「いつかきっと」
プールサイドを腰を擦りながら歩く。
「アタタタ、ホントにあんな高波たてられるんだからナディアちゃんの力はホントにスゴいよなぁ」
言った本人もビックリの高波にさらわれた優太は流れるプールからプールサイドに追い出され、騒ぐ程の痛みでは無いが腰を打ち、ナディア本人はどこかに行ってしまっていた。
「しかし、あれだけ可愛らしい女の子があの怪力なんだから驚くよなぁ~、本人は鍛える前から周りよりも先天的に力が強かったと言っていたけど」
普段からウェイトトレーニングをしていて、そこらの女子よりは筋肉はあるであろうナディアだが、一方では涼と共にモデルとしての副業もこなす見事な美貌の持ち主なのだ。
先程まで見ていた水着姿も異性どころか同姓すらもため息をついてしまうような見事なプロポーション。
「それにしても······あの」
悲しき男子の性。
打ち付けた腰の痛みよりも、背中に残る魅惑的な二房の果実の感触を身体が覚えていた。
『大人しくナディアちゃんと流れるプールを一周してれば良かったなぁ、いやいや、それは何だか、うーん』
そう複雑とも単純とも言えない葛藤を思いながらプールサイドを歩き続けると、
「優太さん」
と、やや控え目な声で呼び止められる。
こんなトーンで優太を呼ぶのは國定道場では一人。
「チーちゃん? 一人なんだ?」
振り返るとプールサイドに置かれたベンチに知里がチョコンと座っていた。
白と青の柄のフリルビキニ。
白い肌、そのアイドル純情路線からは意外と言われる事が多い出るところはキチンと出たプロポーション。
もう優太は慣れてしまったが、そこには国民的なアイドルがいるという非日常があった。
「琴名ちゃんはガッキーちゃんと何か食べるもの見てくるって、出ていきました、知里はまだいらないから······」
「アハハ、そう言えば周りの食べ物はタダなんだよね、その分入場料が相当高いらしいけど、それにしてもチーちゃん一人にしちゃダメだなぁ~、帰ってくるまで俺が居るか」
優太は知里の座るベンチの隅に座る。
いくら客が少ないとはいえ、天下のアイドルのすぐ隣なんて座って、それが撮られようものなら今の世の中では優太は一瞬にして世の男子の仇となってしまうし、独立して仕事を始めた知里の迷惑になりかねない。
「チーちゃん、泳がないの?」
「そうですね、もう少ししたら浅めの所で、泳げない訳じゃないんですけど得意な訳でもないんですよ」
「へぇ~、俺も住んでた島では結構泳いだけど得意でもないなぁ、外海は波も強いし油断できなかった、チーちゃんはグラビアとかの撮影で海外行った事あるでしょ? そこでは泳いだ?」
優太が訊くと知里はフルフルと首を横に振った。
「サイパンやタイの海に行った事ありますけど、ホテルや海岸で2時間くらい写真をとったら日本にトンボ帰りしました、何もしませんでした」
「忙しいんだね、流石はチーちゃん」
「でもバカンスを楽しんでいる風に写真は撮るんですよ?」
「アハハハ······」
苦笑する知里に合わせる優太。
不満そうには見えない。
知里の生きる芸能界というのは全てがそうではないけれど、多くの場面で幻想や虚構を存在するかのように見せる世界なのだろう。
「そう言えば優太さんの住んでられた島はかなり有名な所ですよね?」
「隣の島の方が有名だけどね」
「世界遺産の森とかの?」
「そうそう、こっちもロケットとか飛ぶ時とか見所もそれなりにあるけどね」
「でも優太さんの住んでいた所、いつか皆で遊びに行ってみたいですね、ご迷惑でなきゃ」
笑顔の知里。
優太も頷く。
「みんなの予定が合えばウチはいつでも歓迎だけどね」
「それは楽しみです、いつかきっと」
「そうだね、でもきっとチーちゃんや皆を連れていったらウチの親はビックリするだろうねぇ」
国民的アイドルと笑顔を交わし合う。
考えてみればスゴいことだが、夏目知里という女の子はアイドルとしての顔と実際の顔に相違がなく、そのまま自然に会話できてしまう。
引っ込み思案な所があるが、慣れてしまうと可愛らしい笑顔から良くやる舌ペロなどのファンならば感涙ものの仕草を良く見せてくれる優しい女の子である。
「優太さん、あの······」
「ん? なに?」
「今度、ちょっと大きな映画の仕事が入りそうで」
「それは良かったね!」
国民的アイドルである知里であるが、前の事務所との移籍騒動のゴタゴタで今はフリーある。
フリーであるという事は事務所の繋がりや営業力を利用した仕事が無く、今までの知名度や本人の現場への受けの良さで仕事が極端に減るという事は無かったが、やはり連日テレビで観ていた以前より露出は減っていた。
才能も人気もあり、人柄も良く努力も出来る知里だが引っ込み思案な所が営業向きな性格ではないので、その辺りを國定道場の面々も心配はしていたのだ。
「まだ企画が動き出したくらいなんですけど、監督さんやキャストはだいたい固まっていて、知里も主演の一人にキャスティングされているんです」
「へぇ~、スゴいや」
「まだ詳しくはわからないし、話しようもないんですけど、その時に優太さんにお願いがあって」
離れて座っていた距離を詰めてきた知里はジッと優太に視線を合わせてくる。
お願い知里うるうるアイ。
自覚はないのだろうが、知里が何かを頼む時の仕草。
国民的アイドル美少女にこんな潤んだ瞳をされてのお願いを断れる男がいるだろうか?
「えっと······それは?」
「その······」
「優太サーン、チーちゃん~!」
顔を背けて知里がそのお願いの内容を切り出そうとした時、琴名の元気な声が聞こえてきた。
振り向くとガッキーと一緒に琴名がバケットに沢山の食べ物を持って歩いてきていた。
「幾らタダだからってあんなに、管理があって食べられないチーちゃんの前で、全く琴名ちゃんは」
「あははは······いいんですよ」
眉をしかめる優太に、ピョンとまた離れた位置に座り直し、
「また映画の話は詳しく決まったらお話しします」
と、知里は微笑むのだった。
続く




