「全員とラウンドしてくれる?」
居間の座卓に置かれたお茶。
ライダースーツの上半身を降ろして腰に巻いて、Tシャツ姿になった唯は後ろ頭を掻く。
「まさか知里にこんな同居者がいるとは」
「驚いた? この間の仕事もチーちゃんからの頼みだったという訳、とにかくチーちゃんを助けてくれたんだから、お食事くらいは出さないとね」
ウインクする涼。
香澄やナディア、琴名に優太、もちろん知里も四角の座卓の各々の場所に座っている。
「唯さん、どちらかというと私の方がこの道場に転がり込んで来ちゃったんですよ?」
朗らかな笑みを見せた知里。
「道場かぁ~、スゲェな……道場主は誰?」
「一応、俺なんだけど格闘技はやってないんだ」
「そうなのか? アイドルまで住ませてハーレムじゃねぇか? 憎いね、コノヤロー」
照れながら名乗り出る優太に唯が容赦のない肘鉄をすると、
「ハーレムとは心外な、優太は世話係が正しい!」
「整体師さんですわ!」
香澄とナディアが抗議する。
「整体、習ってんの?」
「凄い気持ちいいよ、稽古の前とか後にも私も良くしてもらうけど、ホントに調子がよくなるもん」
ほぉ、という顔をした唯に、琴名は今日の夕食であるカレーを出しながら答える。
知里を助けてもらった恩もあるのだが、國定道場の面々は唯に対して概ね友好的だ。
「稽古の後ねぇ、稽古はしねぇけど整体は後でしてもらおうかな? 最近歳のせいかどうも腰の切れが悪くて」
「稽古はしないの? 安東さんもチンピラ三人をあっという間にのしちゃうくらいだから、何かやってたんでしょ?」
涼が訊くと唯は苦笑しながら首を振って、頂きますとカレーを遠慮なく口に運ぶ。
「いやいや、無い、無い......格闘技とかは一切ない、ヤンチャしてた頃は喧嘩だけ、あ、旨いねぇ!」
「喧嘩だけかぁ~、スゴいなぁ」
小皿の付け合わせのラッキョウを出す琴名。
「あんがと、あんがと......おっ、ラッキョウも旨い!」
「琴名さんの手によるものですわ、國定道場の名物は琴名さんの美味しい手料理と立派な道場と言った所です」
「へぇ、道場ねぇ」
ナディアの話に唯が素直に感心する。
「後で覗いてみます? 何でしたら腹ごなしに、少しだけお手合わせしません? わたくしもどちらかと言えば実戦派でして、滅多に訓練の類いはしませんのよ? スパーリングできそうな相手にはお声をかけてますの」
「手合わせねぇ、そこまでお邪魔していいのかよ? ワタシも嫌いな方じゃないよ?」
「是非に」
スパーリングの申し出をスンナリ受けた唯に嬉しそうにナディアが肩を竦めると、それまで客相手にすましていた格闘女子達の顔が変わったのに優太は気づく。
「安東さん、ナディアだけじゃなくて是非とも私とも軽く手合わせしてほしいな」
すかさず涼が笑顔で答えて自分との手合わせも申し出て、
「私も興味があるな、涼の後に頼もうか」
「香澄さん、ズルいよ、唯さん、アタシともお願い!」
香澄や琴名まで涼に続く。
それはまるでサインに応じてくれた人気アイドルに群がるファンの如く。
いや久しぶりの獲物を見つけた餓狼と言うべきか。
「あ、あのねぇ......みんな、唯ちゃんはチーちゃんを助けてくれたんだからね?」
「あ、あの......唯さんはバイクで帰らないといけないので、お手柔らかに」
優太と知里がそう言うが止まる餓狼達ではない、しかし......当の唯本人も狼の群れに襲われた羊では決してない。
「なるほどな、スキモノの群れって事か、こっちも嫌いじゃないんだ、楽しませてもらうぜ」
と、不敵に笑ってラッキョウを口に入れた。
***
夜の道場に集う男子一人に女子六人。
唯は上はTシャツ、下はショートパンツという格好。
身体のラインが綺麗だ。
唯は美人なだけでなく、かなりプロポーションもいい。
「手合わせだからな、喧嘩じゃないからオープンフィンガーグローブだな、付けたことないから慣れねぇな」
唯は琴名に付けてもらったオープンフィンガーグローブの手を仕切りに動かしている。
優太と知里はもちろん手合わせには参加しない、壁際に並んで座っており、残る格闘女子達は......
