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かくじょ!  作者: 天羽八島
第2章「最強女子決定トーナメント編」
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「キツいからこそジャイアントキリングなんだけどね」

《絞めたぁぁ!! これは決まった、決まりました! フロントチョーク! 完全に入ったフロントチョークに喜多原選手タップするしかなかった! プロレスラー倉木藍が勝ち抜いた、ドームへの切符を手にしました!》


 予選決勝第5試合。

 レフェリーに手を上げられるとリングコスチューム姿の倉木藍は汗だくのニコニコ顔でピースサインをカメラに向ける。


「ピースです」


《女子プロレスラーの身体の強さを存分に見せつけながらドームへの道を切り開いた倉木藍! その愛らしいルックスからも人気が出そうです》


「やったな藍!」

「やりましたぁ、森さん」


 セコンドに付いたのは彼女の所属団体の長である先輩レスラーの森だ。

 2人は握手を交わしてリングを降りる。


「決勝は1ヶ月後だ、これからは総合や打撃のトレーニングをもっと積んでいこう、だから興業の参加は休んでコーチをつけよう、今まではどうしても興業やウチの資金面の都合で総合向けのコーチをつけたり出来なかったからな、ここからはしっかりやろう!」

「いえ、大丈夫でぇす」


 森の提案に倉木は首を振った。


「え?」

「ネットとはいえ予選を勝ち抜く事でお客さんがもっと入ってくれますよ、倉木は本業のプロレスは疎かにするのかとは言われたくないです、私は興業にも出続けますよ」

「倉木······」


 倉木の返事に森は複雑な顔を隠せない。

 所属団体ウルトラガールキングダムは国内女子プロレスではそれなりに名の知れた位置ではあり、現役女子プロレスラーとして五本の指に指に入る評価の森がいても経営状態は安泰ではない。

 女子総合格闘技界にかなり明るい兆しが出てきている状態でも女子プロレス界は厳しいままだ。

 その中で巨大大会の決勝に進むという抜群の話題性を持った倉木を遊ばせておく余裕は無いのだが、森は倉木が決勝に進めたならば倉木を大会優先に扱うと決めていたのだ。


「藍······アンタの気遣いもわかる、でも決勝大会のレベルはきっと予選とは比べ物にならない、それはアンタも理解してるよな? それに興業でもしも怪我なんてしたら元も子もないよ、確かにここを勝ったアンタが興業に加わってくれたら会社も助かる······でもそれで勝てるような決勝大会じゃないのは藍も判るだろう?」


 森の問いに倉木はやや俯く。

 決勝大会には予選大会の参加選手達よりも運営が高評価している招待選手が待ち構えているのだ。

 リング設営から当日運営まで選手自らやらなければいけないようなプロレス興業をこなしながら、残り1ヶ月で決勝大会の準備をするのは他の者達に比べで不利なのは言う間でもないのだ。


「な? お前がプロレスが好きでウチの興業を大切にしてくれてるのは私もわかってる、でもこの大会で好成績を収めれば倉木藍という選手に大きな価値が付くんだ」

「······」


 森の言葉に藍は数秒間の間の後で顔を上げた。


「わかりました、決勝大会で私が優勝すればそれこそウチのチケットはもっとさばけますしね! じゃあ折半しましょう、私はこれから興業の前半半月にでます、後半の半月は完全に総合練習に集中しますから、それでいいでしょう? 私には興業も大切な物なんです、興業にも出させてください!」


 頼みますと森に両手を合わせる藍。


『この娘は······』


 立場があべこべだ。

 大金も名誉もかかる大きな大会に集中したいと思うのが普通だろう。

 その中でも規模が小さいプロレス興業に彼女はなるべく出たいというのだ。


「藍······」

「お願いします!」

「わかったよ、わかった、藍の言う通りにする」


 頭を下げる藍に森はポンと手を乗せた。


「じゃあ決勝大会はプロレスラーの強さを絶対に格闘家達に見せつけて勝つんだよ?」

「はいっ!!」


 微笑む森に藍はいつもの満面のニコニコ顔を見せてきたのだった。



 


《速い、速い! 速すぎるっ!》


 予選大会決勝第6試合。

 リング上では左右のパンチの連打が身体の各所を捉える音が響く。


《打つ、打つ、打つ! 速い、速い、速い! スピードで手数で圧倒しているか? アメリカンボクサーのリリー・パルマー!! 速いっ······》


 ボコンッッッッ!!

 ドタァァァンッ! 


 直後に響く衝突音とリングに倒れる人影。


《き? 決まったぁ、右のカウンター一撃!! 倒れたのはあれだけ打ったリリー・パルマー!! 立っているのは織田百合乃ぉぉぉぉ!!》


 眼を見張る実況と周囲の者達。


《起きれない、起きれない、起きれない! 1回戦と同じだぁ! 手数では遥かに相手にリードを許していたのにたったの一撃で戦況を180度ひっくり返してしまったぁ、織田百合乃の右!!》


「ふぅ」


 倒れたリリー・パルマーがセコンドに介抱されている様子を見ながら赤のスポーツブラにトランクスの織田百合乃は安堵の息を吐き、背中で結わいた長い後ろ髪を館内の空調の風に靡かせる。


《34歳は予選大会出場者の中ではかなり高い年齢ですけど、古き善き育ちのいいお嬢様を感じさせる百合乃選手は人気を呼びそうです、逆に怖いのはそのファイトスタイル、特にこの予選では1回戦と決勝戦で右のパンチ一撃で対戦者を沈めています!》




 一礼してリングを降りていく織田百合乃。

 リングを降りた先には金髪ソバージュにバンダナを巻いた少女が不敵な笑みを見せていた。

 柔術着のメルシナ・コンロット。


「ナイスパンチ! あんなの当たったら私でも一撃で意識なくなっちゃうよ」

「ありがとうございます」

「でも当たるつもりないけどね、それに寝かせちゃったらやりたい放題っぽいしね、オバサン?」

「······ですね、寝かされたら私、何にも出来ないんですよ、では次の試合頑張ってください」


 軽い会釈をしてメルシナの横を歩いていく百合乃。

 

「こんな安い挑発じゃ乗ってこないわね? 年増お嬢様の化けの皮剥いでやるつもりだったのに」


 ジト目で百合乃の背中を見つめるメルシナ。

 そこに琴名が横に立つ。


「キミまだ16歳なんでしょ? ああいう歳上に生意気な口を聞くのは早かったね、軽くいなされちゃったよ、これじゃ逆にキミが小者に見えちゃう」

「うるっさいっ! アンタの方が私よりガキのクセによく言うわよ!?」


 ニヤニヤと笑う琴名に怒鳴るメルシナ。

 今回の抽選会の後、歳も近い事もあってか2人は何度か言葉を交わしていた。


「でもさ、メルシナ! これからの結果次第じゃ未成年のボクたちもこんな大きな大会で目立ちまくれる訳だよ? 子供扱いもされなくなる」

「······ええ、そうね······それも互いに下馬評不利とされてるジャイアントキリングともなれば余計に盛り上がるわけだ」

「だね、いってらっしゃい」


 琴名に送り出されると、メルシナはリングに上がっていく。


『ま、自分で言ったとはいえ······キツいからこそジャイアントキリングなんだけどね』


 その不敵な笑みの視線の先には180cm、82kgの柔道オリンピック銀メダリストという誰もが羨む実績と実力を誇る本予選大会の大本命メリー・アラカワが落ち着いた笑みで立っていたのだった。




続く

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