「知里が出禁になってしまうな」
「止めの飛び膝は読んでいたな? 一瞬にして背後に回り、地面に脚もつかせず重力を利用して後ろから首を絞め、二秒で落とした、いい技の切れだった」
「いやいや、あの嬢ちゃんの攻撃力は予想外だったな、顔面に良いのをもらった時は本当にこちらがKOされるかと思ったくらいだ……真打ち登場とばかりに現れたアンタはあの嬢ちゃんよりどれくらい強いんだい?」
「さぁな、稽古はつけてやってるが、本気で叩きのめそうと思った事がないからな、正直琴名と私の差と聞かれてもわからない」
「なるほど……本気になった事がない、それくらい差があるのか? そりゃ、一大事だ」
香澄と対峙し言葉を交わした虎髭は一旦は拳を握った構えをとるが……
「アンちゃんも知里ちゃんもいるし、オヤジやさっきの嬢ちゃんが倒れてる、ここはアンタとやるには狭いな……外に出ないかい?」
と、香澄の背後の店の玄関を顎で指す。
「よかろう、なら先に出ているぞ」
虎髭の提案に香澄は何の躊躇も見せず、開手の構えを解いて、踵を返し玄関に歩き出した。
「か……」
香澄ちゃん、気を付けなよ。
優太が声をかけようとするが、香澄は何の気もなしに虎髭に背を向けて歩き続け、ガラリと玄関を開けて外に出ていってしまう。
「あ……香澄ちゃん」
「アンちゃん……背中を向けたあの娘に、俺が不意打ちを仕掛けるとでも思っているのかい?」
知里を抱きかかえる優太に、ニイと歯を見せて振り返る虎髭。
「さっきも話したろ? あの娘はそこで寝ちゃってる嬢ちゃんとは一味違うよ、そんな手は通用しないさ」
「通用も何も、お前が香澄ちゃんを背後から奇襲しようとするなら俺が止めたよ」
「俺をお前が止めるのかい?」
優太が睨む、だが虎髭は馬鹿にしたような笑みを増した。
「それは見物だったな、ぜひ香澄ちゃんを護るお前が見てみたかった、やっぱ奇襲を仕掛ければ良かったと後悔している」
「……言ってろよ、なんだったら」
「ゆ、優太さん、それ以上は駄目ですよ」
精一杯の悪態をつく優太、知里が心配そうにそれを止めた。
「知里ちゃんはわかってるな、倒れた店の大将と嬢ちゃんは十五分もしたら起きる、アンタと知里ちゃんは玄関先に立ってな、外で闘っている間に逃げられたら、めんど……」
台詞はそこまでだった。
大音量の破壊音がそれを掻き消してしまったからだ。
背後から右手を取っての返し投げ。
虎髭の立派な体躯は木製作りのカウンターに頭から突っ込み、ガラスのショーケースを粉砕したのである。
「ぬぐぅぅぅぅぅぅ!?」
苦悶の顔でカウンターに転がる虎髭。
もちろん投げたのは香澄。
玄関から出ていった筈が、いつの間にか戻ってきて優太と話していた虎髭を背後から奇襲したのだ。
「香澄ちゃんを奇襲するなら、絶対に止めるけど……香澄ちゃんが奇襲するなら、絶対に黙って見てるよ」
「お前も……なかなか言うなっ!」
優太と笑い合う香澄はまだ取った右手首を離していない、更にグルンと手首を返すと、
「うぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」
虎髭は更に揉んどりうって前転し、カウンターの椅子に背中から落ちてそれを潰す。
「次は……こっちだ」
グイとさらに腕を捻る香澄。
「ぐぅぅぅあぁぁぁっ……この野郎!」
叫びつつ、潰れた椅子を下敷きに仰向けのまま、虎髭は香澄に対して右の脚を蹴り上げる。
寝た状態で放ったとは思えないスピードの蹴りが顔面に迫るが、香澄は捉えていた右手首を離すと蹴りを受け止め……
「んっっ!」
爪先と踵を両手で掴むと、グイッと車の素早くハンドルを回すように捻る。
ゴキリ……
「おぉぉぉぉぉっ!」
右足首を捻られた虎髭は更なる悶絶。
だが、香澄の手は緩まない。
その右足を横向きに、自分の右肩に担ぐようにしてから、
「陣内流……技極膝折り」
膝を両手で掴むとテコの力も借りて、思いっきり引き下げたのだ。
横方向への膝折り。
ゴキン!
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
打撃を受けた呻き声ではなく、初めて悲鳴を上げ、あらぬ横方向に折れ曲がった膝を抱えて床を転げ回る虎髭を見下げながら、香澄は冷たい目線を落とす。
「足首と膝を破壊した、右足は暫くは松葉杖だ……これ以上続けたら、今度は車椅子の世話になるようだぞ」
「ぐひぃぃぃぃ!」
のたうち回る虎髭の左足にも手を伸ばす香澄、虎髭は悲鳴を続けながらも……上半身を起こしながらの頭突きを仕掛けた……が。
「無駄だ」
眼前に迫る禿げ頭に対して、香澄が両手をクルリと振ると……起き上がりをロケットで増速されたかのように虎髭は宙を舞い、今度は頭から玄関に豪快に突っ込んだ。
ガラスは割れ、上品な木製格子は叩き割れる。
香澄の陣内流合気柔術。
相手の攻撃の勢いは殺さずに流して、反撃に利用してしまう返し技だ。
「ん……これ以上、突っ掛かれると、お前がのたうち回るせいで店がメチャクチャだ、知里が出禁になってしまうな」
ピクピクと痙攣する虎髭を観て、香澄はそう言いながら頬を指先でコリコリと掻き、知里に向かって苦笑した後、
「優太! いつまで知里の肩を抱いてるんだ!? どさくさ紛れにとんだ猥褻男が!」
と、優太を睨み付けたのだった。
続く




