「やられましたわね」
「参ったよ、納得がいかない」
國定道場の最寄り駅に向かう各駅停車の電車の中、吊り革を持った琴名は何度目かのため息をついてみせた。
席は空いていたが國定道場の面々は全員が立っている。
ちなみに知里は電車移動は色々とトラブルがあり得るのでタクシーで帰宅だ。
「気にする事あらへんやん!? 相手が金メダリストとか美味しいで?」
「違うよ!! ボクは相手の杏子ちゃんには別に文句はないよ!? メルシナにアタシがやる相手だったとか文句を言われたけどそれが嫌なんじゃないよ!」
「こらこら、公共機関で大声出さない」
隣に立つ真依に反論した勢いを涼に注意された琴名だが、
「でもさ、まさか愛日ちゃんが出てこないとは思わなかったよ、悔しいよ」
と、吊り革を強く握り締める。
「仕方ありませんわよ? 必ず叶うわけじゃないからリベンジは難しいんですのよ」
「······それはそうだけど」
ナディアに諭されたが琴名はまだ納得がいかない様に俯く。
そんな琴名を見やってから、
「でもとりあえずオレは正直に一安心だな、一回戦じゃとりあえずウチの同門なかったからね、それは良かったよ」
「呑気なやつだな」
フゥと安心して見せた優太に香澄が吊り革を両手で掴みながら顔を近づけた。
「え!?」
「これで道場生一回戦全滅の可能性が出たんだぞ!? まぁ、私はあの相手なら一回戦は負ける気しないが」
「あ、そ、それもそうかぁ、確か香澄ちゃんの相手春日彩さんだっけ? あの相手ならって試合見たのかな?」
「いや」
「じゃあ、なんで?」
「なんとなく負けないと思ったからだ」
「そ、そうなんだ?」
根拠の無い自信を堂々と口にする香澄に優太が苦笑すると、
「わたくしの相手は速そうで面倒な気がしますわぁ、掴まえれば何とでもという気もしますけれども」
傍らのナディアが吊り革を掴みながら身体を傾かせて優太を覗き込んでくる。
その仕草に大量の金髪の縦ロールが大きく垂れる。
『なんかこの仕草、カワイイな』
思わずそんな事を思う優太。
「ナディアちゃんの相手はエディスちゃんだっけ? 予選では見なかったけどスピードありそうだったね、でも体格的には相当にナディアちゃんが有利だから相手をよく観れば平気だと思うな」
「ですわね〜、予選大会の動画はサイトに上がってるから観ておきたいですわ」
「だよね」
「じゃあ優太さん、今日にでも予選の動画観ますから付き合ってくれません? 優太さんのアドバイスも欲しいですわ」
「え?」
「宜しいでしょ? ピザでも食べながら動画を見ません?」
ナディアからの誘い。
正直、悪い気はしない。
それどころか男子としては相手がどこまでの気があるにしろ嬉しい。
「アドバイスと言っても優太に聞いても仕方ないだろうに」
優太の横で片手で吊り革を掴む香澄がため息をつくと、ムッとしたナディアが香澄に口を尖らす。
「別に宜しいでしょ? 第三者の目線という物も大切ですわ、そういうアドバイスが欲しいだけですわ、大切でしょ?」
「ああ······確かにな、それも理だ」
あれ?
優太は思う。
こういう言い合いではほぼ引かない香澄がナディアの主張をスンナリと受け入れた。
「でしょう?」
「うん、ならば私も頼むよ、優太に私の対戦相手の春日彩の試合を見て助言がほしい」
「え?」
「え?」
ハモってしまう優太とナディア。
まさか香澄がこんな事を言うとは。
すると······
「じゃあ私も頼むわ、メルシナの立ち会いはトリッキーだから意見が欲しいのよ、優太達は生で観ているからね」
涼が話に入ってきて、
「ボクも杏子ちゃんの動画見ながら皆に意見が聞きたいな」
「じゃあウチもや、ウチなんかまだ来日もしとらん、謎の外人Xやで」
琴名や真依も割り込んでくる。
「やられましたわね」
ナディアは不敵な笑みを香澄に見せ、
「じゃあ、ピザでもとって皆でネット鑑賞といきましょうか?」
優太に笑顔で切り出してきたのだった。
続く




