「案外に鈍いんですのね?」
「私は高杉涼【たかすぎ りょう】、こっちが陣内香澄【じんない かすみ】でこっちがナディア・ウェスティン」
通された広めの和室。
滝で出会った彼女、高杉涼は緊張ぎみに座る優太に二人の女の子を紹介する。
陣内香澄とナディア・ウェスティン。
香澄は腰までありそうな綺麗な黒髪をうなじ辺りで紐で縛って垂らした長身細身、細面で強めの切れ長の瞳。
黒袴に厚手の道着は昔、何かの本で見た昭和初期の柔道家を思わせる。
ナディアは碧眼の白人。
勝ち気そうな瞳に薄い唇に自信ありげな薄笑いを見せていたが目立つのは金髪の縦ロール、漫画の貴族のようなクロワッサンのような巻きが背中辺りまで幾つも巻かれていた。
空手着や袴姿の他の二人と違ってラフなTシャツにジーンズ、しかしTシャツの隆起は相当に大きく目のやり場に困る。
どちらとも……いや、涼も含めて確実に共通しているのは各々がタイプは違うが美人、美少女であるという事だ。
「國定老の孫か」
ポツリと呟く香澄。
後は続けず切れ長の瞳で、まるで優太を見定めるように見つめるというより睨む。
「ええっと……まぁ」
「……」
質問には答えたが、相手からの更なる返答はなく、会話というより尋問されている気分だ。
『何か切り出さないと』
別に義務でもないのに、綺麗どころに注視されてしまう慣れの無さに焦る。
「みんな若そうだね、幾つなのかな?」
やっと出た言葉がこれだった。
「まるで貴方が年寄りみたいな切り出しですわね、女性に歳を訊くならせめてそちらの歳を言うとかしてくださいませ」
豪奢な金髪ロールカットのナディアが口を開く。
どこで覚えたのか髪型には合うが、Tシャツジーンズの格好には似合わない、お嬢様口調。
あまり怒っている様子ではなく、素直に優太の年齢が知りたい様だ。
「ああ、ゴメンね……俺は二十一歳」
「なら皆より歳上よ、私と香澄は二十歳で、ナディアは十八歳だから」
後ろ頭を掻く優太に涼が答える。
二十歳は美少女と言っていい年齢かは微妙なのだが、涼と香澄、ナディアから発せられる魅力はまだ美人というより美少女の雰囲気が強い。
「ところで……」
取り合えず取っ掛かりが出来た、という訳ではないが、聞いておかなければいけない事を思いつく。
「俺はジイちゃんからこの施設を譲り受けるとしか聞いてないんだけど……此処って一体何をしている場所なの?」
この質問に三人の顔が曇る。
「何も聞いてないの?」
「あ、うん」
数秒、香澄とナディアと顔を見合わした後、向き直ってきた涼に優太は頷く。
「君達も知ってると思うけど、ジイちゃんはかなり急に亡くなったからね、ここの事は遺言を管理している代理人の弁護士さんから聞いたんだよ、普段は鹿児島より南の島で暮らしていて告別式を済ました脚でここに来たんだ」
「お葬式なら私達もいきましたわ」
「ああ……」
ナディアと香澄は俯く。
容姿の良い三人はかなり目立つ筈だが、幾つもの事業をやって来た祖父の葬式。
会場は広かったし、会社関係、一般は人が多すぎて、焼香も全員が出来た訳ではないので、気づかないのも無理は無かった。
「涼……」
傍らの涼に目配せする香澄、涼は自分を指差す。
「あたし?」
「頼む」
「お願いしますわ」
「もう……」
損な役を香澄とナディアに回されてしまった様子の涼はコホンと咳払いをしながら、優太に向かって正座する。
「優太くん、ここはね……お爺ちゃんが女流格闘家を育てる支援をする為に創った道場なの、名前は國定道場」
「道場!? 女流格闘家?」
涼の口から出た突然の単語に優太は高い声が出てしまう。
「建物の外観から想像がつきませんでした? 案外に鈍いんですのね」
「つかないよ!」
呆れ声を出すナディアに優太は苦笑いで首をすくめた。
確かに石段を登った先の建物は周囲を古めかしく、木造の塀に囲まれたかなり広い平屋建ての日本邸宅だったが……道場という発想には至らなかった。
「それを道場と思う奴なんか今時いないさ、初めはお寺かと思っちゃったよ」
「見えなくもないかも、でもとにかくそうなんだ、それでお爺ちゃんが前から管理人をしてくれていたんだけど、将来は孫に管理人を頼みたいって言ってたの……だから君が来た時はそれを頼まれてきたのかなと思って」
「だから君は見たこともない俺の名前を知っていたり、新しい管理人とか言ったのか」
「そういう事」
合点がいった優太に涼は苦笑いをする。
「でも俺が管理人?」
いきなり過ぎる。
だいたい道場の管理人なんて何をやれば良いのかも分からない。
香澄が咳払いをする。
「しかし國定老が道場で管理人をする事で孫が今勉強している事にきっと役立つ、と申されていたんだ、思い当たる事は無いのか?」
「役に立つ?」
「うん、國定老は孫は都会に出たがっているからその助けにもなるだろうとも言ってた」
香澄の鋭い瞳に見つめられ、優太は思い出す。
確かに自分は何となく都会に出たがっていたし、それを祖父に話した事があるかもしれない。
それを覚えてくれていたのだ。
しかし……
「でも貴方が道場の管理人をすると勉強している事が役に立つ、というのはどういう事ですの?」
「そうよねぇ」
ナディアと涼が顔を向け合い、優太を見つめてくる。
「えっと……」
二人の視線に少し照れていたが、
「そうかぁ! こういう事かも!」
優太は立ち上がると、美女三人を見下ろしてニッコリと笑った。
続く