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かくじょ!  作者: 天羽八島
第1章「國定道場格闘女子参上」
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「観てたから……解るよ」

 一分が経過する。

 初めは上がっていた歓声も、次第に静かになっていく。

 リングの中央から雑賀愛日は動かないが、琴名は一切構えを解かず、彼女の周りを回り続けていた。


「いいぞ、琴名っ! 一切の油断をするなっ、狙われているぞ」


 動きの殆ど無い試合だというのに、香澄は声が枯れてしまうくらいに琴名に注意を促し続ける。


「香澄ちゃん、相手は動いてないんだ、琴名ちゃんばっかり動いてたらスタミナが切れちゃうよ、距離を取って様子を観させたらどうかな?」

「そんな事できるかっ、少しでも止まったら琴名がやられてしまうじゃないか! この間にも相手は琴名を狙ってるんだぞ、琴名は今、必死に相手の攻撃の照準を外している最中なんだぞ!?」

「そんなバカなっ!?」


 香澄の形相は大真面目。

 試合中に冗談などいう性格ではないので、優太はまさかと驚いてしまう。


「あの状態が必死に防いでいる状況!?」


 どう見てもリングの中央に立つ愛日に対し、いつ得意なタックルに行こうかと周囲を伺う琴名にしか見えない。

 それを香澄は琴名が必死に愛日からの照準を逃れている状況だと言うのである。


「だから琴名ちゃんはタックルにいかないのか!」

「それどころじゃない、琴名が相手の攻撃意志に対して敏感で良かった、普通のクラスのファイターだったら下手な方向から仕掛けて、打撃のカウンターを喰らうか、タックルを切られてグラウンドに持ち込まれるか、どちらにせよ反撃必至というありがたくない展開だ」

「じゃあ、あの娘は他の娘より」

「少なくとも、私やナディアの戦った相手とは全くの格が違う、くそっ、相手を選べない方式とは言え……私やナディアが中堅だったら!」


 舌打ちする香澄。

 ナディアや香澄と戦った二人は弱いとは思わないが、國定道場格闘女子のレベルには届かないのは優太も解った。

 そこに琴名が当たっていれば……

 まさに同じ事を香澄も考えているに違いない。

 その時……

 

