「世界って広いですよねぇ」
「アンタ昨日呑んだでしょ!?」
「呑んどらん、呑んどらん······今日はなんだか調子が悪いんや」
敷物を敷いた会場の隅、優太が試合後のマッサージを琴名に軽くしていると涼と真依がヤイヤイ言い合いながら帰ってくる。
「お帰りなさい、真依さん! まさか······勝ったよね?」
琴名がその様子に心配げに訊くと、
「判定よ、判定! 相手もそこまでじゃなかったのにあんなに打たれるとか! 今日の真依は全く動けてないわよ」
涼がタオルを振りながら不服そうに答える。
どうやら勝ったが調子が悪い真依にセコンドの涼が焦れた様子。
あっという間に終わったとはいえ勝ち抜くまであと2回闘わなければいけない琴名の身体の試合後のケアを優先して真依の試合は観戦しなかったのだ。
それも「真依が予選の1回戦で負けないだろう」という考えが優太の何処かにあったのだが······
「まぁまぁ、勝ったからエエやろ? 悪いなら悪いなりの闘いをするわな」
「当事者アンタだからね? ホントにムラが多いというか、なんというか」
チャイナドレスのまま敷物に座り、ペットボトルの水を口に飲む真依に涼がジト目を向ける。
國定道場格闘女子の中でも辛口の香澄が技量については高い評価をしているように真依の実力は折り紙付きなのは確かであるが、涼の言うようにムラがあるのかもしれない。
「いやぁ、5分1ラウンドとはいえフルにやってしもうたわ······その様子やと琴名ちゃんは勝ったみたいやけど、どんくらいしたん?」
「えっと、6秒、かな?」
「6秒!?」
琴名の返事に驚く真依と涼。
実際に試合を観ていた優太としても先程の琴名の闘いには肝を抜かれたのだ。
「ワンパンかいな? 動画あるん?」
「いけそうだと思ったから一気にマウントとってパンチ入れていったんだ、ネット中継のカメラを来ていたから動画は公式とかに上がるんじゃない?」
「へぇ~、スゴいわ」
琴名の快勝を聞くと真依はゴロリと敷物にうつ伏せの寝てしまう。
「優太くぅん、ウチの方はフルでやってもうたから指圧マッサージしてほしいわ、頼むで?」
「そ、そうですね、じゃあ······」
赤のスリットチャイナドレスの美女がうつ伏せになりながらマッサージをねだってくる。
そんなシチュエーションにやや頬を赤らめながらも優太は彼女の背中を跨いでマッサージを始める。
「あっ······そこ、やね! そこや」
「ちょっと身体が固いですね、試合前の柔軟をもっとしてくださいね、真依さんはこの身体の堅さでなんであんな滑らかな動きが出来るのか不思議ですよ?」
「お、オンナには何でも秘密があるもんやでぇ······でも、ああん、優太くぅん、うまいぃぃん、そこっ!」
「ま、真依さん?」
わざとか指圧が効いているのか謎の色気のある声を上げる真依に焦る優太。
「真依、ふざけてるんじゃないわよ!? 優太の言うとおりマッサージよりも柔軟よ、ほらっ、今からやるわよ!」
優太をどかして真依の背中を跨ぐと涼はキャメルクラッチを極める。
「あだだだだだだ······!」
「ほーら、柔らかくなれぇ!」
バタバタと暴れる真依と涼。
次の試合もあるのに、とそれを琴名と見つめていると······
ドーーーン!
響くような衝撃音に優太は思わず振り返る。
近くのリングからだった。
「ストーーップ!!」
レフェリーの大声。
大の字で転がる空手着の女子選手とそれを中腰で覗き込む青いリングコスチュームに身を包んだ黒髪三つ編みの女子選手の間にレフェリーは割り込む。
「ストーーップって、私はまだボティスラムしかしてないですよぉ?」
「気を失ってるだろう? ストップだ!」
「それは、それは······ボティスラム1回でいいのはとても省エネです」
レフェリーにペコリと頭を下げてリングから降りていく選手には見覚えがあった。
「倉木さん!」
優太が駆け寄ると、
「あっ、これは國定さん、私もこの大会参加の書類審査に通りました、森さんも言っておりましたけどきっと國定さんが口を利いてくれたんですね? ありがとうごさいます、挨拶に伺わなくてすいません」
倉木はペコペコ優太に頭を下げた。
「いやいや、口を利くとか大層な事じゃありませんよ、ナディアちゃんと互角のスパーが出来る女子プロレス選手がいると運営に言ってみただけです」
優太も笑顔を返す。
相当な実力者であろう倉木を参加させる事は真依や琴名には不利になるかもしれない。
優太の中でも葛藤があったが、倉木を思う彼女の先輩である森の願いを断りきれなかった形だ。
「それにしても凄い音が響いてきたよ? ボティスラム一撃って、流石の力持ちですね」
「空手の方でしたからね、受け身や対処法がなかったんだと思いますよぉ」
「あと2回で神女ドームいけますね?」
「ん~、いければいいですねぇ」
闘いの後だと言うのに倉木の態度はおっとりしていて何処か他人事のようだ。
「結構自信あったりして?」
「ん~、どうでしょうねぇ~、ああいう人と当てられなければ良いんですけど」
そう言いながらさっきまで自分が上がっていたリングを振り返る。
そこではもう次の闘いが始まっていた。
参加者多数の予選だ。
リングクリーニングが終わればすぐにでも次の試合が始まる。
「······!?」
優太はリングを観て目を見張った。
黒髪ポニーテール褐色の外人選手。
それだけなら目を見張ったりはしない。
格闘技において外国人の参戦は珍しくもなく、ナディアもその1人だ。
ただ······彼女は一際大きかった。
《予選大会最大の選手、マテラ・グリフィールド189cm、体重81キロ、27歳の登場です!! 大きい、大きすぎる! 対戦相手よりも頭2つは軽く大きいっ!》
彼女の大きさというインパクトに負けじと女性実況者は大声で叫んだ。
「で、デカイ······」
「ですよねぇ、そしてやっぱり世界って広いですよねぇ」
驚愕する優太の横で倉木は驚きというより感心した風にウンウンと首を縦に振るのであった。
続く




