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空気属性『ステルスチート』の進路  作者: 笹見 暮
前編後半:キキとハウで降り立つサラセニアなる世界
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第四幕目:森の中の『戦闘狂』




「──痛ッ……づぅぁああ……」


 倉庫に衝突した際の背中の打撲傷が、私に「ムリ。休も?」と言ってくる。


 本当は、こんな怪我なんて構ってられないケド、所詮は壊しちゃった倉庫の修復資材集めだし、別にのんびりでも良いよね? ってコトにして、私は近くの木に凭れながら、草地に腰を下ろした。

 勿論、紋章が施された上着の背垂れは、尻に敷かない。


 見上げる世界は、鬱蒼とした森。

 仲間と翔ぶ小鳥。風にさわめく木の葉と揺らめく木漏れ日。

 時折、木々の合間を縫って巡回する光の珠が、尾を引いて流れ、零れ落ちる陽光の照明に明かりを貸す。



 静か。


 とても、静かな森の中。



 私は、座るのに少し邪魔になっていた木製武器『吸魂の双棒』を、腰の両サイドから外し、隣に並べ置いた。

 そして、力を抜いて息を吐く。


「……兄さんも、少しは手加減してくれてもいいのに……」


 痛むのは背中だけじゃない。上半身全部。

 ケープ越しに胸や肩を擦ってみると、突かれては叩かれた箇所が、「え? 呼んだ?」みたいに痛みを走らせる。

 兄さんも、一応は私の装備環境の中でも、一際防御性の高い所ばかりを狙ってくれてはいたみたいだけど……。


(痛いものは、痛いっスね……)


