「そうする」
「……はぁぁぁぁんっ」
甘い声と共に、ナディアの身体がビクンと震えると、豊かな胸の隆起がそれに倣う。
「あんっ……いいっ、はあふぅぅっ」
「ちょっとナディア! 何て声を出しちゃっているのよ!?」
更に続く甘ったるい喘ぎ声に涼がたまらずストップをかける。
「いえ、だって優太さんの足裏マッサージがあまりにも気持ちよくって……」
「それは良かった」
「脚が軽いですわ! よっ!」
脚を優太が離すと、仰向けになっていたナディアは手をつかず、跳ね起きる。
大きな音も立てずに軽やかで見事だ。
「マッサージが得意なの?」
「まぁ得意というか勉強したんだ、整体とマッサージをね、初めは親父と母親が農家をやってるから、身体をほぐして上げる程度だったんだけど、段々調べていくうちに自分がハマっちゃってね、整体とかマッサージとかツボとかさ、鹿児島に師匠さんもいるよ」
涼に笑顔で答えながら、優太は親指でツボを押す仕草を見せた。
「格闘にはマッサージや整体は付き物というくらい大切だからね、お爺ちゃんもそういう意味で役に立つと言ったんじゃないかな?」
「管理人がそういう技術を持っていてくれたなら助かりますわ、毎日受けたいですわ」
頷き合う涼とナディア。
マッサージがよほど気に入ったのか、管理人になるのが決まったかのような口振りのナディア。
実は優太としても、この話には驚いてはいるが、かなり乗り気だ。
住んでいた島も自然豊かで良い場所だ、でも強い都会への憧れもある。
「足つぼマッサージ程度の腕前を大きな顔をされて自慢されてもな、他に出来る事はないのか」
香澄が口を開く。
切れ長の瞳は涼やナディアと違い、優太という人間を受け入れていない。
「そうだな……あっ」
出来る事はと言われて優太は顎に手を当てながら正座する香澄を見ていたが、ふと何かに気づいたように顎から手を離す。
「香澄ちゃん、じゃあ立ってみて」
「!? なんだいきなり?」
「良いから」
「まったく何なんだ?」
促されて立ち上がる香澄。
黒袴に柔道着、足元は白の足袋だ、長い黒髪も彼女の凛とした雰囲気を演出している。
「……うん、そうだね」
再び香澄を上から下まで見つめ、優太はウンウンと頷いた。
「何なんだ!? いやらしい!」
「いやいや、香澄ちゃん今、左肩に違和感が無いかな?」
「えっ?」
「ないかな?」
「……ある、数日前、組手指導でちょっと投げ損なってから、ホンの少しだけ痛みがある」
視線に対して苛立ちを見せた香澄だが、優太の問いに、しぶしぶポツリと答えた。
「そういう感じだね? 重い相手を投げ損なった時、左肩の筋肉の筋が軽い炎症を起こしたんだと思う、痛みは少ないようだけど、それが引くまで無意識に左肩から筋の張りを無くそうと、逆の右肩が普通にはわからないくらいに上がる、痛みが我慢できるからって無理しないで、左肩の患部に塗り薬を塗るか、湿布を張った方がいいよ、そうして一日だけ激しい運動を肩に強いなければ痛みは消えるはずだから」
「……」
優太の診断に対して数秒、返事もせず無言になる香澄だったが、
「そうする」
と、だけ返答をすると立ち上がったそのまま部屋をスタスタと出ていってしまう。
「あ~あ、行っちゃった……いきなり立たせたりしたから気を悪くしたかな?」
あちゃ~という顔をする優太。
「平気平気、香澄は天の邪鬼な所もあるから素直
じゃないだけ、今ので賛成みたいな物」
涼はそう声をかけてから、
「で? 聞いてなかったみたいだから確認するけどに優太くんは管理人になってくれるの? なってくれたら感謝なんだけどな、なってくれないかな?」
と、優太に向けて笑顔を見せた。
***
「あなたを特別に可愛がってたお爺ちゃんが遺してくれた場所の管理人なんでしょ? 貴方が技能を活かしてやってみたいなら母さんや父さんは止めないし応援するわ、もう大人なんだからね」
國定道場から東京に帰り、事情を説明すると両親はアッサリ管理人になりたいという希望に賛同してくれた。
やはり祖父が優太を考えての遺言だったというのが、大きいのだろう。
優太は一度、島に帰り荷物を纏めてから東京にまたトンボ返りをし、新しい生活の場になる國定道場へ向かう。
詳しい事はまだ分からない。
優太が学んだ技術が役に立つとはいえ、管理人はマッサージ師ではないから他の仕事が上手くいく保証などない。
不安がないと言えば嘘になるが、國定道場へ続く石段を登る優太の胸には祖父への感謝と不安を越える期待があったのだった。
続く