表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくじょ!  作者: 天羽八島
第1章「國定道場格闘女子参上」
24/92

「なんか悪いな……」

≪さぁ、全国が知るトップアイドル河内いずみ対知る人ぞ知る女子大生空手家高杉涼が向かい合う! 顔面攻撃は禁止ですが、その他は総合格闘技ルールに準ずる本格ルール、殴るか、寝技に持ち込むか、河内いずみどうするか!?≫


 実況が熱を帯び、二人がルール説明を受けコーナーに戻る。

 このルールにはインターバルはあるがセコンドはいない、河内いずみは軽くコーナーにパンチをすると涼に振り返った。

 観客席の殆どを占めるドリームプリンセスのファンの男子がコールを始めると、特設会場内は一気にアウェイの雰囲気に変わる。


「涼ちゃん、ガンバレッ」


 それに呑まれまいとする琴名の高い声の応援にコーナーに背中をかけていた空手着の涼は軽く笑みを向けた。


「ファイトッッッ!」


 ダンカン井上が手を挙げて、河内いずみと涼の戦いが歓声と共に開始される。

  

≪さぁ、河内から距離を詰める! 対する高杉涼は正面を向いて構えた!≫


 実況の通り、河内いずみは構え、ジリジリと涼に向かって距離を詰め……途中から加速を上げ突進を始めた。


「いくぞっ!」


 突進の進路を切り開く右のストレートが正対する涼の身体に迫るが……


 バチチィィィィンッ!!


「きゃっっっ!?」


 破裂に近い音が響き渡り、突進していた河内いずみは弾かれる様に後退した。


≪な、なんだぁ? 今のは!? み、見えなかったぞ、高杉涼が河内いずみのパンチに対し、両手を振ったように思えましたが……私の眼には捉えられませんでした!≫


 沸き上がる観客と実況。


「回し受け……驚く事ではありませんわ、パンチを回し受けで弾き飛ばしただけですわ」

「でも、決着だね……涼ちゃん、もしかして狙ってたかな?」


 ナディアと琴名が呟き合う。

 一緒に観ていた優太は涼の回し受けの回転スピードは捉えられなかったが……


「外しちゃったね、と言うよりも、折っちゃったかもしれないな」


 と、河内いずみの方に視線を向ける。

 彼女の顔には驚愕と大量の脂汗があった。


「流石はその手のプロですわ、気づきましたわね?」

「まぁね」


 ナディアに頷く優太。

 リングでは涼がダンカン井上に近づく。


≪どうした? 高杉涼?≫


「こ……こら、高杉、どうした?」


 その行動にレフェリーのダンカン井上が注意するが、


「レフェリーチェックした方がいいです、右を弾き返した時に手首、折っちゃったかも……」


 涼の表情は試合開始直前の愉しげにも見えた物から明らかにマズイ事をしちゃったな、と言った風に変わっていた。


「なにっ!?」


 ダンカン井上が振り返ると、そこには苦悶の顔つきで、右手をおさえ片膝をつく河内いずみがいた、ダンカン井上は彼女に近づき数秒様子を見ると両手を振る。

 河内いずみの右手首があらぬ方向に曲がっていた、回し受けの勢いに弾かれた衝撃だ。


「TKOだっ、TKO! ドクターだ、ドクター!」


≪な……ダンカン井上、うずくまる河内いずみにTKO敗けを告げた! あ、呆気ないトラブルです、攻撃をした際、高杉涼の回し受けで河内いずみが右手を負傷してしまいました≫


 ゴングが打ち鳴らされる。

 右手を抑え、歯を食い縛る河内いずみがスタッフに連れていかれ、


「ウイナー!」

「なんか悪いな……」


 ダンカン井上は複雑な表情の涼の右手を挙げて勝利を宣告する。



≪ダンカンさん、河内いずみの負傷はトラブルですよね、無効試合では無いのですか!?≫



 実況が涼の手を挙げたままのダンカン井上を問い詰めるが、


「バカですわね、反則攻撃で怪我した訳じゃありませんのに、バライティだから仕方がありませんけれど、実況するならルールを勉強して来てくださいな」


 観客席のナディアが毒づく。

 リング上のダンカン井上が口を開くよりも、


「偶然のバッティングや試合の流れで出てしまったルール上認められない攻撃で河内さんが怪我をして、試合が続けられなくなったのなら私の反則負けや無効試合になり得ますけど、私がルールに乗っ取った方法で河内さんを怪我させてしまい試合続行不可能となれば私の勝ちです、ホントに回し受けで相手を怪我させるつもりは無かったので申し訳ありませんけど」


