「……まったく」
「……!?」
先手を取り、投げにいったのは自分だった、しかし畳に転がったのも自分。
受け身も取り、ダメージは強くないにも関わらず呆気に取られた表情の堀田は上半身を起こす。
「一本……だが、これでは終わらない、これは試合ではなく、立ち合いだからだ」
ポツリと呟き、笑みすら浮かべる香澄はまだ両手を袴のポケットから出していない。
周囲で見守る後輩たちも唖然としている、当たり前だ、皆が堀田の強さは嫌という程に味わってきている者達だ。
「合気と立ち合うのは初めてのようだな、そうでなきゃ、いきなり襟や袖を掴みに来てくれるなんてしないものな」
「こいつっ!」
いつまでも転がってはいられない。
堀田は再び立ち上がり香澄に相対する。
「せりゃぁぁぁぁっ」
烈迫の気合いと加速で、再び飛び込む。
狙いはポケットに入った腕を吊り上げての変則の背負い投げ。
多少、強引にいっても体重差がある、問答無用に引っこ抜け……なかった。
香澄の右脇に腕を回し、吊り上げる態勢になっているのに身体を上げられないのだ。
自分の体重の半分以下の女の子の身体がまるで地に根が生えたかのようだ。
「な……なんでだ? なぜ上がらんっ!」
「柔の道を行くんだろう? 切羽詰まったなら、せめて……技を使えっっ!」
グルンッ。
まさにその表現が正しい。
香澄が僅かに身体を動かしただけで、堀田の身体は風車の様に百八十度回転して、畳に強く叩きつけられる。
「ぐ……えっ」
悶絶する堀田。
「次もかかって来られたら面倒だからな、少しだけ勢い良く回した、十分もしたら起きるさ」
そんな香澄の言葉はもう気絶した彼の耳には入らなかった。
感嘆と驚愕、そして香澄を以前から知る学生からはため息が漏れる。
「次だ」
「三人で構いませんか?」
次の挑戦者を呼びかけた香澄の前に、今度は三人の大学生が立つ。
「さっき複数でも構わないと言った、それより三人で平気か? もう少し呼んでおいたらどうだ? あと五人くらい」
「……いえ、俺達、三人でいいです」
香澄の言い様に冗談さは感じなかった。
三人の道着姿の大学生の先頭に立つ一人が彼女に一歩踏み出す
全員が真面目そうな大学生だ。
「ただ条件があります」
「ん? まだ袴に手を入れたままにしてやろうか?」
これも本気で言っている香澄。
先頭の一人はまた首を振る。
「そういう事じゃなくて、もし俺達が三人で香澄さんをもし押さえ込む事が出来たら」
「出来ないと思うが、出来たら?」
「俺達三人とデートしてください、まずは八島遊園地に行って、神女【かんなぎ】デパートのレストランエリアで夕食を……」
真面目そうな男達から飛び出した意外な申し出に優太達はもちろん、道場の他の大学生達も意表を突かれる。
だが……一番の反応を見せたのはデートをかけた勝負を申し込まれた本人だった。
「な……なななっ」
「お願いします! こちらの道場に通わせてもらって一ヶ月、俺達三人は香澄さんの勇姿に惚れました!」
「な……な……」
「失礼とは思いますが、俺達が香澄さんと少しでもお近づきになるにはと!」
「な……な……な……」
体育会系の不器用な申し出。
香澄はアワアワと口を開け、ドンドン赤面していく、素が白い肌だけにそれが目立つ。
「どうかお願いします!」
必死な態度で揃って頭を下げる三人に、
「な……な、な、な、な、な、デ、デ、デ……デートをだとぉ!」
声に合わせ、身体すら震え始める香澄。
明らかにいつもの凛とした雰囲気は消え失せていた。
「あ~あ、あの三人、可哀想だな~」
優太の横で涼が、御愁傷様と言わんばかりの口調で息をつく。
「涼、どうしたの?」
「香澄はああいう話題にはからっきしなの、デートの申し込みなんてされたら」
「いや香澄ちゃんくらい可愛かったら、今まで無かったとは無いんじゃない? 確かに今のタイミングはないな、と思うけど」
苦笑する優太の素直な感想。
香澄くらいの美人を放っておく程、現代日本人男性の草食化は進んでないだろうと思う。
「あるかもしれないけど、とにかくからっきしなんだから、その手の話題にはクールな仮面が剥がれて……」
「良かろう!! その挑戦、心して受けた! だがしかし……」
涼の返答が終わる前に香澄は、妙に高いテンションで三人を指差す。
明らかに声が上擦っている。
そして……
「ふ、婦女子を軟弱な遊園地に連れ回し油断させ……デパートでの食事でアルコールをいれた後で……邪に染まりきったよ、欲望を満たすためにホテルに連れ込み……さ、三人で汚れなき肌を徹底的になぶりまくろう等という野望……阻止するっ!」
純情な申し出を、妙な偏見と勝手でエロチックな被害妄想で覆いきりながら、香澄はまるで獰猛な肉食動物の如く両手を上げながら三人に襲いかかったのだ。
「!?」
三人は香澄の豹変に戸惑い、構えが遅れてしまうが、それは大勢に影響は無かった。
たとえキチンと見据えたとしても、彼等には香澄の前進という単純な動きすら捉えられなかっただろう、それほどに速かった。
「てりゃぁぁぁぁっ!」
ベチンッッッッッ!
高い香澄の掛け声と共に、三人の男達は香澄の
目の前で、まるで互いが磁石で引き付け合ったかの様に身体を強くぶつけ合ったのである。
「ぐ……ぐぇ」
まるで手品。
三人は鈍い呻き声を上げ、身体を寄せあったままズルズルと崩れ落ちる。
香澄が彼等に飛びかかってから三秒も経っていないだろう。
「一体、今の何なんだ?」
「見えなかった? 飛び込みと共に左右二人の手首を取る、真ん中は脚払いで態勢を崩させ……そこで左右の二人の手首を捻り上げ、二人の身体が真ん中の彼にぶつかるように操ったのよ」
驚く優太に涼はまず技の説明をしてから、
「まぁ技はキレキレなんだけど、特に男女関係で恥ずかしいとか訳がわからなくなるとかいう感情が出ちゃうと、それを力で収拾しようとするという小学生みたいな癖があってね……まったく」
香澄の困った弱点を暴露してから、傍らの琴名にオニギリより先に、救急箱を用意するように頼むのだった。
続く