「もちろんギャランティもね」
袖無しヘソ出しスポーツシャツにショートスパッツ、シューズにオープンフィンガーグローブという琴名の出で立ち。
「総合かぁ~、年下みたいだけどアタシの喧嘩にゃ年功序列はカンケーないぜ、遠慮なく来な!」
「もちろん!!」
唯がまるで熊のように大きく構えると、対する琴名は元気よく答えて、両手を前に出して体勢を低くする。
レスリングスタイルの構え。
「なかなか堂に入ってんな、年下だけどあと二人も残ってんだから本気でやるぜ!?」
「……ありがと」
見合って数秒後、唯はニヤリと笑う。
構えたまま、口元だけの笑みを返す琴名だが、
『圧力がある、大きな構えをしているからじゃない、涼ちゃん達と対している時と同じ震えがくるっ……』
背中に走る悪寒に正直驚く。
それは格上と対した時に感じる警戒信号のよう物。
道場で格上の涼や香澄などとケガ覚悟の本気の模擬戦をしている時にもそれは感じる。
ちなみにナディアは模擬戦をあまり好まない(その怪力を加減して戦うのは苦手らしいし、加減しなかったら危険すぎる)ので、本気の相対をした事がない。
『……でもね!』
琴名はそれを感じても退かない事を決めていた。
唯がもしかすると涼達と互角か、それ以上かも知れないがそれを理由に逃げるなら格闘女子はやってない。
汗が滴る両手を前に構えたまま、まるで立ち上がった狂暴な熊の様な構えの唯にジリと間合いを詰める。
それに対して唯は久方ぶりの感覚に思わず更に顔を緩ませてしまう。
『おもしれぇ! このガキ、まだ中坊がアタシが本気で威嚇した間合いに入ってきやがったよ!? 度胸も……迫力もある!』
琴名とは別の意味で身体が震えた。
「この娘が四人の中で一番年下の格下……信じられねぇレベルの道場だぜ……だがっ!」
唯の瞳が一段と鋭さを増す、一瞬先……
「そこっ!!」
琴名が先に動いた、先手の先手を獲る。
予想以上の素早いタックル。
攻撃に移る瞬間を見事なタイミングで繰り出されたそれは唯の両太ももを両手で捉えるように決まった。
「な……な、なっ!?」
焦る唯。
踏ん張れない、如何に強靭な足腰をしていようとも両足タックルが決まればバランスは崩れる。
「見事だ」
「タイミングバッチリね」
香澄と涼も頷く。
琴名の格闘センスは尋常でない、それが毎日の稽古と涼や香澄に鍛えられた経験で花開きつつあるのだ。
「うわぁちゃぁぁっ!」
「……!!」
綺麗にテイクダウンを取られて唯は声を上げ、琴名は素早い動きでサイドポジションを取る。
いわゆる柔道の横四方固めに近い状態、総合格闘技では圧倒的に有利なポジションと言われ、馬乗りのマウントポジションが一番有利とする向きもあるが、正対するマウントポジションは相手の反撃もある上、腰の跳ね上げに弱く、サイドポジションは相手の反撃の手が少なく、相手を自由にコントロール出来る為に評論家によってはサイドポジションが最も有利とする者もいる。
「腕をもらうよっ!」
展開の速い琴名の動きに唯はついていけない、あっという間に琴名は唯の腕を掴む。
「喧嘩屋さんの泣き所ですわね、ストリートファイトで寝てからの間接技に移行する奴なんて中々居ませんからね」
「まぁね、相性悪いんじゃない?」
ナディアの意見に同意した涼は肩をすくめる。
唯のやってきた喧嘩はいわゆる技が殆ど存在しない、タックルで倒しても馬乗りで殴るのが普通であろう。
琴名はアームロックを狙い唯の左腕を背中に回すように捻り上げる。
「ぐうぅぅぅぅぅ!」
「ギブしないと……きっいよぉぉっ!」
必死に堪える唯に警告する琴名、唯は歯を食い縛り抵抗し続けるが……
「そこまでっ!!」
涼が二人に駆け寄りアームロックを解く。
明らかに早いタイミングでのストップに、
「ま、待てよぉ! ここから力で解いてやるつもりだったのによぉ!!」
「早いよ、涼ちゃんっ!」
唯も琴名も不満げだが、涼は模擬戦なんだから怪我させたら大変でしょ、と取り合わない。
