「楽しめそうや······」
≪プリンセスドリーム大将安東唯! 特攻服で入場する異色のアイドルですが、人気はグループ内でも高い! 姉御肌で案外に優しいらしいですっ≫
特攻服で入場してくる唯。
プロを頼んだセコンドはともかく応援団は現役のアイドルの女子達がニコニコと笑顔で続くが、本人にアイドルの顔は全く無かった。
殺気を放ちまくった表情はまさに喧嘩に向かう女番長のそれである。
『強いのは少しでも手を合わせたから解る、それは解るが……本当に闘うとなると……私が緊張してやがる!』
リングへの道。
喧嘩屋の自分ならば。
歩く度にワクワクする筈の花道が怖さすら感じる物となっていたのである。
≪國定道場大将は……これもまたアイドル並みのルックスの美人苫古真依選手です!≫
チャイナドレスに身を包んだ真依が花道を歩いてくると、そのルックスに客も歓声を上げる。
「可愛いぞ!」
「美人さん、チャイナ似合うねぇ!」
ジャージ姿の涼と優太をセコンドに連れた真依はそれらに愛想よく手を振りながらの入場。
「全く、相手の大将の唯さんは負け越し確定で結構仏頂面だったのに、真依は緊張感がないわねぇ、どっちがアイドルだかわかりゃしない」
「真依さんは調子は良さそうだね、でもこっちに戻ってきてから型とか走り込みとかは頑張ってたけど、スパーリングとかは足りてないんじゃないかな?」
はしゃぐ真依にぼやく涼、真依に聞こえないように優太が不安を口にする。
「確かに······時間はなかったけど」
涼は後ろ頭を掻いてそれには同意したが、
「真依はあたし達の中でも特殊だから、問題はそういう所じゃないんだよねぇ」
と、意味深に肩をすくめて見せた。
≪さぁ、向かい合う大将戦! 殺気すら感じさせる特攻服の安東唯、対するはチャイナ服の苫古真依! 睨んで凄むアイドルと笑顔を振り撒く格闘家≫
上がる歓声。
向かい合う唯と真依。
間に入ったレフェリーのルール説明の間も唯の鋭い視線は真依を捉えているが、真依は涼しい顔だ。
「アンタ、前に國定道場にお邪魔した時には居なかった顔だな?」
「そん時はまだ借金のカタで帰ってこれんかったからなぁ、アンタらとの対戦が決まって、ようやく風俗店から解放されたんや、まぁ楽しんどったけどね」
「ふぅん、良かったよ」
「どゆことや?」
「知らない顔ならどこまでも遠慮なくやれるからな、ちょっと今日は仲間がやられ過ぎてピリピリきてるからな!」
唯の啖呵。
対して真依は涼しい顔を崩さず、
「どうぞ遠慮なく、楽しくやろうや」
と、答え自分のコーナーに踵を返した。
≪さぁ、両者がコーナーに別れて······いよいよ、最後の大将戦が始まりました!≫
「いくぜぇ······う!?」
特攻服の唯は最初からのラッシュ狙いの突進をするつもりだったが······視界に真依は居なかった。
「!?」
跳んでいた。
「あちゃおおおぉぅ!」
中華拳法独特の叫びと共に繰り出される飛び蹴り。
完全に機先に制された。
真依の右足裏が唯の顔面に見事にヒットする。
「ぐっ······」
仰け反る唯。
だがそれでは終わらなかった。
真依は蹴った反動で再び舞い上がり、空中で横回転をして回し蹴りを続けて唯の頬に命中させたのだ。
「おごっ······」
今度は耐えられなかった。
唯は大きな音を立てて、大文字にマットに仰向けに倒れ、真依は見事に着地して構えを取る。
≪か、開始数秒での見事な空中飛び蹴り二連発!! 安東唯がダウンしたぁぁぁ!!≫
アクロバティックな開幕に沸き上がる実況と観客。
唯があまりにも派手な倒れ方をしたのでレフェリーもこれで決まりかと唯に駆け寄る。
「平気やで」
「平気だよ」
「え!?」
構えた真依と倒れた唯に同時に告げられ、二人をキョロキョロ交互に見てしまうレフェリー。
「二発目は倒れながら流したやろ? 只の力任せの喧嘩屋さんと聞いてたのに器用やねぇ?」
「そちらこそ、一発目は見事に入ったよ、スピードも威力も申し分ネェよ」
構えたまま真依が笑うと、倒れたままで唯も答え、
「でも、まだ倒れるわけにはいかねぇ······なっ!」
と、反動をつけて瞬時に跳ね上がり立つ。
≪ダウンではなかったぁ! 安東唯、すぐに立ったぁ!≫
オオオッと上がる歓声。
「楽しめそうや······」
「お互い様にな······」
真依と唯は互いに舌なめずりして不敵な笑みを見せあった。
続く




