「困るよな、そういう誤解はよ!?」
止めろと言わなくてもバイクに囲まれた状態だ、そのうち止めざるえなかっただろう。
「わかりました、止めます、でも本当に気をつけてください」
女性運転手はタクシーをゆっくり停車させる。
走り去ってくれたらと思うが、三台のバイクもタクシーを囲んだままで止まる。
男三人組。
いかにもといったい人相も格好も暴走族。
数瞬の躊躇の後、ドアを開けると知里は外に出る。
「あ……マジだ、マジで夏目知里じゃん!?」
「だろ? 俺は視力良いんだからな!」
「スゲェ!!」
上げなくてもいい大声を上げる男達。
「あ、あ、の……何か御用でしょうか?」
「うひょ~、声までカワイイ!!」
怯えながらの知里の問いかけに男の一人が下品な舌めなめずりをした。
「……」
思わず身構えてしまう。
男三人のいやらしい笑い。
外に出た事を知里は後悔し始める。
「ご、御用がなければ……」
「待ちなよ、偶然タクシーに乗ってるアンタを見て、みんなで追いかけてきたくらいのファンなんだからさ!」
車に戻ろうとする知里の腕が掴まれた。
「は、離してください! 帰るんですっ!」
「遊んだ後で俺達のバイクで送ってやるよ、ファンなんだから堅い事を言うなよ!?」
男は知里の腕を離さず、もう二人はタクシーの運転席の窓を強く叩いた。
動揺した様子の女性運転手はドアミラーを開けた。
「知里ちゃんは俺達と遊んでいくからさ、アンタはここで引き返していいぜ!」
怒鳴り声に近い口調で言われて、女性運転手は戸惑いの顔を知里に向けてくる。
もちろん知里を見捨てて帰ってしまう訳にはいかないと思いつつもどうしていいか判らないのだ。
「あ……そういう訳には……」
「ババァには用事はないんだよ!? 知里ちゃんを置いてさっさと帰れ、って言ってるんだよ!」
二人の男が握り拳を向ける。
女性運転手に危険が及んでしまう。
「構いませんっ、そちらは帰ってください!!」
知里は思わず叫ぶ。
「よし、決まり!」
「おばちゃん、チーちゃんがそう言ってるんだから帰れ」
調子づく男達。
それでも客を見捨てる訳には……怯えながらもその場を動こうとしない女性運転手。
「オメェ……」
「まぁ、良いじゃねぇか、俺達と遊ぶにしてもここでって訳にはいかないんだからな……乗りなよ」
手を掴んでいた男が強引に知里をバイクに乗せようとした時だった……
更に一台のバイクが現れてタクシーの脇に停まり、ライダースーツに身を包んだライダーがヘルメットを脱ぐ。
「あんまり穏やかな様子じゃないな、何してんの?」
「あ……」
バイクから降り立ったライダーが街灯に照らされると知里は覚えのある顔に声を出した。
「おろ? 知里ちゃんじゃん?」
あらまぁ、といった顔をしたのは安東唯。
河内いずみと涼が戦った時にゲストにいたドリームアイドルというグループの一員で、茶髪セミロングの美人だ。
「なんだぁ? 美人のねーちゃん? お前も俺達と遊びたいのかよ、アンタだったらいいぜ!」
「知里は絡まれてんの?」
男が一人、唯に近づくが彼女はそれを無視して知里に聞く。
「そ、それはぁ……」
ハッキリと口には出せない知里、下手に助けを求めれば唯も巻き込んでしまうからだ。
「そうなんだな、この辺りにつるんでバカをする奴等がいるって聞いたけどな、やっぱりそうだったか」
それを悟ったのか、ため息をつく唯。
無視された男が唯に手を伸ばす。
「てめぇ、無視してやが……」
ズバーン!
