「焼肉にでも行きましょうよ」
勝てば決勝大会出場決定の予選大会決勝戦。
ここまで勝ち抜いてきた16名の選手達は使用する2つのリングの周りで待機する。
予選大会とはいえ流石に決勝戦は全試合ネットテレビ放送するようで運営が走り回っていた。
アナウンスでは決勝戦第一試合は30分後に始まるとされていた。
「とりあえず琴名ちゃんと当たらんのは良かったわ、ウチは対戦相手はテコンドー使いのお姉ちゃんみたいやったな」
「足技かぁ~、ムエタイと同じように寝技をしてこないであろう気楽はあるけど変なの喰らわないように気を付けなさいよね!?」
「解っとるわ、さっきの試合もそれを実践したやろ? ダメな中でもなりの結果を出すのが真依ちゃんなんや」
試合ごとに呼び出しがかかるのは今までと同じらしく真依と涼は試合前の打ち合わせ、優太は琴名の足の裏を軽く指圧マッサージしながらそれを待つ。
「でも調子悪くてもここまで来ちゃうのは流石は真依さんだね」
「へへっ、優太くんはようわかってるわぁ······試合の後はウチを個人的にマッサージしてや、どこでもさわってエエで、どこでもや、どこでも」
「え? あのですねぇ~」
「優太! いちいち赤くならない、真依も試合前に抜けてんじゃないわよ、全く!」
「アハハハハ······」
大きな大会に出るか出られないかという格闘家としては分岐点になるであろう決勝戦を前にしても真依は雰囲気が変わらない。
彼女の冗談に苦笑いを見せる琴名。
明らかにいつもとは違う緊張がある。
涼はもちろん優太もそれを勘づいているが今さらそれには触れない。
國定道場最年少の彼女も立派な格闘家。
1回戦、2回戦での圧勝もあり確実な成長を大会中にも見せているのだ。
「琴名ちゃん」
涼が優太に向けて脚を向けて座る琴名に歩み寄って中腰に顔を寄せる。
「なに?」
「相手はナディアまではいかないけど、ナディアと力比べが出来るくらいのパワーがあるからね、パンチもあるし案外に前蹴りが器用に打てるタイプだからスタンディングは長くやんない方がいいわ」
「唯さんは前蹴りもある?」
「ネット動画観たけど1回戦も2回戦も前蹴りは使っているわ、顔面に向けた喧嘩キックみたいのもあるからね、見切ったら後は琴名ちゃんの状況もあるけどタックルいってグラウンドにした方が無難だと思う、私はいかないけどね」
「だよね」
涼のアドバイスに頷く琴名。
スタイルが違うとはいえ経験も上の涼のそれは参考になるに違いない。
「案外にぶん殴りあっても手数は勝てるとウチは思うで、殴りっこ避けたら逆に相手がやり易くなるかも知れへんよ? ある程度は叩き合いもせえへんと結構タフやろうしスタミナにも自信がありそうや」
「確かにね······でも唯さんは琴名ちゃんよりも結構重いし」
「打ち合ってまぐれでも良いのを貰ったらボクが一撃でKOされかねないと?」
「······」
真依の言葉に同意はしながらも不安げな顔を見せる涼に琴名が不安の内容を答えると、涼はまぁねと言いたげな複雑な顔を見せた。
唯の攻撃の破壊力は國定道場女子の認めるところであり、まして中でも軽量の琴名は手数やテクニックで優ろうとも一撃で勝負をひっくり返されてしまう怖さがある。
「初めから寝かせにいった方が無難ちゃあ、無難なんかなぁ~、ウチは打撃はある程度は付き合った方が勝ち味はある気がするけど危険かなぁ?」
打ち合いを提案した真依自身が体育館の天井を見上げながら言うが、
「いや······ボク、1回は打ち合うつもりでいるから、真依さんの言う通りそうしないと唯さんには勝てない気がする」
琴名は何かを決したように普段は可愛らしい丸目の瞳を鋭くさせたのだった。
「じゃあ! 行ってくるで、観とき!」
40分後。
予選大会決勝戦第一試合に真依が呼ばれ、第一リングに上がっていく。
