「そういう考え方もありますわね」
「安東さん!?」
「これの何処がイチャイチャですのよ?」
ヘッドロックが解かれて優太は唯に向かって正座、ナディアは脚を崩して座り直す。
「アタシはそっちが優太にオッパイ押し付けて誘惑してんのかと思ったぜ? お邪魔なタイミングだったんじゃねぇの?」
ニヤニヤと笑う唯。
ナディアは頬を膨らます。
「まぁ、お仕置きの最中に邪魔と言えば邪魔ですわよ? でも貴方こそいきなりのご登場で何しに来ましたのよ?」
ナディアの問いに、
「ああ、そうだったな······ついふざけちまったよ、今日は真面目な頼みがあるんだ」
と、唯は首を横に振り表情を引き締め直してペコリと丁寧に頭を下げる。
「実はさ、決勝大会の当日に試合が決まったんだ、前に琴名と試合して今までの喧嘩だけじゃ総合格闘技じゃ勝てねぇと思って······何日か住み込みで稽古つけてほしいんだ! もちろん道場の皆も試合がある身だから人なんか見てる暇がねぇのは解る、でもさアタシも次は負けたくねぇんだ!」
必死の懇願を隠さない声。
唯の思いは十二分に伝わってくる。
「······」
しかし突然の申し出に事に顔を見合わせるナディアと優太。
「ちなみに対戦相手は?」
「まだ選考中だってさ、近日中にはわかるらしいけど」
「リザーブマッチですかしら?」
「かもね」
「でもそんなのどうでもいいんだよ!」
ガーッと唯は叫び、
「相手云々じゃなくてアタシはアタシでレベルを上げていくしかないだと思ったんだ! だから頼むよ」
そう言って、再び頭を下げながら二人にお願いしますとばかりに手を合わせる。
「どうしますの? やっぱりこういうのは道場主の優太さんが判断すべきですわ」
「うん、じゃあ唯さん······」
ナディアに道場主としての判断を促された優太は、
「全然構わないから今日からでもウチに練習に来るといいよ、あとプロレスラーの倉木さんとかも来るから宜しく、唯さんなら平気だと思うけど皆と仲良くね」
と、笑顔で唯の申し出を快諾した。
翌日。
朝から道場内はいつもよりも活気に溢れていると優太は感じる。
早朝練習のストレッチをする國定道場のメンバーの中に神妙な表情の安東唯といつもの緊張感無さ気なニコニコ顔の倉木藍が加わっていたからである。
全員がジャージかTシャツや短パンというラフな格好。
「プロレス団体にいる倉木さんはともかく、唯さんは普段は練習はどういう風にしてるの?」
ストレッチを補助しながら琴名が聞くと、
「ん~~? 会社のトレーニングジムで筋トレとかだよ、たまに紹介されたボクシングジムとか柔道、レスリングジムに行ってたけどな、飛び込みで行ってもあんまりな、練習体験扱いだよ」
唯は背中を押されてイテテと声を出しながら脚を開いてようやく身体を倒す。
「そりゃ仕方ないね、普段から顔出してないジムの人は唯さんが何処まで出来るか分かんないもん、特に格闘技はまずやってみるかで一緒に練習は始めにくいよ、でも芸能活動もあるから決まったジムに通いにくいのもあるのかな?」
「それは私の選んだ事だからしょうがねぇよ、でも今回は試合までの期間の仕事は出来るだけ絞ったからな」
唯は身体を起こすと今度は琴名のストレッチ補助を始める。
脚を開いて座りベッタリと身体を前屈させる琴名。
「しっかし琴名、柔らかいなぁ〜」
「こんくらいは当たり前、普段からストレッチは重点的にやってるからね〜、毎朝30〜40分くらいかけてやるよ」
「え!? そんなにかよ?」
「だよ、普通だよ、やる所は1時間かけてやるトコもあるくらい」
驚く唯に平然と答える琴名。
唯も怪我防止の為の練習前のストレッチはしていたつもりだが精々10分くらいが関の山だ。
どの方向にも柔らかく身体を倒せる琴名を補助しながら、
『なるほどな、こんなに身体が柔らかく使えて技術もある琴名とアタシが寝技で競ったらそりゃ敵わない筈だよな、練習を始める前のストレッチから違っていた、って事か』
唯はそんな事を考えるのだった。
「よいしょ、よいしょ」
背中合わせで腕を組み互い持ち上げ合う倉木とナディア。
これもストレッチの一種だ。
体格に違いがあるとこれも一苦労だが倉木とナディアは苦労なくこなす。
「やっぱり余裕で上げますわね」
「いえいえ〜、ナディアさんが軽いからですよ〜、私よりも身長が高いのに5kgくらい軽いです、羨ましいです〜」
「そういうのわかりますの? ちなみにわたくしの体重ハッキリとわかります?」
「では······よいしょ、ええっと、たぶん60.5kg、身長は170にちょっと足りないくらいですよね」
「うわ、当たりですわ、ピッタリ」
自分を背中に抱えて持ち上げて答える倉木にナディアは声を上げる。
ナディアは試合時は50Kg台後半で出るようにしているが普段は60Kgを超えるくらいで生活して、それを試合前の練習で減らして調整している。
倉木の言った数字は今朝計った体重そのままだったのだ。
「こうやって持ち上げたら確実ですけど、見てもだいたいわかりますよ〜、わからないと試合では危ないですからね、目測誤って投げるとケガしますし」
「流石はプロレスラーですわ······ね」
ナディアは倉木の身体を降ろす。
練習用のジャージ姿なのでハッキリとはわからないが、本人の言う通り倉木は身長はナディアよりも低いが体重は重いのでややふっくらした印象。
倉木はTシャツにジャージパンツ姿のナディアを眺める。
「ナディアさんは試合のない時はモデルもしてるんですよねぇ〜」
「試合だけじゃ食べていけませんわ」
「モデルをしているとそうもいきませんけど、ナディアさんはもう少し体重を増やして試合をした事がありますかぁ?」
「ん~~、重い状態で試合をすると身体のキレが悪い気がして、それに試合前に練習で追い込むと自然と体重も減るので」
「そうですか〜、でも慣れてしまえば相手には体重は脅威になるし、更にナディアさんのパワーがもっともっと優勢になる気がしますけどねぇ〜、では次の練習に······」
そう言うといきなり背中向きに走り出しそのまま後方にバターンと倒れる倉木。
「倉木さん!?」
目を見張るナディア。
倒れた際の音が大きく周りの女子達も同じ反応。
周囲の注目を集める中、
「い、いつもみたいにロ、ロープがあると思い込んでしまいましたぁ〜、いた〜い」
「そ、そうでしたの? あ、あなたらしいミスですわね」
道場の床に大の字になる倉木のボケた答えにハァ〜と顔に手を当てつつも、
『そういう考え方もありますわね』
ナディアは倉木の言葉に自分の中で考える事があったのである。
続く




