「君に話があるんだけど、いい?」
相撲の世界では有名なちゃんこ鍋。
プロレスの世界でもちゃんこ鍋を採用し、料理全般をちゃんことするのが一般的である。
道場のそれほど広くない食堂。
中央のテーブルの上に置かれた大きな鍋にグツグツと煮え立つ肉、野菜たっぷりの食材達。
若手の少女達がその準備に勤しむ。
「取材させてもらった上、料理まで頂けるなんてありがとうございます」
「いいの、いいの、ウチのちゃんこはコラーゲンたっぷりの鶏肉使ってるからね、肌にも良いわよ······カメラさん達も撮ったら遠慮なくどうぞ、量はたっぷりありますから」
鍋を囲む取材陣と女子レスラー達。
丁寧に頭を下げる知里に森が笑顔で答えると、練習後の食事が始まった。
「やっぱり具沢山でスゴいですね、美味しそうです」
器によそわれたちゃんこをカメラに向ける知里。
「もちろん、女子でもプロレスは身体が資本ですからね、でもウチは味も良いですよ」
「頂きます······あ、いいです、知里はこの味大好きです」
「でしょう? ウチのちゃんこ番は料理店でバイト経験がある娘とかいますからね」
和気あいあいで進む練習後の食事シーンの取材。
スタッフに混じって一緒に相伴にあずかっていた優太も鶏と野菜たっぷりのスープを口に含む。
「あ、これ美味しいや、琴名ちゃんが作る鶏のこういう料理とは違うけど」
國定道場にも琴名という名料理番がいるがこのジムの味付けも中々である。
「あ······」
思わず声を出してしまうが、取材のカメラがいる事を思い出して口を塞ぐ。
カメラも自分に向いてないし知里の近くにもいたわけでないが気になったのだが、スタッフや知里も特に気にした様子もなかったので安堵する。
「そんなに美味しいんですの?」
「美味しいですよ、ウチの鶏のちゃんこは、鶏なんか後援会の方がくださる地鶏で最高です」
背後から聞こえてきた声に優太はああ、この人達がいたんだぁと視線を食堂の隅に向けた。
そこには正座するナディアと倉木がいた。
2人は白熱したスパーリングを披露したが、少しやり過ぎた上に森の制止を振り切って危険なやり合いをしたとして、森の制裁フェイスクラッシャーを受け食事のお預けを喰らっているのだ。
外部から来て、更にスパーリングに付き合ったナディアがそうなっているのは少し気の毒ではあるが、レフェリーの森の制止を効かずにスパーリングを続けようとしたのは確かに良くないと優太は思う。
でも2人は反省はしつつも目の前の美味しそうな鶏と野菜のちゃんこをお預けというのには納得はいってない様子がアリアリだ。
「優太サァン、あーん」
「わたしもぉ、お願いしまぁす」
優太の側まで正座のままで寄ってくると、あーんと口を開けてくるナディアと倉木。
「あのねぇ······森さんから皆が食べてからにしなさいと言われてるでしょ?」
「いいでしょう? あなたからわたしの口にいれる分には?」
「ですよねぇ、皆が食べた後だと鶏肉が無くなってるんですよぉ、いれてくださぁい」
呆れ声を出してしまう優太だが、ナディアや倉木のような美人にそんな態度を取られるのは悪い気持ちがしないし、今日が初めての割にナディアと倉木は妙に息のあった様子で優太にズイズイと迫る。
「おねがぁい」
「······」
2人のタイプの違う美人にそんな風に近寄ってこられるのは悪い気もしない。
仕方ないなぁ。
少しくらいならあげてもいいよな。
そこで感じる視線。
「ん?」
知里がこちらを見ていた。
取材中に少し騒がしかったかもしれない。
『ご、ごめんね、チーちゃん!』
声に出さずペコペコと知里に謝るが、
「あーん」
「くださぁい」
優太の左右からナディアと倉木が飢えた雛みたいに顔を寄せてくる。
「あ······あの!」
立ち上がりかける知里。
やば······騒ぎすぎたか?
早く食べさせて2人を早く黙らせないと。
優太は左右に迫る2人の顔の前に自分の持つ器から箸で鶏のモモ肉を差し出したが、背後から伸びた両手にナディアと倉木の頭はガシッと掴まれる。
「い?」
「え?」
ナディアと倉木は冷や汗を流しながら自分達の頭を鷲掴みする腕の先に視線を移すと、
「ちゃんこはおあずけって言ってあるだろうが? あと取材中に五月蝿くするな!」
いつの間にかそこには怒りの顔の森が立っていたのである。
「森さん、お邪魔しました、皆さん協力してくれてとてもいい取材が出来ました」
「いえいえ、こちらこそチーちゃんみたいなトップアイドルに取材されれば勢いが出るわよ、えっといつ放送されるんだっけ?」
「放送は来週の土曜日、いや正確には日曜日深夜の格闘技情報局という番組です、首都テレビです」
「楽しみにしてるわね、地上波なんて緊張しちゃうわね」
食事の後、知里やスタッフ、優太達は森を初めとするジムのレスラー総出で見送られる。
優太は直接何を取材したわけでもないが、森の躾や教育が行き届いているのかジムの若手も他のレスラーも皆が態度も丁寧で知里達も言葉通りやりやすかっただろう。
「では」
「ありがとうごさいました!」
ペコリと頭を下げる知里。
他のスタッフ達も頭を下げて取材用のライトバンに乗っていくと、森や倉木達レスラー全員も頭を下げて見送ってくれた。
走り去っていく取材用のライトバン。
「あ······すいません、タクシーを今から呼ばないといけませんね、少し待っててください」
知里がスマホを胸ポケットから取り出した。
予め帰りのタクシーを呼ぶのを忘れていたみたいで少し慌てている。
「ですわねぇ、私達はタクシーで来たんですものねぇ~」
「チーちゃん、慌てないでいいよ······別に急ぐ訳じゃないからね、チーちゃんは取材で忙しかったんだから俺が呼んでおいた方が良かったね」
「いえいえ、そんなことありません」
知里はスマホをパタパタと操作し始めた。
「どうしたの?」
道場の前から去らない優太達に一旦は見送りはしたが森が歩み寄ってくる。
「あ、いえ······帰りのタクシーを今から呼ぶんです、俺達は他のスタッフとは別に来てて、道場の前ですいませんけど少し待たせてもらえますか?」
「そうなんだ、それは構わないけど」
優太が答えると、それを聞いた森は頷き数秒間何かを考えた後で、
「君、優太くんだっけ? タクシーが来るまでの間でいいから君に話があるんだけど、いい?」
と、申し訳なさげに優太に両手を合わせてきたのであった。
続く




