「思わずやっちゃったけど」
《予選大会第2回戦の開始です、各選手は呼び出しのアナウンスに従ってリングに上がってください······それでは······》
軽い昼食を終えて休憩場所で柔軟やミット打ち等をしていた選手達であったが、会場アナウンスがかかり各リングに運営スタッフや撮影メンバーが集まり始めると各々の反応を見せる。
残り32人。
試合が呼ばれるまで柔軟やミット打ちを続ける者、セコンドと話をする者、1回戦のダメージを極力取ろうと動かない者。
《音羽琴名選手、ベネトリア・サワデー選手は第3リングに15分以内に上がってください》
「いこうか!」
「だね」
アナウンスに立ち上がる琴名と優太。
「頑張ってきてな」
「試合時間ちゃんと使ってね」
「うん!」
真依と涼に送り出されて頷く琴名。
2人もリングサイドまで応援に来たいのは山々だろうが、予選大会のタイトなタイムスケジュールで真依の試合もいつ呼び出されるかはわからないからそうもいかない。
「じゃあ」
立ち上がりはしたが優太はおもむろにスマホを取り出す。
「なに? 歩きスマホダメだよ?」
「いやいや、15分で来いって言っても同じ体育館内のリングには30秒もかかんないからね、こういう試合形式ならせめてね」
優太は十数秒スマホを操作すると、画面を琴名に向けた。
「ほら、ベネトリア・サワデー······国際女子コンバットサンボ選手権銀メダルをええっと23歳で5年前に獲得だね、あとは総合格闘技のマイナー大会にも出た事があるみたいだ」
「ああ、そういう事かぁ······相手の事が少しでも判るに越したことないね」
まだまだ女子格闘技のマイナーさからデータは少ないがネット情報社会の繁栄は検索一つでマイナー女子格闘家の経歴もある程度は知れてしまう。
体格やサイズはリングデ判るがバックグラウンドを知る知らないでは戦術に大きな違いが出る。
「コンバットサンボ使いか、やったことないけど楽しみなトコもあるね」
「油断はしないで楽しんでね」
ニッと歯を見せる琴名に優太は笑顔を返した。
《さぁ! 32人を16人にする2回戦! 第3試合に注目の格闘集団國定道場の音羽琴名選手が登場します! 弱冠15歳ですが1回戦は元柔道オリンピック代表若元を僅か6秒の秒殺! 身長158cm44kg! 対するはベネトリア・サワデー、オランダのフリー選手です、コンバットサンボ出身の28歳、167cm、60kg! 1回戦はプリンセスドリームのアイドル姫乃木美姫をマウントパンチで2分15秒で仕留めています!》
レフェリーのルール確認。
相対するサンボジャケットの金の短髪の白人女性を琴名は見上げる。
体格は圧倒的にベネトリアが優勢だ。
『うん、強いね······姫乃木さん、って確かナディアさんとやった空手のアイドルさんだよね? 顔とか覚えてないけど空手の技はしっかりしてた、それを仕留めてるんだから強いよ! うん』
そんな事を考えながらも······何だか高鳴っていく胸の内。
少女がまだ異性にも覚えた事もないそれ。
ゾクゾクと震える背中。
「離れて!!」
レフェリーに分けられて自軍のコーナーの優太と軽く手を合わせてから振り返る。
「始めっ!!」
レフェリーの声に琴名は爛々とした瞳をベネトリアに向け、両手を広げて身体を深く落とす。
《おおっと! いかない、1回戦の秒殺戦法には打ってでないレスリングスタイルで構えた音羽琴名! サンボのベネトリアと相対した!》
『来ないか?』
ベネトリアはピクリと眉を動かす。
コンバットサンボを基礎としているが彼女は総合格闘技の経験もあり、その為にオランダでは盛んなキックボクシングの練習も相当こなしている。
『ならば······!!』
動いたのはベネトリア。
ブンッッッ!!!
放たれる鋭いハイキック。
「!?」
琴名はそれをギリギリで躱す。
だがそれはベネトリアには予想の内。
構えた相手にいきなり打撃がクリーンヒットは滅多にしないのは解ってる。
打撃に入るきっかけが欲しかっただけだ。
《いったぁ! ベネトリア選手、パンチの連打! 一気に前進したぁ!!》
仕掛けるベネトリア。
体格差がある分前進は止められない。
しかし圧力に下がりながらも琴名はパンチの連打をガードし、スウェーイングで躱していく。
『この娘、躱すのも防ぐの上手い、だが······』
関係無い。
ベネトリアはガードの上からでもパンチの連打を繰り返す。
身長で10cm、体重で10kg。
これだけ体格差があれば······面倒くさいコンビネーションやフェイントは却って要らない。
強引な押し込みからのパンチがガードの上からもダメージを少しづつでも与えられる。
それを積み重ねて正面から打ち倒す。
もし相手がタックルなどでグラウンドに逃げようとするならサンボの技術で防げばいいのだ。
パンチの技術はないが······重くて強い。
オランダでキックボクシングを習っているコーチからは褒められてもいたし、実際に試合でもパンチのKO勝ちも多かった。
『これで圧倒······するっ!!』
バチッッッッンッ!!
???あれ?
《倒れたっ!? ベネトリア倒れたっ! なんだ、何だったぁ? 攻めていたベネトリア倒れたっ?》
驚愕する実況の声がベネトリアの耳に入る。
な、なんだそれ?
倒れてるのは······わたし!?
「んん~~~~???」
意識が飛んでいた。
攻めていた自分がマットにうつ伏せになっている???
なんで私が倒れている???
まさかカウンターを取られた?
何のパンチで??
口内に広がる血の味。
『まずい、やられるっ!』
ベネトリアは立ち上がろうとしたが······
「立っちゃうなら······ごめんっ!」
それが20分後に意識を取り戻すまでに彼女の聞いた試合中の最後の言葉。
《サッカーボールキーーーック!!》
思いっきり顔面を蹴り上げた琴名のそれにベネトリアは数本の歯を赤い血と共に飛ばし、立ち上がろうした四つん這いから再びリングに沈んだ。
《攻め込んだベネトリア選手のラッシュ······さっきは私は解りませんでしたが動画で見ると、琴名選手はショートアッパーの見事なカウンターでダウンをとった後、立ち上がろうとする彼女の顔面にサッカーボールキック!! 見事な2回戦突破音羽琴名!》
絶叫する実況アナウンス。
周りで観ていた者達からも上がる歓声。
だがレフェリーに手を上げられながら、
「4点ポジションの時の顔面へのキックって、このルールだと禁止されてないし、さっきは掌底アッパーのカウンターで決めたと思ったら立ち上がられそうだから思わずやっちゃったけど、これはちょっとやり過ぎたかも」
当の本人の琴名は顔面血だらけで倒れるベネトリアとそこに駆け寄るセコンド陣に申し分けなさげな顔を浮かべたのだった。
続く