《チャイナドレスの魅惑の令嬢苫古真依がリングに上がった! 22歳の身長167cm体重58kg 格好から観てわかる通りの中華拳法使い、タイトルの記録はありませんが國定道場からのエントリーの注目選手です! 対するは全国女子テコンドー大会55kg級優勝の実績を持つ風雲怜香20歳、身長163cm55kg 1回戦判定勝ち、2回戦はボディーへのキックでKO勝ちです!》
チャイナドレスの真依と向かい合うのはテコンドーの道着に身を包んだ黒髪に短いポニーテールに強気そうな横長の瞳が印象的な風雲怜香。
「体格的に少し有利かな?」
「数字的にはね」
優太の見立てに頷く涼。
琴名の試合が最終の第8試合と聞いたので真依のセコンドに優太も入ることにしたのだ。
「あんまり楽な相手には見えないなぁ~、ここまで来てるんだから当たり前だけど」
唇を噛む涼。
真依の調子が上がらないのを気にしているのだろうか、不安げな様子が隠せない。
《さぁ! 運命の予選大会決勝戦第一試合が始まります、この神女総合体育館から3万人収容の神女ドームに名乗りを上げる一番手は苫古真依か、風雲怜香かっ! 運命のゴングが鳴ったぁ!》
「せいりゃあぁぁ!」
裂帛の気合いの声を上げ両手を広げる風雲怜香。
対する真依は開手で半身に低く構える。
もう真依の瞳にも遊びは無い。
《先に距離を詰めるのは······風雲だ、風雲怜香が強気に前進! 構えを取る苫古真依に接近して!》
「はあっ!!」
バシィィィンッ!
風雲怜香のローキックが真依の脚を捉えて脚が僅かに横に流れた。
「······!?」
「んっ!?」
鋭いローキックだったがまだダメージはそこまで無いだろう。
しかし優太は真依と涼が何かを同時に感じたように見えた。
「涼、何かあった? 真依さん顔色変わった」
「あ、いや······」
優太の問いに涼は首を振る。
《ローキック! 先制したのは風雲怜香! さぁ、2人の距離は近くなったぞ、今度は風雲のパンチが繰り出されるっ!》
風雲怜香のパンチが真依の顔面に迫る。
右ストレート、左フック······アッパー。
真依はそれらを防ぎ、躱す。
《当たらない、ストレートを弾き、フックを躱し······アッパーを見切るっ! 苫古真依の動きが早いっ!》
「ちいっっっ!!」
パンチによる攻撃を躱されて舌打ちする風雲。
真依はトントンと2歩ばかりセコンドに寄りながら下がると、
「こりゃ、相当やりよるわ······危ないかも知れへんよ?」
風雲に構えたままセコンドの涼に告げた。
「そうね、私も判るわ! アンタもホントに本気出しなさいよ、こんだけの相手じゃ調子の悪いとか言ってらんないから!」
強く激を返す涼。
「どういうこと?」
やり取りの意味がわからない優太。
「風雲怜香······あの相手が予想よりも強敵って意味よ、テコンドーの多くの流派にほぼ無いローキックや顔面への強い打撃があの娘は出来てる、専門外の筈の技術があれだけ確りしてるならテコンドーの本来の技術の蹴りはもっと強力でもおかしくないってね」
「そういうことか」
今の数秒の攻防で真依は相手の風雲怜香が只のテコンドー選手でない事を見切ったというのか。
『格闘技っていうのは本人の技術や筋力だけじゃない、観察眼も知識、作戦だって必要という訳だ』
《風雲怜香、追撃っ! 今度はキックだ! 速いキックの連打が出たぁ!》
優太の驚きをよそに風雲怜香は再び真依との距離を詰めての右足だけでの蹴りの連打。
そのスピードは眼にも止まらない。
しかし。
《躱す、躱す······躱すっ!》
真依はその足技を上半身の動きで全て躱した。
その動きはまるでカンフー映画。
周囲の関係者からも歓声が上がる。
「······くっ!」
横長の瞳を一瞬だけ吊り上がらせる風雲怜香。
『ならばっ!!』
ブンッッッ!!