 感覚的に、お腹から下はほぼ無傷だと思う。木片で付いた擦り傷切り傷は小さく、気になる程でもないし。

 ……にしても。


「バレるよねぇ……こんなもの」

 呟きながら、私は両腕の袖口を引き、日焼けお断りな白い肌を晒して手首を見下ろした。

 そこに描かれたモノの見た目は、アスタリスク。

 両手首にチェーンブレスレットの様に巻き付いた三本の紋様線は黒くて、定期的に紫色の波が立つ。


 これはアクセサリーでも、タトゥーでもない。

 いつか解かれる日を待つ、大切のしるし。

 特別な術印で、特別な意味を持ち、特別な方法でのみ解かれる、『特別な術式』だ。


 だけど、この術式の副作用みたいなものが、私の兄の逆鱗に触れる。

 どんなに真意を明らかにしろとがなられても、私はどんな質問にも答弁を垂れず、ただ一言だけの主張を繰り返してみせた。


 『樹都フォールは弱くて良い』とな。

 そしたら、兄は可愛い妹をフルボッコ。

 信じられない狂気の沙汰であった。


「……石材健造部分に落とさなかっただけ、まだ情は感じられるけどさ」

 だから、それが『綱』なんだろう。

 次に顔を合わせた時も、まだこの術式を解いていなかったら『綱』は切れ、私は兄さんに、アーツレイからの除名を言い渡され、最悪フォールを追放されると思う。

 ……あくまで予想けれど、それでもいい。

 私はこの両手首を胸に添えて、自身の内に仕舞い込んだ真意を紋様線に灌ぐ。


 わかってた展開だし。

 自分でも熟考した上での作戦だし。

 その時は、ククも連れ出しちゃえばいいし。

 なにより、『この術式は、もう私には解けない』から。どうとでもなれ……なのだ。


「……これも、もういいか」

 私は、カントリースタイルに結んでいた髪を解いた。

 ……さて、髪留めを失って垂れただけの、このゆるふわさんをどうしようか。

 男は『ゆるふわ』に弱いぞって噂に乗っかって、あの暴力兄さんを懐柔してやろうとしたわけなんだけど。結果私に対する怒りが勝っちゃって無意味に終わった。


 だから、ま、適当に。

 毛先をコネコネと回しながら、片手で大雑把に髪を梳いていく。そして左側に三つの束を作ったのと同じタイミングで、上着のポケットがモゾッと動いた。


「あ、起きたかなー?」

 髪の束を掴んだ手とは逆の手で、ポケットの口を広げて中のモノを迎える。すると、期待に添って中の白い綿毛君が這い出てきた。


「おはー! ごめんね、勝手に連れ出しちゃった」


 綿毛の体を撫でようとした時だ。


「……あー……? きぃず……じゃない、キキは?」


 綿毛が発した予想外の男の子の声に、体がビクッとなった。

 瞬間的に、頭の中の獣族に関する情報が違和感を正せッ、違和感を正せと駆っ飛ぶ。しかし、獣族の方々も喋る事は喋るから違和感はなく……普通、のはず。

 幼生時で喋れるって話は知りませんでしたケドも……。


「……あんたは、誰?」

 綿毛がガラスビーズみたいな瞳を私に向けた。ついでに服にしがみついた前足が超小さくて、思わず頬が紅潮する。なにこれ超かわゆいと、頭の中のちびキャラファイユちゃんが狂喜乱舞だ。


「ファイユって呼んでね。キミは、なんて名前?」

「……えぇ~、──ぁ、ハウ。……だったか」


 『ハウ』と名乗った綿毛君は、まだ眠気眼で状況が掴めてないのか、言いながら辺りを見回していた。

 そして、もう一度私を見ると、やっぱり思った通りの質問を投げてきた。


「此処は?」

「ここはね、『樹都の森』。又の名を『魔法樹の拠り所』っていう、私達の街の下にある森なの」

 当然、私が街と呼んだ『樹都フォール』の説明を受けていないハウ君は、思考停止したみたいに固まった。

 でも、その姿も面白いので、私は敢えて言葉を足さず、三つ編みを作りながら彼の反応を待つ。


「…………でさ、キキは?」

 スルーされちゃいましたか。でしょうね。

 ハウ君は、多分、お仲間だと思われる名前を口にすると、再度周りを見渡す。

「キキ? ……倉庫には、キミ以外誰も居なかったよ」

 私が編み上がった三つ編みと後ろ髪を纏めながら言うと、「マジかぁ……。どうすんだよコレ……」なんて、困惑したティーン男児みたいな嘆きを溢した。

 誰がこの子に言葉を教えたんだろう。


 やっぱりこの獣……凄い違和感を放ってる。けど……そうね、こう考えてみよう。

 このハウ君は、元々は人間の男の子で、とある事情から悪い魔法使いに獣の姿に変えられちゃった。そして、『キキ』って言うのは、きっとその悪い魔法使いを倒せる勇者さんなのだと!

 すんごい妄想乙だけど、そう考えたら、この状況も萌え路線のプロローグとして、後の展開に悶え死ぬ事この上無いのではなかろうか??

 無いね。分かってますとも。


 そんなこんなでヘアスタイルをカジュアルなサイドアップに仕上げ終わると、ハウ君を両手で掬い上げた。

「その、キキって子は、居ないと駄目?」

 私の問いに、「居ないとキツい」と、ハウ君はそう返した。

 ホント、ティーン男児みたいな喋り方だ。


 ……まぁ、それはもう良いとして。

 私はそのまま立ち上がると、ちょいと意気込んで動いてみようと思った。


「じゃあ、そのキキさんを捜しに行こっか!」

「まじ? 是非ともに!」


 私の言葉に速答したハウ君があまりに必死な目を向けてくるものだから、思わず吹き出してしまった。

 なにこの子、超可愛いんですけど事案発生しちゃいますか?



(────ん……待って)



 その時、私の顔を舐めずるような、不気味な風が吹いた。

 空気の流れは森の奥へ去り、頭上の億の葉がざわめく。


 腕にむず痒い感覚が走り、私は風が吹いた方向を向く。

 それと同時に、ハウ君も同じ森の奥を見た。


「……なんか……」

 ハウ君が呟く。


「……うん」

 私は、草地に置いていた双棒を取る。

 そして、細くなる息に反し、より強く木々の先を凝らす。



 あそこになにか……。


 木々の向こうに、なにかいる……。



 少し暗くて、よくは見えない。そんな心境に応えたか、枝葉の合間を飛翔する光の珠が、私達が見据える場所へと流れていった。

 双棒の柄に両手を添える。ハウ君が肩に来た。まだ喉に唾が通る。

 

「…………あ」

 光の珠が気配の元を照らした。

 上半身をローブで覆い、フードを深く被った人の姿を。

 そのフードの奥で大きく口角を吊り上げて、卑しく笑い歯を晒していた人の姿を!

