「サボっているだろ!?」
「ち、ち、ちょっと……ちょっと、待ってよ、涼ったら」
「いいから、いいから」
必死に抗議するが、涼は優太の袖を掴んでドンドン歩いていく。
『な……なんて力だよ!? こ、これが格闘家ってヤツか? で、でも涼は女の子だぞ? それもごっついのじゃなくてモデルもするようなカワイイ娘だぞっ!』
抵抗しているつもりだが、優太は廊下を引き摺られている。
相手は涼しい顔をしたまま。
強さは道場で見たが、どこにそんな腕力があるのかと思ってしまう。
「靴はいて」
来たのは玄関。
予想していた場所と明らかに違う。
「え?」
「だから靴、外でるから」
「え……ああ」
強制的に風呂場に引き摺られていくとばかり思っていた優太の頭の中は、クエスチョンマークだらけ。
更に抵抗して、外にまで引き摺られていく図は悲惨なので、大人しく靴を履く。
「じゃ、こっち、おいで、おいで」
涼も靴を履いて外に出る。
当然、夜であるし山奥なので真っ暗。
冬の山だし当然、寒い。
「すぐに暖かくなるから」
玄関から屋敷沿いを歩き出す涼。
どうも危惧していた事態とは様子が違う事に気づき優太が素直についていくと、
「ここよ」
涼はちょうど屋敷の裏手辺りで脚を止めて振り返る。
「あっ……」
「なんですのよ?」
そこだけ日本家屋に似合わない煉瓦造りの壁になっており、開けられた小さな鉄製の扉の奥にナディアが中腰になって薪をくべていた。
「釜焚きの風呂なのかぁ! なるほど、それで二人でなんだ!」
「そういう事、特に冬場は誰かが火をくべてあげないと、すぐにお風呂が冷めちゃうから大変なのよ、でもお爺ちゃんがわざわざ取り付けた物なの」
釜焚き風呂。
知らない訳ではないが、見た事は初めてだ。
「最近は灯油を使わないようにバイオマス燃料のヒーターとかお風呂が注目されてるけど、これはその元祖って感じかしらね」
「でも暑いですわ、ここは」
冬場でも上着はTシャツ一枚のナディアが胸元をパタパタさせた。
薪が燃える熱気がナディアより釜から離れている優太にもジンワリと伝わってくる。
「大変だね、二人一組で入っても後からお風呂に入るナディアちゃんは汗が流せるけど、香澄ちゃんはまた汗かいちゃうんじゃない?」
「まぁね、でも濡れた髪なんて結構乾いちゃうよ、ドライヤーで乾かすより髪が傷まないで自然乾燥より早いんだから」
涼はセミロングの髪を指で鋤く。
詳しい事はわからないが涼としてはそれなりの利点があるらしい。
「そうなんだ……ナディアちゃん、ちょっと俺にもやらせてくれるかな?」
「わかりましたわ、ちょうど中腰が辛かったんですのよ」
ナディアが立ち上がる。
わざわざ中腰でいたのは、しゃがんでしまうと腰まで伸びた金髪ロールの大群が地面に付いてしまうからだろう。
「薪はこれだね、格闘家の修行よろしく薪割りとかしてたりする?」
「しない、しない、薪に使える木を伐ったりしないといけないしね、そこまで暇じゃないわよ、業者さんに一ヶ月使う分を納屋に届けてもらってるのよ」
「なるほど、勝手に山の木を伐るわけにはいかないもんな、冬は大変だし」
束から一本引き抜いて竈に放り込むと、薪は結構な勢いで燃え盛った。
「でも釜焚き風呂って熱そうだな、だって煮られてるようなもんだよね? 香澄ちゃんは平気なのかな?」
「それはゴエモン風呂って奴でしょ? でもこれは直接、火を風呂釜に当てるのじゃないらしいの、ロケットストーブっていうストーブの要領でパイプを通して、風呂釜に熱すぎない熱を送り出すとか聞いたけど、私にも良くわかんないのよね、熱を通すパイプの先があの煙突みたい」
「わたくしもわかりませんわ、火加減はしないといけませんけど、グツグツ煮えるまではならないんですのよ、風呂釜も底だけ熱くなったりしませんしね」
涼が壁から上に伸びる煙突を指差すと、ナディアも両手を軽く広げた。
「そうなんだ、考えられてるんだね」
優太もその原理は正直わからない。
釜茹で状態でないとわかると、何となくだが入る時の不安も無くなる。
しかし不便には変わりない。
いかに山間に入るとはいえ、ここは歩いて二十分もいけば都会にアクセスの悪くない駅に行ける場所だ、灯油を使う給湯システムを使えばもっと便利になるだろう。
『涼も言ってたけど、なぜ爺ちゃんはわざわざ……』
ガラリッ。
そんな事を考え始めた時、座り込んでいた優太のすぐ真上でガラス戸が開いた。
「ナディア! ぬるくなってきてるぞ、薪入れをサボっているだろ!?」
「な……っ」
優太は思わず息を呑み込む。
風呂場のガラス戸だから、上半身しか見えないが香澄は裸だったのだ。
抜けるような白い肌の細身の身体。
「サボってませんわよ」
「サボっているじゃないか、火から離れて涼と立ち話などをして、見てないじゃないかっ!」
「ちゃんと、そこで見てますわよ……」
ナディアは優太を指差す。
「ん……」
「や、やぁ、ぬるかったかな?」
香澄の下がってきた視線に対し、もう手を振るくらいしか優太に出来る事はなかった。
「……」
「こ、これは……」
「あとで……殺す」
ピシャッ!!
殺気に満ちた声の後に閉まるガラス戸。
『まさかこういう役得の為に造った……訳がないよなぁ、でも香澄ちゃんの裸……綺麗だったなぁ』
今は解らぬ祖父の意図を汲むより、自らの無事を計らねばならぬのだが、いい思案も浮かばないので、取り敢えずは役得の部分を噛み締め、後の不幸に備える優太なのであった。
続く