第六十七月︰サラセニア配信♯101 開始一時間前
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No game no life.
わたしの場合、のーサラセニアのーらいふ。
学校が休みである今日は朝から夕方までサラセニアにいたから、自分の部屋に戻ってくると違和感凄い。
アイリなんかは四十時間ぶっ続けでログインしてる事もあるらしいから、トイレ休憩ごときで戻ってくるわたしはまだまだ未熟者だなと思わせられる。
「……あ、もう十八時じゃん。配信準備しとくか」
受験勉強が樹都でも出来ると分かってからは、ずっとこんな調子でイン率高め。
学徒生に勉強を教えてくれるリアル大学生がいるのは強すぎる。ゲームの世界で何してんだろと思うけど、時期が時期なだけに心配された挙句、甘えさせてもらっているのだから現状を手離せません。
そして、お勉強が終われば本題です。
サラセニア配信#101。滝都アクテルと秘都クレイトの宮地対宮地雌雄決着が始まる枠でございます。
いよいよ動き出す大イベント。十二日前にアイリと樹都内で宣伝をし、アクティブユーザーを見つけては片っ端から声を掛けた。
その結果、イベントに参加する樹都グループは、ククであるわたしを含めて六人となった。
顔合わせは早い内にしておきたかったのだけど、あいにく皆の都合上タイミングが合わさるのがイベント開始一時間前っていうね。
一応イベント中に何したいーこれしたいーって話はサラセニア内の伝言板でやり取りしていたものの……チームとしての結束力は育っていない悲しみ。
まあまあ、嘆いていても仕方ない。
わたしはいつも通り、四角錐のゲーム機とペアリングしたままの視覚デバイスを頭に乗せ、配信用のパソコンを起動。
創作投稿サイト『アルペジア』内に設置された配信部屋とLIVE配信ソフトを立ち上げて相互リンク完了。
視覚デバイスとパソコンを有線で繋いだらゲーム画面とゲーム音声の出力チェック。……問題なし。
別端末でコメント自動読み上げツールを起こして、片耳に着ける無線オープンイヤホンとのペアリング確認。ゲーム音との音量バランスはG8:C2くらいが素敵。
ミキサー比率だけど……今回は戦闘多めだろうから低音を絞っておこう。マイクの高さと位置を調整し終えたらマイクスイッチに左手を添えたまま、あらかじめ用意しておいた枠の配信開始の予約を五十三分後に再設定。
それでは、モニターが節電モードに切り替わったのを見届けてから視覚デバイスを装着。変わらず樹都の景色が見えますので、視界良好。飲み物取ってくるの忘れた。もういいや。
ヘッドホンと前髪をちょちょっと直したら、マイクONにして配信用音声入れときました。
「スゥ──……ふぅ……」
深呼吸は大事。
机に置かれた二つの四角錐が放つ淡い光を浴びたわたし──奈波葉月は、クク・ナナツキ……そして、最強少女の中の人としてサラセニアに舞い戻った。
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樹都フォール、正門壁屋上。古魂の大樹と郭が一番綺麗に見える場所(※個人の感想です)にて。
集合時間十八分前。
樹都グループの一人目、わたしが一番乗り……かと思いきや、わざわざ見送りに来てくれたのであろう多忙なはずのファイユ様が待ち構えていました。
「……クク……だよね? ちょっと変装してきたんだ」
「流石にね~。最強少女って言っても、まんま代表だからね。目元くらいは隠しますよ」
世間的には、ファイユ代表とはファイユ・アーツレイである。
