「わたくしヒマ人ですわぁ」
朝御飯。
最近は食べないという層も増えてきているが、國定道場では全員が揃って食べている。
釜で炊いたご飯とおかずが1つ、そしてお味噌汁と漬物という献立がパターンであるが、それらを年少の琴名にほぼ毎日やらせてしまっている事もあり、誰も文句などは言わない。
「今日は練習生何人くるんだっけ?」
「二十二人、私と琴名で何とかするが涼も何かあったら手伝ってくれ」
涼に聞かれた香澄が味噌汁をすすりながら答えた。
「ゼミが終わって帰ったら道場にいくわね、それにしても増えたね」
「よくもまぁ、こんな所まで来るものだな、駅からもバスを捕まえなきゃ相当歩くのに物好きな」
「香澄、謝礼を払って習いに来てくれる道場生なんだから、そんな言い方しちゃダメよ!?」
「目の前では言わないぞ、道場経営には弟子は必要不可欠なものだからな」
涼に注意された香澄は味噌汁に口をつけつつ片目をつぶる。
「ネットの専門チャンネルとはいえ、やっぱり影響は凄いんだね」
涼が増えた感心するのは國定道場の稽古に参加するようになった新規道場生の事だ。
前から空手や柔道などの部活の学生などが評判を聞きつけて稽古に来てはいたが今は一般の入門者も右肩上がりに増えている。
やはりプリンセスドリームとの対抗戦で國定道場の格闘ガールズが圧倒的な力や技を見せつけた事が大きいのは間違いない。
それはそれで香澄の言うとおり謝礼で道場が潤うから良いのだが。
「でも入門検討の見学者の中にはほとんどカメコみたいのがいるけどねぇ、この間とかズーッと涼ちゃん撮ってるのいたよね?」
苦笑いの琴名。
香澄は眉をしかめる。
「謝礼を払わない見学なんか認めなきゃ良いだろ? 道場生だけにすれば稽古中にはどうぜカメラなんて持てないのだし、撮られる事も無くなる、ついでに邪魔な格闘マスコミとか格闘系動画配信者の取材も完全に断ればいいんだ」
「そりゃ駄目や、見学くらいさせなきゃな、禁止事項が増えると調子乗ってるとか書かれてまうで? ネットの影響とかも大きいし、メディアの取材もあるしな、折角勢いが出てきたんやから色々と上手くやらんとな」
あくまでも己のペースを乱そうとしない香澄に箸をチョイチョイとして真依がウインクする。
「そういう真依こそ、アンタは学校も行ってないしバイトもしてないんだから師範役しなさいよ!?」
「そうだよ、真依さんは型も綺麗で見栄えするから、きっと人気でるよ」
「ムリムリや、ウチは人に教えるのは苦手やねん」
「相変わらず身勝手ね!」
「うちは自由人なんや······」
口を尖らせる涼に優太が加わるが、真依はパタパタと手を振って断る。
何かと騒がしい食事風景。
その中でいつも大人しく食事をしている事が多い知里があの······と切り出す。
どうした?
そんな感じ皆の注目を受けると、人に見られるというアイドルをしているのに赤面してから知里は、
「今日、お暇な人がいたら知里の仕事場に付き合って欲しいのですけど」
と、遠慮がちに切り出してきた。
「わたくしヒマ人ですわぁ」
「俺は管理人なんだけどなあ」
ナディアと優太。
道場への階段を降りた道路脇で知里と三人でタクシーを待つ。
「すいません、付き合わせて」
「いやいや構わないんだけど、付き添いがいた方が安心できるような現場なの?」
ペコペコとホントに申し訳なさそうに頭を下げる知里に優太が聞く。
独立して仕事をしている知里はスケジュール管理から何まで自分でこなす。
事務所の後ろ楯が無くなったとはいえ、国民的人気のアイドルだけにマネージャーを雇うくらいの余裕はある筈だがそうはしていない。
それでも國定道場の面々に仕事の事で何かを頼んでくる事が無かっただけに今回の申し出は珍しいことであった。
「まぁ······知里の考えすぎかもしれませんけど、誰かにいてもらいたくて、その」
「構いませんわよ、一人でいくのが憚られる現場もありましょうし、わたくしヒマ人でしたし、でも知里さんが受けるならそんな非常識な仕事でもないのでしょう?」
「そうそう、変なこと聞いてごめんね、あっタクシー来たみたいだ」
申し訳なさそうに事情を話そうとする知里であったが、ナディアがその必要はないですわという感じだったので、優太はそれ以上は聞かず走ってきたタクシーを指さした。
「ウルトラガールキングダム」
都内まで走ったタクシーが停まったのは文字の内容の割には飾りっけのない小さな看板が降ろされたシャッターにかかった町工場のような建物だった。
周囲は普通の住宅街。
前の狭い駐車スペースには〇〇テレビと書かれたワゴン車が先に停まっており、タクシーから降りた一行に若いスタッフが駆け寄ってきた。
「知里さん、おはようございます! ご苦労様です······そちらのお二人は?」
「おはようございます、こちらのお二人は付き添いなので宜しくお願いします」
「そうですか、ではディレクターがお待ちです」
知里が付き添いと説明したとはいえ、優太はともかく金髪ロールのナディアに一切の言及をせず二人に軽く頭を下げて走り去るスタッフ。
流石はマスコミ関係者だな、優太はそう思ったがもちろん口にはしない。
「優太さん、ナディアさん少し待っててください、今日のお仕事のプロデューサーに挨拶してきます」
知里は二人にペコリと頭を下げると、ワゴン車の方に歩いていき、車から出てきたディレクターらしき男と話し始めた。
残されるナディアと優太。
「ウルトラガールズキングダム?」
「いかがわしいお店じゃありませんの?」
「チーちゃんがそんなお店の関わる仕事なんてするわけないでしょ? 非常識な仕事するわけないって自分で言ったくせに、それにこんな住宅街の中にそんなお店がポツンとあるわけないよ」
「謎ですわねぇ~」
こんな看板がかかってなければ町工場のプレハブ工場にしか見えない。
ナディアと優太が首をかしげていると、打ち合わせが終わったのか知里が二人に駆け寄ってくる。
「打ち合わせが終わりました、カメラが回り始めるまでは知里と一緒に来てください」
「うん」
シャッターの脇のドアから軽い挨拶をしながら謎のプレハブ工場に入っていくディレクターやカメラマン、スタッフ達。
それに続く知里の後についていくナディアと優太の前に現れたのは······
熱気とリングだった。
リング上や周りには数人の女子達。
白いTシャツに赤いジャージスボンの格好だったが
全員が頭から水を被ったように濡れていた。
もちろん水ではなく水から発した汗だ。
「取材の皆さんが来たわ! 全員挨拶!」
リング上にいた赤髪の女性が号令すると、全員が大声で「宜しくお願いします!!」と、続く大号令。
「こ、ここは?」
圧倒の挨拶に条件反射で頭を下げ返す優太。
「女子プロレス道場の取材リポーターをしてくれないか? と馴染みのプロデューサーに頼まれまして······でもプロレスの道場なんて知らないし、プロレスラーの女性の方とか会ったこともないので、少し怖くなっちゃって」
知里は優太に苦笑した。
そういう事か。
付き添いを希望した理由が解った。
「思わぬ仕事だったけど合点がいったね」
と、後ろを振り返った優太だったがそこには、
「知里さん、実に面白そうな所に連れてきてくれましたわねぇ」
なぜか得意気に腰に手を当て不適に笑うナディアがいたのである。
続く




