「そうなんだ」
練習の終わりは午後三時。
普段から格闘技の練習の経験の無い唯は目に見えてバテていた。
冬にも関わらずTシャツは汗でぐっしょりとなり息も荒く、ようやく終了のストレッチをこなす。
体力には自信があったが特に最後の何ラウンドも続く打撃あり、打撃なしのスパーリングをしていくと明らかに消耗は激しく、ほぼ相手全員に簡単にリングに寝かされていた。
「ふぅふぅ······悔しいけど後半は何も出来なかったよ、ま、マジでキツかったぜ」
「ご苦労さま〜、ここまでバテると唯さんの自慢のパワーも流石にもう出ないね〜」
道場の床に倒れ込む唯を中腰でのぞき込む笑顔の琴名。
ゴロリと仰向けになって汗だくの琴名を見あげながら、
「こ、琴名はよくこんなハードな練習をして笑ってられんな? 普段からこんな練習してんのか?」
「まぁ休日はね、学校ある時は練習生が終わった後の二時間くらいだよ」
「それでもあの四人·····いや、三人についていくのは大変だろうよ?」
唯が言う三人は涼と香澄、ナディアの三人の事だ。
真依は明らかに途中、途中で手を抜いているから除外されている。
「うん、初めはね全然ついていけなかったよ、それこそ二時間どころか一時間も一緒に練習なんか出来なかったよ、だから初めから最後までついてきた唯さんや倉木さんはやっぱ凄いと思うよ」
「倉木······ねぇ」
倒れたまま唯は目線だけ倉木に向ける。
倉木は汗だくのTシャツを脱ごうとして優太もいるんだからと涼に慌てて止められ、
「あっ、別にいいんですけどね〜、あらダメですか〜」
なんて笑顔でボケをかましている。
まだまだ余裕がありそう。
「あ、あの人は流石はプロレスラーだよな、スゲェよ」
「プロレスラーの普段の練習量は凄いからね、内容は違っても練習量は総合よりも多いかもしんないね」
「だろうな〜、アレもお前らと同じバケモノに見えるよアタシは」
己の疲労感から同じような練習をこなして平気な顔をしている倉木や國定道場女子たちのタフネスさに唯は半ば本気で言う。
「さぁ、唯さんお風呂入ろうか? ウチのはロケットストーブに薪焚べないといけないから二人一組なんだよ、私と行こう、唯さんが後に薪くべる係ね」
「アタタタ、身体中が痛いから引っ張んなよぉ、ホントに痛いんだよぉ、引っ張んないでよぉ」
「うわ、こういう唯さんカワイイねぇ、何だかボク目覚めそうだよ、アハハ」
起き上がらされながら情けない声を上げる唯に琴名は朗らかな笑顔を浮かべながらも身体を引っ張るのは止めないのだった。
✳✳✳
黒のコートにロシア帽に長ブーツ。
150cmの細身の身体、ロングの金髪に抜けるような白い肌、碧眼の丸目。
絵に描いたような北の国の美少女マリア・ステルシアは国際線ロビーをグルリと見渡して、
「大きな空港なのに人が居ないね、日本人はあまり海外旅行はしないのかな」
と、ボソッと呟く。
「そうだな、日本人も前ほどに金持ちが少なくなったからな、それでもウチの国よりはマシみたいだがな」
彼女のコーチである中年男性ミハロフがロシア帽を脱ぎながら答えた。
「そうなんだ」
マリアの抑揚のない返事。
別に他意は無い。
この少女のいつものペース。
「ここからはバスで東京に向かうよ、こっちだ、2時間かからないくらいでホテルに着くだろう」
バスターミナルに歩き出すミハロフにコクリと頷くと大人しく着いていくマリア。
二人はバスを待っている列に並ぶ。
「マリア」
「なに?」
「行きはバスだが帰りはタクシーだ、君の力なら今回の賞金を勝ち取れるさ、その前に東京で色々と買い物も出来るよ」
ミハロフの言葉にマリアは特に表情を変える事も低い視線を上げることも無く、
「お金の無駄遣いは嫌い、私の国の男たちは少しお金が入るとすぐに調子に乗るからね」
と、だけ答えバスに乗り込んでいく前の列に続いていくのだった。
続く