なので、人目がある場所で眼前の方よりもファイユ代表にそっくりな顔を晒すわけにはいきませんわ。
だので、ワンサイズ大きめの『らしからぬ』学徒制服を着用し、腰横に古魂の刀剣を携え、獣衣装のような白獣の被り物を装備しました。
この被り物は、白獣の鼻筋から上──蒼眼、獣耳まで凛々しくも可愛いデフォルメをされて作られており、後頭部を覆うサラサラでロングなたてがみを地毛に混ぜるとメッシュみたいになります。
ちなみに、あまり目立ちませんが付け牙もしてますし、角度的には口元だけでなく目もチラ見せできるようになってます。
捕捉ですが、わたしからは被り物が消えて見えるので視界は阻害されていません。3Dゲームでキャラに近付きすぎると姿が消えるあの仕様ですね。
結果的に、見た目が獣族になりたがっている厨二病のようになりましたが、可愛く神秘的な感じに落ち着けたので、わたしは満足げに鼻息をふかしております。
「……妖怪か?」
「どういうイミっ」
集合時間十六分前。
樹都グループの二人目。開拓上級組の女子学徒生、OMさん。
「──……ぁ、おあ゛ようござぃます……」
「寝起きの声じゃん」
「おはよう、来てくれてありがとう!」
「……ぇ゛? 誰でしたっけ」
「ほら、妖怪さん、自己紹介」
「妖怪じゃないもん! 可愛いコスプレだから!」
おむさんは学徒制服の上に樹都自衛団印の白いケープマントを羽織った女の子です。
雰囲気がほわほわしてて可愛い声しときながら正義感が強く、行動力もあるものだから率先して自衛団に入団して樹都を護ってくれています。
多分、姿だけなら見た憶えはあるのですが面識はそんなに無かったので、これを機に仲良くなれるといいですね。
集合時間五分前。
樹都グループの三人目。樹都の流浪人、あまログさん。
「お疲れさまでーす! 今日はよろしくお願いしまぁす!」
「わっ、お疲れさまですー。来ていただいてありがとうございます!」
「あー、その声ククちゃん!? え、イメチェンが過ぎない!?」
「頂き物のアカウントなんですよ。今日一日これでやっていくつもりなんです」
「そーなんだぁ、間違わないようにしないとねー!」
あまログさんは、学徒制服の中でもフォーマルタイプ……簡単に言うとデフォルト仕様の出で立ちでご登場なさいました。エンジョイ勢の鑑ですね。
この人、中身お姉さんギャルらしいです。
そんな方がこんなマイナーなゲームにログインしてくれてるなんて……もしかして、未確認生命体のオタクに優しいギャルなんですかね。興味深いです。
加えて言いますと、わたしに配信の初歩をレクチャーしてくれた先輩配信者さんです。リスナーさんからプレゼントされた数多の機材から、あまログさんの配信環境に合いそうにないマイクを無料レンタルさせてくださいました。
本人談によれば、とある企業が推進している配信収益構成のメンバーで、いわゆる企業勢なんだそう。
一応、個人勢にあたるわたしとこんなゲームをしますよーって会社側に事前連絡したところ、NGを出されたそうです。
ダークウェブからサルベージしたゲームをするのは、配信者が所属する会社のイメージカラーに悪影響を及ぼしかねないのだと。他にも懸念される事柄もあり、参加しない方針になったはずですが……こうしていらっしゃったということは……ゴネましたねコレ。
「……んー、こっちのチャンネルで配信しない事と、SNSで宣伝めいた事を発信しなければ、目をつむりましょうって話に持ってってやったぜ」
「つ、強い……」
念の為、あまログさんの音声だけは配信に乗らないようにした方が無難かもしれないけれど、皆の声はゲーム内から届くから……難しいな。
気付かれない事を祈ろう!