 ──私が慄きを身に這わせてしまった瞬間、その人は地を蹴り、猛然と距離を詰めて来たッ。

 

「ハウ君隠れてて!」

 私の叫びにハウ君はすぐに肩から飛び降りて応えてくれた。自由になった私は腰を落とし、より強く地に足を押し付けて掴み込む!

 

 凶意に満ちた愚行は風を纏い空気を唸らせ、草花を踏み付け一直線に襲い来る。──瞬く間に突された拳。咄嗟に双棒で胴を遮ってやる。残念ながら初手は私の身体には届かない……そう思い描いた刹那──。

 ソイツから貰った双棒への攻撃は、片手の甲による軽打ノックに終わった。

 

「ぇ──」

 困惑を誘われた。

 凶鬼の身は一瞬の挨拶を終えた直後、再び加速。気付けば私の隣位置で屈み、隙を見せてしまった脇腹へ拳打を振り抜いていた。

 

「ァっガ──ッ!?」

 硬い拳が私のお腹をあばら骨ごと抉り去る。

 拍子を抜かれた。騙された。不覚にも防御を潜り抜けられた。

 よろめきそうになる脚に力を込めて、再度相手を追い首を向くが──隣には姿が無い。

 けど直感的に、背後に気を留めた時だ。

 

 タンッ……と頭上から鼓膜を撫でる悪意を感じた。

 背後の木。反射的に身を返す。でも、もう遅かった。

 

 視界の端に僅かに映る色。

 人影が木の幹を足場に渦を巻く様子。

 布の渦は突起させた線で弧を描いた。

 それが脚だと脳が警鐘を鳴した時には既に──私のうなじは襲われていた。

 

 

 一瞬の衝撃で、天地が分からなくなる。

 

 声も出ない。

 

 

 ──次に目の焦点が合うまでに何秒を要したのか。

 首の鈍痛に顔をしかめ、自分は蹴り飛ばされて草地に転がったとだけ悟る。

 

 そして、草木が横から生える視界で、ローブを纏った人影が歩を近付ける姿を見た。それも、籠った金属音を鳴しながらこちらへと。

 勿体振る事無くソレがローブから露になると、私の顔から血の気が引く。

 

(半月型の……? 片手斧──ッ 駄目なヤツだ……!)

 あんな殺意の高い武器を使うのは『奪う者』だけだと直感した。

 兄さんにボコボコにされた後になんか、絶対に相手にしたくない変態人種の代表格。

 私は木漏れ日を禍々しく映す刃に最大限の警戒を向け、即座に立ちあがった。

 大分脚がふらつくんでタイム、とか甘い事は言ってられない。

 ──下手をすれば殺される。

 

 フードの奥で、まだアイツは私を嗤っていた。

 でも、その顔はもう見慣れた。もう慄かないッ。

 

 奪う者は再び正面からの突進に出、これに合わせて私も前へ跳ぶ。

 間合いを急に詰められ、奪う者に一瞬のリズムの誤差が生まれる。振り上げられる斧が先手を打つのは必然だ。

 放たれる向きを限定させれば防ぐのも容易。

 私が予定した通りの斬道に乗る斧の刃。その行く先に私の双棒が待ち構えた。

 

 斧の速度が上がる──へし折るつもりと見た。

 

 けど──これはただの木の棒じゃない。

 『吸魂の双棒』。古魂の刀剣を守る、私の盾だ!

 

 華奢な棒は凶意に染まる斧の刃を受けると、その延長にある奪う者の斧持つ腕をも止めたッ。

 そして、私の棒持つ腕はミリとも動かないと来れば、

「──?」

 奪う者はこの事態に戸惑いを露わにした。

 狙い通りのこの瞬間──!

