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かくじょ!  作者: 天羽八島
第1章「國定道場格闘女子参上」
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「ちょいまち」

「うおりゃぁぁぁ!!」


 会場に響き渡る唯の咆哮と共に左右の大振りのフックが迫る。

 しかし、真依はその両方のフックを両手で捌き、カウンターに右のローキックを見舞う。


「ぐっ······畜生! まだまだぁ!」


 ローキックに態勢を崩しかける唯。

 歯を喰いしばって何とか踏ん張り、お返しにボディーへの右の蹴りを放つ······が、真依の左腕にガードされる。


≪また防がれた! 唯姉さんの打撃の殆どを止めている、どうですか杏子さん≫


「ん~」


 解説席の赤垣杏子は腕を組んで唸る。


≪どうされましたか?≫


「安東の攻撃はいかにも喧嘩上手のプロ未満の攻撃なんだよ、素人同士の喧嘩じゃ気合いで空気を制して、威力抜群のパンチを叩き込んでいたんだろうけど、あの苫古真依という選手の拳法は金の取れるプロレベルだと思う、そんな相手にあんな大声を上げながらのテレフォンパンチじゃ無理だと思うよ?」

「テレフォン?」


 横の席の知里が首を傾げると、


「ほら? 電話はかかってきた時に取ろうとして取り損なう事は何か他の事で手が塞がってないは限りないだろ?」

「はい」

「それは電話いわゆるテレフォンがかかってきた事を知らせるように前に鳴るからだよ、おなじように予備動作やかけ声が大きくて来るのが前もって予想がついちゃうパンチ、それがテレフォンパンチだよ」


 杏子は知里に説明する。

 つまりは唯のパンチは毎回がアクションが大きく、大振り、更にかけ声などの予備動作もあるので、素人同士の喧嘩ならともかく真依のような拳法家には当たりにくいという事だ。


「つまりは······そう」


 全力で飛びかかる唯。


「プロの前では絶好の的、って訳だ」


 嗤う杏子。

 唯の強烈な右のフックがほんのコンマ一秒前まで真依の顔面のあった場所を通り過ぎ······


「うわらぁぁっ!」


 中華拳法独特の息吹と共に放たれた真依の顔面、胸、水月への三連突きが唯を捉える。


「!?」


 速く、そして重い。

 唯は思わず膝をつきそうになるが、どうにか堪えて構えた。


≪苫古真依のカウンター三連発!! 何とか堪えたが唯姉さんのダメージは確実にあるっ! 相当にあるっ!≫



『結構いいのを入れてんのやけどなぁ、なかなかにタフやなぁ、パワーもある······どうやらウチと琴名ちゃんが今回のババ引いたな、運悪いわぁ』


 左手を開き、右拳を構えた半身の真依。

 唯に大きな隙があれば、更に重ねてダメージを与えにいきたい所である。

 しかし、まだ唯はダメージはあるが、反撃不可能な程には至っていない。

 まだ牙がある、真依はそう読んでいた。

 チラリと時計を見ると、4分が経過している。


「あら······?」


 そこから試合の流れを決めようと考えた真依だったが、ふとある事に気づいてしまう。


「唯姉さん、ちょいまち」

「えっ?」


 唯に手のひらを見せると、真依はそそくさと自軍のコーナーに歩いていき、セコンドの涼に首をかしげて見せた。


「涼、この試合何分何ラウンドやの? よく考えたら知らんかったわ」

「······ぐっ」


 この熱戦の最中に予想外のボケ。

 思わず涼も返答に詰まる。


「5分2ラウンド! アンタ、ルールミーティングも試合前にレフェリーも言うでしょうが!?」

「聞いとらんもん、聞いとらん」


 そんなやり取りを見事にカメラもマイクも拾ってしまい、


≪と、苫古真依、こ、この試合のラウンドと試合時間をセコンドの高杉涼に聞いているっ!? しらなかったのか!?≫


 緊張感に包まれていた試合会場が一気に笑いに包まれた。


「お前が闘う試合の時間知らないとか! お、おもしれーネーチャンだなぁ!」


 解説の杏子も腹を抱えての爆笑。


「チーちゃん、これは彼女のボケですか? 本気ですか?」


 と、実況から聞かれた知里は赤面と苦笑いをしながら、多分······本気だと思いますよ、としか答えられなかった。


「う、ウケてしもうてんの? この程度でええの?」

「せっかくのいい闘いだったのに······バカ」


 爆笑の渦の会場を見渡す真依。

 涼は手を顔に当てて悩む。

 だが会場全員が笑った訳ではない。

 破れ去っていった仲間達の敵討ちを強く誓っていた者にとっては真剣勝負に水を差す真依の態度と弛緩した会場の空気が我慢ならなかった。

 怒髪天を衝いたのは当然、唯だった。


「何が······ちょいまちだ、認めるかよ、この野郎! ふざけやがって!!」


 完全に自軍コーナーの涼の方を向いている真依に向かって全力疾走。

 本来ならば背後撃ちは唯の柄ではない。

 しかし、このふざけた行為に腸が煮えくり返った。

 接近して殴るか、体当たりしてリングから突き落とすか、それは近づいてみなければ解らないに怒りが先行した。

 

「真依っっっ!!」


 唯の突進が視界に入った涼が叫ぶが遅い。

 もう唯は真依のすぐ背後。

 たが涼の視界、客に受けた事に困惑を見せていた筈の真依の表情は一瞬にして、冷たさをも感じる笑いに変わったのである。


「!?」


 相手に背を向けている筈なのに。

 涼の背中に冷たい物が走る。


「ちょいまち、認めてくれへんかぁ······ええよ、それで、言ったのはそっちやから······なっ」


 スーッとチャイナドレスのスリットから伸びる見事な脚線美。


 スパァァァァァンッ!!


 身体を反転させつつ後方への右の回し蹴りが突進してきた唯の顔面を捉えた。


 完璧なカウンターキック。


 完全に背を向けていたのに。

 笑いが起こってからは唯を見もしなかったのに。


『セコンドの私まで利用して! だ、だまされたっ!! 私までだまされたっ!』


 眼を見張る涼。

 スッと上げた右脚を下げた真依は、


「いやぁ、思った通りのツッコミ! 涼はやっぱりウチといいコンビなれそうやわぁ」


 ほんの数秒前の笑いとは全く質の違うニンマリとした笑いを涼に向け、


「ま、ウチも本格的に動くの久しぶりやし、長丁場やったら、姉さんの底抜けのスタミナとパワーに圧しきられるかもしれんかったからな、堪忍やで」


 と、糸の切れた操り人形のようにバッタリとリングに沈んだ唯に振り返って、ゴメンとばかりに手を立てたのだった。




続く

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