 と、涼が実況に説明する。

 國定道場での涼はもっと手厳しいが、テレビ出演でもあるし、相手が相手であったので丁寧な態度だ。


≪そ、そうですか……で、ではあっという間の予想外の決着でしたけど、ゲストの夏目知里ちゃんはどうでした?≫


 実況も自分が頓珍漢な事を言った事に気づいた様子で、慌てて知里に話を振る。


「あ……いずみちゃん、だ、大丈夫でしょうか、高杉さんの受けが凄い速くて、勝ったのにはおめでとうございますと言いたいのですけど、いずみちゃんが心配ですね」


 対して、リング上の涼といずみの運ばれていったスタジオの袖を交互に見ながら、知里はオロオロする。


≪た、確かにそれは心配ですよね、では杏子ちゃん……≫


「それくらいで手首折られるなら、格闘技はやんない方がいいね、歌を歌うマイクが持てなくなったら大変だよ、餅は餅屋、歌手は歌手だね」


 実況の振りに柔道オリンピック金メダリストの返しは冷たかった、しかし腕を組んだ彼女の視線は爛々とリング上に向かっている。


≪じゃあ……今度は≫


「やってくれたな、この空手屋さんよ!?」


 振りよりも早く立ち上がったのは、ドリームプリンセスのアイドル仲間でもある特攻服の安藤唯だ、その勢いに隣に座っていた知里がビクッと怯えた反応を示す。


≪ああっと、仲間の敗北に我らが姉御肌唯姉さんが立ち上がったぁ!!≫


 実況が叫び、観客が沸く。

 慌て出すスタック達。

 その中でナディアと琴名は妙にくすぐったそうな顔を見せていた。


「こういう造りなんですのねぇ」

「昭和だねぇ、この流れに涼ちゃんが乗るのかなぁ」


 驚愕の観客を狙っていた筈の3カメが二秒ほどそんな二人を捉えてしまい、慌てて方向を他の観客に切り替える。

 1カメが追うのは唯の恫喝を受けた涼であったが……


「ゴメンね、いい試合したかったんだけどさ」

「あらっ?」


 売り言葉に買い言葉。

 涼なら唯に対して直ぐ様に口喧嘩を展開すると思っていたナディアは本当に申し訳なさそうにした涼に首を傾げた。

 リング上の涼は唯のいる解説席を見下ろしながらも相変わらずの残念そうな顔。


「Vでも、実際の構えを観ても、河内さんが一年間、真面目に格闘技に取り組んで来たんだな、とは小さい頃からやって来た私は解ったんだ、だから互いに満足するいい試合をしたかったけど」

「……」


 相手の涼がその態度では、唯も勢いがつかず、


「怒鳴って悪かった、どう決着がつこうが試合は試合だよな、熱くなっちまったよ」


 と、大人しく椅子に座り、隣の知里に驚かしてゴメンな~、と頭を撫でながら愛想笑いをする。



≪収まりました、高杉涼もこの一番には無念なのです、それを察した唯姉さんも収まりました≫


 

「では、リポートの町丘です! 高杉さん、大一番の勝利おめでとうごさいます、今のご感想をお聞かせください」


 若手の女子アナが駆け足でリングから降りた涼に駆け寄る。


「ありがとうごさいます、でもさっきも安東さんに言った通りですね、気分はあまり……」


 涼のテンションは明らかに下がっているが、女子アナは空気が読めないのか仕事への使命感が強いのか、更に涼にマイクを向ける。


「いずみちゃんから次回の挑戦があったらどうされますか?」

「……自分は格闘家なので挑戦があったら受けますけど、今はいずみさんの怪我が軽い事を祈ります」


 そう答えると涼は足早に控え室に歩いていく。



         ***



「気にする必要ありませんわよ、相手も負傷の覚悟くらいは出来ていて当然ですわ、格闘技なんですもの」

「そうだよ? 気にする事ないよ、ワザとやった訳じゃないんだから」

「それはわかってるんだけどね」 


 控え室。

 ナディアと琴名に言われた涼はカジュアルシャツとジーンズに上着を羽織りながら歯切れ悪く答えた。


「相手がアイドルだから怪我をさせたのが気になった?」

「いや……何かね、昔の嫌な事を急に思い出しちゃってさ」


 優太が聞くと、涼は苦笑する。


「國定道場に来る前は稽古相手にも苦労しててさ、付き合いで練習に付き合ってくれた柔道部の女の子に同じような怪我をさせちゃって、大会をフイにさせちゃったのを思い出しちゃった、手首の怪我って案外に面倒だから、いずみちゃんもアイドル活動大変になるかな、回し受けにしてもテレビで緊張してたから必要以上に力が入っちゃって……思えば久し振りに注目がある対外試合で開始前から調子に乗ってたし……」

「なるほど……そういう事か」


 優太は納得がいった。

 相手を怪我させたとはいえ、涼がそこまで気にしたのは過去に似たような事があったのと、テレビという大舞台で舞い上がり、緊張した自分が必要以上に力が入ったのを後悔しているのだ。


「良いんじゃないのかな?」

「え……?」


 涼は顔を上げる。


「いや……相手に怪我をさせちゃったのが良いとは思わないけど、加減したら真剣勝負とは言えない気がするんだ、テレビで流れる試合で緊張して力が入るのは当たり前だよ、大切なのは涼が怪我した相手をちゃんと思いやる気持ちがあれば良いと思うから、これからいずみさんの様子を見舞いに行こうよ、格闘技は喧嘩じゃない、闘いが終わればノーサイドだろ?」


 そう言って笑う優太に、


「まぁ、それが妥当じゃありません?」

「そうだね、それがいいよ」


 ナディアと琴名も同意する。

 

「ありがと……だね、決していい試合とは言えなかったけど、闘いが終わればノーサイド、優太もたまには良いこと言うじゃない、じゃあ河内さんの控え室に行きますか、」


 顔から暗さが消え、涼は闘いが終わってから初めて笑んでから、スポーツバッグを脇に抱えて歩み出す。

  


「やるじゃありませんの、涼はたまにハートが弱い所がありますのよ、いいお言葉でしたわ、わたくしも挫けた時は優太さんにいつも慰めてもらいましょうかしら?」

「思った事を言っただけさ、ハートが弱いというよりも試合で相手に大きな怪我させて全く平然としてるようになったら、そっちの方が問題だと思うしね、あとナディアちゃんは俺なんかにいつも慰められる程、弱くないでしょ?」


 涼には聞こえないようにナディアに声をかけられた優太は赤面しながら答えた。


 


 こうして知里のお願いから始まった國定道場の格闘女子のテレビデビューはほろ苦い勝利に終わったが、予想外の反響からの更なるムーブメントを呼ぶことになるのである。




                    続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