「油断できませんわよ」
「次は私の一回戦第二試合、相手はメルシナ・コンロッドね、この娘は予選の3試合を闘ってるから映像はあるわね」
琴名の第一試合に続いてアナウンスされているのが涼対メルシナ。
涼がスマホを操作すると動画サイトにアップされたメルシナの予選会での試合が流される。
一回戦はボクサータイプの対戦相手をタックルで寝かしてからの足関節、二回戦は総合タイプの相手からマウントをとっての腕固め、三回戦は琴名にも記憶がある柔道銀メダリストのメリー・アラカワを下からの袖車で下した試合だ。
「自分からもタックルにいく積極的な柔術家スタイルだな、若いからかもしれないがアグレッシブだな」
「そうだね、とにかく寝技には自信があるから大胆にグラップリングに打って出れるという強みがあるね、自身も打撃戦もやるくらい気が強いしね」
香澄の分析を琴名が補足する。
グラップリングの状態になってしまえばいいのだから積極的に相手を寝かしていく、打撃戦もその為の布石として利用していくのがメルシナだ。
「グラップリングになる前に打撃戦で倒す、というのが私の作戦になるわけよ」
「せやなメルシナは涼を寝かす為には距離を詰めなきゃいかん、そこで涼は絶対に打撃を当てにゃならん、ハズしたらタックルを喰らって終わりや」
「ええ······わたしも普段からグラップリングへの対応は練習しているけど、あくまでも対応のレベルになっちゃうもんなぁ、とにかくスタンディング、寝かされずにどこまで勝負できるかね」
真依と対策を話しながら軽く拳を振ってみせる涼。
「メルシナはセンスいいからね、実際に体格差があるアラカワさんにも撃ち合いにいったし涼ちゃんにもまずは打撃戦を仕掛けてくるんじゃないかな?」
「あり得るね、そこでタックルのチャンスを作られちゃうようだったら相当に苦戦しそうではあるね」
琴名の予想に神妙に頷く涼にナディアは眉をしかめる。
「身長体重差もそれなりにあるでしょう? 倒されても強引に引っこ抜けるんじゃありませんの? パワー差で振り回せるんじゃありませんの?」
確かにナディアの言う通り涼とメルシナは身長で10Cm、体重でも10kg近くの差があるのだが······涼は首を振る。
「私はアンタじゃないんだから、そこで引っこ抜かせない技術もメルシナはありそうだしね、もし倒されちゃったら体重体格差を利用して何とかブレイクまで持たせるか立つしかないね」
涼としてのメルシナへの対策はとにかく立っている内に打撃を入れる、寝かされたらある程度の対応をし続けて一本を取られるのを防ぎつつ何とか立つか、レフェリーにブレイクを入れてもらうまで持たせるという寝業師に対する打撃系が取りうるありきたりな戦術しかないという事になりそうだ。
「·覚悟を持って撃ち込むことが大切なんじゃないかな? タックルや寝かされるのを恐れての打撃ってやっぱり腰も意識も退けて強くならないと思うからね、空手家の涼に近づくメルシナちゃんもきっと怖いに違いない、互いに勇気がカギになるんじゃないかな?」
ポツリと優太が言うと、
「それね、それよ、勇気の比べっこね」
ピッと優太を差して微笑む涼。
その笑みは普段の涼よりもどこか悪戯っぽかった。
「はい、次は一回戦第三試合のナディアの相手のエディスちゃんね」
涼がスマホを操作すると壁に映された画面にはボクサータイプの上着にトランクスに身を包んだ黒人銀髪の少女が映る。
ショートカットの銀髪と黒い肌の彼女はまだまだ幼げな雰囲気を残す印象。
「アフリカ系のフランス人らしいね、身長は152cm、体重は40kg······ボクよりも小さいし軽いな、大会最軽量じゃない!? 年齢は16歳だからボクよりも上だけど」
説明されたプロフィールを見て驚く琴名。
自分よりも軽量がいるとは思ってなかった様子だ。
相手は道着を着た空手系の選手。
体格的には遥かにエディスよりもガッチリしているし身長も高い。
審判がルール説明している間もエディスは落ち着きなくキョロキョロしている。
「なんだか落ち着かない子供だ」
吐き捨てるように言う香澄。
試合経験があまりないのかも、と涼がポツリと言ったのが何となく合点がいく。
審判が二人を分け、ゴングが鳴る。
対戦相手は空手の開手した構え。
エディスは軽く握った拳を肩の前あたりに置いた直立に近い構えだ。
ジリジリと数秒間の間合いを測り合う。
「いいな」
「うん······」
何がというわけでもなく香澄は呟いて涼もそれに同意した。
次の瞬間······
バシィィィンンンッ!!
