「復讐の機会はきっとありますからな」
≪ダウーン! 安東唯がダウーン!≫
笑いから一転、何が起こったか解らない数秒の静寂の後に観客席が一気にざわめいた。
レフェリーが何とも言えない表情で、まだ倒れている唯と得意気に笑みを浮かべる真依を見る。
「お前、ストップをかけただろう!?」
「かけたけど認めない、ってかかってきたのそっちやんか? かかってこなきゃウチも蹴らんかったわ」
手と首を振りながら真依は弁解する。
だいたいラウンド忘れてストップをかけるなど認められない。
グローブが外れた、衣服が動きに制限がつくくらいにずれてしまったなら仕方がないが、普通なら認められるストップではなかったのだが······
しかし、認められないと唯から攻撃を再開しているのだから、それに対したカウンターの真依の回し蹴りを無効に取るわけにもいかない。
「ウチが待ったかけて回し蹴りしてたら、そりゃ立派な反則行為やろうけど、待ったかけたら唯ちゃんが認めんとこっちにかかってきたんやろ? それを迎撃すんのは当たり前やろ? 別に不意打ちした訳やあらへんで?」
「······」
仕方がないか。
真依の言っている事は一応は道理が通る。
レフェリーが真依の右手を上げようと手を取った時である、観客がワアッと沸き、
「参ったな、予想以上やわ」
飄々としていた真依が鋭い視線に戻り舌打ちした。
なんと失神KOかと思った筈の唯が歯を喰いしばり、立ち上がっていたのである。
「てっ、てめめえっっっっっ!」
真依を睨み付ける憤怒の形相。
蹴りを受けた際に頭部をカットしたのだろうか、顔面は鮮血にまみれて、おどろおどろしく、大型モニターにそれが映されると各所から女性客の悲鳴も聞こえた。
その身体はダメージからフラついていたが、その瞳は完全に生き返っている。
「スゴいわぁ、まぁええやろ、そこまでやりたいなら、あと何秒かやろうけど最後までつきおうたるわ」
レフェリーに取られた右手を振りほどき、真依は流れるような動きで構えを取った。
「真依っっ、相手はもう!」
「立ち上がってくるんやから仕方ないやろ、続くんやったら続けられへんようにするしかないわ」
眼は死んでいないが闘争本能から立ち上がっただけで身体は動かない。
コーナーから身を乗り出して涼が制しようとするが、真依は構えを解かない。
「レフェリー!! あれじゃ無理よ!!」
「う······」
真依と唯が止まらないならレフェリーに止めさせるしかない、と涼が声をかけるが、レフェリーは唯のダウンの経緯が経緯なだけに迷いを見せた。
「そういう事や! もう知らんでぇ!」
その様子を一瞬で悟ると、ザッと右足を引く真依。
再び蹴る態勢。
狙いは当然······もう一度の頭部。
「真依っっっ!」
「いくでぇぇ······」
涼の制止を振り切り、右のハイキックが始動しようとした時だった。
「······助かったわぁ」
真依の動きがそこでピタリと止まった。
上げかけた真依の右足にリング外から投げられた白いタオルがかかっていたのである。
≪タオル!? タオル投入だ! プリンセスドリーム陣営から投げられたタオル、セコンドがこれ以上の試合を不可能としましたっ!≫
沸き上がる歓声。
「まだ······出来るのによぉ······よ、余計なことしながってぇぇ······」
「もう十分でございますっ、あの攻撃から立ち上がってこられただけで唯殿の勝利でございますよっ!」
唯はポツリと呟くが、セコンドから飛び出してきた愛日に抱き止められ、ガクッと力を失ったように寄りかかり崩れ落ちる。
「ド巨乳ちゃん、よく止めてくれたわ、お陰さんでウチの右脚で唯ちゃんに後遺症が残るような事させんですんだわ」
真依はタオルがかかったままの右足を軽く振り抜き、唯を抱えた愛日にタオルを飛ばす。
小さな身体で唯を支えながらも飛んできたタオルを片手を伸ばして受け取り、
「復讐の機会はきっとありますからな」
愛日はそう答えた。
4勝1敗。
國定道場初の大々的な対外対抗戦は圧勝と言っても良い内容であった。
相手が本職ではないアイドル集団であっても、試合内容での圧倒は十二分なアピールになったし、プリンセスドリームを率いるPもアイドル達の覚悟が続くのならばまた國定道場に挑戦したいとコメントし、ネットテレビでの評判もかなり上々であったと報告を受けイベントは終了、國定道場の面々は家路に着く。
「まぁ、マトモなギャラも出た対外試合が久しぶりに出来たのは良かったわよ、私は試合的な収穫はあまり無かったけどね」
帰りの電車でそんな事をぼやいた涼であったが、この対抗戦の結果は予想以上の反響で國定道場格闘女子達に跳ね返ってきたのである。
続く