「ジャンケンポン、ジャンケンポン!!」
と、挑戦順を決めるジャンケンを四人で大真面目に白熱してやっている。
「ま、負けた!? な、なぜ私はこうジャンケンに弱いのだぁぁっ!?」
「次はボク、二番目!!」
「ああんっ、負けたわ、三番手かぁ~」
香澄、琴名、涼は本気で悔しがっている。
手応えのありそうな相手には目がないと言えば聞こえは良いが、かなり物騒な女子連中。
「やっぱり初めに手合わせを申し込んだのですから、私が勝つのが必然だったのですわ」
道場の中心、唯の前に立ったのはナディア。
金髪縦ロールのマンガのお嬢様ルックスに、上半身はヘソ出しタンクトップにショートパンツ、そしてオープンフィンガーグローブ。
グローブを付けてなければ、プロポーション抜群の巨乳の外国人モデルだ。
「アンタか、身体強そうだな」
「貴女もですわね」
見合う。
日仏プロポーション抜群お姉さん対決、とでも銘打つのが似合う二人。
「じゃあ、あくまでも手合わせだからね、するなとは言わないけど顔面は控えるのよ!? ルールは基本的な総合ルール、細かいことは言わなくても分かるわね?」
間に立つ審判役の涼は二人に注意する。
「わかった」
「ハイハイ、了解ですわ」
「じゃあ、楽しんでね」
涼は二人の間から一歩引くと、始めっと手を上げた。
「よぉーし、こいやっ!」
両手を広げて構える唯。
「いきますわよ!」
ナディアもそれに応じ、二人は手四つで組み合う。
正面からの力比べだ。
「知らないとはいえ、怖いよねぇ」
「ああ......ナディアと手四つは私だって嫌だ、絶対に拒否する」
並んで順番を待つ琴名と香澄は言葉を交わす。
ナディアのパワーは男子顔負けの國定格闘女子の中でも頭二つは軽く抜きん出ているのだ。
「な......なんだこりゃ!?」
手四つのまま、唯の顔に冷や汗と焦りが浮かぶ。
押せども全く動かないのだ。
「解りましたわね? 貴女も中々ですけど、わたくし......これで人類には負けませんわ」
グンッ!!
「おっ、わぁぁぁっ!?」
今度はナディアが押す。
ジリジリと均整が崩れ、唯もたまらず声を上げる。
「あら、嬉しい! 貴女も中々ですわっ!」
「うううううっ......」
冗談でも余裕でもなく嬉しそうな声を上げるナディア、負けないにしてもパワー比べで唯はナディアを満足させるレベルに十分にあるのだ。
「押されているけど唯さん、凄い、ナディアちゃんが一気押し出来ないよ」
「ふむ、そうだな、アイツとも手四つは止めよう」
琴名もそれはわかった様子、香澄も頷く。
審判役の涼も二人と同じように感じたのだろう、ホォといった風の顔だ。
「ば......バカ野郎!!」
巴投げ。
完全に押し込まれる寸前で、唯は後方に倒れ込みながらナディアの腹を蹴って投げてしまった。
ナディアはそれを読んでいた様で、床にゴロンと転がるがキチンと受け身をとり、立ち上がると唯に振り返る。
「投げに逃げましたわね!?」
「しょうがねぇだろ!? お前ショベルカーみてぇな馬鹿力なんだから! 男にだって力比べで負けた事ねぇのに!!」
不満げなナディアに怒鳴り返す唯。
「そこまでっ!」
審判役の涼が手を上げた。
「な、な......もうかよ!?」
「パワー比べが勝負じゃないわ、ナディアとは引き分け! こっちは四人、だから一人一分と決めていたのよ、それとも唯さんは全員とちゃんと3分でラウンドしてくれる?」
早いと不服な顔をした唯だが、涼がそう説明すると、
「確かに......このレベルが四人いるなら、全員とラウンドなんかしたら、軽く手合わせじゃなくなっちまうな」
唯は納得したように頷き、ナディアに向かって親指を立ててウインクする。
「あんがとよ、パワー比べで負けたのはいい経験になったぜ」
「いえいえ、貴女もパワーは相当ですし、それだけでない切れのある投げまであったのは驚きましたわ、こちらこそありがとうございました」
爽やかにナディアも答えて、壁際にやって来て知里の横にペタンと腰を降ろす。
「四人とやると言ったからどうなるかと、一人一分、そういう事だったのか」
素直に安心した顔を見せた優太、しかしナディアは真剣な瞳で次に備える唯を見た。
「でも一分あれば仕留めるつもりでしたのよ、制限時間の取り決め以外は軽く手合わせしたつもりはありませんわ、あの娘、マジでやりますわよ」
「ナディアちゃん......」
一分......六十秒。
ナディアの圧倒的筋力は優太も知っている。
実際に元プロレスラーを倒した時はブリッジまで倒れたのはあくまでも余裕であり、わざとだったに違いない。
おそらく今回はそれを出来ないくらいだったのではないか。
そして確かに力勝ちはしたが、それは力だけであり、投げられてしまった所を鑑みれば、仕留める所か観る者によっては唯に軍配を上げる者だっている引き分けだ。
「唯さん......本当に強いんですね」
「うん」
不安げな知里に優太が同意した時、
「さぁ、次は國定道場のトータルファイターのボクと勝負してもらうからね!」
琴名が弾む声で唯に相対したのだった。
続く