『どの方向からも隙がないなら! 予想外の反撃が無い、正面からだっ!』


 琴名が動いた。

 低い態勢から、両足の抱え込みを狙うタックルが雑賀愛日に向けて放たれるが……

 雑賀愛日はタックルを受け止めようとも、打撃でカウンターを取ろうともしなかった。

 先に仕掛けた琴名のそれにも負けないような、低い高速タックルで迎撃したのだ。


「このっ……」


 ぶつかり合うタックルとタックル。

 琴名が舌打ちした。


≪た、互いのタックルがぶつかり合う!≫


「フフフッ、止めましたぞ」


 ニヤリと笑う雑賀愛日。

 そして……


「そりゃぁぁっ!」


「喰らうかっ!」


 組んだ状態から、左に投げに振られる琴名。

 投げに抵抗しようと身体の重心を右側に振った時だった。


「どんぴしゃりっ!」


「えっ!?」


 愛日、会心の笑み。

 琴名の抵抗を読んだ右への切り返しの投げ。

 琴名の身体はフワリと浮き上がり、右肩からマットに強く叩きつけられた。


「ぐうううっ!」


 肩に走る激痛に歯を食い縛る琴名。


≪スゴイッ、一気に投げた……こ、これは?≫


「呼び戻し、相撲の投げだよ、切れてんなぁ」


 驚く実況に杏子が感心の声。

 倒れる琴名に素早く駆け寄る愛日。


≪速いっ、マウントポジションにいくかっ!?≫


「な、なめんなっ!」


 グラウンド勝負なら、自分か下であっても攻め手はある。

 無理に立ち上がろうとせず、冷静に対処。

 サイド、マウント、どちらを取られようとも、琴名の中には対処する技が浮かんでいたが……


「バカッ、待つ奴がいるかっ!?」


「えっ!? ぶ……っっっ!!」


 セコンドの香澄の怒鳴り声と同時に、琴名の視界を占めたのは駆け寄った愛日が顔面に放った踏みつけの足の裏だった。

 踏みつけを顔面に貰ったのだ。


≪ふ、踏みつけェェェェぇ!! じ、女子同士の総合格闘技でまさかの踏みつけ!!≫


 まさかアイドルが女の子の顔面を踏みつけるとは。

 予想外の愛日の攻撃に実況は悲鳴に近い叫び。


『ふ、踏みつけぇ!? まず……たたな……ぶぅっ!』


 忍者装束の足袋が立ち上がろうとした琴名の顔面を再び捉えた、噴き出す鮮血。


「こ、琴名ちゃん!」


「立て、寝てちゃダメだっ!」


 綾斗の横で香澄が怒鳴る。

 しかし……顔面に踏みつけを受けた琴名の動きは明らかに鈍くなっていた。


「……!!」


 雑賀愛日のつり目の視線が、ほん一瞬だけセコンドの優太と香澄に向く。


「コイツ……」

「香澄ちゃん!」


 考える余地は無かった。

 優太は香澄が首にかけたタオルを取り去り、リングに向かって思いっきり投げた。


「お、おまえっ!」

「止めろって、あの娘を見なかったのかっ!? 琴名ちゃんの鼻を折られるまで蹴らせるつもりかよっ!」


 睨んだ香澄だったが、優太に言い返されてしまうと……


「いや、お前の判断が正しい」


 と、スンナリと引き、ゴングが鳴り響くリングに上がって、まだ立ち上がれない琴名に駆け寄った。



≪こ、これは凄いというか……普段の愛日ちゃんからは想像がつかないと言うか≫


 実況は戸惑いを隠せないが、それは観客達も一緒だった。

 レフィリーに勝ち名乗りを上げられた雑賀愛日に向けられる歓声と拍手は何処か迷いがあった。



「か、かすみさぁん」

「鼻が折れてるかも知れない、触るな、あと鼻血出そうと強く噴いちゃダメだからな」


 ようやく上半身を起こした琴名に香澄は片膝を付いて、注意しながらタオルで鼻血だらけの顔面を拭く。


「負けちゃったよぉ」

「観てたから解る、視点は平気か? クラクラしないか?」

「わかんない、ても情けないよぉ」

「もういい……観てたから……解るよ」


 涙声の琴名の頭を香澄は軽く抱く。

 自らの闘いでは全く汚れなかった道着に琴名の鮮血が付いてしまうが、香澄はそんな事は気にしなかった。


「大丈夫ですかな? 鼻は折れてないと思いますが……」


 歩み寄ってきたのは勝者の雑賀愛日。

 その表情には勝ちの誇りも驕りも無かった、血だらけの敗者の容態を気にしている様子だ。


「へ、平気です」


 涙と血でグシャグシャの顔を上げる琴名。

 琴名を抱いたまま、香澄も顔を上げた。


「雑賀愛日と言ったな?」

「はい」

「今度は私とやろうじゃないか、楽しい目に合わせてやる」


 香澄の表情には全く融和は無い。

 愛日の瞳にも僅かな険が生まれかけたが、それはすぐに消え失せた。


「楽しみにしておりまするよ」


 それだけを告げると、雑賀愛日はニッコリと笑顔を浮かべて、歓声の中でリングを降りていく。


「香澄ちゃん」

「優太、琴名を背負ってくれ、出来るだろ? 医務室でドクターに見てもらおう」

「わかった、ほら琴名ちゃん……」

「うん」


 ようやく自らの脚で立ち上がった琴名は優太の向けた背中に素直に身体を預けてくる。


「優太さん」

「なに?」

「私、負けちゃったよぉ」

「だね、でもね……」

「でも……なに?」

「いや……上手く言えない」


 かける言葉が上手く見当たらなかった優太が素直に白状すると、


「やっぱ優太さんは不器用だなぁ、そんなんだから、みんなに良い様にされちゃうんだよ」


 琴名は涙声のままではあったが、おかしそうに笑った。




続く

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