予選慰労会しよう!其の一
大会予選配信3日後。
一躍有名人。
この展開は夢があり、それを望む者も多いのだが······実現してみると思い通りにはいかない。
「音羽さん、あんなに狂暴な顔をするとか意外すぎた」
「容赦の無い顔面パンチとか怖かった」
「安東唯ちゃん相手に寝技だけしちゃったのは可哀想、マトモに勝負をしろ」
「私達女子レスリング部と練習してください、お願いいたします」
「今度この学校の最強の女を決める為、殴りっこしよう!」
「君のショートボブを愛でたい、撫でさせてください」
「夏目知里さんと同居してるんですよね、サインと写真をこちらに送りなさい」
「前から可愛いと思っていたんだ、ぜひ付き合ってください」
思い出せる限りの反応を苦笑しながら口にする琴名。
「ゆ、有名税ってヤツだね」
笑顔を引きつらせつつパックの牛乳をストローで啜ったのは友人のガッキーこと池垣千鶴だ。
「でもさ、たしか優勝賞金がすごいんだよね?」
「ムリムリ、そりゃボクだってもちろん優勝を目指すし敵わないとは思いたくはないけど、正直ボクは実力的には決勝に揃う16人の中じゃきっと大穴にだってなれない評価だと思う、まぁまだ出場選手全員は決まってないんだけど」
「そうなんだ」
琴名の自己評価に千鶴は心配そうに表情を曇らせる。
「ああ、だからって悲観してる訳じゃなくてね、もちろん勝つつもりでやるよ! でもさ何事にも客観的に観る眼も養っていきたいんだよね」
琴名は座っている椅子に体重をかけて斜めにしながら両手を頭の後ろで組む。
「今回の予選だって、唯さんを初めボクよりも身体能力や技術はある人は落ちた中にも何人かいたと思う、真依さんと決勝をやった風雲怜香さんとかメルシナが倒したアラカワさん、他にもポテンシャルが高い人は沢山いたよ、でもボクは勝ち残れた訳だからね、格闘技は何が起こるかわからないんだ」
口では弱気にも聞こえることを言いながらも琴名の瞳には闘志が見える。
その態度に千鶴は安堵しつつも更に気になる事を思いつく。
「そうだね、でもさ······道場では大変なんじゃない?」
「え?」
「だって決勝トーナメントはもしかしたら國定道場の女の人同士が闘うかもしれないんでしょ? 一緒に道場で生活したり練習もしてると微妙な雰囲気になったりしないものなの?」
「ん~それがね······そんなことは全然ないんだね、普通にみんなで生活していってるよ? 今朝だって······あっ」
千鶴の疑問に琴名はあっけらかんな表情をしてから、
「今日なんかお鍋パーティーを色んな人を呼んでやる予定、道場でやるから千鶴もくる? その準備を皆でワイワイと今朝やってたからね」
と、千鶴に唐突な誘いをした。
「鍋パーティ!?」
「そう、予選の慰労会みたいな物だね、ウチの道場じゃない人も呼ぶから結構な人数、だから千鶴一人増えても平気」
「そ、そうなんだ」
案外とギスギスしていない國定道場の面々の様子の報告に安堵しつつ、千鶴は「まぁ、それは嬉しいから伺わせて貰います」とペコリと頭を下げたのだった。
数時間後。
千鶴は琴名に連れられ國定道場を訪れていた。
道場の何ヶ所かに置かれた鍋とコンロを囲んだ座布団。
まだそこに座っている者達は疎らである。
「おっ、琴名ちゃん! 待ってたで、食材用意すんのも並べるのも手が足らんわ、手伝ってや! お客さん揃うまで間に合わんでぇ」
制服姿で道場に現れた琴名と千鶴を見つけた両手に野菜が乗った盆を持ったトレーナーにジーパン姿の真依が声をかけてくる。
大きめの鍋を囲む座布団五枚が一組でそれが六組あった、それを見るに琴名の言う通り結構な人数がお呼ばれしていそうだ。
「了解、じゃあ千鶴は適当な席でゆっくりしてて、まだ始まんないから、真依さん、料理の準備まだしてるでしょ!? 私は台所にいくからね!」
どこから出したのか琴名はエプロンをつけて道場を出ていく。
「じゃあ······私は待ってます、私は関係者じゃないので末席に」
琴名の後ろ姿を見送り千鶴はポツリと呟いて隅の方の座布団に座ると、
「あっ、千鶴ちゃんだね! ようこそ、食べ物はもう少し待っててね」
千鶴を見つけたのは優太だ。