結果は明らか、見事なタックルから唯に何もさせなかった琴名の勝利は揺るがない。
「やりやがるな、年下だからって舐めすぎたよ……さてと次は誰だっけ!?」
素直に敗けを認める唯だが、何事もなかったかの様に香澄と涼の方向に振り返る。
「安東さん、アームロックが入ったんだから続ける前に肩と肘を見せてみてよ、痛めているかも知れない」
知里の隣に座っていた優太が腰を上げかけるが、左腕をグルグルと回して、
「あ~いらんいらん、捻られてないって、腕が後ろに回った程度だから、言ったろ? これから返す所だったって、はい、次来てくれよ、次!」
唯は何もなかったかの様に答え、残った香澄と涼に向かって人差し指をチョイチョイとする。
「そういう事なら、次は私よね!」
待ってました、と涼が空手着の帯を閉め直しながら唯の前に立つが……
「ちょっと待ったァァァァ!」
道場の響き渡る聞き覚えの無い男の声。
國定道場の面々が?マークを浮かべる中で、唯だけが、
「ゲゲッ!?」
と、表情を強張らせた。
いつの間にか道場の入口に立っていたのはスーツ姿の二十代半ばの成人男性であった。
「あ……」
知里が小さな声を上げる。
彼を知っている様子だ。
「どなたですの?」
首を傾げるナディアに男はフフッと意味ありげな笑みを見せてから、自信ありげに立ちポーズを決める。
「國定道場の皆さん、ボクは安東唯のPです」
「ぴー!?」
声を揃える國定道場格闘ガールズ。
「何がPだ、ちやほやされてスッカリその名乗りに味をしめやがって、只のマネージャーじゃねぇか!?」
「違う、マネージャーじゃないぞ唯、ボクはプロデューサーだ、君達をプロデュースするPなのだよ!」
「ああ……プロデューサーさんですか」
呆れた顔をする唯とそれをたしなめるP。
唯の担当のアイドルプロデューサーの様である、とりあえずは不審人物ではないと安堵する優太。
「何でアタシの場所が分かるんだよ!?」
「バカだなぁ唯、ボクは君達のPなのだよ? 皆に渡してあるスマホはボクが管理しているんだ、居場所を特定する事はもちろん、我々プリンセスドリームの面々がブログに変な事を書き込みはしないか、妙なサイトにアクセスしてないか、変な連中とSNSでやり取りしてないか、全員をチェックしているのだ!」
「て、てめぇ! んな事までしてたのかぁ!!」
「ボクはPだからね! それで君をチェックしたらここに来ている事がわかって飛んできたのだ!!」
ホンの数秒前に不審人物では無いと安堵した優太だったが、どこか不安になってきた。
怒る唯に対して彼は業界のノリで対応している。
「なるほど、Pは安東がもしかしたら河内いずみのお礼参りに道場に殴り込んだとでも思ったのか」
「それを心配してきたんだがどうやらそうではないようだね」
なぜ彼が現れたかを推測した香澄にPは頷く。
「そんなんじゃねぇよ、至って普通の手合わせ、中途半端に止められるけど喧嘩じゃないよ、心配ご無用だから帰れ、帰れ」
ヒョイヒョイと手の平を振る唯だが、
「そうはいかない! 何故ならボクはPだから」
と、主張しながら胸を張るP。
「殴るぞ!」
「殴ってもらっても結構、だがボクはアイドルを美味しくプロデュースする機会を逃さない、この対決、ボクがもらった! 中途半端に止められる手合わせじゃなくて本格的なルールと舞台で互いに闘う気はないか!?」
「なにっ?」
Pを睨んだ唯だったが……Pの返答に目を見張る。
無論、國定道場格闘ガールズの面々もだ。
その注目をまるで楽しむようにPは数秒の間を開けて、唯と格闘ガールズの面々を指差す。
「こんな誰も観ていない様な所で手合わせしてもつまらない、舞台と客をボクのプロデュースで用意できる、もちろんギャランティもね、國定道場格闘ガールズ対プリンセスドリーム選抜格闘女子軍団なんてどうだい?」
突如現れ、唐突な提案をしてきた謎の男P。
しかし人物はともかくその提案は唯と國定道場の女子達の興味を惹くには十分な物であった。
続く




