「今日はここに来て良かったですわ」
「いつもテレビで観ているような人気のアイドルが取材リポーターで来てくれるなんて光栄です」
リングから降りて、知里と優太達の前に立ったのは挨拶の号令を発した赤く髪を染めた女性。
年齢は三十歳前後だろうか。
「夏目知里です、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします、私は当団体の代表を務めてますデストロイヤー森といいます」
「代表!? 選手兼社長さんですか?」
「まぁ······プロレス団体では珍しくないです、一応フロントと呼ばれる経営陣も数人いますけど、私が代表ですね」
知里とデストロイヤー森が話し始めるとカメラマンがそれを撮り始めたので、優太とナディアはスーッと後ろに下がっていきフレームから外れた。
ここがプロレス道場と知り、なぜか仁王立ちしたナディアも今はフレーム外に立ち去らなければいけない用無しである。
「知里、スポーツリポーターのお仕事は初めてで的外れな質問をしちゃうかもしれませんけど答えにくい質問や答えられない質問は遠慮なく言ってください」
「個人個人が嫌がらなければ構いませんよ、天下のチーちゃんが来るって道場生達も逆にビビってますんで上手く質疑応答出来ないかもですけど、まずは軽い練習風景から見てもらいましょうか」
慣れないであろうリポーターの仕事に緊張気味に頭を下げる知里。
森はそれに朗らかな笑顔を見せる。
「森さんって年下のチーちゃんにもあんなにフレンドリーに接してくれるならオレたちがついてくる必要なかったね?」
「そうですわねぇ、もう少し血の気が多ければ出番もありますのに」
「何の出番を期待してんのさ、万事無事が一番だよ」
後ろで控えながら優太やナディアがそんな軽口を言ってしまえるくらい森や周囲の練習生達は取材に好意的だった。
ダンベルやバーベルでウェイトトレーニングに励む者、スクワットを繰り返す者、ストレッチを入念におこなう者と其々であるが練習生の殆どが若い女子。
それを森を始めとする数人の先輩レスラーが指導しているようだ。
「お話を聞かせてください」
知里のインタビューが始まった。
練習生には年齢から目標とするレスラー、先輩レスラーには練習生を指導する事で気をつけてることからこれからの目標と知里は笑顔を混じえながら様々な質問をしていく。
受ける方も皆が礼儀正しい。
今まではインタビューされる側だった知里がインタビュアーを無難にこなした事、そしてされる方が協力的な事もあり、取材は順調に進んでいく。
「なーんにも問題起きませんわねぇ~」
取材が始まって二十分も経つと、道場の隅でナディアは背筋の伸ばしてヒマをもて余し始める。
「起きたらたまんないよ、それにこの道場は道場生の教育も行き届いてるじゃない、何を期待してるのかはわかんないけど問題はなさそうだよ」
「ですわねぇ」
ナディアにしろ本気で何かトラブルが起きて欲しい訳ではないのだろう。
ただ暇をもて余してるだけだ。
「ウェイトトレーニングとか見るところあるんじゃないの? 参考にする事とかさ?」
優太の返事にナディアは大仰に肩をすくめた。
「わたくしが!?」
「そうだよ」
「う~ん」
複雑な表情で眉をしかめるナディア。
その反応は優太には意外だった。
國定道場でも抜きん出てのパワー系ファイターであるナディアは他の國定道場の女子の中でも一番プロレス系のトレーニングに興味があると優太は思っていたからだ。
「ありがとうございました! この道場内の熱気が納得できるくらいに皆さんの普段からの真剣な練習が伝わってきました、ありがとうございました」
取材の一段落がついたようだ。
知里が丁寧にペコリと頭を下げる。
その顔はどこか嬉しげだ。
「知里さん、テンション上がってますわね、何だかんだでこういうの好きなんですのねぇ」
「だね、初めてのプロレス道場だから緊張してたみたいだけどすぐ慣れたみたいだね、流石はプロ」
「ですねぇ~、若いのにスゴいですねぇ~」
「!?」
「??」
オットリとした高い声。
隅にいた背後から聞こえてきた声にナディアと優太は背筋をビクッと伸ばす。
振り返るとそこには道場生達と同じ赤いジャージの上下に大きなバックを背負った女性がいた。
身長は160半ば。
黒髪に長い三つ編みを背中に流し、やや地味な印象を与えながらも整った顔立ち。
年齢は優太よりも少し上かもしれない。
「え、えっと?」
「あっ、わたしぃ~、倉木といいます、ここの所属レスラーです」
「ど、どうも、俺は佐藤優太です」
愛想の良いニコニコ顔でペコリと丁寧に頭を下げる倉木と名乗る女性に思わず頭を下げ返してしまう優太だったが、
「藍【あい】! お前はまた遅刻してッ! 今日は大切な取材の方々が来ると言ってたろ!」
知里とリング上で話していた森が倉木を怒鳴りつけたので自分が怒られた訳でもないのに背筋をまたもや伸ばしてしまう。
「すいませぇん、昨日の森さんの暴飲暴食に付き合ったせいですぅ、起きられませんでしたぁ〜」
怒った森にもニコニコ顔を崩さない倉木。
態度が大きいとか度胸が座っているというより、おっとりと流している風に見える。
「私はちゃんとおきてるだろうが!?」
「身体のアルコール処理能力の違いでしょうか〜?」
「······まったく、もういいから柔軟したらリングに上がれ、軽くスパーを見せるから」
「了解でぇす」
森に半分呆れられつつもジャージ姿のままその場で軽い柔軟体操を始める倉木。
よいしょ、よいしょと掛け声をかけながらの暫しの柔軟体操を終えると、
「オッケーです、おまたせしましたぁ」
ジャージの上着を脱ぎ倉木は森や他のレスラーのいるリングに上がり、トントーンと軽くジャンプを始めた。
「······あれは?」
「流石ですわね、優太さんお分かりになりました? わたくしは脱ぐ前から何となく解ってましたわよ?」
思わず呟く優太。
その後ろでナディアが薄ら笑いを浮かべた。
Tシャツにジャージという格好は周りの練習生やレスラーと変わらない。
だが······
倉木は女性らしい膨らみは残しつつ、二の腕や肩から首にかけての筋肉がリングの上の他のレスラーからは感じられない何かの雰囲気を感じさせる。
この団体の長であろう森からも感じられなかった感覚だ。
「······いや解るとかじゃないよ、俺のは何だか他の娘達とは違うな、って程度だよ、ナディアちゃんこそ倉木さんに何を感じたの?」
違和感の答えが欲しい。
優太は素直に自身の観察眼の自身の無さを白状してナディアに答えを求めると、
「フフッ······暇かと思いましたが楽しみが出て参りましたわ」
先程まで道場生の熱心な練習にも暇をもて余し背伸びまでしていたナディアの瞳が爛々と輝き、
「今日はここに来て良かったですわ」
まるで獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりをして見せたのである。
続く




