一つ分の仕事としては、十分なほどに『僕様が秘宝を持つという噂』の霧散に尽力してくれた。
「──報告は以上か? なら帰れ。ほら、ここは危ないぞ」
僕様は遥か後ろにいる暗黒晶と魔獣の群れを親指で差す。そうすれば、秘都クレイトの住人ではないコイツは慌てながら退散する──……と、思ったんだが……。
シバコイヌは小さく、「暗黒晶?」と声を震わせた。
「あの……。アレは、もしかして……暗都の勇者、ペルテルの墓標だったものでは……?」
「あ? あー、そうらしい。なんでここに現れたのかは知らんけど」
多分、墓標でいるのが飽きて持ち主を追ってきたんじゃないか。みたいなことを、さっきザドとも話し合った。
しかし、ペルテル個人の墓標だとは初耳だ。
「ふぅん。シバコイヌは、暗黒晶に詳しいのか?」
僕様が何気なく聞くや、コイツは食い気味に「もちろんです!」と答えてきた。そして、間髪入れず捲し立てる。
「暗都の暗黒晶は、勇者ペルテルの傀儡──いや、ペットとして有名で、我々暗都軍人の亜種正装としても重宝された意思を持つ軟体鉱石でありぃ──!」
「お、おうおう。もういいって、大体は知ってるから」
……オタク特有の早口ってか。
初めて目にするソレに若干気圧される僕様だが、シバコイヌは関係なしというように喚き散らし始めた。
「では、あの暗黒晶に込められた勇者ペルテルの愛情がどれほどいいものだったかはご存知ですか!?」
「なぁザド、こいつ……?」
「思い起こせば、彼女と暗黒晶の出会いはサラセニア探索配信の第二回だった! あの頃はまだ初手破壊の申し子だとリスナー達から揶揄されていたペルちに、愛が芽生える瞬間を我々は目撃し──!」
「怖ぇんだけど。叩いたら直る?」
「……やめとけ若。……シバコイヌも、それは後で聞くから、今はやめおれ」
それよりと、ザドは思い出すように唸りながらシバコイヌに問いただしていく。
「して、お前はあの墓標をどうしたい? 先程、『我々暗都軍人の』としおったからには、最適解も上げられようよ」
更に、シバコイヌはペルテルとも接点があったはずだしなと、圧しを加えた。
「ほら、転生者狩りの時だ。何やら話し込んで仲良くしとったろ?」
「──あ、ええ! ……実は、あの時ペルテルさんと話していたのが……暗黒晶のことで」
暗都に鎮座していたはずの暗黒晶が、活動を再開したと。シバコイヌはその事をペルテルに伝える為に、わざわざイベントの広報なんて面倒な仕事を歯輪で買ったらしい。
なるほど、『我々』か。
暗都の勇者ペルテルを推していた奴らには、シバコイヌのような律儀な奴もいたようだ。
(話の筋は通っているか……ふーん?)
それなら、暗黒晶が現れた後にシバコイヌが現れたのも納得だ。追っていた物が目に入れば、そりゃあ後をつけていたとすれば説明はつく。
僕様は腕を組みながら、コイツが都合よく現れたことで抱いた疑念を解いていく。
……そして。
「元ではあるものの、自分は暗都の軍にいた者です。であれば、あの墓標──暗黒晶は、可能ならば元の場所に戻したいと想っています!」
シバコイヌは涙ながらに言ってのけた。
律儀、怖。
「へぇ、そ? 僕様は壊してしまおうと考えてたが……そう思ってる奴がいるなら、まあ」
壊さずに拘束する手も、あるにはある。
しかし……。
僕様は目を閉じて天を仰ぐ。
その拘束する手とやらは条件付きだ。
必ずしも実現できるわけではないんだなこれが。
それでも、あの手を提案してみるかどうかを考えていると、僕様の肩にザドが手を置いた。
「? なんだよ?」
妙にザドの手に力がこもっていたから、僕様は無視も出来ずに目を開けた。
そしたら、ザド……目を潤ませてやがった。
「若……! シバコイヌが、ここまで義理堅い男だとは知らんかったッ。暗都軍人の想い、応えてやろう……!」
「え? ぇ……まじ?」
「マジだ。若はいつも『拘束』を遊びにしか使いおらんだろ。たまには、そういう使い方も良かろうよ」
遊びに、とは心外な。
だが、確かに思い当たる節しかないので、僕様は口を噤む。
「──……はあっ」
そして強く溜め息を吐くと、仕舞っていた四つのサイコロを取り出した。
「わかった、いいよ。……ただし、発動条件はキツくするぞ?」
ザドのデカい手を払い、僕様は少々気怠くシバコイヌに訊ねる。
「お前、誕生日いつ?」
「誕生日? ……え、十一月一日ですが」
「おっけ。いち、いち、いち、な?」
サイコロを一つ仕舞い、僕様は改めてシバコイヌに三つのサイコロを見せて言う。
「──この十面サイコロを三回振る。お前の誕生日である一のゾロ目が出たら、暗黒晶を特別な手法で拘束してやる」
わかったか? と、念を押す。
するとシバコイヌは、
「……っ、はい! ありがとうございます!」
深々と頭を下げた。
拘束しない線の方が濃厚なのに、よくもまあ、声に気持ちを込められるものだ。
僕様は呆れつつ、ザドを見る。
「それじゃあ、僕様は拘束の準備をするがてら、サイコロを振らせてもらう。ザド一人で護衛頼めるか?」
「ふむ……」
先の魔獣クヴァリエルとの多数戦を念頭に置くと……それは少し厳しいかもしれない。
柄にもなく困った顔をするザドに、僕様は仕方ないかとシバコイヌの顔を上げさせた。
「ペルテルがいないんじゃ戦力不足だ。──お前、ちょっとペルテルの席に座れ」
「……はい?」
「それが良かろうよ。魔獣を蹴散らせるだけの実力はあるようだしな」
「え、……いいんですか……っ?」
「今だけな。ペルテルに負けない働きを見せてくれよ?」
僕様がぶっきらぼうに言ってやると、シバコイヌは覚悟を決めたように力強く、
「──はいッ!」
そう、返事をしてみせた。
それにもちょびっと呆れつつ、僕様は──いや、我々は再び暗黒晶へと向き直る。
拘束か破壊か。
どうあれ……やってやるかと、再戦を前に息を短く吐き捨てた。
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