 

「──はッ!」

 

 私は肩から思い切り奪う者の胸に体ごと激突してみせた。

 奴が身に宿していた動刻の力は相殺され、体の勢いが零になる。続けて私の蹴りの一突きが炸裂!

 

「……クッ。めんどくさい……!」

 奪う者を吹き飛ばす事には成功した。しかしそれでも、威力が弱かったか相手が頑丈なのか。

 彼の凶身は倒れる事なく、両者の間に再度距離が開けるまでにとどまる。

 

 倒せなかった……コレでもうヤバイかも。

 奪う者が片手斧を眺めている。そして……対策を思い付いたように、またも吊り上がった口を私に向けた。

 本気でヤバイ。打開策を練る時間を作らないと、本当に最悪な事になる。

 

 私は双棒を逆手に回して柄の底を親指で固定する。

 同時に奪う者は再三に渡り正面突撃を敢行。リプレイでも見せるように地を蹴った。

 まさかただの戦闘狂か。それとも遊ばれてるのか。

 ──兎に角、私はヤツの手が此方に届く前に、両の人差し指で逆さ二等辺三角形を左右に分割して描く。合わせて双棒を構え直して地を蹴ろうとした。

 ところがこの拍子に、己の身を縦に二分する錯覚に見舞われた。

 その正体。原因。目に映った物。

 

 ──奪う者の片手斧が、猛回転しながら目先に迫って来ていたのだ!

 

(それは冗談でしょッ!?)

 更に斧の後方では、流れるように奪う者が跳び翻る。

 斧を捌いても続けて二撃目が来る。そう解っていても、斧と双棒を競る場面を作らされた私に、躱す術など無い──!

 

 そんな仕組まれた場面に、奪う者の蹴撃が間隙入れず割り込み、棒持つ手が突風を伴う脚に払い飛ばされた。

「痛ッ」

 奪う者の手が回転を止められて落ちゆく斧を素早く掴み取った。

 それに気付き、身体反射に任せてもう一本の双棒で身を庇う。だが振り上げられたのは刃ではなく、斧の柄先で──。

 

 コンッ……と。

 金属と骨が、絶望を誘う乾いた音を鳴らした。

 瞬間、鈍痛と同時に襲い来た電流に腕が麻痺した。

 襲われたのは私の肘の尺骨。

 

「ッ──つぅ?!」

 不意を喰らい刃を見失い、あろうことか、凶意に満ちる攻撃範囲内で反応が遅れた。もうなにも構ってなんていられない。

 私はこの一瞬、恥も糞も何もかも捨て、咄嗟に後ろに跳んだ──直後、しゃくり上げられた斧の鋭端が胸を掠め、ケープを引き裂いていく。

 

 僅か一秒にも満たない判断だったけど、私は寸でソレを貰わずに済んだ。

 けどケープはもう使い物にならない感じ。ククにバレたら怒られそう。

 それでも生きられた私に、奪う者が斧を片手で回転させながら尚も迫るのは変わらない。──と、ここで眼前に六つの六角パネルが展開する。

 

 状況が有利に傾いて欲しいと願いながら、双棒を直角分回して柄を指で挟み、棒芯を腕の長掌筋腱に沿わす。

 これは完全な防御を成す盾。刃を通さない壁となった私の腕は、無機質に暴れる斧の閃きを、二打三斬と次々と相殺。

 この空気が高く鳴き続ける合間に、『お茶』のパネルを指でドラッグしていく。

 

 ──奪う者の掌打も蹴打も体の勢いそのままに来るが、それらは人の身を飛ばす意思など感じられないくらい軽い。ならば。

 

(いっそ、往なす手は斧のみに合わせるか……)

 私が思考に走った途端だ。待ってましたと言わんばかりに、双棒が刃を往なす直前、その向きが柄軸に回転。くるんと腕を擦り抜けた片手斧が速度を落とす事無く顔を襲う!