空ぶった右のキックの勢いを活かしたまま今度は右足を軸にした左脚の回転回し蹴り。
『これならばいかに見事な体術の使い手であっても上半身の移動だけでは躱しきれまいっ! 回し蹴りの攻撃範囲は上半身の移動範囲より広いっ!』
もちろん下がって躱すのならば躱せる。
しかし、それを真依が選択するならば······
『私の最も得意なパターンだ! 回転回し蹴りの連発でリングの端まで追い詰めるっ! 回転回し蹴りの連発なら私の制空圏は無限に伸びるっっ』
まさに台風の如く。
回転回し蹴りを繰り返して風雲怜香は移動しつつ相手を追い詰めていける。
「それはダメや」
「えっ???」
鋭い回転の中、目を見張る風雲怜香。
真下???
真下から声が聞こえた。
「ウチはここや」
「······なっ??」
左脚の回転回し蹴りの下を潜るぐらいの低い姿勢で真依は潜り込んできたのだ。
『読まれていた!?』
そうでなければこんな飛び込みは出来ない。
互いの距離はほぼゼロ距離。
そして怜香は片足を着いた回転蹴りを空ぶった体勢なのだ。
「ふぅ······」
真依は一瞬息を吐き、
「アチャァァァァァァァ!!!」
会場に響くくらいの甲高い声を上げながら掌底で怜香の顎を打ち上げた。
《と、飛んだぁぁぁぁぁぁ!! 風雲怜香選手の身体が飛んだぁぁ!》
悲鳴に近い絶叫を上げる女性実況。
怜香の身体はゼロ距離からの打ち上げた掌底で宙を舞いロープを越えて、リング外に敷いてあるマットに落下した。
《落下、場外に落下! ダメです、ダメです! 気絶しているっ、レフェリーが両手を振ります! 34秒! わずか34秒の攻防のみで苫古真依が風雲怜香を掌底アッパーで下しての決勝大会進出を決めました! まさに圧勝、圧倒的!》
興奮の女性実況。
マットに横たわり気絶している風雲怜香に駆け寄る救急スタッフや彼女のセコンド。
「言う方は簡単や、蹴りの速さも重さも充分や、年下でこういう娘がいるのは正直焦るで」
「ま、勝ったから今日はヨシね······調子悪くても寸勁は忘れてないみたいで良かったわ、寸じゃなくてかなり隙間あった気がするけど」
「あはは······決勝大会まで調整し直さなきゃいかんかな? 打つの久しぶりやからな」
やれやれという風でセコンドに帰ってきた真依を涼が笑顔でタオルをかけながら出迎える。
真依の調子が悪いと理解していたからこそセコンドとしては不安もあったのだろうが、とりあえずは予選大会突破を安心できたという感じ。
『見た目は1分もかからない試合だったけど相手の風雲怜香は油断ならない相手だった、ということか、でも真依さんが勝てて先ずはヨシだな』
「真依さんおめでとうございます!」
優太も声をかけると、
「ありがとさん! これで琴名ちゃんが勝てれば万々歳やな、3人で応援いこうや、でも先にウチはいくとこあんけどな~」
真依は優太にウインクをしてから、サッとリングを降りると倒れた風雲怜香を囲む相手側のセコンド陣駆け寄り、互いにポンポンと二の腕を叩き合ってから何やら話している。
「風雲さん、どうやら話せてるみたいだから大丈夫みたいね」
優太の横で涼が安心したように呟く。
すると風雲怜香が上半身を起こした。
真依は怜香に両膝をついて寄り、二人は両手を合わせ合いながら何言か言葉を交わす。
「そうだね、よかったね」
風雲の様子に優太は頷く。
さっきまで殴り合っていた相手と健闘を讃え合い、時には身体を気遣い合う。
知っている格闘技の試合後の光景。
正直を言えば身体を傷つけ合う格闘技はスポーツの後とは違う感情が選手同士に沸き起こる可能性が高いのは否定できない。
リングは競技場というよりも戦場。
でも、だからこそ上手く言えないが男女など関係なく互いにこういう光景が絶対に必要だろう。
そんな風に優太は思う。
「さ、琴名ちゃんの応援いこ」
「ええ、琴名ちゃんにももちろん勝ってもらって今日は帰りは焼肉にでも行きましょうよ、もちろん香澄ちゃんやナディアちゃんも呼んでね」
無事戦場から帰還してきた真依を優太は笑顔で迎え入れながらそう提案するのだった。
続く