集合時間二分前。
樹都グループの四人目。樹都重要役の砂漠さん。
「先生、こんばんわー!」
「誰っ? あ、ククさんか。驚きました……」
砂漠さんは男性です。
おむさんが所属している樹都自衛団の観察長(宮地に侵入した不審者を放置及び拘束する選択権を有している役員)をしている傍ら、開拓フリー講師としても働いていただいてます。
『重要役』とは、こうして多方面で活躍している方に付けられる肩書きとなっています。
それと、わたしが先生と呼んでいる理由は勿論、この方がわたしに勉強を教えてくれている大学生さんだからです。
イケメンで且つとても良い声をしていますので、講師として──はたまた自衛団役としての人気がとんでもなくて引くレベルですね。
わたしの隣りにいるおむさんが同類を見る目で彼を敬っておりますし。
「砂漠観察長……引率任務ですね。ご苦労さまです」
「ありがとう。学徒生だけで他所に行かせるのは心配だと、ファイユ氏に言われましたからね。頑張ろうと思いますよ」
自衛団観察長を表す印が刺繍された白い制服がよく似合っておられる。そんな砂漠さんと団員のおむさんが談笑している様子は絵になりますね。
こんなのにいられたら、わたしが本当に映り込んだ妖怪みたいに見えるじゃないですか。恥ずかしくなってきた。
「クク、こっちに避難してもいいんだよ?」
「お気遣いどうも。なに笑ってるんですか」
そんな事よりもだ。
「先生、お願いしたもう一人の保護者役は……」
「あ、大丈夫連れてきましたよ。……丁度良い人材をね」
集合時間一分後の事。
「ほらほら、もっとやる気を見せてください。そんな暗い顔してたら、また減点しますよ?」
「や、やる気云々っていう話じゃなくてさ……」
(あ)
姿を見た瞬間、思い出される森での襲撃の記憶……。
……知っている人が先生に引っ張られてきましたね。
「知らない人もいるでしょうから簡潔に。この前、講習中にも関わらず、ちょっと酔っ払ってはしゃぎ過ぎたようなので、慈善活動として『自主的に』参加して頂きました」
「……どうも……。よろしくお願いします……」
樹都グループの五人目は、開拓初等組担当の雇い講師さんになったようです。意味は知らないけど、名前はFriday to INさん。
確か、ご本人はF.I.って呼ばれたがっているんでしたっけ。意味は知りませんけど。
エフアイさんがこちらを向く前に、わたしはアーツレイ家の次女様にコソコソ話を仕掛けます。
「ファイユ様……彼女……」
「うん。知ってる。……隙あらば私達を睨んでる人だ」
ああ……。さっきまで緩く微笑んでいたファイユ様が、不快度数2%含みの真顔になってます。それもそのはず。私達目線で彼女を紹介するならば……アーツレイ家アンチを公言なさってる方と言って良いでしょう。
直接的な被害等の話は聞きませんが、こちらの懐を執拗に覗こうとしてくる輩の存在は……鬱陶しいモノがあるそうです。
それに、そんな彼女からしてみれば、わたしはアーツレイ家の犬っころ。……当たりが強くなりそうで怖いですね……。
「……あ」
エフアイさんがこちらを向きました。
ファイユ様と隣り合うわたしを見て、明らかに何かに気付いたような素振りです。
……そして、露骨なため息をつかれました。
やばいですかね。この流れは。
思えば、わたしの今の容姿は森で追いかけっこした時と似ているのです。気付かれて当然。続けて、彼女は何かを言おうとして、こちらへ足を踏み出しました……!
ところが、その動線はサッと遮られて──?
「ねーねー! えふあいってどんな意味ですかぁ? ウチさ、その手の匂わせ気になっちゃうんで(笑)」
「え、あ、それは、え?」
あまログさんが……急にダル絡みを。
それを受ける方の反応からするに、ギャルが苦手な陰キャさんですねアレ。
「……ぎゃう、ですか。いえ、別に大した意味は……」
「教えてくださいよー。ほら、変でも笑いませんからぁ。てゆか、みんなの前で発表するのは恥ずかしい感じですか??」
「ぁ、の別に、あ、後で……教えますので」
「やったぁ! 指切りゆびきり、約束ですよ♡」
あまログさんの陽のオーラに圧されたのか、エフアイさんは一歩二歩と後退りをしました。顔も逸し、わたし達への意識も完全に消失したみたいですね。
(良かった……)
わたしはホッと息をつくと、尚も笑顔で壁になってくれているあまログさんに囁いた。
「──ありがとうございます。あまログさん……!」
「んーん。なんてことないから♪ ……隠れたくなったら、いつでも背中貸してあげるよ♡」
あ。か。
……決めた。
わたし、将来ギャルになります。
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それから各々の雑談なんかもありまして、集合時間から十分が経ちましたが……。
何故か樹都グループの六人目が姿を現しません。
「……あれ? もう一人くるはずなんですけどね」
急な用事。寝坊。忘れてた。興味が無くなった。
考えられる事は多々ありますが……?