 万が一の予想はしていた。故に私の完全防御を誇るもう片方の双棒で、反射的に防いだ直後──予想は突き抜けられる。

 

「……ッハ──ッァ」

 肺の中の空気が唾液と共に強制的に噴出させられた。

 さっき抉られた脇腹に、重い蹴りを捩じ込まれてしまったのだ。

 蹲り、痛みに悶える暇が欲しい。でも与えられず、奪う者が斧を持つ手を代え、ガラ空きになった私の肩へ振り下ろした──

 

 けど『お茶』のパネルをホールドしていた私の指が六角形の中央枠に到達。

 この瞬間、パシンッと電気が弾けた音が響いた。

 

 そして目に映る全てがモノクロに変わり、絶体絶命であろうその瞬間が動かなくなった。

 するとここで、ぴょこんと目の前に現れる者が。

 

【 はーい☆ 次にタイムが出来るのは、五秒経った後から二十四時間後です! 】

 

 四角くなった『お茶』のパネルから現れたウサギのマスコットが、私のの状況など完全に無視して、毎度お馴染みテンプレートのお知らせを告げた。

 普段なら、返されない挨拶のひとつでもするのだけど。むしろ今は、この体を軋ませる痛みを「いつも、ありがとう」と言ってプレゼントしたい気分である。

 

【 さあさあカウントダウン、スタート☆ 5! 】

 『お茶』の効果は五秒間固定で時を止める。アホな事は考えてられない短い時間だ。

 

【 4! 】

 使用者が動ける範囲は、使用者の脚が届く範囲で半径一歩分。

 

【 3! 】

 私は肩口を捕らえていた斧の斬道から外れる。

 

【 2! 】

 双棒を、防御の構えから半周回し、正持ち──追撃の構えに変えて、準備万端。

 

【 1! 】

 ……でも、そのあとは……? まだ、相手をさせられるなんて、言わないよね?

 

【 0! また会おうねー☆ 】

 ウサギが消えると、視界に色が戻り、全てが動きを取り戻す。

 

「──っ?!」

 奪う者が、捕らえたと確信していたであろう標的を見失った。

 片手斧が既に私がいなくなった空間を裂いた瞬間、身を低くしていた体勢で懐に陣取っていた私と双棒による突進が──無防備な奪う者の腹に激突する!

 

 

「──ァあ゙ああ゙あ゙ァアアアあ゙ッ!!」

 

 

 会心の一撃五割増し。

 狂躯を押し上げる手に少し柔らかい感触が伝わったけどお構い無し。

 私の視界に、持ち上げられゆく者の体が仰け反る光景が映り──。

 

 やがてそれは、宙を舞う。

 

 次いで激しく地面に叩き付けられ、片手斧も離れた場所に落ちていくのだが、その様子を見届ける前に私は踵を返して走った。

 

「ハウ君!」

 ハウ君は、近くの木の側にいた。それを確認し掴み上げると、私は走るスピードを加速させた!

 

「あいつ、なに?」

「『奪う者』! ならず者! ある意味ド変態!」

 最後は偏見だけど、あながち間違ってはいない。

 けど、どうしよう。私の『吸魂の双棒』は、主に防御専用。本来ならば、攻撃専用の『古魂の刀剣』を持つククがいなくちゃいけないんだけど、叫んだら駆け付けて来るかどうか……。

 

「ファーユ(?)、あいつ追い掛けてきた」

「──ッ!? ……ぅぁぁああもう! ククッ! 早く助けてよぉお!!」

 思い付いた通り叫んでみて思い出した。通話をしたらいいじゃない!

