「それは信用が置ける、私も食べるぞ」
スポットライト。
テレビカメラ。
沢山の観客が座るであろう客席。
三本のロープがピンと張られたリングの周辺ではスタッフ達が忙しく走り回る。
「オッケーです、開場まで3時間、準備はほとんど終わりました!」
「よし!」
スタッフの中の一人からの報告にPは頷き、会場の高い天井を見上げた。
「よう、Pさん、気合い入ってるじゃねぇか!?」
「ん?」
振り返ったPの視線の先にいたのは安東唯、プリンセスドリーム所属のアイドルの一人で、もちろん今回の対抗戦の出場選手にも名前を列ねている。
「当たり前だ、俺が企画からスポンサー集めや会場手配、果てや番組までこぎ着けたんだ、気合いも入るさ」
「番組といってもネットテレビだろ!? 地上波の生放送取ってきた訳じゃなし……」
「あのな唯、今はネットやってて、テレビを観てないなんて子供も多いんだぞ? それよりも調子は平気か?」
「アタシはな、他の面子は知らないよ、ウチの事務所は人間多すぎて、プリンセスドリーム仲間と言っても、今回の事での特番までは名前と顔しか知らない娘も居たんだぜ?」
「まぁ、そうだな」
「それは良いけどよ……」
唯はリングに背中をかけて腕を組む。
「そこまでやってボコボコにされたら、プリンセスドリームの恥かも知れないんだぜ? アイツらは真面目に強い、下手すりゃ、いや十中八九は公開処刑だ、もちろんアタシはそんな目に合うつもりは無いけどな」
「そうだったな、唯は知里ちゃんを介して彼女たちと知り合いになったんだっけ?」
「ああ……Pに割り入られたけど、少なくともアタシがやった二人はとんでもないレベルだよ」
「そうか、まぁしかし……アハハハハハ!」
神妙な顔をして見せた唯にPは一旦は頷いたが、いきなり高笑いを始める。
「なっ!?」
「いやぁ、それは実は國定道場の側にも心配されたんだ……しかし、お前も彼女たちも、俺が集めたプリンセスドリームの恐ろしさを全く解ってない」
「恐ろしさだと!?」
怪訝な顔を隠さない唯にPは、
「そうだ、プリンセスドリームは、あらゆるジャンルのトップクラスで更に可愛い女の子を集めた最強のアイドルグループなんだからな」
と、不敵に言い放った。
***
会場2時間前。
番組側が用意してくれたライトバンで会場入りした國定道場格闘女子達をファンが取り囲む。
「モデルやったり、河内と試合した涼はわかるぞ、なぜ私まで変態男子に囲まれにゃならんのだ!? 理不尽過ぎる!」
「ボクは気分いいけどね、顔が知れたのは番宣番組のせいじゃないかな? 前に道場に練習を撮りに来たじゃん」
文句を言う香澄、アイドル気分に期限の良い琴名。
「ホラホラ、早く入りましょう、ウォームアップする時間が足りなくなるわよ!?」
「ファンとの交流ええやんかぁ」
「観られるのは、嫌いじゃありませんわ」
足早に歩く涼、新メンバーの真依にナディア。
各々、ファンに対する反応は様々に会場に入っていき、その後ろに優太が続く。
本日のゲストで、実況に華を添える役目の知里はもちろん別入りである。
スタッフに案内されて控え室に入る。
「うわぁ広いね、ここでウォームアップ出来るね!」
「お菓子とか弁当もあるで、ケータリングやな、業界っぽいで」
広くて弁当や菓子類、スポーツドリンク等が用意された控え室に琴名がはしゃぎ、真依もニンマリ笑う。
「今まで小さな格闘技の試合には出た事あるけど、待遇はやっぱり段違いに良いわね」
涼はケータリングのスポーツドリンクのペットボトルを手にしようとするが、香澄が途中で買ったお茶のペットボトルをバックから差し出す。
「なに?」
「ここは敵陣だぞ、置いてある飲み物を素直に飲むバカがいるか、何が入っているかわからんのだぞ!?」
「じょーだんでしょ?」
「そうだよ、香澄ちゃん、それは考えすぎじゃないかな?」
