「アンタもやっぱり化け物か」
≪さぁ、オープニングヒットは苫古真依がとったが、安東唯はまだまだ平気! これからが本当の始まりだ! まるでカンフー映画のような飛び蹴りでしたね、チーちゃん?≫
「あ、はい、スゴいですね」
解説席。
実況に話を振られた知里はオープニングヒットに観客同様に驚いていたが、我に返る。
≪國定道場、謎の美女苫古真依、どういう方ですか?≫
「ええっと······最近になって道場に帰ってこられたので私も他の方ほどの付き合いはないんですけど、自由奔放で明るい性格の方です、はい」
ニッコリ笑う知里。
初めの挨拶からは自分の仕事や真依が試合を控えての練習も始めた事もあり、個人的な付き合いは無いが食事の時などの真依はいたって明るく奔放なイメージそのままだ。
≪格闘技のベースは中華拳法という事ですよね、どうみますか?杏子ちゃん?≫
「どうみろ、と言われてもなぁ、スピードと技のキレはすごそうだけどなぁ、スピードに比べて重さがあるかなぁ?」
続いて話を振られた最年少柔道オリンピック金メダリストの赤垣杏子はうーんと唸る。
「今度こそ、こっちからいくぜ!」
唯が拳を振り上げて前進する。
それを半身で迎え撃つ真依。
「おりゃぁぁぁぁ!!」
ブンッ!!
大振りの唯のフックを身を低くして避け、その空振りした腕をパンと左手で上に弾く。
「なっ!?」
「そこやぁ!」
カウンターで唯のサラシを巻いた胸に真依の正拳が命中する。
「んぶっ······」
ドコッという鈍い音がして唯の表情が歪む。
前のめりになる唯の顔面めがけて、チャイナドレスのスリットを上げ、真依のスマートな脚のミドルキックが迫る。
「ちいっ!」
避けられるか!?
コンマ何秒にも満たない時間の中、唯は迷わなかった。
「おらぁぁぁぁ!」
迫る真依の右脚に向かって、唯は頭を自らぶつけにいく。
ゴンッ!
響く鈍い音。
「ぐっ······」
脳天に響く強い衝撃。
だがこれは自ら覚悟した衝撃だ、耐えられる!
むしろ······
「な、いったぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴に近い声を上げて、バク転して唯から離れたのは真依の方であった。
アクロバティックな後退に観客が沸く。
真依はコーナー辺りで右脚を上げて擦りながら、
「自分からキックに頭突きしてくるなんて、なんやねん!? うわぁ、弁慶にあたってもうたぁ!!」
と、ピョンピョン跳ねている。
その反応に笑いが起こった。
「ちっ!」
舌打ちする唯。
まるでカンフー映画のようなコミカルな様子は上手くいけば脚を破壊できたかもいう期待を裏切ったのだ。
≪見事なカウンターパンチに続く顔面への蹴りに対して自らの頭をぶつけにいったのでしょうか!? それで平然としているとは流石は安東唯、我らが姉御です!≫
「姉御やて、実況さん、やっぱりアンタら贔屓や······でもカウンターからのキックに反応できたのはスゴいで? こんな事されたの初めてやもん、まさに初体験や」
再び半身で構え軽くステップする真依。
その表情には笑みがある。
「誉めてもらっても何も出ねぇよ、頭突きは反則でも迫り来るキックに自分から頭をぶつけるのはセーフだろ? 昔からけっこう石頭で地元じゃ有名だったんだ、気に入らないヤツには片っ端から出会い頭で頭突き噛ましてたからな」
「そら、怖いわ、ブルってまう」
「もっとブルってもらうぜ!」
再びの唯の前進。
さっきも見事に取られたカウンターは怖いが、喧嘩殺法の唯には基本的には待っての戦術は無いのだ。
多少のカウンターパンチは覚悟とタフネスで耐え、突進のパワーで圧しまくる。
これが唯の基本なのだ。
「もうっ、強引なのは嫌いやないけど、こっちの技も見せる余裕くらいないと、オナニーとおなじやで!」
「なに······いってんだよっ!!」
唯と真依の身体がぶつかる。
押し合いだ。
「おりやぁぁぁぁぁ!!」
「と、とまらんかぁぁぁぁ!?」
一旦、前進を止めようとした真依であったが唯の裂帛の気合いと共に一気にコーナーまで圧しやられ、思わず唸り声を上げた。
≪おおっと、正面からの押し合いでは唯姉さんに分がいいか!? 苫古真依選手、前進を止められないっ!≫
「安東さんのパワーはナディアも感心していたからね、フィジカルじゃ分が悪いかな? 真依っ、コーナーに圧しやられたらパンチが避けられないわ、気をつけてっ!」
セコンドの涼が予想外のパワー差に驚いて指示を出す。
「じょ、助言が遅いわっ!」
「元よりそれが狙いだぜっ!!!」
涼の指示に文句を言いながら、コーナーに押し込まれる真依。
チャンス!!
唯は自慢の右を大きく振りかぶり、真依の顔面めがけて放つ。
バチチイィィィンッ!
響く命中音。
≪当たったぁ、安東唯の必殺パンチが苫古真依の顔面に······命中ウゥっっ!?≫
興奮した実況だったが、最後が上擦ってしまう。
「なっ!?」
目を見張る唯。
右拳に伝わる肌の感触。
だが、それは真依の顔面ではなく······拳と頬の間に差し込まれた真依の左の掌であった。
すんでの所で防がれたのだ。
≪当たってない、防いでいる、防いでいるっ、完全にコーナーに押し込んでのパンチを防いでいるっ!!≫
驚愕の実況。
オオッと観客席から声が響く。
「いやぁ、予想外のパワーと突進スピードや、元喧嘩屋のアイドルやと思ったけど喧嘩屋さんが現役やないの? 大将戦やから仕方ないけどウチが貧乏クジやな、久しぶりの復帰戦には重すぎる相手やで」
拳を受け止めた掌の向こうでニタリと笑う真依に、
「へへっ、このタイミングで受けられるとか、アンタもやっぱり化け物か、そうでもなきゃあの連中の大将は務められねぇか?」
唯の笑いは思わず引きつってしまうのだった。
続く