 でも、メニューパネルを開き直そうとして、背中に緊張が走る。

 それを感じての、再度冴え渡る一瞬の判断。

 私は地面を横に蹴り、ヤツとの直線上から身を脱した。

 

 ──直後だ。

 あり得ない程の轟音が後方から響き、私が転がった地面までもが大きく捲れ上がる。

 周囲の花も草も木も、そこにあった物全てが土塊の花火に呑まれる。我関せずな自然など、文字通り飛び散った。

 

「ぅえっホッ! ──カハッ! ……なんなのさぁ」

 立ち昇る土煙。降り注ぐ土塊。口に入った土を吐き出しながら、私は謎の爆心地を振り返る。

 ──やはり、そこには当然ながら奪う者がいた。

 それも、さっきまでは装備していなかった筈の……大型の武器の先端を地面にめり込ませてだ。

 

「……なに、あれ」

 それがなにか確認出来る暇はなく、奪う者はその武器を引き抜くと、私へと歩み、大仰に振り回した後、上段に構えた。

 

 吸魂の双棒は、簡単には手の届かない所に転がっていた。

 私にそれを拾い、構える時間は与えてくれそうにない。

 

(……ああ……終わった)

 もう、立ち上がって逃げる時間さえもない。

 大きな武器の先端が私に降り下ろされたのを眺め、私は衝撃と、自らの『死』を覚悟し……目を閉じた。

 

 ──────

 

 ……なのに、来るはずだった痛みは一向に来ず……。

 

 ああ、自覚の無い死って、こう言うものなのかなとか思いながら、私は目を開ける。

 

 ……奪う者の武器は、私の顔に影を被せた状態で止まっていた。

 と、ここで初めて奪う者が、声を発した。

 

「……『衣』か」

 

 そして、何故か大きな武器は光の粒となって四散。舞い散るそれらを目で追ってたら、私の頭の上にハウ君が乗ってたのに気付いた。

 奪う者は、また喋る。

 

「切り札は最後まで取っておくもの……。流石にソイツを使われたら、此方も分が悪いね」

 

(……女の子の声……?)

 奪う者はそう言って、徐に胸元から手紙らしき封書を取り出し、私に投げつけた。

 

「え……?」

「フォールの統主に渡せ。あたしらからのラブレターだ。回し読みなら存分にして構わないよ」

 

 状況を掴めずに呆けた私を鼻で嗤い、奪う者は何も奪わず、片手をヒラヒラと振った後に森の奥へと姿を消していった。

 ──……残されたのは、抉れた地面と、封書。

 再び、森のさわめきを私の耳が捉えたら、なんか上半身が倒れた。

 

 

「ッはああああぁぁあぁああああぁぁ……!!」

 

 

 疲れた。なにも考えたくない。ここで眠りたい。

 でもシャワーは浴びたい。おなかすいた。

 体中痛い。精神にお水をください。

 

「大丈夫?」

 ハウ君が、私の額の上から訊ねてくる。

 もうそれだけで、私は生きてるんだーって実感してるよ。

 

「……ハウ君、なんかごめん。キキさんっての、捜す気力が無くなりましたぃ」

「いいよ。すぐじゃなくても」

 

 ハウ君は優しい。

 即答しながら、私の顔に付いた土を払ってくれてる。

 

 ……それにしても、最近は奪う者の他に、単純な戦闘狂も湧いてきちゃったのか。……世の中物騒だね。

 一応、この封書もアレ系統だろうけど、宮地内で起こっちゃったこの事を、あんな兄にも報告しに行かなくちゃいけない。

 

(でも、会いたくないなぁ……)

 

 もう明日にしようかなとか考え始めた時、木漏れ日眩しい視界に逆さ二等辺三角形が現れ、一つの通知パネルが浮かび上がった。

 

「……え」

 

 折り紙みたく、自動的に開かれたパネルに記された文字を見た瞬間、私は最後の力を振り絞って、パネルを『ぺーいッ』と薙ぎ払った。

 

「任務なんかー、やってられるかぁ!」

 今この場に、こんな嘆きを「でもファイユちゃん? これも大事な事ですようんぬんかんぬんペラペ~ラ」とか言って、聞く耳持たない連中がいなくて大いに助かる。

 だから、もう決めた。

 

「寝るッ。おやすみ!」

「え、ここで?」

 私の衝動をそのまま受け止めてくれたハウ君は、おやすみ~と言ってくれた。

 やっぱり私は、益々この子をウチの養獣にしたいと思いました。

 それでは、寝ます。おやすみなさい。




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