「なんで!?」
「九州剣道女子の意地を見せてやりますっ! 遠慮なしに叩き伏せさせて頂きます」
竹刀を構える剣もとか。
レフェリーはかなり迷った様子を見せていたが、本部席のPと目を合わせると、やや困惑した顔を見せてから、
「ファイト!!」
と、試合開始を告げた。
≪さぁ、始まってしまった! 剣対素手のルール! 陣内香澄が自ら要求したとはいえ竹刀有りルールが通ってしまったのです≫
もとかと香澄の視線が合う。
正眼の構えの剣もとか。
身体は正面、出した両手は開手の香澄。
ジリジリと距離が詰まる。
≪距離が詰まりますが、当然にしてリーチは剣が有利ですよね、杏子さん≫
「どうかなぁ、私は陣内流の柔術は知らないけど……」
≪もとか、飛び込んだぁ!!≫
「せいぃぃぃぃぃっ!!」
実況に話を振られた解説席の杏子が答えが終わる前に、剣もとかが制空圏に入った香澄に竹刀を振り下ろす。
「……!!」
ブンッ!!
鋭い剣先だが、香澄はそれを見切る。
体を横にして竹刀を躱すと、振り下ろされた竹刀が戻る前に竹刀の先を右手で掴む。
グルッ!
先を掴まれた竹刀を持つ剣もとかの身体がいきなり横倒しにマットに倒れ込んだ。
≪なんだぁ!? 今のはぁぁぁ!?≫
「くぅぅぅっ!?」
「こりゃスゴい、竹刀を通して柔を決めちまうのかよ!? すごいすごい、これならリーチは問題じゃないや!!」
横から身体を打ち付け声を上げるもとか、解説の赤垣杏子はヤンヤの大喜び。
≪ええっ、竹刀を持った相手の竹刀を掴めば相手を投げられてしまうなんて、スゴい技の持ち主だ陣内香澄!≫
「こ、このっ!」
観客はようやく事態を呑み込み遅い歓声を上げ、もとかは素早く立ち上がる、大したダメージではないが……
『剣先を掴まれただけで身体が回された!? こ、これが陣内流の柔術の投げ?』
もとかの心中は穏やかではない。
『何とか有功打突でダメージを与えないと!』
スススッと素早くすり足を運ぶもとか。
だが香澄はそれよりも遥かに素早い移動速度でもとかの右手に回り込む。
「えっ!?」
「横移動が遅い!」
香澄の右手が道着の右の二の腕辺りを掴まえると、今度はベシャともとかの身体は真正面からマットに沈んだ。
道着の二の腕を掴まれただけで身体がマットに這いつくばる。
「あうっっっ!!」
≪摩訶不思議、今度は正面から身体を転ばせた、陣内流柔術はまるで魔法だ≫
「もとかちゃんは前後移動よりやや横移動がスムーズさを欠くみたいだね、剣道の人にはわりかし多いけど」
≪どういう事ですか? 杏子さん?≫
「いやいや、剣道も横移動が大切なんだけど、やっぱり攻撃に出る時、受ける時の移動は前後が中心、一試合中の移動距離も前後が圧倒的じゃない? だからもとかちゃんも自然と前後移動が動きの中心になり、その分横移動には隙が出来てる、こんな感じかなぁ」
「だいたい、合っているな、悪くない実況」
「そんなっ! 私はどの方向にだって動く訓練したから! せいいいっ!」
マットに倒れ込んだもとかは杏子の実況にホゥと感心する香澄に掛け声と共にブンッと竹刀を振り、追い払ってから素早く立ち上がる。
「健気だな」
「これは総合ルールだからね、何回転ばされたって最終的にKO取れば私の勝ちなんだから!」
もとかは正眼から大上段に構え直す。
鋭い打突が出来る攻撃的な構えだ。
「確かに、じゃあもう遊びは止めようか? お前ももう剣道はやめるんだぞ!?」
ニヤリと笑う香澄。
開手の構えも解き、もとかの射程で棒立ちになった。
「な……」
≪こ、これはっ!?≫
「なめるなァァァァっ、面っッッッッ!!」
バシィィィィィンッ!!
剣道のハイレベル地域である九州を制した面が香澄の額に直撃した。
『勝った……』
確かな手応え、もとかは自らの勝利を確信しかけるが……
「ここだよ、やっぱり剣道は止めなかったな」
「えっ?」
額を命中した竹刀を香澄は今度は両手で掴む。
面から残心に引きにいく所を捉えられたのだ。
「反撃を受けない場所に下がり、残心、さっきもそうだったがこれがあるから完全に振り抜いて額を完全に割るような面が打てないんだ、くらえっ!!」
グルンッ!
まさにグルン。
もとかの小さな身体は竹刀を中心にまさに百八十度回り、頭からマットに叩きつけられた。
「あうぅぅぅぅぅぅっ!!」
側頭部を強かに打ち、気が遠くなりかけるもとかだが、そこを持ち前の根性で耐えきった。
何度、回されようがKOされなければいい。
陣内流柔術は恐ろしいがKOに繋がる強烈な打撃はないのかもしれない、ならば……
「負けないィィィィっ!」
レフェリーストップさえ喰らわなければ!
歯を喰いしばって立ち上がった彼女だったが、待っていたのはファンからの悲鳴だった。
「逃げろ、もとかぁぁぁぁ!」
「立っちゃだめだっ!!」
「なんで!?」
混乱したまま、前を見たもとかは……
「これを離しちゃダメじゃないかぁ~、竹刀有りルール、これはお前だけの物じゃないんだぞぉ!」
いつの間にか手から離れていたもとかの武器であった竹刀を思いっきり振り上げ、実はこれがしたかったんだよとばかりに嗤う香澄がそこにはいた。
「あ―――――」
グシャァァァアアッ
竹刀が折れる程の威力で脳天をぶっ叩かれたもとかが意識を取り戻したのは約一時間後であった。
≪ケーーーオーーーー! フィニッシュはええっと、面一本で良いんでしょうか!?≫
「ホントに素晴らしい! アタシは大好き! チーちゃんの仲間ってホントに強くて良いなぁ、それにズルイッ! 相手に竹刀を渡しといて実は自分でもつかうつもりだったとか!」
「アハハハハ、ルール通りですからね、竹刀有り、そうですよね、平等なルールですよね、香澄さんがもとかちゃんから竹刀を取って叩いてもいい……と」
盛り上がりながらも戸惑う実況をよそに、膝をバンバン叩いて喜ぶ杏子と何か自分を納得させようとする知里。
まさかの決着に唖然とする観客達。
「勝者、陣内香澄!」
勝ち名乗りを受けながらも、戸惑う客の反応にノリの悪い奴等だ、こんなに盛り上がる決着ないだろう? とブツブツ文句を言いながら香澄は花道を引き上げていくのだった。
続く