そういえば、あと一人についてはファイユ様が話をつけてきたと、以前個人チャットで報告をあげていたような。
そう思い、ファイユ様に視線を送ると、本人もハッとしたようです。
「──ごめんね、言いそびれてた。最後の一人についてなんだけど……」
来ないから。
さも当たり前のように言い放たれた言葉に、場が一瞬凍りました。
みんなのなんとも言えぬ表情を前に、ファイユ様は「ごめん、言い方が悪いか」と、めんどくさがり屋の本性が口走った言葉を改めます。
「──正確には、その子は滝都周辺での採集任務を請け負っていたから、わざわざ集合場所の樹都にまで戻るのはしんどいでしょってコトで、そのまま滝都で待機してもらってるんだ」
だから、樹都発のメンバーは全員揃ってたと。
各々それを聞いて安堵していました。ならソレはよ言っといてくれと、乱暴に思ったのは多分わたしだけでしょうね。
なんでか今の台詞を言い終えただけで疲れたって顔をしているファイユ様でしたが、何のために樹都グループの集合場所にまで来たのかを思い出すように「てなわけでして!!」と声を大にし、再び皆を注目させました。
「今回参加させて頂くイベントは、余所の地で行われる宮地対宮地の雌雄決着。あちら様にもイベントを開催するにあたって、外部への配慮を尽くしていただける用意はあるでしょう。しかし、それでも必要以上に甘えることなく、樹都の民として節度ある振る舞いを心掛けてください」
ファイユ様は、もしも恥を晒せば、万が一死んだとしても簡単に転生させてあげませんから──なんて、噂絡みのブラックジョークを挟みつつ、さっきから視界の隅にあった大きな荷物から何かを取り出した。
「それって……」
「君達も、歯輪の次元まで徒歩移動なんざしたくないでしょ? って思ってさ、トグマの兄さんから『歯輪』を提供してもらったの」
待って、取り出したってレベルじゃない。出るわ出るわ歯輪の束。
その量は、丁度家のお風呂を埋め尽くせるであろう数。これくらいが、わたし達五人をまとめて歯輪の次元までひとっ飛びさせられる必要数だという。
「トグマ様……太っ腹ですね」
「それはどうかな。札束渡せば済むものを最低硬貨で渡されたようなもんだよ。私泣いたもの」
兄妹で仲が良いんだか悪いんだか……。
そんなことよりと、ファイユ様は健気に全ての歯輪に触れて起動させながらわたしを近くに呼び寄せた。
「クク……また、名前変えたの?」
「お。やっと気づいた?」
このアカウント名は、もともとA.F.ファイユ。でもこれでは人前に立ってはいけないでしょう? 秘都に行った時は匿名希望にしていたのだけど……これを期にと思って、代表直伝のネーム変更チートを使わせてもらったのだ。
そして、新たに付けた名前は、
「 樹都グループの一人目──『 キキ 』といいます。 どうぞ、お見知りおきを♪ 」
でも、呼ばれる時はククで結構ですけども。
そう言って暗黒微笑を繰り出すわたしを、ファイユ様は「はいはい、了解ですキキさん」と吐き出して皆の隣へと押し返した。
「……それでは皆さん。くれぐれもおいたはしないように。それと……存分に、楽しんで来てね」
わたし達の周囲に、無数の歯輪が飛び回る。それぞれが滴る程の光で尾を作り、樹都グループの五人を素早く包みだす。
その中で、ファイユ様の激励を承ったわたし達の揃わない返事が、大きく響いた──!
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