エディスの右脚が対戦相手の頬に命中。
相手は糸の切れた操り人形のように倒れていく。
「······!!」
観ていた全員が驚く、が試合には続きがあった。
地面に倒れていく相手選手にエディスは滑るようなフットワークで近づくとその顔面に左右のフックを連打したのだ。
「疾い!」
思わず声を出す香澄。
KO勝ち確定の右の蹴りに追撃の左右のフック。
耐えられる訳が無い。
相手選手は完全に失神してリングに沈んだのである。
「キックを当てた相手が倒れきる前にパンチを当てにいけるとか、速いよ」
「うん、それに圧力のかけ方が身体が小さいクセに上手かった、私と涼が試合直後にいいといったのはそれだ」
息を呑む琴名に頷く香澄。
数十秒にも満たない試合だがインパクトは十二分にあった。
「面白そうですわね、手応えありそうですわ、次の試合も見せてくださいませ」
「え、ええ······」
不敵な笑みを浮かべて両手を組むナディアに促され涼がスマホを弄ると、次の試合が映し出される。
二回戦は10代後半に見える若手女子プロレスラー。
身長差、体重差が更にありそうな対戦。
この試合はエディスの左右のローキック連発でそれに相手が耐えられず2分でKO勝ち、三回戦はボクサー系の相手でこちらも体格的にはエディスを遥かに上回ってきたが彼女は正面からの撃ち合いを展開、パンチの手数で相手を遥かに上回り、折を見てローキックでボクサーの弱点を攻めつつ3対0の判定勝ち。
そこで動画は終わった。
「速くて強いね」
涼の言葉が短的で的確だった。
二回戦で決定的になったローキックも目にも止まらない程だし、パンチも速く更に当て勘も良い。
「しかし······」
香澄が呟く。
「空手家、プロレスラーの一、二回戦は相手が正直レベルが低いと思う、三回戦のボクサーはなりだがおそらくムエタイスタイルのエディスにパンチで先手や手数を獲られている所やローキックにほぼ対策が出来てないのを観ても大した相手じゃない」
香澄は確かにエディスのスピードや当て勘は驚異だが相手のレベルも低いと言いたいのだろう。
「確かに、それにグラップリングがまともに出来る相手とやってないしね、ムエタイスタイルから見るとその辺りには対処できない可能性もかなりあるわね」
「え? でも二回戦はプロレスラー相手だよ!? プロレスラーならグラップリングはできるんじゃない?」
涼の指摘に優太が反論するが、
「ムリムリ、あのプロレスラーちゃんは倉木さんとかと比べるとまだまだ若いでしょ? 総合で試合をするようなグラップリングなんて技術があるわけないよ、若い娘はなんとか試合を見せられるようなドロップキックや張り手から覚えるのが普通だからね」
と、軽く弾かれてしまう。
「でしょうね、涼や香澄の言う通りですわね、この娘は対戦相手には恵まれてきてますわね」
ナディアも涼の見解を支持すると、そっかぁと優太は息をつくが、
「いえいえ、でも優太さん?」
ナディアは優太に顔を近づける。
「え?」
微かに香る果実系のシャンプーの香りに優太は頬を赤らめかけるが、
「このエディスちゃんは対戦相手には恵まれていましたが、だからって本人が弱いなんてだ〜れも言ってませんわ? それにこの娘はまだまだ引き出しがありそうで油断ができませんわよ」
ナディアの表情には油断ならない相手を迎えた緊張感があったのだった。
続く