涼は驚き、優太も流石にそこまではと思うが、香澄は大真面目な表情だ。
「わたくしもそこまでは気にしませんわよ?」
パイプ椅子に座り、早速と弁当を開け出すナディア。
「ああっ、バカ、無警戒すぎるぞ!?」
「やりましたわ、焼き肉弁当ですわ、それも有名な仕出し屋の物ですわよ、香澄が食べないならその分も」
「春馬屋? いや、待て待て待て! それは信用が置ける、私も食べるぞ」
ナディアが食べるのを止めようとする香澄だったが、業界でも有名な焼肉屋の仕出し弁当と包み紙を見せられると、流石の香澄も抗えなかったらしく、優太を始めとするメンバーの笑いを誘うだけとなったのだった。
有名焼き肉店の仕出し弁当を食べながらの昼食。
「5対5だけど、テレビ編集の都合で順番は相手にもう伝えてあるのよね」
「誰に誰を当てるかは相手の自由か、不利と言えば不利だが」
「カンケーありませんわね」
「問題は唯さんくらいかな?」
「誰が来てもデータ無しは一緒やし、気にせんわ」
そんな事を話ながら、パクパクと弁当を食べる格闘女子達。
「みんな、食べるのは平気なんだね、一時間半もしたら試合が始まるのに」
「平気よ、少しは入れておかないとスタミナ持たないし、それにテレビは色々とやる事があって、開場したらすぐ試合の訳が無いからね」
心配する優太に涼は気にした様子なく、焼き肉弁当を平らげてしまう。
あれだけケータリングを警戒していた香澄まで結局は焼き肉弁当の魅力には屈服したようで、美味しそうに食べ終わり、食後のお茶をペットボトルで飲んでいる。
「皆さん、どうも」
そこにやって来たのは知里だ。
「チーちゃん、おはよう、今日は朝から見なかったわね」
「この番組の打ち合わせと、直前コマーシャル用の撮影をしていたんですよ」
「私達よりもチーちゃんの方が働いてるね、でも試合はバッチリやるから任せてね」
「期待してます」
涼と笑顔を交わし合い、知里はパイプ椅子にちょこんと座ってしまう。
「あれ? チーちゃんは別の控え室あるよね?」
首を傾げる琴名に、
「ありませんよ、打ち合わせから、今回は知里は國定道場格闘女子の応援団で良いですか? って申し出たら番組的にはプリンセスドリームの応援の女の子が沢山いるから、良いんじゃないかという話になって、なら控え室も一緒がいいです、ってプロデューサーに許してもらっちゃったんです」
知里は舌をぺろっと軽く出してスマイル。
「ええなぁ、ホンマにチーちゃん嫁にしたいわぁ!」
「流石はチーちゃん、私たちの味方!」
真依が萌えて知里を抱き締め、琴名が喜ぶ。
知里はエヘヘッと少し誇らしげになり、國定道場全員で戦いに挑むという雰囲気に皆が笑顔になった。
ーーー
「じゃあ、アップ始めますか!」
「せやな」
「よし!」
知里が来てから少しの間、色々と話していたが、涼が立ち上がると真依や香澄もそれに続く。
「着替えるよね? 俺は外に出てるよ!?」
「私はそろそろ放送席に行きます、皆さん頑張ってください」
「じゃあね、チーちゃん! 優太さんは終わったら呼ぶね」
琴名に見送られ、知里と優太は揃って廊下に出た。
「じゃあ、チーちゃん」
「はい、あ、あの……」
「どうしたの?」
「みんな、勝てますよね、だれも負けないですよね!?」
不安げな顔を知里が向けてくる、控え室では一切見せなかった表情だ。
國定道場の勝利はもちろん、知里は格闘女子の誰にも負けてもらいたくないのである。
「そうだね……格闘技っていうのは何が起こるかわからないんだけど、応援する俺達はみんなの勝利を信じようよ」
何だか上手く言えなかったな。
優太はそう思ったが知里は、
「そうですよね、知里、皆さんを信じてます、優太さん、ありがとうございました」
そう言って表情を明るくすると、ペコリと頭を丁寧に下げると廊下を走っていくのだった。
続く




