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かくじょ!  作者: 天羽八島
第1章「國定道場格闘女子参上」
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「違うっ、これは違うんだ」

 知里、琴名、ガッキーの3人と別れた優太は腕を組みながらプールサイドを再び歩く。

 バケット一杯に持ってきたナゲットやハンバーガー、ポテトやパンを琴名とガッキーはすぐに平らげてしまった。

 体重管理のある知里は菓子パンを半分、優太はハンバーガーを1つもらっただけだ。


「やっぱり若さなのかな、あんだけの量を全くの罪悪感無く食べられるなんて、それに後で皆で集まっての昼御飯があるのを忘れないか?」


 そんな独り言を言いながら歩いていると、ふと脚を止めた。

 混浴温泉。

 温水プールと違い、温泉は地下にあるらしい。

 水着のまま入れる温泉。

 それならば混浴でも平気だろう。



「それに、さっきナディアちゃんにプールサイドに打ち上げられた時の腰も少しだけ痛いし······」


 優太は腰を押さえながら地下に降りていく。

 水着のままで入れるだけに脱衣場もなく、温泉と書かれた暖簾の下がったガラス戸を開く。

 そこは石造り地下温泉。

 思ったよりも立派だが······


「そんなに広くはないな、シャワーはあるけど洗い場もないし、いわゆる温泉に水着のまま入れるって感じかな」


 温泉に入った後、プールエリアでプールに入るのも都合が悪いから温泉の成分を洗い流す為にシャワーはあるのだろう。

 優太はそう理解して、湯船に浸かる。


「ふぅ~、温泉と言われると当たり前だけど温水プールとはまた違うよねぇ」


 身体全体を伸ばす。

 温泉でこうすると何だかリフレッシュされるような気がする。

 國定道場ではロケットストーブの風呂釜なので、誰かが入っている時は表で誰かが薪をくべなければ冷めてしまい、ユックリとは浸かってられない。

 それに唯一の男子としては毎回二人組を組む相手は色々なのだが、自分が入っている時も相手が入っている時も何かと落ち着かないのである。


「いやぁ~、ユックリと風呂に浸かるなんて久し振りだなぁ~、でもウチのロケットストーブを見た時は驚いたなぁ」


 國定道場に来て初日、涼に引っ張られて風呂場の外のロケットストーブの釜に連れてこられた事を思い出す。

 そこで薪をくべていたナディアに替わって優太が釜を見ていると······


「香澄ちゃん······綺麗だったなぁ、スゴく······」


 思わぬ眼福を思い出す優太。

 頭に浮かぶ透き通った肌に濡れた均整の取れた上半身。


「うう······いかん、思い出しちゃうな」


 ブクブクブク······

 浮かぶ煩悩に湯船に顔を半分沈める。

 が。


「そんなにしっかりと見て覚えていたのか、この助平が」


 ブーーー!!

 背後から今、一番かけられたくない声がかけられ優太は思わず湯を吹いてしまう。


「か、か、香澄ちゃん!? な、なんでっ?」

「何でも何も、私が先客だ、そこの岩の影にいたらお前が入ってきて、勝手に覗きの現行犯を吐露しただけだが!?」


 黒のワンピース水着の香澄がジト目で慌てる優太を見つめる。


「あ、いや······そのぉ、あれは」

「まぁいい、ずいぶん前に済んだ事だし岩場で陣内流を行使したら下手したらお前の頭が割れかねないからな」

「あははは、お願いします」


 優太としては苦笑するしかない所で、何とか話題を変えようと試みる。


「そう言えば香澄ちゃんはまだプールでは泳いでないの? 琴名ちゃんなんかはタダで色々と食べられるから、ってあまり泳がないで食い気に走ってるみたいだよ、香澄ちゃんの好きなお寿司もあるみたい」

「ああ、まだ泳いでないな、寿司もあるなら昼にはもらいたいが、少しだけ気になる所があってな」

「気になる所?」

「膝だ、左膝が少しだけだが走ったりすると痛むんだ、温泉の効能を見ると関節痛とかあったから、まず入ってみようと思ったんだ」

「そんな風には見えなかった、気づかなかったなぁ」

「走ったり、稽古をしなければ痛みがないからな」

「でも心配だな、ちょっと看せてくれる?」

「うん」


 香澄は湯船から縁の岩に腰を下ろすと、湯船に浸かったままの優太に左足を向けた。

 見事な脚線美であるが、整体師の修行をした優太にとっては香澄の口にする痛みがそれよりも気になる。

 香澄に近づき、向けられた脚の膝を両手で取る。


「こう抑えられても痛みはない?」

「ないな」

「じゃあ、足首をこうしたら?」

「あ······それは少しだけ痛い、少しだけだぞ」

「香澄ちゃん、我慢強いからなぁ、ホントに少しだけ?」

「ホントに少しだけだ、嘘をついてどうなる?」


 優太の言い方に少しムッとする香澄。


「ごめん、ごめん、じゃあ、今度は腿をこうして、膝を曲げると······どう?」

「あ、それだな、それがさっきより痛い」


 優太が右手で香澄の腿に右手を当てながら、左手で膝を曲げさせると香澄の顔が僅かに歪んだ。


「筋だね、足首や腿の可動に膝の筋が張ってる、なかなか普通ではならないんだけどね」

「······職業病だな」

「陣内流柔術には筋が張るくらいに膝や足首の酷使がある、そんな所かな?」

「そこからは企業秘密だ、秘伝だからな」


 プイと顔を背ける香澄。

 他人から見れば、魔法かというミステリアスな技にしか見えない香澄の陣内流合気柔術には手先の技だけではなく、それに連動した足の動きにも重要な役割があるのだろう。


「まぁ、でも軽い炎症だよ、腿を触った時みたいなさっきよりも痛いと答えたみたい痛みは普段から無いでしょ?」

「ないな」

「じゃあ、平気だよ······そのかわり消炎剤を後であげるからそれを塗って2日くらいは柔術の稽古は控えて」

「ああ······わかった、すまないな」


 痛みは本当に大したことなかったのだろうが、気にはなっていたのだろう。

 香澄の顔に安堵の笑顔が浮かぶ。

 容態を診ただけだが相手の笑顔は嬉しいものだ。


「腿に張りはないでしょ?」

「ああ······平気だ」


 施術者と患者。

 それなりの信頼関係で優太が香澄の腿を優しく流すように右手で擦った時であった。



「あわわわわ······」


 いつの間にか開いていた温泉入口のガラス戸。

 そこには······本人が発する言葉の通り、あわわとなっていたガッキーが立っていた。


「ガッキーちゃん?」

「ああ、琴名の······」

「2人がこんな事をしてるなんて、し、知らなくて、し、失礼しましたぁーーーー!!」


 踵を返して逃げていくガッキー。

 何事だ?

 なんだろう?

 香澄と優太は数秒間、互いの視線を合わせる。


 今の状況。

 温泉の縁に座る香澄が左脚を伸ばして預け、優太はその腿を擦っている······



「ば、ばかものっ!! お前が助平なせいでガッキーに誤解されてしまったじゃないかっ!!」

「ひ、それは酷いよ! 俺は香澄ちゃんの膝の状態を診ていただけなんだよ!?」

「この助平がっ! 言い訳無用!」

「なんでさっ? なんで言い訳無用になるの!?」


 珍妙で無意味な言い合いをしていた香澄と優太であったが······



「違うっ、これは違うんだ、ガッキー!!!」



 見事なシンクロで良くある台詞をハモりながら、ガッキーを追いかけていくのであった。


 


続く 

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