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かくじょ!  作者: 天羽八島
第1章「國定道場格闘女子参上」
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「百聞は一見にしかずだしね」

「すいませぇ~ん」


 國定道場は木造平屋建てとはいえ、周囲を塀で囲まれるような立派な屋敷だ。

 鍵がかかっていないサッシを開け、玄関に声をかけたが、部屋まで声は聞こえないのか、それとも三人の住人は出かけているのか返事がない。


「しょうがないよな、まぁ俺が管理人なんだから不法侵入にはならないはず……いや、ならないよね、でも女の子三人住まいに鍵もかけないなんて不用心なんじゃないか?」


 まるで一流旅館の佇まいすらある玄関で靴を脱ぎ、傍らのスリッパ入れからスリッパを取り出して履き替えて廊下に上がる。

 建材は判らないがキレイで立派な板張り。


「慣れなきゃ迷うかも」


 そうは思っても、いつまでも待っているのもなんなので適当に歩き出す。

 ナディアか涼にでも会えたらと思う、香澄だったら不法侵入と怒り出すかもしれないからだ。


「それにしても三人とも皆が女流格闘家か、あんなに可愛いんだから、いちいち殴る蹴るしなくても良いと思うんだけどね」


 正直に思う。

 モデルとかタレントと言われても全く違和感のない三人の美貌が格闘家という職業では活きないだろう、とか勝手な事を考えながら適当に歩き回っていると……


「ん……?」


 鼻腔をくすぐるいい匂いに行き当たる。

 これは……

 すぐに判る、炊飯時の米の香り。

 最近、嗅いでなかったかもしれないが日本人ならすぐに思い出せる香りだ。


「いい匂いだな、でもご飯には妙な時間だ」


 ポケットから携帯を取り出して時間を見る。

 午後三時半という中途半端な時間に飯炊きなんてしているのか。


「台所は向こうか」


 炊飯器の傍に誰かがいるという訳ではないだろうが台所には誰かがいるかもしれない。

 匂いを頼りに廊下を歩いていく。

 すぐに台所があったのだが……

 違った。

 冷蔵庫やガスコンロはあるし水道もある、だが一段下がった土間には大きな釜を乗せた竈があり、短い髪の割烹着に着物を着た女の子がしゃがみこみ、竈の炎に何やら竹筒のような物で必死に息を吹き掛けている後ろ姿。

 古い建物とは感じていたが、その光景はまるで昭和にタイムスリップしている。


「あ……」

「待っててね、もう少しでご飯炊き上がるから、この最後の強火をサボると美味しいご飯は炊き上がらない! お百姓さんの苦労を最後に潰せないからね!」


 優太の声が聞こえた様だ。

 竈の炎を注視していて、振り返らなかったので顔は判らないが、明らかに高い少女の声。

 涼やナディア、香澄よりも若そうというと三人は怒るだろうが、十代半ばにいくかいかないかの感じが声からする。


「あの……」

「待ったぁ! ボクが待てといってるでしょ? 今だ、最後の強火!」


 少女は大声で足元に置いていた乾いた藁をバッと竈に放り投げる。

 一気に竈の炎が外に飛び出さんばかりに燃え上がり、少女がそれに向かってまた必死にフーフーと竹筒から息を吹きかけた。

 蓋をした大釜の縁からブクブクと白い泡が出てきて、投入した藁はあっという間に燃え尽き炎も収まった。


「良し、これで少し待てば完璧! やっとこさ、ご飯が出来ましたよって訳だよ!」


 少女は初めて優太にしゃがんだまま振り返り、軍手をはめた手でニッコリVサインを見せてくる。


『カワイイ、黒髪ショートの朗らか娘って感じだな……』


「あら……」


 思わずホッコリしてしまう優太だが、相手の女の子は首を傾げた。


「君は誰かな? いつも稽古にくる大学生の人じゃないし」

「ああ……ゴメンね、俺は佐藤優太、この道場の新しい管理人なんだよ」

「そうなんだ! あなたがそうなんだ!」


 誰かに話は聞いていたのだろう、女の子はそれを聞くと慌てて立ち上がり、竹筒を釜の上に置きいそいそと軍手を外して頭を下げた。


「えっと……ボクは音羽琴名【おとわ ことな】っていいます、中学二年生です!」 

「中学二年生かぁ、君もこの道場に住んでるのかな? この間は見なかったけど」

「うん……いやいや、はいっ、この間は学校に行ってる間だったから」

「そうかぁ、そんなにかしこまらくてもいいよ、琴名ちゃん」

「う、うん! そう言ってくれると嬉しいな、ありがとう」

「それはそうと他の三人は?」


 慣れれば、人懐っこいのかなと感じながら他の三人の居場所を聞くと、


「道場だよ、今日は大学生の人達が稽古に来ているから……ゴメンね、ボク急がないと!」


 琴名は口元に手を当て、手を洗うと竈の上の釜をタオルを敷いた机の上に乗せる。


「稽古の差し入れかい?」

「そうなんだ、いつもはボクも一緒に稽古をつけてもらうんだけど、たくさんの大学生の人達が来た時は流石に邪魔になっちゃうから、差し入れのお握りを作ったり、稽古後のお食事を作ったりするんだ」


 慣れた手つきで琴名は塩をつけ、海苔を巻いたお握りを作り始める。

 飯の中に入れる具は高菜と明太子。

 手伝いたいが、彼女のような手つきでは優太は作れない、見ているだけなのも何なので、お握り作りの邪魔にならない程度に話しかけてみる。


「琴名ちゃんは格闘技は何をやってるの?」

「ボク?」

「うん、さっき稽古をつけてもらってるって言ってたでしょ? 元々やってたベースになる格闘技はあるのかな、とか?」

「えっとぉ……色々かな、興味がある物はとりあえずやってみるけど、同年代は格闘技やってる娘なんていないし、あの三人には私じゃ全くお話にならないんだよね、悔しいけど」 


 苦笑いをする琴名。

 年齢差もあるのだろうが、彼女の口調にはそれだけでない何かを感じる。


「話にならない? あの三人はそんなに強いのかい?」

「管理人さんはまだ見てない? あの三人が闘ってるところ」

「見たことないな」

「じゃあ……」


 気づくと、彼女は既にお盆一杯にお握りを握り終えている。


「じゃあ観に行こうか? 百聞は一見にしかずだしね、ホントにビックリすると思うよ」


 そう言って琴名は盆を持ち上げ、優太にウインクを見せてきた。


 

                    続く


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