「負けても勝ちだよなぁ」
「両者、中央へ!」
レフェリーに促された二人が対峙する。
「絶対リベンジだよ、いずみ!」
「いずみ、がんばれっ!」
空手着の涼と女子ムエタイスタイルの河内いずみ。
声援は超一流アイドルグループの一員のいずみが圧倒的であるが、そんな声は関係なかった。
反則を説明するレフェリー。
いずみは気合いの入った表情で涼を見据えるが、涼は口を真一文字に結び、俯きながら空手着の帯を直している。
「では、両者……コーナーへ!」
空手着とムエタイスタイルの美女は各々のコーナーに別れていき……
「ファイト!!!」
ゴングが鳴り響く。
レフェリーのかけ声と共に構え合う。
≪さぁ、始まったリベンジマッチ!! 空手格闘女子高杉涼とアイドル格闘女子河内いずみ!≫
「……!!」
震えた。
格闘経験一年の自分でも判る。
目の前の高杉涼は紛れもないトップクラス格闘女子。
リベンジと言うにはおこがましい程の前回の情けない敗戦。
だが……それでは終われない。
それで終わったら、頭打ち感の出始めた芸能生活の脱出を計り、格闘技を始めた意味が無い。
勝てずとも、ファンが観て、次が繋がる戦い。
それをしなければ……!!
覚悟は決めている。
痛みも我慢する。
どうにかして爪痕を。
強く決心した筈なのに……
開始早々、距離を一気に詰めて迫り来る高杉涼に、河内いずみの背筋は震えた。
「チェリャァァァァッ!」
バチチィィィィンッ!
裂帛の気合いの涼の右のローキックが左の膝関節辺りを捉え、大きな衝撃音と共に、泉に痺れと痛みが襲いかかる。
「くうっ!」
思わず歯を食い縛る。
試合開始の一撃。
オープニングヒットなのに……まさに一撃必殺であった。
それはダメージを蓄積して倒すローではない。
ムエタイの練習を積み、キックに対する耐性を付けた筈の経験すら、呆気なく忘れ去らせる打撃力。
身体が呆気なく崩れようとする。
左の膝から力が入らない。
『うそっ!? まさかこれ程の威力だなんて?』
想定を遥かに越えた涼のローキック。
反撃しなければ!
ぐらつく身体を伸ばそうとしたいずみの左脇腹に……伸ばした所を狙い済ました涼の右の手刀がめり込む。
≪ああっ! 強烈なローで体勢を崩した所に……そのまま右の手刀を脇腹にお見舞いだぁ!≫
「……ぶうっ! げぇぇぇっ!?」
吐いた。
息ではない。
アイドルである美女河内いずみは水月にめり込んだ手刀に耐えきれず吐瀉物をリングにぶちまけてしまった。
『嘘だ、ここまでの……差が!?』
『みんなの前でたった二発の攻撃で吐くなんて!!』
『ああ……そういえば……』
『わたし……このひとにこうげきされたのはじめて……』
薄れゆく意識の中……いずみはリングに撒いた自らの吐瀉物の向かって、前のめりで倒れ込んだ。
「……」
セコンドに無言で立つ香澄。
涼は軽く一度だけ髪を掻き上げると、勝利者インタビューも何もせずにロープをくぐってリングを降りる。
急接近、ローキックからの手刀。
試合時間はおそらく十秒ないだろう。
あまりにも衝撃的なリベンジマッチの結末に、歓声を上げる事すら出来ない観客達。
「お前……キレてるだろ?」
「まだまだよ、こんなの、私が本気でキレたらもっとスゴいんだから」
細目で訊く香澄に、涼がニッコリ笑う姿がカメラに捉えられ、それがオーロラビジョンに映し出されると、本日何度目かの大歓声が会場に響き渡ったのだった。
***
「泣かないで、いずみ」
「頑張ったよ」
「不意を突かれただけだって」
控え室でタオルを頭から被り、膝を抱えて座るいずみにメンバー達が声を掛ける。
いずみは動きもしていない。
続く大将戦は行われるが、チーム対抗戦はプリンセスドリームの敗けが決まった。
「いずみ……お前の言う通り止めるべきだったのかな」
「それは違いましょうね、理由は私にもわかりませんが」
隅で壁に背をかけるプリンセスドリーム大将の安東唯に、中堅戦で勝利を収めた雑賀愛日は首を振る。
一勝三敗。
大将戦にいくこともない決着。
「唯殿、団体戦の勝敗は決しましたが……」
「わかってるよ、お前以外はボコボコにされたんで、個人的には暴れたい気持ちが高まっているからなぁ!」
愛日に告げられた唯は立ち上り、壁にかけられた特攻服を肩に引っ掛ける。
胸はサラシ、足元は足袋。
アイドルグループの一員とは到底思えないルックスだが、案外にファンたちの受けは良い。
美人なのはそうだが、どこか可愛らしさもある。
そして……姉御肌で面倒見が良いというイメージをファンに持たれているのだ。
「確かに仕事以外はあんまり絡みもないグループで、実はビジネスライクとか言われてっけど……そうでも仲間は仲間だ、やられた分は大将のアタシがやり返してやるぜ!」
そう怒鳴り散らす唯に、いつしか周囲のメンバー達も……
「お願いね、唯さん」
「ボコボコにしてきてぇ!」
「残り全員倒してきて!」
と、コールを送り始める。
相次ぐ仲間の敗退に何かを感じ始めたのかもしれない。
唯はピタリと足を止めて……
「ああ……そうだなぁ、相手のピンピンしてる奴等をこれから全員血祭りに上げたら、負けても勝ちだよなぁ、お前もそれなら参加してくれるかい?」
そう言って、愛日に振り返って、あながち冗談でも無さそうな口調でニッコリ笑ったのだった。
続く