最後まで喋れなかった。
鈍い衝突音。
男は顔面に唯の前蹴りを受けて大きく吹き飛び、鼻血を噴きながらアスファルトに倒れ込んだのである。
「うるせー」
一撃でKOだった。
ピクピク痙攣して男は失神する男に唯は吐き捨てる。
「この野郎、何しやがるっ!?」
「なにしてんだ!?」
仲間をいきなり伸されて、怒鳴る二人。
「国民的人気アイドルをかっさらおうとしておいて、何しやがるはこっちのセリフだぜ」
ニタリと笑う唯。
知里の手を取っていた男とタクシーの側にいた男が唯に駆け寄る。
「姉ちゃん……ただじゃもう帰せないぜ!?」
唯に迫る二人の男。
いつの間にか一方は手にナイフを持っていた。
「ナイフかよ、つまんね」
唯はそう言いながら構える。
全く怯えは見えない、予想外の強気に男達は一瞬、躊躇を見せたが止めてしまう訳にはいかずに唯に飛びかかる。
パンチと突き出されるナイフ。
パンチは軽く躱し、ナイフは持った右手首を左手で簡単に掴まえた。
「なななっ!?」
「やっぱりそうなんだよなぁ? 九分九厘、みんな刺さる瞬間はスピード落ちるんだよ、本気で刺すのには躊躇あんだよな? だったら……持つなよっ!?」
グキリッ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶナイフ男。
右手首を取った唯が軽く捻っただけだ。
ナイフが地面に落ち、アスファルトとの高い金属音が夜の道路に響く。
「離しやがれ!!」
パンチを躱された男が再び唯にかかるが、
「言われなくても……女相手の喧嘩に刃物出すバカなんか返品だぜっ!」
と、左手一本でナイフ男をもう一人の男に投げて寄越す。
「うわぁぁぁ!」
「い、いてぇっ!」
突っ込んだ所に予想外の力で飛んできた仲間と正面衝突する形になり、二人の男が情けない声を出す。
そこで二人はようやく気づく。
『か、勝てねぇ!!』
怯えた表情で見合い、倒れた仲間を呆気なく見棄てて、エンジンのかかったままのバイクに向かって……
「おせぇよ」
その通り、遅かった。
唯は互いに縺れる様に背中を見せる情けない男達に向かって、両手を大きく広げ、走り込みのダブルラリアットを見事に決めた。
重く強い衝撃音と共に残る二人も、見棄てようとした男達と並んで苦悶の声を上げて、アスファルトに横たわりピクピクとしか動かなくなったのである。
「よしよし、快勝、快勝! お前らこれに懲りたらライダーの名誉を冒涜するような真似は二度とすんなよ? って、まだ聞こえねぇか」
唯は倒れる男達を鼻で笑ってから、知里やタクシーの運転手の方に振り返る。
「大丈夫か? 最近、コイツらのせいでこの辺りのライダーの評判が悪くてよ、昔のダチに頼まれて見回ってたんだ」
「唯さん、ありがとうございます」
怯えた状態からはまだ完全には回復していないが、知里は丁寧に頭を下げる。
「いいって、いいって……アタシもコイツら探してたんだからな、ここは車通りも少なくなるし危ないんだ、知里の家はここから近いのか?」
「あと二十分は行きます」
「二十分か……送ってやるよ、運転手さん……アンタは戻っていていいぜ、警察に電話をしてもいいけど、アタシの事は黙っておいてくれや」
唯は運転手に告げ、いつもグループの面子を送って行ったりに良いように使われてんだ、と言いながらバイクの後ろに引っ掛けてあったヘルメットを知里に差し出す。
「……ですね、運転手さん、本当に知里のせいで迷惑をかけました、引き返してくれていいです、あと脅されても残ってくれてありがとうございました」
「い、いえ……こちらこそ、ではまた」
女性運転手もまだ緊張から解き放たれてはいない様だったが、知里に礼を言われるとぎこちないながらも笑顔を見せ、車をUターンさせていく。
「ナンバーも名前もオッケー、お前ら!! 今度この辺りをフラフラしてたら、アタシやダチの餌食になるからな、よく覚えておけよ!?」
その間に唯は男達の財布から免許を見て、財布を元に戻し、まだ起き上がれない男達を見下ろす。
「唯さん」
「ああ、行くか、バイクの後ろは初めてか?」
「いえ、実はあります」
「男かよ!? スキャンダルされるぜ?」
「違いますよ、知里も唯さんみたいに大型じゃないけど、普通は持ってるんです、ニンジャの1000なんて素敵です、タンデムでも少しドキドキです」
ペロッと舌を出す知里。
自分のバイクの名前が判った知里に、唯はパアッと顔色が明るくなった。
「へえっ~、スゲェや! 国民的純情派人気アイドルチーちゃんがバイクかよ!? 何乗ってんだよ?」
「カワサキじゃないですよ?」
「カワサキじゃないからって怒んないぜ、困るよな、そういう誤解はよ!?」
「古いけどFZRの250です、小さい時に家の近くに住んでいたカッコいいお姉さんが乗ってて、当時にしても大分古かったんですけど、いつか知里も乗る、とか思っていたんです、最近は事務所に怪我をしたらスケジュールに穴が開いて、凄い損害になるから、と止められてたんですけど」
「へぇ~、でも今は独立したから良いんだろ?」
「ん~、控えてますね、レストア頼んだガレージに預けたままになってます、一人だと怪我したら余計ですから」
「トップアイドルも、独立も大変だ、やっぱり安全に歩いて帰るかい?」
意地悪に笑う唯に、
「勘弁してください、タクシーの運転手さんが知里よりも動揺した様子だったのもありますけど、知里自身もニンジャに乗ってみたかったんですから」
知里は首を傾げて苦笑するのだった。
続く