優太もエプロン姿での準備に忙しい様子。
スパリゾートの時にも面識があるから顔は覚えられている。
「こんにちわ、琴名に誘われて来ちゃいました、忙しそうですね? 何か手伝いましょうか?」
「いやいや、大丈夫大丈夫······下準備は昼間にいたオレや知里ちゃん、香澄ちゃんで出来る限りはやっておいたからね、お客さんはゆっくりしてて」
「でもこれって琴名や苫古さんの予選突破のお祝いでしょ? 本人達が忙しそうじゃないですか?」
「ま、まぁね······でも平気だよ、あっまたお客さんかな?」
優太はそう言うと道場の入口に立った女性を迎える。
「あっ、あの人は?」
千鶴には見覚えのある顔。
いつもの特攻服じゃなく皮ジャンにジーパン姿であるが、そこに立ったのは安東唯であった。
「唯さん、お待ちしてたよ! さぁさぁ好きなところでゆっくりしてよ」
駆け寄る優太に唯は金髪ロングの後ろ頭を搔く。
「全く予選のお疲れ様会をするから来い、ってマネージャーから聞いてビックリしたぜ、アタシはそっちの選手と闘ったんだぞ!?」
「それは格闘技の試合だから終わればノーサイドさ、結果がどうあれ予選を闘って大会を盛り上げた選手同士なんだからね」
「ったく、まぁいいや、そういうのも嫌いじゃないしね」
唯はそう言いながら靴を脱ぐと道場に上がり、千鶴と同じ鍋を囲む座布団にドカッと座った。
他にも場所は空いてるのにぃ、千鶴は思ったがもちろんそれを口にする事は出来ない。
「ちいっす」
「ど、どうも」
「えっと? アンタ予選に出てたったけ?」
「いえいえ、私は琴名の友人でお呼ばれしてるだけです」
普通に話しているだけでも色々と違う世界を感じさせる唯に少し圧を感じながらも千鶴は応える。
「琴名のダチ?」
「え、は、はい」
「アタシはあと一試合の所でその琴名に神女ドーム行きのチケットを奪われたんだぜぇ〜」
「み、観てましたぁ」
恨み節だが唯の言葉尻には本気は感じなかった。
悔しいが唯の中でも試合という納得が出来ているのだろう、だからこそ招待にも応じたのだろうし。
「学校一緒? 結構話題になってるだろ? 大会?」
「は、はい! 琴名は色々な人から声かけられてます」
「そうそう······思ったよりも観られてて反応もあって面白かったよ、だからこそ勝ちたかったけどなぁ! 琴名の友達イジメてウサ晴らすか!」
「やめてくださぁい、私は格闘技全然なんですぅ」
言葉だけを捉えれば物騒だが唯は千鶴の頭を軽く拳でグリグリしてくるだけの冗談。
「こら! 唯さん、私の友人にお礼参りしちゃダメ!」
そこにやって来たのは制服にエプロン姿の琴名。
「おっ、来たな! まだ始まんねぇのか!?」
「そろそろだよ、そろそろ、色んな物を用意した美味しいお鍋だからね、期待してて」
琴名は唯に答えながら携帯ガスコンロに火を入れて、様々な食材の乗った盆からそれらを鍋に落とす。
「始まったら御歓談だろ? 色々とプロデューサーから話も聞いてるからお前はアタシの近くに座れよ? お友達もいるんだし、面白いハナシも出来るぜ?」
「そうだね! 私はこの鍋のグループにしようかな、大会の裏話を仕入れてきてくれたなら楽しみだなぁ、じゃあ食材入れるからまだ食べちゃダメだぞ!?」
唯の誘いに琴名は笑顔を見せてから持ってきた盆から食材を菜箸で鍋に落としていく。
30分後。
疎らだった席の八割くらいが来客で埋まる。
そこには琴名と同じく予選からの本戦出場を決めた少女柔術家メルシナ・コンロッドやキックボクサーの織田百合乃、プロレスラーの倉木藍やその社長の森などの姿や真依と予選の決勝戦を闘った風雲玲香の姿もあった。
大きめの鍋もグツグツと煮立ち、各鍋の周りにも手作りの料理が並ぶと優太が前に立つ。
「え〜皆さん、私は國定道場の道場主をしている佐藤優太と申します、今回の大会の予選会が終わりご苦労さまです、國定道場としては対戦などで関わった方々に声をかけ、互いの健闘を称え合い慰の意味もあり楽しく食事しようとこのような会を開催する事になりました、では皆さん食べて飲んで楽しんでいってください」
優太の挨拶に拍手が上がり格闘技の雰囲気とは全く誓う和やかな食事会は始まったのである。
続く




